48:馬鹿な王族、一人や二人。
ルーフ村には様々な目的で人が集まってくる。
変化した世界情勢に新たな仕事の気配を感じてやってきた冒険者、あるいは商人。
なんとなくふらりと立ち寄っただけの旅人も。
元より人が集まりやすい土地であるし、壁という一つの防備の中での安堵を求める者も多い。
一度は住民の半数以上がいなくなった村は、再び以前の喧騒を取り戻しつつある。
そして人が多ければ多いほど、その男にとっては活動しやすい環境となるのだ。
見た目は普通の成人男性だ、まさにどこにでもいるような。
彼がやっていることは人に紛れての観察だ。
人が集まる場所、あるいは村の重要施設の下調べ、等々。
ルーフ村という場所の観察。
なぜそんなことをしているのかと言えば、どこを攻撃すれば効果的に邪悪を排除できるか、それを理解するために。
誰にも悟られぬよう、男は人混みの中から路地裏へするりと消える。
ルーフ村には人の目にはつきにくい死角も多い。
例えばそこは、入り組んだ細長い道を進むと行き止まり。
何かの入り口があるわけでもない、建造物の配置でたまたま出来上がった何の意味もない通路。
つまりは誰も来ないであろう場所、秘密に集まるには十分だ。
そこに集まっている男たち数人。
村人や旅人といった一般人の格好をしてはいる彼ら。
共通する過去は、セントクルスの大軍勢の中にいた兵士だったという点。
男たちは互いに収集した情報を共有するために集っている。
「何かを守るよう動く連中が多い。どうやらトランベインの王族がこの村に来ているというのは事実らしい」
「冒険者ギルド、だったか。その建物の二階にいるのを確認した。会話の一部を聞いたが、銀色のインセクタも共にいるようだ」
「ならば好都合、事を起こすには絶好の機会」
男たちの企み。
単純なことだ、邪悪の浄化活動。
例え軍が壊滅した今でも、その目的に変化はない。
ただ少数で闇雲に行動してもあっさりと潰されて終わりだろう。
ならば集まり、同時に動き、可能な限りの最大打撃を与えるべきだ。
問題はいつ、どこで実行するか、ということだった。
さすがに王都まで到達するのは難しい、ならば手近で人が最も集まるところ。
標的となった地はルーフ村。
いつ実行するか、これが中々決まらなかった。
セントクルスが再び軍を出すのを待ち、それにあわせて決起する、きっとそれが一番なのだが、果たしてその時はいつになるか。
来るかもわからぬ再遠征の軍を待つよりも、率先して動き敵に恐怖を刻み邪悪を葬るべき。
そしていま、この村には王族が来ている。
目的はわからないが、銀色のインセクタと思われる大男と会っていると。
絶好の機会だ、その辺に多数いる小さなものたちよりも巨大な邪悪を潰せるのだ。
動くならばいまこの時。
それが彼らの決定である。
また、彼らには協力者がいた。
その者たちの纏め役が、下卑た笑みを浮かべてその場にやってくる。
「へへ、いよう。セントクルスの皆さん」
「……お前か」
底辺のさらに底で悪事を働くような冒険者、もしくは盗賊、あるいはトランベインの元兵士。
セントクルスの残党に協力しようという彼らは、それぞれ一つの事情を抱えていた。金がない。
幸いなことにセントクルスとは金や銀の産出が多い土地であり、下々の兵士でもそれなりに硬貨を持たされている。
使えるか否かに関わらず、いざという時に魔法を扱うものに渡せるように。
その金を払って薄汚い邪悪を雇ったのだ。
本来ならば邪悪の手を借りるなど許されることではないのだが、巨悪を討つためになら泥を被るのもまた信仰であると、この場において彼らは割り切っていた。
露骨に嫌そうな表情をしつつ、この地に潜むセントクルスの残党を束ねる男が、代表して彼らと言葉を交わす。
「前金は払った。残りの報酬の隠し場所は」
「王族と、銀色の虫ケラを殺すのに成功したら改めて教える、だったな」
「ああ。役目は理解しているな?」
「とにかく壊して燃やして殺しまくって敵の目をひきつける、だろ」
村の中で複数同時に事件を起こし敵の目を分散させる。
その隙に目標に近づいたセントクルスの残党たちがそれを始末する、と。
複雑な作戦を立てて統制が取れるほど、この集団は纏まりがあるわけではない。
ゆえに単純明快な方法を使う。
さて民衆に出る被害はどの程度か。
セントクルスの者たちはゼロであると断言する。邪悪の地に人と認められるものは存在しない。
一方で、その協力者たち。
男は何人死のうと構わぬと考える。むしろ殺す。
少し前まで男とその部下たちはこの村の防衛を任されていた。
だがセントクルスの大軍勢が侵攻して来た、あの数を相手にしてはどうせ勝てない、ならば逃げるのが正解だ。
例えそれを責められようとも、兵力を犠牲にしないために撤退したと、当然の理由で正当化できる。
ただ誤算だった、この地が守りぬかれてしまったのだ。
しかもどこにいたのか、この地に来ていた王女が直々に指揮を取ったと。
そんな事実があっては、自分たちが勝手に撤退したとバレてしまう。どんな罰を受けるか。
最悪処刑だ。徴兵された村人ならば戦場から逃げ出したところで罰則の税を支払うくらいで済むだろうが、職業軍人ではそうもいかない。
結局、顔を隠してこの地の周囲に潜伏し、人目につかぬようドブネズミのように息を潜めて暮す羽目になった。
少し前までは自分が歩くだけで人々は道を開けお辞儀する、そんな立場だったというのに、いまではそんな有様。
そもそもこの村が守りぬかれてしまったのが悪い。
わずかな冒険者風情と撤退命令を無視した一部部下たち、そして王女とそれに力を貸したらしい銀色のインセクタ。
連中さえいなければちゃんとセントクルスにこの村は滅ぼされていたはずだし、自分たちは撤退の言い訳も出来た。
自らの恨みを、まだこの地でのうのうと生きる者たちに思い知らせなければならない。
そのためなら元敵とだって手を組もう、何より彼らは金払いが良い。
村の中で暴れるだけで金貨十枚、成功の暁には追加報酬。
一時的に手を組む相手としては十分だ。
それぞれの思惑の中、セントクルスの残党、それを束ねる男が宣言する。
「では、日の入りと共に浄化を開始する。各自、準備に移れ」
★
夜に動き回るのは危険だから今日はこの地に泊まって行く。
まあ王族らしく賢明な判断なのだろうが、一方でアルガントムは目の前の男を見て思うのだ。
「おっと、そこの逞しくもうるわしいお嬢さん。よければお名前を聞いても」
「えっ、わ、わたし!? た、確かあなた、さまは王族って……!」
「王族が美しい女性を愛するのはおかしなことでもないでしょう?」
酒場の片隅で女冒険者はじめ訪れた女性を片っ端から口説いて回るこの男、どうも泊まっていく理由はナンパが本命な気がする。
これが王族でいいのかとリザイアに問えば。
「……エルガル兄さんは社交界ではだいたいいつもあんな感じです」
一方、ハートを瞳にエルガルの傍に近寄っていくカーティナの姿を眺めて、ラトリナは酒をちびちびと口にして微笑みつつ。
「いいんじゃあないですかぁ、王族であるまえにぃ、私は私でお兄さまはお兄さまでお姉さまはお姉さまなわけでしてぇ」
個性は大事という主張。
不安になる、この国の未来。
まあアルガントムが先々に潰す予定なので心配するのもおかしな話だが、それでもだ。
頭を抱えていると、一通り女性の名前を聞き終わったらしいエルガルがアルガントムたちの座るテーブルに戻ってくる。
「いやはや貴族の女性の着飾った美しさもいいが、やはり一般的な人々のそのままの美しさも素晴らしいね」
「お前はなんかもう色々とすごいな」
「はは、美形だからね。ついでに王族だし」
ついで呼ばわりされる王族の血が哀れでならない。
「……まあ、構わないがな。しかし一応は王族だろう、お忍びとはいえ命の危険とかあるんじゃないか」
「そうだね、命を狙う輩もいるだろう。まあ護衛はつけてきているし、いまも人々に紛れて周囲を見張っている」
「なるほど。じゃあ極秘の話で宿屋の二階なんて選んでも大丈夫だったということか。話を聞いたヤツはそいつらに捕まる、と」
「ああ、いや、むしろ話は聞かせるつもりだったんだ。僕が君と組んだ、この情報を知った貴族連中とかはどう動くと思う?」
問いかけに、アルガントムは少し考え、答える。
「王サマに報告するとか、色々とあるんじゃないか」
「そう、色々とあるんだ。……例えばこれに乗じて国潰しの動きに自分も加わろうというものも」
現国王によくない感情を抱いている勢力はだいたい味方にしてあるとエルガルは言う。
あとは表面的には従っているが、裏ではそうではない、自分が把握しきれていない勢力もエルガルは味方にしたいらしい。
「まあ情報を流して選ばせるわけさ、今の王と、新体制、どっちがいいかと。事前に味方は増やしておきたい」
「理屈はわかるが、しかし間違いなく王サマの方にお前とリザイアが裏切ったという情報が流れるぞ?」
「構わない。ああ、言い忘れたけど計画のためリザイアはこの村に滞在する。まさか女一人も守れない、なんてことはないだろう?」
「その挑発に乗ってやる。守ってみせよう、俺の雇い主の姉だしな。……お前はどうするんだ?」
「君から正式に協力の約束を取り付けたと、僕の勢力に報告しないとならない。だから明日にはこの地を発つ」
ゆえに、と。
エルガルは爽やかに笑う。
「今夜のうちにこの村の女性と交流しなければならない」
ブレない男だ。
「なら好きにしたらいいんじゃないか」
「そうするよ。ああ、ところで」
「……こっちを見るな俺にその気はない」
「失礼、今の話の流れだと誤解されるか。弁明しておくと僕も女性は七歳から三十八歳までいけるが男は男の時点で無理だ」
聞いてもいない趣味の話だが、男好きと言われたら身の危険を感じて即時逃走を選んでいたところである。
お互いその趣味がなくて幸いだったとアルガントムはぞっとしつつ。
「質問か?」
「ああ。ちょっとした興味だが、君は異世界の出身なんだろう。その世界で君はどの程度に強いのか、とね」
アルガントムの強さ、それがどういうものか。
隠す理由もないが、さてどう説明するか。アルガントムは少し言葉を考える。
「……そうだな、俺の元居た世界、エンシェントでは、だいたいの強さは数字で表現できる。下は1で上は50」
それをレベルという。
魔物の脅威度としてその単語が存在する世界だ、エルガルは特に疑問とせず、ただ驚いた表情を返す。
「レベル50、そんな強さは想像もつかないね。天使ですら脅威度のレベルは確か4だ」
「いや、魔物の脅威度のレベルとは別の、強さの目安と考えろ。例えばこの世界の天使なら、まあレベル15前後だろう」
明確にシステムとして数字が表示されているわけではない。アルガントムの感覚的な話だ。
ちなみにエンシェントでも二本羽の天使はだいたいそのレベル帯、四本羽はレベル20付近。
六本羽の大天使がレベル30以上で、ついでに言うとゼタたち三大天使が35、アルガントムの他の配下はこれより少し劣るくらい。
そして八本羽の至高天使が最低でレベル50、最高でもレベル50だが同じレベル50でも強いものと弱いものがいると付け加えて。
そういう情報を教えた上で、アルガントムはエルガルに当然だと言わんばかりに口にする。
「そして、俺の体はレベル50だ」
「驚くのにも疲れたから納得するが……つまり君は至高天使とやらと同格ってことかい?」
「そうだ、と答えたいところではあるが……上の方は少し複雑でな」
エンシェントの最大レベルは50。
だがレベルとは別に存在するステータス。耐久力、攻撃力、防御力。
命中率や回避率なんてものはプレイヤーのスキル次第である。
このステータスのレベル50の際の数値が最強の強さと言いたいところだが、エンシェントには課金で能力を底上げできるシステムがあった。
五百円で一つのステータスを1レベル分ほど上昇させることが可能で、千五百円払えばそのまま1レベル相当だ。
ゲームを始めたばかりのレベル1のプレイヤーでも金さえ払えばレベル上げを後回しに上のレベルのプレイヤーと一緒に遊べる、元はそういうシステム。
だがこの金で買った底上げステータスは通常のレベルアップで到達できる上限数値と別枠で存在しており、単純な話レベル50でも課金で強化したアバターとそれ以外の差が存在する。
そして課金で強化できる上限だが、最初はレベル20相当までだった。
だがゲームが続くとインフレが進む、高難易度新ダンジョン実装などのたびに金で強化できる数字も30レベル相当、40レベル相当と増えて、最新版ではレベル50相当。
つまり最大レベル50に課金でのステータス上昇50レベル分をくわえた、実質レベル100が最強ということになる。
ただ耐久力だけを底上げしたアバター、攻撃力を極限まで上げたアバター、防御力を高めたアバター、あるいは全能力バランスよくカンストまで課金したアバターなど、50レベルから上のステータスはアバターごとにだいぶ細分化されるが。
さらに属性耐性をはじめとしたスキルや装備といった関係もあるので、かなり複雑だ。
無課金でレベル50にして、ゲーム内で入手できる最上位の装備を入手してつければレベル55相当にはなるだろう、これが無課金の到達可能な強さの限界。
課金装備、例えばスカラのクロガネシリーズなんかは普通に装備として使えば攻撃力以外の二つのステータスも上昇し、ついでにスキルで属性ダメージ一部カットもつくのでおよそ20レベル分は上昇する。
まあ彼女の投擲という使い方の場合は武器の耐久値減少なしと純粋な攻撃力以外の力が発揮されないのだが。
単純な数字で表現するなら、課金前提での最上位の強さは、課金強化のレベル100に課金装備、武器防具込みでの上昇値も見込んで実質レベル150辺りか。
なお普通に遊ぶ分にはレベル30で十分とも言われている。
それがサービス開始当初のゲーム内最大レベルであり、その範囲で行けるフィールドでも基本無料の暇つぶしで遊ぶ分には十分だった。
そのレベル帯のダンジョンでも攻略すれば無課金帯最上位の装備を入手できるし、難易度もそれなり以上のプレイヤースキルを必要とする歯応えがある。
レベル31以上の領域は拡張パックや追加コンテンツなんて別名で呼ばれており、レベル50以上の強さが必要なのはそれこそ廃人のための狂気の世界だ。
普通の認識ならレベル10までが下位、レベル20までが中位、レベル30までが上位となるだろう。
そこをレベル30までは下位、50からが本番でその先が上位と認識できるようになればようこそ廃課金の世界へと言ったところだ。
アルガントムは、体はともかく精神はまだ両者の中間くらいに立っていると自らに言い聞かせる。実際どうかは、まあ別の話。
ちなみに『アルガントム』というアバターの実質能力はレベル80前後に相当する。
本来の『アルガントム』が存命中、エンシェント最強の敵だったオリジンドラゴンの実装時点で開放されていた限界ステータス。
なおオリジンドラゴン討伐の少し後に課金ステータスの更なる上限が開放された。
とりあえず一番強い相手も倒したし、100レベルで攻略しなければならない相手が出てきたら追加で課金するかと待っていた祖父は死に、その時点で止まってしまった強さ。
金にものを言わせるあのクソジジイが生きていれば今頃このアバターも100レベルになっていたのだろうか、今の『アルガントム』はそんなもしもを考える。
とりあえず、と。
「まあ下位の天使が最大クラスの脅威な世界じゃまず負けることはない強さ、そう思ってくれていい」
「はは、敵だったら恐ろしい話だ。君が王もろともに殺したゲイノルズ、彼でも普通の天使を一対一で倒せるかわからないんだよ?」
「ゲイノルズ……ああ、いたなそんなヤツも。下位天使に苦戦するならまあエンシェントでならだいたいレベル15前後……」
思い出し言葉にして、アルガントムは違和感を覚えた。
ゲイノルズという男の、装備含めた強さに関して。
レベル80級のアルガントムを倒せないのは当然として、彼の力はレベル35のゼタにすら傷をつけられなかった。
つまりはレベル35以下か。
同時、アルガントムは思い出す。
自分の前に召喚されていたらしいエンシェントのアバターの骸。
身に着けていたのはゲーム内無課金で入手可能な最上位装備、アレを込みで考えればあの魔法使いのレベルは35程度のはず。
常識の範疇で遊んでいるプレイヤーとしてはそれなりの実力者であっただろう。
彼のアバターの魔人種という種族の性質や、魔法使いの物理防御の低さから考えて、ゼタより脆いのはわかる。
だが、下位の天使に苦戦する男にあっさりと負けるほど、彼が弱いなどありえるか。
違和感に、答えを探す。
一つの可能性は弱体化だ。
『異世界の最強の存在』を呼び出す秘術――冷静に考えれば最強の範疇がレベル30付近からレベル80のアルガントムというのも奇妙だが――によってエンシェントからこちらへ世界を移動した際、その力が弱くなった。
これは違うとアルガントムは感じた。
祖父に譲り受けてから長く使ったわけでもないが、この『アルガントム』の体はレベル80相当の力があると今日までの日々で確信している。なんとなく、だ。
では、こちらが弱くなったのではないのなら、向こうが強くなっていた。
ゲイノルズの能力が一時的にあの魔法使い以上、ゼタ以下程度に強化されていた、と。
これも違うだろう。
二本羽の天使を越え、四本羽すら見下ろす六本羽のゼタ。
彼女にわずかに届かぬとしても、それに近づくほど自己を強化できる手段があるなら、この世界で一般的な二本羽の天使に苦戦などするはずがない。
だからそれを否定する。
あるいはゲイノルズ自身の意思ではなく、何らかの干渉によってあの場に限り能力が上昇していた、なんて可能性もあるが、そんな都合の良い強化を誰が何の目的でするのかと考えればやはり謎。
「なあ、エルガル。ゲイノルズという男や前の王サマが何かを隠していた、なんて言われて思いつくことはあるか?」
「うん? いや、召喚の秘術に関する研究くらいだとは思うよ? まあアレには少し違和感を感じるが」
「違和感?」
「ああ。あの物欲の塊のような父が召喚なんて遥か昔の不確かな魔法の研究に大金を投じるか、と考えるとね。何かに突き動かされていたのでは、みたいな想像をしてしまう程度には違和感だ」
神がいるならその仕業かもしれないと、エルガルは冗談めかして呟いた。
様々な異常の片鱗が見えた。
だがとうの昔に終わったことであり、答えを聞ける相手は死んでいた。
今更になって考えても仕方がないのだが、それでもやはり不気味な不安が胸を突く。
(……いや、考えるのはやめておくか。所詮は妄想だ)
アルガントムが頭を振って思考を切り替える一方で、エルガルは近寄ってきたカーティナを見て表情を笑顔に切り替えた。
「エルガルさまー! 一緒にお酒どうっすかー!」
「はは、ぜひご一緒させて――」
と、唐突に。
ばんと大きな音を立て、ギルドの扉が開かれた。
慌てた様子で入ってきたのは一人の男だ。
鎧は着ていないが、剣を腰に、間接にはプロテクターと最低限に武装した彼は、エルガルの護衛の一人である。
エルガルは女性とのふれあいを邪魔され、ちょっと不機嫌そうな声で彼に問う。
「何事だい?」
男は息を整えると、現状を守るべき主に報告するのだ。
「敵襲です!」
★
夜空の下、ルーフ村のあちこちで燃え上がる炎。
それは人為的に点けられた悪意の火であり、それをした者たちは炎に照らされながら暴れまわる。
「おらぁ! 出てこい王族さんよぉ!」
彼らの笑い声が夜空に響く。
刃を片手に逃げ回る人々の背中を切りつけ、血を浴びながら笑う姿はもはや怪物のそれ。
「貴様らっ!」
「おっと!」
駆けつけた衛兵の一突きを、賊の一人が回避して。
「がら空きだぜ!」
「ぐあッ!?」
背後、屋根の上から放たれた矢が衛兵の片腕を射抜く。
怯んだところに、今だと掛け声。
複数で囲んで潰そうと殺到する。
数の強者のやり方だ。
「……つまらなーい」
その光景に、そんな言葉と。
「ぎゃっ!」
「ぐえっ!?」
短い悲鳴で骸になった、賊に対する黒い槍の投擲。
それを行ったのは一人の少女、黒と赤の甲殻を手足に持つインセクタ。
衛兵を囲んでいた男たちが、突如の襲撃に振り返る。
そこに立つ女を見て怒声を飛ばす。
「なんだてめーは! 虫女!」
彼女は指先をくるくると回し。
「むしろそっちがなんなのよ? 数で囲んで威張り散らす、美学も何もありはしない、ほんっとつまらない連中みたいだけど」
「うるせぇ!」
激昂した賊が突撃してくる。
するとどこから出したのか、いつの間にか少女の手には黒い斧が握られていて。
「数っていうのは力よね? 一人よりも二人、二人よりも十人の方が強いわよね? じゃああなたたちは強者ということ」
斧を虫の手で器用に保持しつつ、その柄を下から打ち上げる。
顎を打たれた男の体はそのまま上空に吹っ飛ばされて、そして落下が始まる前に。
「とぅ!」
黒い斧が上空に向かって投擲された。
回転しながら迫る凶刃は、上空で賊を両断、その中身をばら撒かせる。
雨として降り注ぐ血と肉を浴びつつ、落下してきた斧を軽々とキャッチして、少女は笑うのだ。
「――強者ならば、合格よ。上位者狩りのスコロペンドラ、笑ってあなたたちを狩ってあげる」
ルーフ村を観光中の彼女の目に止まってしまった、不幸な数の強者たち。
強者を這いつくばらせる。
少々物足りないところだが、彼女の趣味への生贄として賊どもはギリギリ合格だ。
★
「厄介、ですね」
冒険者ギルドの外。
血の涙を流しつつ、ラトリナはそう呟いた。
大丈夫かと心配そうに問いかける兄と姉には微笑みを返しつつ、しかしとラトリナはいま見たものを評価する。
「村のあちこちで賊が暴れているようです。村人の格好であったり、冒険者風、あるいはトランベインの兵士の姿をしている敵も。衛兵や冒険者が人々を守って交戦してくれていますから」
彼女は言う。
「敵と味方の判別が難しい。厄介です。アルガントム、この状況は」
「確かに厄介だ。俺の力は広範囲を破壊できるが、敵味方の区別なんてできはしない」
つまりはそれを頼ることはできない。
また、アルガントムの使役する七十二体。
この乱戦で味方を傷つけず敵だけ倒す、巨体ゆえにそれが難しい者も多い。
セントクルスの軍勢というわかりやすい敵と、そうではない味方、以前の戦いのように敵味方の区別がハッキリとしており、布陣も完全に分かれているならやりやすいのだが。
とにかくと、アルガントムは天に向かって叫ぶ。
「ゼタ! ナイン! オメガ!」
彼女たちは、主の呼ぶ声を聞き逃さない。
六本羽の天使が三体、夜空を駆けていち早くと、主の前に舞い降りる。
「ゼタ・アウルム、ここに」
「ナイン・アウルム! お待たせしました!」
「オメガ・アウルム、我が主の前に。ご命令を、なんなりと」
跪く彼女たちに、アルガントムは命ずる。
「乱戦だ! ゼタとナインはそれに向いているヤツを樹海から連れて来い! オメガは遊撃だ! すでに始まってる戦いから人々を守れ!」
「了解しました」
「わかりました! ご主人さま!」
「この力、存分に」
次の瞬間には、三人はその場に風だけを残して、それぞれが命令された行動を開始している。
ゼタのレイストームによる範囲攻撃、ナインのレイディアントレギオンがどこまで敵味方を正確に区別できるか、それを考えた時、二人にとってこの状況は戦いづらいものであるはず。
ならば彼女たちは連絡役に。
適した味方を呼んだ後、技を使わず戦闘に参加だ。
一方で強大な範囲破壊を持たないオメガの力ならば、敵だけを確実に仕留められるだろう。
ゆえに即時遊撃開始、敵を減らす。
そして広い範囲に敵が展開しているという状況から、必要なのは人数だ。
複数個所で暴れる敵を個別に抑えるには複数の戦力。
範囲魔法は使えない状況だが自らもその戦力になろうと、アルガントムはラトリナを見る。
「ラトリナ、わかっているな」
「無論。命ずる必要すらないほどに当然のこと、それでも私は命じましょう」
雇い主は、軽く息を吸い。
「人々を守り、敵を倒せ! アルガントム!」
「了解した!」
身を隠す布をその場に投げ捨て、銀色は夜空に跳ぶ。
ついでだ、と。
アイテムストレージから取り出す二つ。
攻撃上昇、セイヴァーの巻物。
防御上昇、ドレッドノートの護符。
宙に広げた巻物に、あるいは空舞う護符に描かれた文字に金貨を流し込む。
セイヴァーと、ドレッドノートの発動。
リジェネレイトと同様、その範囲に光が広がる。
ただあまりアテにはできない。
これらは範囲内の味方に効果を発揮する。
では『味方』とは?
エンシェントの時はシステムでパーティを組むか、使用者が範囲内の相手を味方と判断すれば対象に効果が適用されていた。
この世界においては後者のみが有効だろう。使用者が味方と判断した者。
さて、リザイアやラトリナ、エルガル、七十二の配下は味方だろう。
グリムやシャトーも味方といえる。あるいは冒険者ギルドで言葉を交わした者たちも。
スカラはちょっと微妙なところだがギリギリ味方だ。
では、敵ではないとはいえ顔も知らぬ村人は味方と判断できるか?
味方と判断する以前に、まずは相手の存在を知らなければならない。
知らぬ相手は守れない。
この二つにリジェネレイトも含めた三つの魔法、それらは見知らぬ敵ではない誰かに力を貸すことまではできないのだ。
だからあまりアテにはできない。
ルーフ村の村人というカテゴリの守りたいけど名前も知らない誰かを救うには、直接的に手を差し伸べる必要がある。
モタモタしてはいられない。
★
星の如く飛び去ったアルガントムを見送って、ついでに彼が発した魔法の力か、みなぎる力を確かに感じつつ、エルガルはさて、と。
「僕らも動こうか」
「お待ちください! 危険です!」
彼を止めたのは護衛の男だ。
この乱戦の中に飛び込む。危険すぎる、と。
その心配は当然だ。
安全なところで敵が全滅するまで待てばいい、エルガルとしてもそちらの方が楽だろうとは思う。
だが同時、自分と護衛が力を貸せば、敵を撃退するのもそれだけ早くなる。
戦いが短時間で終われば、それだけ犠牲も少なくて済む。
そして、何より。
「日陰で権力闘争に勤しんできた僕だ、まだこの名は人々に多く知られてはいない。ならば時期もちょうどいい、ここらで少しは名をあげるとしよう。エルガル・トランベインは民を見捨てない、と」
打算的だが宣伝だ。
これからのことも考えて、支持者は多いほうがいい。
そしてエルガルは、リザイアを見て。
「リジー、君はどうする?」
「聞かれるまでもなく、すでに剣を抜いています」
彼女は揺らめく刀身の刃を手にし、まっすぐな眼差しでエルガルに答える。
ならばと、今後はラトリナに問う。
「ラトリナ、君は?」
「私もこの地を守りたい。微力な力ですが、手伝わせてください」
軽く微笑みそう答える。
彼女の目は遠くを見ることができるという。範囲はルーフ村の中くらいならば全て見通すことも可能、と。
戦場把握に便利な能力。代償の身体的ダメージもあるというが、彼女はそんなものを恐れていない。
我が妹たちは馬鹿であるとエルガルは思う。
だがそれくらいでちょうどいい。
「目の前の民を守るために命を賭ける。そのくらいの馬鹿も王族には必要だ」
エルガルは護衛と、二人の妹と共に争いに向けて歩き出す。




