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47:とある男女の弱点的なもの。

 エルガルの言葉に真っ先に反応したのはリザイアだった。



「トランベインを潰す!? 自分が何を言っているのかわかっているのですかエルガル兄さん!」

「自分の発する言葉の意味くらい理解しているさ。美形だから。おっと剣を抜こうとするな、落ち着いてリジー」



 自分たちの国を潰すなど、王族として許されぬ言葉。

 リザイアは抜こうとした剣をなんとか鞘に納めつつ、軽く笑う兄を睨みつける。



「……説明してください」

「簡単な話だ。トランベインが兵を出した、迎え撃とう。撃退成功。アルガントム、君にはそれが可能だろう?」

「相手によると思うが――この前のセントクルスくらいならどうにかできる自信はある」

「なら大丈夫だ。……しかし一度撃退しても、また二度三度と同じことが繰り返される。これはどうする、アルガントム」

「問題ない。俺も、俺の仲間も、だいたい疲れとかを知らないようでな。何度来ようと同じ力で押し潰す」



 断言に、エルガルは頷く。



「なるほど結構。さて、彼を倒すのに必要な戦力は最低でもセントクルスの大軍勢以上だ。二度も三度も四度も五度も、討伐を繰り返したら誰が辛いのか」



 エルガルは自らを指差し、自ら答える。



「戦い続ければ辛いのは、我々トランベインだ。その民であり、貴族であり、そして王族だ。ならば最善は戦わぬことだが、こちらの王はそれを理解できていない」

「一度叩き潰せば理解するだろう?」

「それじゃ遅いんだ、人の上に立つ人間が自らの守るべき民を何万も犠牲にしてようやく相手が敵わぬ相手と理解する、そんなことは許されない。ゆえに、我らが王には王たる資格なし」



 エルガルは、この場にいないそいつに宣戦布告でもするかのように、堂々と宣言した。

 誰かに聞かれればまずいだろう、ましてやこの部屋は壁に耳でも触れさせておけば外から中の声が聞こえる安普請。


 そのくらい理解してるはず、ゆえにアルガントムは何も言わないが、やはり叫ぶのはリザイアだ。



「そ、それでも王に反旗を翻すなど!」

「無能な王は排除する。レグレスはそうやって力だけで国を維持しているらしいよ?」

「他国と我が国は違います!」

「そうだね、あっちとこっちは違う。ではどちらが優れている?」

「そ、れは」

「迷うのが正解だ、こちらと即答したらそこまで馬鹿かと我が妹ながら見捨てていたところだよリジー」

「馬鹿って!?」



 冗談だと、エルガルは妹の抗議を軽く聞き流して。



「国家の形の最善など状況により変化する。優秀な統治者がいるなら王制が正解だろう。国が纏まらないなら力で制するのも悪くはない。この世の全てが完璧ならば神さまに祈りながら生きるのすら正しいといえる」



 エルガルは、トランベインの王族でありながら、他の二国のあり方すら評価していた。

 そのうえで、彼は言う。



「自分の安心のために、無数の民を屍に変えてしまおうとする王が上に立つ国。リジー、君はこれが正解であると思うかい?」

「……正解であるとは、思いません」



 その答えに、エルガルは満足げに頷く。



「それでこそ僕の妹だ。……だから、現在のトランベインを潰す。今の王の権力を失墜させ王国を潰しこの地をゼロに戻す。結果、王の命令すら力を失い、アルガントムたちは平和に暮らせる、というわけだ」



 まあ少々内乱があるかもしれないがと、エルガルは軽く付け足した。

 トランベインを潰す。

 その言葉の意味を理解して、それでもリザイアは首を横に振る。



「王を説得、できないのですか」

「銀色のインセクタがセントクルスを撃退した、その情報が入ってから僕も色々と言葉は尽くしたけどね。まあダメだった、僕以外の兄弟は全員現国王のご機嫌取りで必死だ」

「……なら」

「諦めろ、リジー。アルガントムがこの地を去らず、国王が彼らと話し合う気がない、この状況でトランベインという国家に民を守る力があるとは言えない」



 王族として、その王をエルガルは否定した。

 リザイアは力なくベッドによりかかり、ラトリナの肩にもたれかかる。



「……私は、私たちは、無力なのですか、エルガル兄さん。ラトリナ」



 王族の力を否定され、リザイアは弱々しく二人に問う。

 ラトリナは姉の頭を撫でて。



「そんなことはない、と思います」



 また、エルガルも。



「力がないなら借りればいいのさ、幸いそのための縁がここにある」



 自らが打ち砕いてしまった妹を慰めるよう、確かな言葉でそう告げる。

 そしてエルガルは、アルガントムの顔を見て。



「トランベインを潰す。だがそれには種類がある。人の死が最低限で済むやり方と、大量に人を殺すやり方だ」

「後者は……聞く必要もないか」

「ああ。ただ討伐に来た大軍を君が撃退し続ければいい。無数の命が消えたところで民も貴族もこの王ではダメだと気づいて大革命。革命戦争でも人が死んで屍の山と元王国が後に残る」



 エルガルは言う、愚かなやり方、と。



「ゆえに、どうせなら人の死は最低限に国を潰したい。多くの民を無駄に死なせず消えるなら、我らが王国にも意味があろうというものだよ」

「そうだな、きっと同じ結末があるなら人は死なない方がいい。……そうは思うが、具体的にはどうするんだ」

「まず大前提として、これをやるには君の強大な力が必要だ。それを理解した上で聞いてほしい」

「わかった」

「まずは――」





 エルガルの提示した作戦。

 トランベインという国を最小限の犠牲で潰す。


 一通り聞き終えると、アルガントムはそれが可能かどうかと考えて。



「……少し面倒だが、悪くはない、とは思う」

「そうか。よかったよ、君が多少の手間と引き換えに見ず知らずの他人の命を救うくらいにはお人よしで」

「命は大切にする主義だ。まあセントクルスの連中と同じような相手ならさっさと片付けようとも思えるのだが」



 そこで、アルガントムが顔を見たのはリザイアだ。

 エルガルたちの話を、複雑な心境、という表情で聞いている。

 まったくなんて暗い顔だ、アルガントムはため息を吐く。



「敵として出てくる相手の大半は、リザイアが殺して欲しいと願わない国民なんだよな。……彼女に対する配慮か、オニイチャン?」

「はは、まあ妹のことも少しは考えてやらないとね。それに僕も一応は王族だ、民の命は自分の命の次程度には大切するのさ、バケモノサン」



 エルガルは言う。



「民は僕ら偉い人間のために働く。そして僕らはその代わり、いざという時に民を守る。何もおかしなことはない、ごく普通のことだ」



 つまりは普段自分たちのために働く民を失いたくない、と。

 保身だとエルガルは笑う。



「さてアルガントム、僕としてはこの保身に手を貸してもらいたい。さっきも言ったが、君の助力がなければ不可能だ」



 アルガントムは例によって問う。



「報酬は?」

「望むなら貴族王族、好きな地位に収まってくれて構わない。好き勝手に振舞う権利、だ」

「好きにしろ、か。信じていいんだな?」

「ああ。僕個人との契約だ、もし違えたらこの美形の首でも取りにくればいい。お茶を用意して歓迎しよう」



 自分の命をあっさりと賭ける王族だ、アルガントムは自らの雇い主との契約を思い出し苦笑しつつ。



「ラトリナ、そういうことらしい。俺はこの提案に乗り気だ、後は君次第だ」



 そして雇い主は、不安そうな表情の姉の手に自らの手を重ね、大丈夫、と、そう囁いて。

 自らの選択を言葉にする。



「お姉さまの涙も、人の死も、最小限で済む、その上に私たちのわがままも通る、そんな方法。だったら、エルガルお兄さま。私はそれを受け入れます」



 契約の成立。

 認めた上で、ラトリナは言う。



「アルガントム、私のわがままのために、私と共にトランベインを潰すことを命じます」

「了解した」





 さて、雇い主から直々のご命令も出たことで、そこでアルガントムはふと気づいてエルガルに問う。



「……そういえば三つの道がある、って言ってなかったか。今のは本命っぽい話だったが、二つ目だ」

「ああ、言ったね。まあこれは冗談みたいな方法だ、お話が全てダメだった時に苦し紛れで言うつもりだったんだ」

「せっかくだから聞いてもいいか」



 ああ、とエルガルは笑って。



「リザイアを嫁にしないか、と」



 軽い調子でそんなことを言うエルガルに、当のリザイアは雷に打たれたかのようにズガーンと固まって。

 ラトリナが彼女の頬をつつくと、慌てて意識を取り戻し。



「な、なななにゃにを言ってるんですかエルガル兄さん! 嫁って!」

「いや、君とアルガントムが結婚するだろう? アルガントムは親戚になるだろう? 親戚なんだから見逃してやろうと今の王さまに提案できる。まあ、間違いなくそのくらいじゃ討伐命令を取り下げないだろうけど」

「そ、そそそそういうことではなく! えーと、えーと、そう! お互いの気持ちとか!」



 顔を真っ赤にし、テーブルをばんばんと叩いて主張する。

 確かに助けてもらったとか、色々と恩義はある。

 妹もお世話になってるし。

 外見はちょっと怖いが優しいし。

 何よりかっこいいくらいに強いし。

 さてさてそれと、その他には。


 リザイア自身、自分の気持ちがわからない。

 この感情はなんなんだ、色恋沙汰などとっくの昔に投げ捨てた女の心が揺れ動く。


 一方で、アルガントムは。



「……そうだぞ、エルガル」



 ただ、淡々と。



「お付き合いするとなったら、えーと、どうすればいいんだ。手紙からか? いや、手を繋げばいいのか。海とか一緒に行くべきなのか。いや、えーと」



 色々と言葉を吐き出している。

 ラトリナは、なんとなくその姿を見てこう思うのだ。



「アルガントム、もしかしてあなた、女性とお付き合いしたことがない?」

「……話としては知っている。うむ、知ってはいるんだ」

「ないんですね」

「うむ。それで、えーと。……お見合いとかせずに結婚するのもどうかと思う。まず互いのことを知る必要があるし、子供の数とか家とか将来的な計画も話し合う必要があるし」



 ここまで動揺している彼の姿を見るのは初めてじゃないかと、ラトリナはおかしそうにくすくす笑う。 



「ふふふふ。とりあえずくっついてから考えればいいじゃないですか」

「馬鹿野郎。家庭を持つ以上は将来設計は大切だぞ。特に子供だ、作りすぎても全員に愛情が行き届かん。しかし一人っ子となると長い目で見れば人口の減少に繋がる。だがしかし兄弟姉妹間の不和のリスクなどを考えると――」



 ぺらぺらと言葉を流しだすアルガントム同様、リザイアもぐるぐるとした目で語りだす。



「その通りです。王族ということを考えれば後継者問題などの火種となるので子供の数は考えて作らねばなりません。一方で一人っ子となるといざなんらかの要因で失った際のリスクが大きい。また親戚間での繋がりなども――」



 お互い浮ついた話とはそれほど縁がなかった二人、いきなり結婚なんて話がでて多少以上にうろたえる。

 エルガルとしては冗談だったのだが。


 アルガントムは考える。

 祖父を参考にすればいいのか。いや、あっちこっちで浮気しておばあちゃんによく半殺しにされていたあの男を参考にするのはどうか。

 自分の父と母は、お互い納得した上とはいっても政略結婚的な色が強かったようで不仲というわけでもないがおしどり夫婦ともいえない、かなり淡白な関係だった。あれを参考にするのも違うとアルガントムは考える。

 友人知人、それほどいない。校舎裏でイチャついているカップルを少し目にしたことがあるが人目を気にしてキスするくらいなら家に帰ってやれと思う。


 わからん、悩む。女性との正しい付き合い方とは。冷静に考えたことなどなかった。

 人を殺すのは簡単だが人を愛するというのはどうやればできるのだ。

 いやそもそもリザイアに対して抱く感情は恋愛的なものなのか。嫌いではないが。


 助け舟を出すように、エルガルが延々と紡がれる二人の言葉を手で制す。



「はは、どうやらお互いその手の話に疎いようだ。ならば美形の僕からアドバイスしよう。信じろ、美形の力を」



 彼は白い歯を輝かせ、悩める男女に道を示す。



「――とりあえずヤってから考えればいい。あ、やめろ顔は狙うなボディにしてくれギャアアアア」



 死なない程度にボコられた。

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