46:わがままでも構わない。
久々に自分の仕事してるなと、カーティナは自身を評価する。
ルーフ村の復興は大半が完了した。
人の流れも戻りつつある。
少しずつ再開されていく日常。
まあ村の中には新たな住民、アルガントムの召喚した存在の姿もちらほらと見えるが、彼らは可能な限り目立たぬよう動いてくれていた。
村への来訪者を驚かせるのもよくないだろうと気を使ってくれているらしい。
巨体を持つ者は村からちょっと離れたところに出来た樹海、あるいは湖の中で静かに過ごしている。
また国境の地割れに橋を架けて隣国へ攻め入る手段を作ろうとか、そんな計画が準備されているらしく村に集まってくる王国の兵士の姿も。
国境の砦などが失われても、ルーフ村は相変わらず最前線な運命らしい。
彼ら相手に商売して生活をしている者もいて、ゆえに否定するわけにもいかないのだが。
「残ってくれてた方もいた、とはいえ。やっぱりちょっと兵士さんたちに対する感情は複雑なものがあるっすよねー」
いざという時に真っ先に逃げ出したものがいたということを覚えているルーフ村の住民たち、だいたいが抱いている感情だ。
久々に営業再開した冒険者ギルドの受付で、カーティナは同僚と仕事ついでにそんな会話をしている。
同僚は溜まっていた書類に目を通しつつ。
「新しく来た彼らに文句を言っても仕方がないとは思うが。……ただ、あちこちで問題は発生していると聞くな」
「あー偉そうなおっさん兵士と冒険者が喧嘩になった、って昨日もあったっすねー」
「あとは……この前の戦いでこの地に残った者たちと、逃げ出していたが戻ってきた住民、あるいは村を守っていた冒険者と新しく来た冒険者の間で少し派閥が出来始めている、とも」
「たまにギスギスしているっすねーそういえば」
勘弁してほしいとカーティナはため息を吐く。
人が増えればトラブルも増える、仕方のないことではあるが。
「みんなのんびり生きてほしいっすよねー。私くらい」
「そのレベルでのんびりされても困るがな。ほらお客だぞ」
裏で作業中の同僚の言葉を聞いて、カーティナは手を止めて視界を動かす。
美形がいた。
旅人にしては小奇麗な身なり、中々に稼ぎも良さそうとカーティナの目が見抜く。
爽やかに笑みを浮かべる男にカーティナは思わず。
「結婚を前提にお付き合いどうでしょう!?」
直後、同僚が机の下からカーティナの腹をぶん殴ってきた。
悶絶。
痛い、腹はやめろと心の中で呟く。
一方でカーティナにいきなり交際を申し込まれた男は、それはそれは爽やかに笑って。
「ははは、また一人の女性を惚れさせてしまった。美形で申し訳ない」
直後、男は脇腹に軽い肘うちを受けて悶絶した。
美形に目を奪われているカーティナは気づいていなかったが、それは男の隣にいた女の一撃であり。
「真面目にやってください、エルガル兄さん」
実の兄につっこみをいれた彼女の服装はやはり小奇麗な旅人風のそれであった。
だがカーティナは彼女の名前と身分を知っている。
「リジーさ、じゃなくてリザイアさまん!?」
「り、リジーでいいですよ」
リザイア・トランベイン。
王族だ。
そして彼女が兄さんと呼んだということは。
カーティナは恐る恐ると美形と視線を合わせる。
彼は脇腹をさすりつつ、並みの女は一撃必殺の笑顔を浮かべて名乗るのだ。
「お忍びなのであまり大声では名乗れないんだけれど……エルガル・トランベインだよ。確か、カーティナさん、だったかな。リジーがお世話になったようで。お礼を言わせて頂きたい」
軽く一礼するエルガルに対し、カーティナは全力で頭を下げる。
「ご無礼もうしわけありませんでしたーっす!」
「ははは、謝るべきは僕の方だよ。美形ですまない」
許されたうえに謝られた。
さすが王族、心が広い。
いよいよカーティナは心の中で玉の輿を狙いつつ、業務用の態度に切り替える。
「えーと、それで……エルガルさん、は本日は何のごようでこちらに?」
「いや、ちょっと待ち合わせ場所にここを指定させてもらったんだ。まだ来ていないかな、名前は……」
その時、ギルドの扉が開かれた。
入ってきたのは全身に布をまいた大男。
まだ国王殺しの罪が許されたと正式に通達が来たわけではない。
ゆえに、村に人が増えてきてからは彼は以前同様に正体を隠している。
「リザイアはいるか? ユニコーンにここが待ち合わせ場所だと呼ばれてきたんだが」
また彼の後ろからついてきたのは一人の少女。
全身に黒の刺青を持つ彼女は、ローブで体を隠している。
「話したいことがある、と。悪い報告でなければよいのですが」
アルガントムとラトリナ。
リザイアは二人の姿を見つけると軽く手を振り自らの存在をアピール。
一方でエルガルは、カーティナに微笑みかけて、感謝を述べる。
「失礼、待ち人はいまちょうどやってきたよ。お騒がせしたね」
★
極秘の話というわりに、エルガルが指定した話し合いの場はギルド二階の宿の空き部屋だ。
そこはアルガントムに助け出されたリザイアが、一時期借りていた部屋でもある。
四人で囲むには少々小さなテーブルだ、リザイアとラトリナの姉妹はベッドの上に腰掛けて、向かい合うのはアルガントムとエルガルの二人。
さて、まずは自己紹介か、と。
「アルガントムだ。詳しい話はリザイアから聞いているだろう。たぶんその通りの人間だ」
「ああ、だいたいは聞かされている。僕はエルガル、リジーの兄で、一応は王族で、美形だ。さて、まずは礼を言うべきだろうね。リジーと……」
エルガルの視線は、ラトリナの姿を見る。
ビクリと身を震わせた彼女に、敵意はないと笑顔を向けて。
「ラトリナ。僕の妹がお世話になっているらしい」
「ラトリナと面識はあるのか」
「いや、ない。ただ……父が娘の一人を何らかの魔法の実験に使っていた、という噂は耳にしたことがある。そして、もしも彼女と生きて会うことがあれば言おうと思っていたんだ」
エルガルは一度、言葉を止めた。
息を吐き、呼吸を整える。
そして、紡がれるのは。
「きっと辛い想いをしていただろう。君を救えなかったのは――父を止められなかったのは、僕ら兄弟の責任だ。すまなかった」
ラトリナに対する謝罪の言葉だ。
エルガルは魔法に詳しいわけではない。
ただ、ラトリナの刺青だらけの姿を見て予想はつく。
大切に扱われてはいなかったのであろうということくらい。
それを止められなかった自分や、兄弟。
トランベインにおいて力を持つ王族の男連中全員を代表しての謝罪。
ラトリナは、その言葉を聞いてゆっくりと首を横に振った。
「いえ、きっと私に問題があったのです。助けてほしいのに、けれど助けを求める声すらあげず、ただ生きているだけだった私の側に。だから謝る必要なんてありませんよ、えっと」
少し気恥ずかしそうに、ラトリナは目を逸らし。
「エルガル、お兄……、さま」
兄と認められ、エルガルは笑う。悪くない、と。
一方でアルガントムはラトリナの顔をじーっと見つめて問いかける。
「君はそういうキャラだったか?」
「え? 以前とそれほど変わらないと思いますが。……初めて顔を見た相手を姉とか兄とか呼ぶのって、緊張するんです」
「リザイアの時は気にしてなかったと見えたが」
「あの時は色々と演技したりしたせいでおかしな気分になっていたんですよ。何でも出来そうな感じというか」
その場のノリと勢い。
アルガントムは喉を鳴らす。
「くくっ、確かにそれは最強の後押しだ。きっとこの世で楽しく生きるうえでもっとも大切なものの一つだ」
「……そういうものなのでしょうか」
「たぶんな。……さて、兄弟姉妹水入らずで話すことがあるというのなら席をはずすぞ?」
アルガントムがエルガルに問えば、彼はその必要はない、と。
「それも悪くないが、その前に少し重要な話があってね。アルガントム、これは君自身に関わることで、つまりはその雇い主たるラトリナにも聞かせておかねばならないことだ」
エルガルの表情は真剣だ。
ならば相応の気構えで、アルガントムは彼に相対する。
「それならば聞かせてもらおう、その話」
「ああ。まずは一つの結論だが……君は国王殺しとか、あるいはセントクルス撃退の功労者とか、そういうことに関係なく、トランベインの敵として正式に判断された」
待てと、声をあげたのはラトリナだ。
「約束が違います! お姉さまは確かにアルガントムたちの罪を許すと!」
気まずそうに目を伏せるリザイアに代わり、エルガルがつめたい言葉を並べていく。
「確かにリジーはそう約束した、嘘を吐くつもりもなかったのだろう。……ただ、ラトリナ。この国で一番偉いのは誰だと思う?」
「国王、でしょう」
「ああ。前国王が死んで、今の国王はパゴルス・トランベイン。前国王の息子であり、僕やリジーや君の兄。兄弟姉妹の長男だ。その男が否といえば、リジーの口約束なんて簡単に握り潰せる」
わかっていただろう、トランベインとはそういう国だと。
エルガルの言葉をラトリナは否定できない。
王に意見する自由も、王に提案する自由もある、しかし結局全ては王が決める、トランベインはそういう国だ。
リザイアが口を開く。
「ごめんなさい、ラトリナ、アルガントム。私は約束を違えました。……どんな償いでもします、命を差し出せというのならその通りに」
その言葉にラトリナは泣きそうな表情でリザイアを見て、エルガルは一言も口を挟まない。
ただ、アルガントムは。
「罪を許せと、俺たちがそう約束したのはこの国と、だ。リザイアは仲介役に過ぎん、そうだろう? ラトリナ」
「……アルガントム」
「そして仲介人が、国が約束を破ったと、わざわざ報告しに来てくれた。今この場は、つまりはそういうことにすぎん。ラトリナ、君はまさかその仲介人を腹いせに殺せ、なんて愚かな命令を俺にはしないだろう」
屁理屈だ。
リザイア個人とした約束を、国との契約だ、なんて主張するのは暴論である。
アルガントムはその暴論で構わないとラトリナに言う。
ならば、ラトリナは。
「……ええ、そうですね。お姉さまには何の落ち度もない。だから、ふふ。だからアルガントム。手出しをしたりはしないでくださいよ?」
「了解した」
「待ってください! それでは私は何の償いも……!」
声をあげたリザイアの唇に、ラトリナは人差し指を当てそれ以上を言わせない。
「いいんです、そういうことで。……それに私はお姉さまを嫌いではないし、アルガントムも同様に」
「そういうことだ、許されておけお姫様。その方がこっちも気分がいい」
そのやり取りを見ていたエルガルが、なるほどと頷く。
「王族一人、好きにしてもいいと言われて、それをいらんと拒否できる。器が大きいことだね」
「いや、何も考えていないだけだ、俺たちは。彼女を人質にして国家と交渉、というのはめんどうくさいし……気分が悪い。リザイアはルーフ村を守った英雄だぞ、村の人らの反感を買う」
「はは、まあそういうことにしておこう。さて、トランベインは君を正式に敵と認め、討伐のために軍を差し向けるつもりだ」
「いいのか、そんな情報を王族がこっちに漏らしても」
「王族としてはまずいだろう、だからお忍びだ。はは。……さて、君には三つの道がある」
まず一つ、そう前置いて。
「単純にこの地を去る。こちらとしては一番楽な解決策だ。セントクルスかレグレスの領内に行ってしまえば脅威が去ったとうちの王様も安心するだろう」
異議があると、エルガルに言ったのはラトリナだ。
「お兄さま。私はこの地が好きです。ルーフ村や、周辺の集落。私はここを離れたくない」
「それは君のわがままだろう、ラトリナ」
「そうです。私のわがままです、お兄さま。だから、その提案はのめません」
わがままと、自ら認めてラトリナは首を縦には振らない。
エルガルはそんな彼女に言うのだ。
「ラトリナ、なんなら君は王族として戻ってきてもいいんだよ? 討伐命令が出たのは彼、アルガントムとその仲間。つまりは仲間じゃなくなれば君は安全、ことが終わればこの地にもいられる」
「私はそれを許せません。私を今日まで助けてくれたのはアルガントムで、これからもそれは変わりません。私は、彼を裏切るつもりはない」
毅然とした態度でラトリナはそう宣言する。
エルガルはそれを崩そうと言葉を重ねていく。
「ラトリナ、彼と共に歩んだところで、そこにあるのはトランベインとの戦の道だ」
「構いません」
「君が大切といったこの地ですら戦いに巻き込まれる。それでいいのかい?」
「……それ、は」
わずかな迷い。
自分の決断がこの地に戦いを呼ぶ。
それはきっと事実だ、そして事実だと理解できるからこそ、ラトリナは誓わなければならない。
「……それでも、この地にいます。この先、誰かが戦で死ねば、それは私の責任です。それで罵倒され、石を投げられようと構いません。私はこの地が、この地の人々が好きで」
そして、彼女はアルガントムを見て。
「それと同じくらい、彼のことが好きなのです。だから私は絶対どちらも譲らない。絶対どちらも手に入れてみせる」
両方選ぶ。
わがままで私的で強欲な決断。
エルガルはラトリナの目をまっすぐに見る。
揺らがない、自分では彼女を曲げられない、そう悟ってため息を吐く。
ならばと、次に彼が声をかけるのはアルガントム。
「うちの妹はそういうことらしいが、さて君はどうなんだ。うちの妹のわがままを聞く気かい?」
アルガントムは迷わない。
「ああ。どうせ俺には何もない。目的も欲望も、大したものは一つも持ってない。ならば気に入ったヤツのわがままを聞いて、気に入ったヤツらを守る。俺なんてものはその程度の存在でいい」
それにと、アルガントムはラトリナの方を見て。
「自分の命すら盾の一つとして守ったこの地と同じくらい、俺のことも大切なんだと彼女は言ってくれた。最初は、なんとなくで仕えていたが……共に過ごして、気に入った。そうそういないぞ、こんなに仕える価値のある相手は」
ゆえにアルガントムのエルガルに対する答えは、ラトリナと変わらない。
「この地を去る、それはなしだ。そもそも約束を反故にした相手にビビって逃げる、そんなの俺は気に入らない」
二人の答えは一つである。
こうも迷いなく断言されると、エルガルとてさすがに無理かと諦めるしかない。
「わかったよ、お手上げだ、一つ目の案はなしでいこう。……ならば二つ目、トランベインを潰す」




