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45:不穏な何かは世界のどこか。

 エンシェントでの話だが、一日一回全アバターの耐久力が全回復する仕様がある。

 0時ちょうど、日付の変わる瞬間に耐久力が残り一割であろうとなんだろうと一瞬で最大値に。


 何のデメリットもなく一日一回必ず貰える、ある種のログインボーナスだ。

 時間指定は厳しいが、ボスエネミーを討伐する際にはこれを利用して戦闘中に回復できるよう日付の変わる少し前に戦い始めるのが最も有効と言われていた。

 0時前後にログインできない徹夜残業中の社会人プレイヤーなどは一切の恩恵を受けられず不評だったが。どうせ耐久力ゼロにすれば何のデメリットもなくリスポン地点で耐久力全回復なのだから。


 ともかくアルガントムたちの体は、この世界でもそのシステムが適用されているらしい。


 夜遅く、日付が変わる瞬間にいきなり全身の傷が修復されるのだからさすがに驚いた。

 小屋の床に転がっていたスカラも同じように元通り。


 体の調子を確かめるよう彼女は手足を軽く動かしつつ立ち上がる。



「便利な体ね、コレ」



 アルガントムは座ったまま、そうだなと、自らの腕を見て。



「医者に行く必要もなし、か。こんなもん現実だったらお医者様が職を失うぞ」

「いちおういまも現実でしょう?」

「恐らくな。……しかし」



 小屋の中、ゼタ、ナイン、オメガの三者が手持ち無沙汰に待機している。

 彼女たちは睡眠を必要としないらしく。



「……まあ、今日の夜も暇だな」



 実のところアルガントムも、この世界に来てから睡眠できていない。

 できない体になっている、と言った方が正しいか。


 目を瞑ろうが横になろうが意識は消えず夢も見ない。


 便利ではあるが、夜は暇だ。

 しかし小屋の隅で布に包まりぐっすり眠るラトリナを起こすわけにもいかない。

 昼間は村の方で色々と手伝いをしてきたらしく疲れているはず。


 ゼタたちと会話をするにもいずれは話題が尽きるし、夜も眠らぬルーフ村に行ったとしてもさてなにをやればいいのやら。

 日が登るまではまだまだ時間もかかるだろう。



「着るも食うも寝るも必要としない体。……本当に、誰かに目的をもらわんと何もできんな、俺は」



 ラトリナの寝顔を横目で見つつ、自嘲した。



「暇ならまた私と戦う? 第二ラウンドってことで」



 同じく睡眠を必要としないらしいスカラが指を回しながらそんな提案をしてくる。



「もう戦ってやったんだ、満足しただろう。君が元の世界に帰る術を奪ってしまった、その埋め合わせはさっきの戦いで終わりだ」

「えー、つまんなーい」

「退屈に慣れろ。……樹海を見回ってくるか」



 最近の暇つぶしはだいたいこれだ。

 適当に樹海の中を見て回って住み着いてる七十二体と言葉を交わす。


 自分の部下の性質くらいは把握しておくか、と。

 話してみると外見を裏切って普通にいいヤツらばかりだった。たぶん自分よりも人間社会ってものに溶け込めるだろうとアルガントムは思う。外見さえどうにかなれば。



「今日は――第二墓地の方に行ってみるか。ゼタ、ナイン、オメガ、ついてくるか?」



 一応は聞くが、聞かなくてもだいたいついていきますと言うのが彼女らだ。

 そして聞いたら聞いたで。



「お供します」

「ご一緒しまーす!」

「警護なら、私を盾としてください」



 やっぱりついてくる。

 その上に今日はもう一人。



「私もついていこうかしら?」

「勝手にしろ。殴りかかってきたら顔を狙うぞ」

「きゃー怖い」



 悪戯っぽく笑いながらついてくるもう一人、スカラもいる。

 小屋の扉をそっと開けて外に出た。


 空を見上げれば、樹海の木々の隙間から綺麗な星空が見える。



「アルガントムは流れ星にお願いとかするタイプ?」



 スカラにそう問われれば、アルガントムは首を横に振った。



「地球の重力に引っかかって大気圏に落ちてくる石の塊がなんでもお願いを叶えてくれるとは思えん」

「ロマンがないわねー、私なんて毎回お願いしてるのよ? ――私が休んでいる日にピンポイントで私の通ってる学校を爆撃してくださいお星様って」

「何があったかは聞かん。いくぞ」



 物騒な。

 さて、アルガントムが目指すのは樹海の中に作られた第二墓地だ。


 第二墓地といっても、正確には墓地ではない。その地に眠る者はいない。

 ただインテリアとして墓石やら柵やらが設置され、それっぽい外見になっている。


 アルガントムたちが住み着いてる場所と比べれば、随分とおどろおどろしくそれっぽい。


 その墓地を徘徊する首なし騎士。

 目はないくせにまるで普通に頭部があるかのように動作して、アルガントムたちの姿に気づいたそれは。



「ああ、マスター。それに三大天使の方々に見知らぬ女性も。こんな夜遅くまでご苦労様です」



 紳士的に一礼する。



「デュラハン。こっちもだいぶ墓地っぽくなってきたな」

「ええ、外見だけですが。どうにもこういう環境の方が落ち着く性質らしいようで、我々十二死徒は」



 十二死徒。

 七巨獣や七海魔のようにやっぱりその名の由来はガチャのキャッチコピーだったりする。

 ハロウィンの時期に実装されたそれは幽霊や妖怪といった類の存在をモチーフとしたものであり。



「マスター! おはよーございます!」



 ばーんっ、と。

 そんな効果音が見えそうな勢いで木の上から飛び降りてきた彼女。

 女の子なのに紳士のような服装、マントと杖に、笑えば口元からちらりと見える鋭い牙。



「ヴァンパイアロード、一応つっこむが夜だぞ」

「ジョークですって。アンデッドジョーク。あと名前はヴァンで。ヴァンパイアロードって長いんで。きしし」



 ヴァンと自分をそう呼ばせる彼女は吸血鬼で、つまりはそういう類の存在が十二体いるわけだ。

 スカラがヴァンのほっぺを突っつきながらアルガントムに問う。



「まさか十二死徒も全員持ってるの?」

「ああ。たぶん他もその辺にいるだろう」



 一方でつっつかれてるヴァンの方は抗議の声。



「な、なにしやがるんですかこの女! 虫! こちとら吸血鬼の王なのに!」

「あらごめんなさい、私がエンシェント始めたの、例のハロウィンイベントの後からだから初めて見たの。だからつい、ね」



 スカラはくすくす笑って指を離す。

 まあ確かに十二死徒を揃えているプレイヤーはあまりいなかったとアルガントムは思いだす。


 ヴァンパイアロード。

 ベルセルクワーウルフ。

 フランケンモンスター。

 ドッペルゲンガー。

 シルキー。

 ジャックオランタン。

 デュラハン。

 スケルトン。

 デス。

 ユキオンナ。

 オーガ。

 テング。


 まあ和洋折衷というか色々とごちゃまぜ感のある彼らは共通して、弱い。

 例えばヴァンの場合は吸血鬼ということで攻撃した相手の体力を吸収する吸血という技もあるが、それだけだ。

 噛み付いた相手を支配下に置くとか、そういうスキルは持ってない。

 アンデッドとはいうが普通に攻撃されれば普通に倒れる。


 敵に回すとちょっと搦め手を使ってくるので鬱陶しいが、味方にするとだいたいのエネミーに搦め手がほとんど効果がない、微妙な性能のユニット群。

 別名ハロウィンコスプレ十二人組。


 そしてハロウィンイベント終了と同時にガチャから消えたので所持していたプレイヤーはそれほどいなかったのだ。

 初めて見た、珍しい、スカラの感想わからないでもない。


 そんなコスプレ十二人組が何をやっているのかと言えば。



「そういえば最近、樹海の中に人がちょくちょくくるんですよ」

「ああ、ユグドラシル他から報告は受けてる。……君らは脅かして回ってると聞いたが」

「この前は子供の前にずばーんっと出現したら変なお姉ちゃん呼ばわりされました。つらいです」



 まあ彼女は十二死徒の中でも見た目そんなに怖くない方だからなとアルガントムは本音を心の中にしまっておく。

 さて、村人たちが樹海の中に来るのは最近はよくあることなのだが。



「どうもそれ以外のお客さんも来てるみたいです」

「……そういえば、トランベインの部隊らしき連中が色々と調べて回っている、と聞いたな」

「あんまりフレンドリーな雰囲気じゃないので今のところみんな接触を避けていますが。下手につついてトランベインと戦争状態なんてマスターの望むところではないと」

「まあな。リザイアにこっちは味方と約束したんだ、裏切るわけにも行かないだろう」



 しかし気にはなる。

 調査がしたいというのなら、言ってくれればご自由にどうぞと許可を出せるというものなのだが。


 アルガントムは額をつついて考える。

 何が起きているのだろうか。


 その一方で、スカラがくすくす、と。



「争いごとの匂いがするわね、私の好きな感覚よ」

「物騒な。可能なら物事は穏便に進めたい」

「穏便な解決を好む者たちが世界の百パーセントなら、それは平和な世界でしょうね」



 彼女は語る、警戒くらいはしておいた方がいいと。

 その言葉にアルガントムは息を吐く。



「……まあ、そうだな。何が起きてもいいように、爪を研ぐくらいはしておこう」





 ラトリナは夢を見る。

 どこかの国の教会。

 神聖の二文字が相応しい姿の老人が、何やら狼狽している。


 場面が変わる。

 どこかの国の密林の中にある苔むした岩の城砦。

 常人は元より、虫、獣、竜、様々な存在と人の混血の亜人、あるいは尖った耳に細長い手足を持つ者や小柄に筋肉を詰め込んだような者たち、魔人。

 三つの種族が何やら怒声をぶつけ合う。


 さらに別の場面。

 見覚えのある城。

 ラトリナも知る顔、確か前国王の息子の一人、自分の兄、長男。

 玉座でなにやら喚き散らしており、その様子はどこか狂気をはらんでいる。


 あちらこちらに展開する様々な光景。

 どれもこれもが禍々しい。人の邪悪な一面を映している。


 そして、夢の最後に見えてくるのは、巨大な地割れ。

 大地の裂け目の奥底を目指して、ラトリナの意識は落ちていく。


 尖った岩肌、あちこちに死体が引っかかっている。

 それを横目にさらに奥へ、底へ。


 日の光すらも届かぬ闇の中。


 ずっと奥底に何かがいる。

 ドロドロとした黒い何か、人の頭を侵食するような呪詛を吐き出し続ける存在。


 ラトリナは恐怖する。

 本能的に感じるのだ、それは触れてはいけぬもの。近寄ってはならぬもの。

 もしもそれが地の奥底から這い上がってきたら。


 想像すると同時、その光景が見えるのだ。


 人の屍の山。

 カーティナも、グリムも、シャトーも、リザイアも――縁を繋いだ様々な人々が骸となって大地を埋め尽くす光景を。


 それだけではない。

 あの絶対の強者、アルガントムですらも、彼の使役する七十二体と共に大地に転がるモノと成り果てている。


 真っ赤な空。

 何かはひたすら笑っている。


 ラトリナは声なき声でそれに問う。

 何を理由にそれをした。


 それは何も答えない。

 ただ、その何かの巨大な体は、ラトリナすらも潰そうと腕を振り下ろして。


 暗転。



「……っ!」



 目が覚める。

 嫌な汗だ、嫌な夢を見た。


 ラトリナはどんな夢を見たかと思い出そうとして、そして頭痛に思考を中断させられる。

 目から涙が零れていた。

 真っ赤な血の涙。遠くを見る力を使った代償。



「力、が、勝手、に?」



 両目を押さえ、流血が止まるまで顔を手で覆う。

 そのまま最悪な体調と共に、自らが見たものを思い出そうとして。



「……あ、れ」



 思い出せない。

 何かを見たはず。

 嫌な光景を見てしまったはず。


 さて、なんだったか。

 そもそも嫌な光景とはどんなものだったか。


 全てが頭の中から消えていた。

 というか、そもそも、何のことを考えていたのだったか。


 消失。



「なんで、血が」



 目元を拭う。

 遠くを見る力、それを使った時に流れる血。


 何も見てないはずなのに、なんでこの血が流れている。


 血が止まる、全て拭ってその痕跡を消す。

 ラトリナにはわからない。

 ただ、わからないのに、あるいはわからないからこそ、不気味な不安が胸に渦巻いていた。


 小屋の扉が開かれる音。

 ラトリナが振り返れば、仲間の姿がそこにある。



「起きていたのか、ラトリナ。……何かあったのか?」



 青ざめた顔を見て心配そうに問うてくる、そんなアルガントムに、ラトリナは――確証のない不安をかき消すために――ちょっと無理やり微笑んで、普段の調子で答えを返した。



「いいえ、なんでもありません。嫌な夢でも見たのでしょう」

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