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44:トランベインの決断。

 トランベイン王城、玉座の間。

 その場所が国王と共に消失した日から時が経ち、再建はほとんど完了している。


 さすがに調度品や壁の彫刻といった内装は、かつてと比べるとまだまだ貧相と言わねばならないだろう。

 すぐに元通りになるものでもない。

 だがそれでも王に謁見する場としては最低限の形は整っている。


 トランベインの王城に帰還したリザイアは――自分のために作らせた赤の鎧の予備、それに着替えた身分に相応しい姿で――その場所で家臣としての態度で跪き、現国王の見下ろす視線に晒されていた。


 太い体にアゴのヒゲ、玉座に座るその姿は生前の国王の面影を強く残す。

 トランベイン十六世――パゴルス・トランベインは、前国王と第一王妃の間に生まれたトランベインの正統後継者だ。


 リザイアのいない間に戴冠式を済ませ、正式な王となった腹違いの兄。

 王の遺言なども残っていないのだから彼が新国王となるのは妥当といえる。


 ただ父に溺愛されていたその男をリザイアがどう思うか、正直好きとは言えないが、まあそれは私情だ。

 私情で王位の継承に文句をつけるほどリザイアも子供ではない。


 ゆえに感情を殺し、王に対する家臣として接する。



「顔を上げよ」

「はっ」



 許しを得るとリザイアは、国王とまっすぐに目を合わせた。



「エルガルから報告は受けている。義憤から国王殺しの犯人を探しに出ていた、と」

「はい。勝手な行動を取りました。処罰は覚悟しております」

「よい。私とて父上を殺した犯人は憎い。気持ちはわかる、お前の罪は許そう」

「ありがとうございます」



 さて、リザイアは考える。

 このままアルガントムたちのことを話し、彼らの暮らす領地を提供しろ、と。

 いきなり話すのも無謀だろう、ならばどう言葉を組み立てるべきか。


 本当なら信頼する兄、エルガルに相談して策を練ってからこの場に来たかった。

 帰還直後に呼び出されてしまったのは大誤算だ。


 そしてリザイアが考えをまとめる前に、王の方から言葉が来た。



「さて、リザイア。なんでもセントクルスの大軍勢の侵攻を防ぐ手伝いをしてくれたそうだな。報告が届いておる」



 人の噂は本人よりも早いらしい。

 国境で何かがあればいち早く王都に情報を伝えられるようにと、王国領内に配置されていた魔法使いたちの力だろう。


 距離の離れた相手の頭の中に直接情報を伝える魔法。

 伝えられる距離は無限ではなく、国境から直接王都に情報を送れるというわけではない。

 国境から近くの町へ、そこから王都に近づく別の町にいる魔法使いへという風に、同じ魔法を使える者たちが次々と情報を伝えて王都まで届く連絡網。


 ただし、どの地にいる誰がその魔法を使える者か、という点に関しては敵によって情報網を破壊される危険性があるので極秘である。

 王城にいる魔法使いがそれらの魔法で情報を受け取れる、ということ以外は王族でも詳しい情報を持たない。


 少し怪しい組織でもあるがその情報に間違いは少なく、また報告の速さは風の如く、だ。

 そして。



「また、銀色のインセクタや六本羽の天使、それらが起こした天変地異の話も」



 風はそこまでの情報も伝えていたらしい。

 それならば下手に隠す必要もないと、リザイアは頭の中で組み立てていた言葉を全て投げ捨てた。



「陛下、それではセントクルスの大軍勢を撃退したのが彼らの力であるということもすでにご存知でしょう」

「ああ、そのように聞いておる」

「それらは真実です。王族、リザイア・トランベインとして彼らの全ての功績が本物であると証言します」



 王族の名と誇りにかけて、嘘も偽りも口にはしない。

 そして彼らの功績を、すでに王が知っているのなら。



「――陛下にお願いがあります。セントクルスの大軍勢、その侵攻を阻止した功績に免じて、彼らの罪をお許し願いたい!」



 リザイアは深く頭を下げて、新たな王に直訴した。

 前国王を殺した罪を許せ、普通ならば通るわけもない願い。


 しかし彼らは普通ではない。

 セントクルスの大軍を、ほとんど個人が使役する力によって退けたのだ。


 リザイア自身も存在を知らなかった影の王女と、彼女と共にある七十三。

 彼らがいなければ多くの民の命が奪われていたであろう。


 その守護の功績は、王殺しの罪に対する償いとするには十分ではないか。

 リザイアの言葉を。



「わかった、その者たちがトランベイン十五世を――我らが父を殺した罪を許そう」



 新たな王は、驚くほどあっさりと受け入れた。

 リザイアは寛大な措置に喜びと共にさらに深く頭を下げようとして。



「そしてトランベイン十六世として、銀色のインセクタとその眷属の討伐を我が国全ての民に命じる」



 続く討伐の命令に、リザイアは驚愕の表情と共に顔を上げた。

 聞き間違いか?



「陛下、いま、彼らを、討伐、と」



 王は当然とばかりに深く頷く。



「大軍を討ち滅ぼし、大地を割り、無数のおぞましき存在を使役する怪物。そんな脅威を放っておくわけにもいかぬだろう?」

「待ってください! 彼らは敵ではありません! 陛下も話せばわかるはずです!」

「バケモノと話す舌などもたん」

「陛下!」



 引き下がるわけにはいかなかった。


 ある意味でその命令は正しいのかもしれない。

 一国の大軍を殲滅する存在。

 それはもはや災害であり、脅威だ。神話に名を語られるような、強大な魔物の類だろう。


 だが彼らが無作為に破壊を撒き散らす災害ではないと、リザイアは知っている。

 共に笑い、共に戦い、共に歩める存在であると、リザイアは知っている。


 だからここで引き下がるわけにはいかない。

 彼らを討つなど、そんな王の命を認めるわけには。



「陛下、失礼します」



 リザイアが王に飛び掛ってでも命令を止めさせようとした寸前、玉座の間の扉を開き、一人の男が入室してきた。

 道を歩けば全ての女が振り向くであろう美青年。



「エルガルか、呼んだ覚えはないぞ?」

「申し訳ありません。少しリジ……リザイアに聞きたいことがありまして。まずは寛大な陛下に無礼を謝罪いたします」



 リザイアの隣に来ると、彼女と同様に跪いたその男はエルガル。

 現国王の弟、あるいはリザイアの兄。王族の一人。


 彼が小声でリザイアに囁く。

 少し喋らないでいろ、と。


 そしてエルガルは王に媚びるための満面の笑顔を整った顔に貼り付けて、ペラペラと口を動かし始めた。



「陛下、リザイアが乗ってきた馬、ご覧になられたでしょうか?」

「馬?」

「ええ。美しい毛並み、凛々しい顔つき、それだけでも名馬と断言できますが、それよりなにより、その馬には角があるのです」

「ほう、角のある馬と?」



 王が興味深そうにエルガルの言葉に耳を傾ける。

 リザイアはそんな話をしている場合ではないと会話に割り込もうとして、しかし喋るなという兄の言葉を思い出し大人しく口を塞ぐ。


 エルガルは言葉を続ける。



「額に一本角。そのような馬、私が知る限りもはや伝説上の存在。古に絶滅したといわれるものの一つ」

「ほう、ほうほう」

「陛下、私はあの馬を陛下に献上したいと考えているのですが……しかし馬とは気難しい。どうにもリザイアの馬は彼女以外を主とは認めないようでして、私も近づくことすら叶いません」



 所詮は獣で無理やりに従わせようとしても従わない、エルガルはそう語り。



「では偉大な陛下には別の個体をご用意しなければなりません。しかし時が流れればリザイアがあの馬をものにした場所からその痕跡が薄れ手がかりがなくなってしまう。それでは陛下に献上できない。ゆえに一刻も早く彼女に情報を聞きださねば、と」

「おお、なるほど。それは急がねば」

「ですのでリザイアの身をお借りしてもよろしいでしょうか? ご安心ください、陛下の勅命たる銀色のインセクタの討伐には支障がないよう動きますので」

「うむ、許す。期待しておるぞ、エルガル」

「はっ! それでは一刻を争いますゆえ、失礼させていただきます。リザイア、そういうわけで私と共に」



 リザイアは、まだ王との話は終わっていないと叫ぼうとし、また肩に置かれた兄の手を振り払おうとして。



「……この場で君が暴れたところで事態は変わらないよ。僕に任せろ」



 リザイアにだけ聞こえるよう囁く兄の言葉は正論だ。

 暴れたところで何も事態は好転しない。

 王を説得できる自信もない。


 リザイアは唇をかみ締め、両の拳を握り締め、ゆっくりと立ち上がり、エルガルを追従する。

 心の中で彼らに詫びた。



(ラトリナ、アルガントム、私は、あなたたちとの約束を守れなかった)



 無力だ。





 王族のものにしては少し地味、エルガルの部屋はそんな部屋だ。

 確かにそれなりに良い机やベッド、一通りの家具は置いてある。


 だがそれだけだ、珍しい調度品などの遊びがその部屋にはほとんどない。

 使わぬものを置いてどうするというエルガルの意思を反映されており、使用人たちには掃除が楽だと高評価だ。


 そしてつまり、壁際に設置された大きな鏡はエルガルにとっては実用品ということである。


 さて相変わらず美しいと鏡に映った自分の顔を見つめつつ、背後で暗い顔をしてテーブルに座っているリザイアに言葉をかける。



「とりあえずは色々とご苦労様、大変だったみたいだね」

「……エルガル兄さんにつけてもらった護衛の部下たちを失ってしまいました。申し訳ありません」

「僕に謝る必要はない。ただ、彼らに繋げてもらった命、大切に使うように」

「はい」



 雰囲気が落ち着いた、と。

 エルガルは妹の変化を評価する。


 外で色々とあって、色々なものを見たのだろう。

 それが彼女を成長させた。

 いいことだと、エルガルは自分の前髪を弄りつつかすかに微笑む。


 その喜びは胸に仕舞い、本題だ。



「さて、リジー。聞きたいことがあるんだが」

「馬のことなら……」

「ああ、いや。そっちはどうでもいいんだ、あの場に乱入してことを誤魔化す話題にちょうどよかったんだ」

「え?」

「基本的に現国王も前国王と同じだ、物欲を最優先する。お陰で色々と献上すれば多少は信頼を得られるわけだから楽だといえば楽なんだけど」



 モノで買った信頼に、エルガルは必要以上に応えてやるつもりはない。向こうもそれほどこちらを信じているとは考えない。


 こっちはこっちで動く。

 そのために情報だ。



「リジー、まず銀色のインセクタ。セントクルスの大軍を撃退し、大地すら割ったという彼らの力は本物かい?」

「はい、本物です」



 嘘のないまっすぐな言葉。

 彼女は馬鹿だし嘘が下手だ。

 ゆえに嘘をついていないとエルガルは判断する。


 さて、それが事実というのは厄介だ。

 トランベインは国を挙げてそんなバケモノを討伐しようと、そういう流れになっている。


 勝てるかどうかは問題ではない。

 問題は失われる命の数だ。


 例えば勝ったとしても、その犠牲は大きいだろう。

 地平を埋め尽くしたというセントクルスの大軍、それと同等以上の損害を覚悟しなければならない。


 トランベインの軍隊。

 そこに戦うことを本職とする貴族や騎士はそれほど多くない。

 戦争の際に投入される兵力のほとんどは徴兵した村人であるとか、あるいは冒険者だ。


 兵士の質ではセントクルスやレグレスに劣る。

 かき集めた兵力の数で押すのがトランベインの戦い方。

 それゆえに戦場で出た損害は、そのまま民への被害となる。


 畑を耕す農民が減れば食料も作られなくなる、それでさらに民が死ぬ悪循環。

 次に影響を受けるのは貴族連中、最終的には王族だ。

 単純に食糧事情を考えただけでも蓄積する民衆への被害はやがて深刻なことになるのだが、いまのところ大きな影響を受けていない貴族以上の連中は大半がそれに気づいていない。


 そして国境を分断するように大地が割れたという事実。

 これからは足りなくなった物資を隣国に攻め込んで調達、なんてことも簡単にはできなくなる。


 この状況でどれだけ被害が出るか想像もつかないバケモノ退治。悪手だ。


 となれば不干渉、これが一番であるとエルガルは考える。



「リジー、銀色のインセクタ、話が通じる相手かな?」

「はい。間違いなく」



 断言。

 嘘は言ってない。

 彼女が騙されているという可能性もあるが、果たして強大な力を持つ存在が小細工を必要とするか。



「ああ、そうだ。話したならば、父上を殺した理由は聞いたかい?」

「聞きました」

「なんと?」

「気に入らなかったから殺した、だそうです」

「気に入らなかった?」



 エルガルは聞く。

 異世界から、つまりはトランベインの権力の及ばない土地から連れて来られて、さんざん無礼を働かれたという銀色のインセクタ――アルガントムという存在の話。


 聞き終えれば、さすがのエルガルとて笑ってしまう。



「はは、そりゃあ父上が悪いな。権力ってヤツがどこまでも万能なら今頃世界はトランベインの名の下で平和になってる」

「エルガル兄さん。私は、この件に関しては私たちトランベインに非があると思います」

「だろうね。しかし国王は殺す一方で自分が気に入った村は守る、か。話せる相手だ」

「ならばエルガル兄さんからも国王に言ってください! 討伐命令を取り消せと!」



 リザイアの提案を、エルガルは一言。



「無理だね」



 それだけで否定した。

 リザイアは立ち上がり、叫ぶ。



「なぜです! エルガル兄さんだってアルガントムとは話し合えると……!」

「残念ながら僕がそう思ったところで国王はそう思っていない」

「説得すれば!」

「それが無理だということだよ。国王を殺せる力を持ったものが野放しになっている、そもそもその状態が許せないらしい」



 王城にいたエルガルは知っている。

 銀色のインセクタを早くどうにかしろと毎日のように叫んでいた国王の姿を。



「討伐命令が取り消されることはない。これに関してはどうにもならないだろう」

「そん、な……」



 リザイアは、自分よりも賢いであろう兄の言葉に絶望する。

 それではどうにもならないのか。

 彼らと、そして妹との約束を違えねばならないのか。


 そんなリザイアに希望を持たせたのも、また兄の言葉なのだ。



「だが話が通じるならやりようはある。彼らと話しに行こう、トランベインの王族として、同時にエルガルという人間として」

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