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43:かつての自分たちの世界の話。

 液体を飲み込んでから少し後。



「く、くくっ、くくくっ」



 苦しむような、あるいは喜ぶような声を漏らしながら、スカラは自分の体を抱くようにして縮こまる。

 その体からはギシギシという異音が響く。

 骨か何かが軋む音。


 スカラの手足の甲殻、その隙間から輝きが漏れ出し始めた。

 彼女が飲んだ液体のそれと同様、毒々しい赤の輝きだ。


 そして。



「がっ、あぁあッ!」



 バキン、バキン、と音を立て、彼女の甲殻がその輝きを熱と共に吐き出そうと展開していった。

 変貌していく。刺々しく禍々しいシルエットに。


 近づけば切り裂かれそうな手足を大きく広げ、彼女は天に向かって笑う。



「あは、ははは。あっはっはっはっは!」



 笑いながらアルガントムへと向けられたその顔。

 本来の人間の二つの目、その位置のやや上、額の左右に二つの瞳が新たに開いている。


 凶悪な外見のその四つ目の虫人に見つめられて、しかしアルガントムの頭は冷静だ。


 思い出す。

 覚醒鮮血ハイパーブラッド。


 亜人種の持つ獣や虫の野性の血を呼び覚ます、そんな売り文句だった。

 効果はアバターの性能強化だ。


 単純に攻撃力が上がる。その上昇率たるや、ゲームを開始したばかりのプレイヤーアバターでもこれを使えば中難易度のダンジョンですら通じる火力を得られるほどだ。

 ただしそんなものをデメリットなしの無条件に使わせてもらえるわけでもなく、そもそも初心者が課金による日本円とMPの交換もなくぽんと使えるほど消費が小さいものではない。


 そしてそれ以上に、魔法が使えなくなる、耐久力常時減少というステータス異常がついてくる。


 前者はそのまま亜人種の特徴である物理と魔法の両立の片方を潰すことになる。

 そうして得られる物理火力は確かに常人種をも凌駕するのだが――引き換えに発生する耐久力の減少。


 例えハイパーブラッド発動後にエネミーからダメージを一切受けなかったとしても三分で耐久力がゼロになり戦闘不能だ。

 勿論、途中でダメージを受ければそれだけ終わりは早まる。

 逆に回復手段があれば延長されるし、味方との連携を前提とすれば常にダメージを受けながらも相手を削りまくる最強の物理アタッカーの誕生なのだが。


 つまり、単独で使うと三分間限定で火力が上昇し、そして終われば死ぬ、そんな使い勝手の悪すぎる力。

 使用時の外見の禍々しい変化から狂化とか覚醒状態なんて俗称で呼ばれていた。


 さて、このハイパーブラッドによる覚醒状態。

 耐久力がゼロになるか、あるいはとあるアイテムを使わなければ途中解除もできない。


 エンシェントの時ならば耐久力がゼロになってもリスポン地点に戻されるだけだった。

 しかしこの世界では?


 アルガントムは問う。



「おいおい死ぬ気か、お馬鹿さんめ」

「あぁはっはっはひゃっは! 褒め言葉ァ! 強いヤツには出し惜しみはしない! それが礼儀よ、私なりのォ!」



 吼えると共に彼女が駆けた。

 アルガントムはスカラの姿を見失い、ただ彼女がいた場所に赤い輝きの軌跡だけが残っている。


 その軌跡を目で追って、アルガントムが背後を振り返ると。



「そして礼儀ついでに一言ものを申すけどゥ! 女の顔を狙う普通ッ!?」



 四つの目が笑っていた。

 同時に、腹部に衝撃。


 スカラの肘打ちがアルガントムの腹筋に直撃し。



「……っがァ!?」



 その鉄の砲弾のような威力に吹き飛ばされる。

 腹の甲殻が砕け、透明な体液の後を残しながら、地面を跳ねた。


 スカラはそれに容易く追いつき、追撃に蹴りを叩き込む。

 弾かれ、巨木の幹へと激突。


 木を背に停止したアルガントムに対し、スカラは笑う。



「あはひゃはっはひゃっは! まあ、女と手加減されるよりは嬉しいけどォ! 本当に嬉しいわ私を対等と認めてくれてェ!」



 一方で、アルガントムは少しの間、動けなくなっていた。

 だいぶ痛い。

 体がダルい。


 ハイパーブラッドと覚醒状態の力、すさまじいものがある。

 アルガントムより格下のスカラにあれだけの力を与えるのだ。

 確かにこれは命を三分間に凝縮するには納得できる力だと。


 しかし、と。

 アルガントムは考える。


 勝利の方法は簡単だ、ただ三分間逃げ切れば良い。

 それでスカラは力尽きる。


 同時に思うのだ、それは気に入らない。

 そんなつまらん勝負で勝っても、気分的には最悪だろう。



「……ったく」



 ゆえにそれは選ばない。

 アルガントムは、立ち上がる。


 その姿にスカラは心底嬉しそうに笑う。



「あひゃっはっはひゃは! さあさどうするアルガントムゥ! 今の時点では私が有利よォ!?」



 やかましい、その挑発には乗ってやる、と。

 アルガントムはアイテムストレージからそれを取り出す。



「さて、ハイパーブラッドで格下が格上を上回れるのなら」



 それは試験管、赤の液体。

 覚醒鮮血ハイパーブラッド。



「格上が同じ方法でさらに力を上げたらどうなるんだろうな」



 魔力を注ぐ。

 赤く輝く。


 ギザギザとした口でそれを噛み砕き、赤い液体を体内へ。


 体の変化する異音。

 殻が割れ、全身から赤の輝きが命もろともに漏れ出しはじめる。


 スカラと同様に、赤の輝きを放つ禍々しい覚醒状態となったアルガントム。

 その姿を見てスカラは笑う。



「あはっ! やっぱりあなたももってたんだァ!」

「…………持っていなイとは、一言も言ってナいぞ?」



 体に力が満ちると共に、どんどん力が抜けていくという矛盾した状態。

 冷静な思考はそのまま、頭の中では敵を倒せと何かが叫び続ける混沌が展開される。


 アルガントムはお喋りしている暇がないと自覚する。


 これは時間が限られる。


 ならばさっさとぶつかって、優劣ハッキリさせてやる。



「まズは、とにかクぶっ潰す!」

「あひゃっははひゃっひゃははッ! 早く来てェ!」



 黒と赤と、銀と赤が激突した。





 お互い武器は徒手空拳。

 拳で殴る、手刀で突く、蹴りを飛ばし、あるいは頭突きを見舞って互いに弾かれる。


 その戦闘は互角か。

 否。



「あっ、う、ぐッ!?」



 明らかに、スカラの側が押されていた。

 額の目が一つ潰れ、すでに両手は動かない。

 比較的ダメージの少ない足でどうにか立っている、そんな状態。


 基礎スペックの差だ。

 格下が格上を倒すために覚醒状態を選んだ。

 だがその格上が同じ覚醒状態となったら、結局優劣は変わらない。


 自身もそれなりに傷ついてフラつくアルガントムは、足腰に力を込めて倒れないよう踏ん張りつつも、スカラを指差しこう語る。



「ッ、く……、課金でステータスを底上げし、課金アイテムで強化しテ、確かに強いな褒めテやる」



 だが、と。

 アルガントムは赤い光の尾を引きながら、フラつくスカラに接近し。



「この体に対するにッ! 課金額が一桁二桁ホど足リんぞッ!」

「ッ!?」



 振り下ろす拳。

 それがスカラの頬に突き刺さり、そのまま彼女を地面へと叩きつけた。


 地面の欠片が砕けて飛び散り、砂埃と衝撃が辺りを揺らす。


 その余波が収まり、舞い上がった砂が地面に落ちれば、立っているのはアルガントムだ。

 地面には大の字で倒れるスカラの姿があり、彼女はかすれた声で大笑い。



「あ、ひゃ、は、は、は、は。負ーけ、ちゃ、った。あはは」



 彼女が動けなくなったのを確認すると、アルガントムはアイテムストレージから一つのアイテムを取り出す。

 試験管に青の液体。


 覚醒鮮血ハイパーブラッドと対を成すアイテム、沈静止血リミットブラッド。

 耐久力ゼロ以外の手段で覚醒状態を解除するもう一つの方法。

 覚醒状態では魔法は使えないが、これに関しては例外である。MPを使う必要もない。ただ飲めば良い。


 アルガントムはその青い液体で満たされた試験管の蓋を親指で外す。

 スカラはそれを見上げて、自分も所持するそれを彼もやっぱり持っていたんだなと他人事のように考える。


 アルガントムは覚醒状態のことを知っていたはずだ。

 三分間の時間制限、耐久力ゼロによる死亡。


 それらを知っているのなら、スカラにつきあわず逃げればよかったのだ。

 この樹海の地形を活かして全力で逃げ回られたら、覚醒状態になってもいないアルガントム相手でも三分で倒しきれないだろうとスカラは考える。


 元より勝てる勝負にわざわざ自分もハイパーブラッドを使ってまでつきあってくれた。お人よしだ。

 しかしさすがに死を選ぶとも思えない、ゆえに解除のアイテムも持っているだろう、と。


 スカラの予想は的中だ。

 彼女の意識が薄れ行く一方、アルガントムはリミットブラッドを手にしゃがみこんで。



「あうっ!?」



 そしてスカラの予想外の行動。

 彼女の顎を掴んで口を開かせ、青い液体を流し込んできた。


 無理やり飲まされそうになるヤバい色したドロリなそれを本能的に拒絶しようとしたが。



「飲め。全部飲め。というか飲まないと死ぬだろう」

「がぼッ!?」



 アルガントムがそれを許さない。

 彼女が液体を吐き出せぬよう上を向かせて、とにかく無理やりに流し込む。


 まあ確かにこのまま気を失ったら覚醒状態のダメージでそのまま死んでいるのだろうが、それでもスカラは思うのだ。



「さ、さすがにもうちょっと女の子は優しくあつかごぼぼぼッ!?」

「優しく扱われたいなら相応に女らしくしてもらいたい。黙って飲め」



 命を吐き出し続けていた体が元に戻っていく。

 空いた穴が塞がるように、彼女の命の流出が止まる。


 戻った体で咳き込みつつ、スカラは荒い息を吐いて呟いた。



「げほ、げほっ。……あー、感謝はするけどありがとう。文句も言わせて優しくしてよ本当に」



 スカラが完全に元に戻ると、アルガントムは一安心と熱の篭った息を吐く。

 そして空になった試験管が役目を追えて消失した後、また一本のリミットブラッドを取り出す。


 それはスカラが飲み干したはずの青い液体で満ちていた。

 便利なことにリミットブラッドには使用制限がない。エンシェントの頃から。


 リミットブラッドを飲み干して、アルガントムは自らも覚醒状態を解除した。

 赤い輝きが消失していき、展開した甲殻も元通り。


 試合の傷はさすがに治らないらしい。あとでどうにかしなければ。


 さて、と。

 アルガントムはスカラの隣に倒れこむ。疲れた。



「……言っただろう、優しくしてほしいなら相応に振舞え」

「はいはい了解。……そんなんじゃモテないわよ?」

「馬鹿野郎。俺はこれでもあっちこっちに浮気してどんどん増えた孫ども全員に毎年十万と最新ゲーム機をお年玉としてあげていたプレイボーイなクソジジイの血を引いている。忌々しい」

「どうなってるのあなたのおうち!?」

「人のご家庭の事情だ。……まあ、遺産相続は兄弟仲よく好きにやれと全部投げっぱなしにしたせいでお家騒動勃発だが」



 たぶん祖父なりの家族に対する信頼だったのだろう。

 さすがに息子や娘やその親戚等々、個々のお家事情の全てを把握できるほど全能ではなかったらしいが。


 ただそれで争い始めたのは残された側の問題であり、先祖を責めるのは間違いだ。

 金だの株だのそのくらい親戚内で仲良く分ければいいだけの話と、アルガントムは考える。


 今も遺産の話で揉めているのだろうか、というか自分の抜け殻はいまどうなっているのか。

 とっくに死体は腐っていそうだ、繋がり薄い親子とはいえ、さすがの父母も泣いてくれたか。


 考えるだけ無意味だな、と。


 アルガントムはよろよろと立ち上がって、ついでにまだ地面に転がっているスカラの首根っこを掴む。

 放置するのもどうかと思った。

 そのまま乱暴に彼女の体を引きずって、ラトリナたちの待つ小屋へと戻る。



「痛い痛い痛い地面で削れる削れる! お姫様抱っことかないの!?」

「別料金だ。……さて、リジェネレイトの杖を使ってもいいんだが、少しこの世界での傷の治る速度ってヤツが気になるな。つきあえ怪我人、どんくらい時間がかかるか実験だ」

「ちょ、回復使えるなら使ってよ!? 私クロガネと覚醒鎮静二種血液しか持ち込めてないし! それに結構痛いんだけど体!」

「生きてる証拠だよかったな」

「よくない! 痛いいま木の根が腰にー!?」



 まったく同郷出身の彼女は賑やかな女であると、アルガントムはかすかに笑い声を漏らす。

 また少し、自分の知りうる範囲の世界が楽しくなる。





「ふと、思ったのですが」



 傷が痛いと大人しくしてたアルガントムと、動けなくなってるところを狙ってナインに頬をつねられたりして地味に痛いとわめきつつ床に転がっているスカラ。

 二人を見て、ラトリナがその疑問を口にした。



「二人の元いた世界というのは、どんなところだったのでしょう?」

「知ってどうする?」

「純粋に興味ですよ」



 まあ隠すことでもないし、いまは動けない。

 暇つぶしの話題としてはちょうどいいかと、アルガントムはスカラと目配せし。



「あの世界は、まあ一言でいうとクソゲー、だよな?」

「そうね、間違いなく」



 両者一致。

 クソゲーと、その言葉の意味がわからず首を傾げるラトリナに、アルガントムは補足する。



「そうだな、まあ、よく出来ていない世界ってことだ」

「現実世界みたいなもの、ということですか?」

「……現実はクソゲー、か。うまいことを言う。当たらずとも遠からずだ。三つの種族がいる、エネミーつまりは魔物がいる、魔法を使うに硬貨を使う、まあこの世界と似てはいるが」



 アルガントムはどう例えるかと考えた。



「……そうだな、ラトリナ、例えば君の意識をそのまま別の世界にある別の肉体に移植して、そこで別人として好き勝手に遊べる、そんな娯楽があると考えろ」

「待ってください、えーと……はい、想像しました、なんとなく」

「それで君以外にも別の肉体を操ってその世界で遊ぶ人間が大量にいる。またその世界には魔物や魔法も存在する。そして現実の法律なんかには縛られない、仮想の自由な世界だ」

「なるほど、それは……楽しそうですね」



 実際、ゲームだ。

 基本的には楽しい。



「まあつまりは、現実に縛られずかりそめの肉体を操って好き勝手に遊ぶための娯楽のための世界、それが俺たちの元いた世界、エンシェントだ」

「基本、ファンタジー系だったわよね。常人種は人間、亜人種は半人半獣、魔人種はいわゆるエルフかドワーフみたいな感じでキャラメイクできて。銃火器系の武器はエネミーしか持ってないし」

「ああ、最初は剣と魔法のファンタジーと思ったら上位の方だと古の超技術の復活とかいってスチームパンクと魔法が闇鍋になったような世界観になってくるんだよな。懐かしい」



 過去の世界の会話を聞いて少し置いてけぼりになっているラトリナに、アルガントムはさてどう言ったものかと頭をつつく。



「ようは、現実じゃないというだけで、この世界とそれほど変わらんと思え」

「この世界と同じような、娯楽のための世界。なるほど」

「それで例え話だが、世界に神がいたとしよう。魔力だの魔物だの魔法だの、ともかく世界を全て作った神さまだ」



 あるいは運営会社とも言う神様だが。



「その神様の気分次第で魔物の強さが変化する、魔法の強さが変化する、魔力の価値も、あるいは俺たちが使うかりそめの体の性能すらな」

「……魔法の力が簡単に変化しては魔法使いも混乱するのでは? 鍛えた体の力も不変ではないと?」

「とんでもないことにそんな世界だ」

「その世界の神さまは、なんでそんなことをするのです?」



 アルガントムは考える。

 バランス調整とか、不具合対策とか、まあ色々とあるのだろうが。



「一番の目的は金だろうな」

「お金ですか」

「ああ。その神さまがいるのは現実の側の世界でな。あるいは俺たちの本体がいる世界というか。その世界では金が絶大な力を持つ。この金を稼ぐために神さまは娯楽のための世界を作って俺たちを遊ばせているわけだ」



 そして、と。



「現実の世界で神さまに金を払う……つまりは賄賂か、それをすれば娯楽の世界での自分を強くしてもらえる。そういうシステムがあった」

「娯楽の世界に限り必勝を神さま自らが与えてくれる、と」

「しかし誰も彼もが金を払いすぎて、強さの上限に達してしまった。すると神さまは世界の強さの上限を変える。さらに強い脅威や魔法を世界に作り、倒したければ金を払えと」

「……それでお金を払うのは、なんだか不毛な気がします」

「俺もそう思う。まあそれでも、現実の世界がつまらなさすぎて娯楽の世界くらい楽しみたいと、そんな最悪のバランスに金を出すやつもいたりするんだ。そこの女とか」



 アルガントムの視線の先、頬をつねっていたナインの指先に噛み付いて悲鳴をあげさせているスカラ。

 彼女は視線に気づくと、そうねと頷き言葉を紡ぐ。



「例えば、現実の世界では王さまでも、娯楽の世界では平等にただの人。金を払えば平民が王さまをも打ちのめせる力を得るのよ?」

「……王がその財力を娯楽の世界の神さまに捧げたらどうなるのですか?」

「それなら王さまが最強になるわ。でも考えてみて、まともな王さまがそんな娯楽にムキになってお金を突っ込むと思う?」

「思いませんね」



 つまりは平民のうさばらし。

 そのための世界が自分たち『アルガントム』や『スコロペンドラ』のいた世界で、自分たちは神さまに金を払って強さを得た体を持つもの。

 廃課金者の話を聞いて、ラトリナは彼女なりに解釈し、さらに問う。



「つまり、二人とも現実の世界が楽しくなかったのですか?」



 スカラは笑って肯定する。



「そうね、あっちは楽しくない。だからこのかりそめの体と娯楽の世界にのめりこんでいたの、私の場合ね」



 弱々しく指を回転させて。



「現実の世界の嫌いなヤツらが基本無料につられて遊ぼうぜと話してた、だから会話からキャラ名とか聞きだして娯楽の世界で粘着しそいつらをボコる、始めた理由はそんなんだけどね。あはは」



 スカラがけたけた笑う一方で、アルガントムはそうでもない、と。



「嫌なことも多いしつまらんと言えばそうだろうが、俺が娯楽の世界にのめりこんだ理由はそれが一番ではないな」

「と、いうと?」

「例えば娯楽の世界にも共に遊ぶ仲間ってヤツはいた。そいつらとの縁もあったし……ただ一番は俺の祖父だ」



 過去を懐かしみつつ、アルガントムは語る。



「俺は祖父に誘われて娯楽の世界――エンシェントで遊び始めた。老いで体の衰えた年寄りでも、あの世界では好きに動き回れたからな。暇なジジイの遊び相手、まあ孫としての務めだ」



 現実の肉体が筋肉などの衰えで思うように動かなくとも、アバターは違う。

 エンシェントで子供みたいにはしゃぐ祖父――本来の『アルガントム』の姿を思い出しつつ。



「それで俺の祖父は、負けず嫌いだった。エンシェントでは、確かに普通に動き回ることはできるんだが……それでも、勝負とかとなると本体の性能差ってもんが存在する」

「本体の性能差、ですか」

「ああ。例えば同じ力を持ったかりそめの体――アバターを、格闘技を習得した者と、何の力も持たない者が操って、その時に強いのはどっちだと思う?」

「体の力が同じなら、格闘の知識や技術を持っている方が強いでしょう?」

「だろう? プレイヤースキル、って言うんだがな。――そして俺の祖父は、格闘技とかはそこそこやっていたが、それでもどうにもならない本体の欠点に悩まされていた」



 アルガントムはそれを一言、老いと表現する。



「極論だが、老人よりも若いヤツの方が、例えば自分に向かって飛んできたボールに反応し、回避したり受け止めたりするのがうまい。反応速度だな。年齢と共に衰えるそれはエンシェントでも悪影響を及ぼす」



 所詮基本は人間で、誰も老いには敵わない。



「だがエンシェントでは、金を払い、ついでに経験値を稼ぐという鍛錬をすれば、自分の体の基本的な力とかは強化できるんだ。本体性能で負けても体の性能で補う。若さに勝てぬ分を金と時間でカバーしたわけだな、俺の祖父は」



 その結果完成したものが、ラトリナの目の前にある、と。



「そして俺のこの『アルガントム』という体は、俺の祖父が使っていたもの。老人ですら世界最強に近い存在となれる強力なアバターだ」

「待ってください、アルガントム。話を聞く限り、あなたはエンシェントなる世界では、その体ではなく別のアバターというものを使っていたのでは?」

「一応な。負けず嫌いなジジイが金と時間で強化したこの『アルガントム』に対し、俺の若さと基礎の技術で互角くらいの勝負ができていた同系統のアバターがある。さすがに財力じゃ暇なジジイに勝てん。基礎の性能は数段劣っていた。ボス討伐なら共闘できたがな」



 アルガントムが『アルガントム』を使う前に使っていた体。

 その存在を聞いて、ラトリナは目を輝かせる。



「気になります」

「詳しくは教えんぞ」

「いいじゃないですか。かっこよかったんですか?」

「黙秘する。……アバター名に本名を使ってたからな」



 気恥ずかしくて教えられん、そう語るアルガントム。



「ならいっそ本当の名前も教えてくださいよ。いいじゃないですか、気になります」

「ダメだ、なんとなく、な。元の世界に戻ったら狩りに行こうって顔でこっちを見ている女もいるしな」



 黒い虫人の少女から目を背けつつ、とにかくダメだと断言した。

 気分的な問題だ。



「だからこれからもこの体の名、アルガントムで呼べ」

「そこまで言うならそうしますが。ちょっとガッカリです」



 ラトリナは、言葉通りに不満げだ。

 まあ気が向けば教える時もあるかもしれない。


 とにかくと、アルガントムは話を戻す。



「俺がエンシェントで遊んでいた理由は、いつかこの『アルガントム』を本来の持ち主ごと追い抜かすためだった、今にして考えれば俺もムキになっていたのかもしれんな。クソジジイのくせに生意気な、と」



 そんな目的も祖父が死んだので達成できなかったが。

 勝ち逃げしやがってと、文句を言っても仕方がない。



「まあ、俺たちがいたのはそんな世界だ。理解できたか、ラトリナ」

「ええ、なんとなくは。……エンシェントという娯楽の世界ではない方の、もう一つの現実世界でのあなたたちのことも気になりますけど」

「リアルのことはヒミツ」

「黙秘する」



 二人揃ってオンとオフでは別人だ。オフ会などするタイプではないがゆえのその答え。

 ラトリナはやっぱりちょっと不満そうにしていた。



「……とにかく、楽しい世界ではあったのですね?」

「いや、どうだろうな……運営の都合でころころバランスは変わるしな。そも不具合対応とかもわりと適当だし」

「後半になるほど課金でのステータス底上げが前提になってくるのよね。ガチャとかもオオアタリの確立低いし……」

「うちのジジイもさすがにオリジンドラゴンギリ倒せるレベル以上のステータス課金はキリがねえってやめてたな……」

「基本無料で入ってくる初心者の半分以上は初期で脱落するのよね。他に月額制だけど面白いダイブゲーム系は色々とあったし……」



 出てくる出てくる、不満の数々。



「誰かが近々サービス終了するんじゃないかとか言ってたよな」

「……っていうかアルガントム? あなたおじいさんから受け継いだのが伝説の剣とかスーパーロボットとかじゃなくそんなゲームの廃課金アバターって。あはは」

「いや一応は現実で遺産とかも残してくれてはいたんだぞあのクソジジイ。それにジジイが使って強いアバターを若い俺が使ってるんだから――本来の『アルガントム』よりも俺は超強い」

「こんな世界に召喚されなければ無駄もいいところな強化ね。あはははは。はぁ」



 色々と自分たちのいた世界のことを語って、二人は結論を口にするのだ。



「まあ、クソゲーだったよな」

「まあ、クソゲーだったわね」

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