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42:とんでくるくるくろの武器。

 責任を取って戦って、と。



「どういうことだ?」



 アルガントムが問うと、スカラは微笑み。



「最近、強いヤツと戦ってなくてちょっと欲求不満なの。思いっきり体を動かしたいから私と戦って? 強いんでしょ?」

「まあ、弱くはないと思うが。……意味あるのか、その戦い」

「この世の全てに意味があるとは限らないわよ? 究極的には人が生きるのに必要ないこと全ては無意味でしょう。スポーツの大会で優劣を競うとか、テレビを見て笑うとか、そもそもエンシェントなんてゲーム自体が無意味になるわ」



 なるほどな、と。

 アルガントムは彼女の主張を理解する。

 利益不利益損得、それだけで物事を考えれば、そもそも娯楽なんて生物が生きる上で何の意味もないことだ。


 しかし人間は生きているだけでは生きていられない。

 喜怒哀楽という感情を満たさなければ暇で死ぬ。知的生命体の厄介な性。


 そしてスカラはこの世界が楽しくない。

 ゆえに元の世界に戻ろうとしていたが、アルガントムがその手がかりを潰してしまった。


 責任を取れとはその埋め合わせをしろ、と。



「まあ、試合くらいなら俺は構わないが、一応俺には雇い主がいてな」



 アルガントムは彼女の方を見る。



「ラトリナ、そういうわけで彼女と少し遊んでやっても構わないか?」



 その許可をどうするか、ラトリナは少し考えて、アルガントムに問う。



「ちゃんと勝てますか? あなたが負けるところはみたくありません」



 ふむ、と。

 アルガントムは顎に指をあてる。

 同郷の出身、互いの手の内はわからないが、恐らくエンシェントで持っていた力をそのまま引き継いでこの場にいる。


 ゆえに、スカラとの戦力差に関してはエンシェントでのことを基準に考えて。



「勝てる確立の方が大きいな」



 アルガントムは、エンシェントでは最上位の方のアバターだ。

 つまりは格上や同格より、格下の相手の方が多い。


 スカラは果たして前者か後者か、詳しいところはわからないが、確率的には後者だろう、とアルガントムは考えた。


 ならばと、ラトリナは頷いて。



「あなたが勝てるというならば、私はそれを信じます。――アルガントム、責任を取ってさしあげましょう」





 戦うならばユグドラシルの作った樹海の内部。

 アルガントムの提案をスカラはあっさりと承諾した。


 ここなら少々派手に戦っても被害は少ないだろう、と考えて。


 そしてアルガントムとしては、これを仲間たちに伝えておかねばならない。



「ゼタ、ナイン、オメガ、君たち含めた七十二体、全員決して手を出すな」



 その言葉を聞き、首を横に振って叫ぶのはナインだ。



「ご主人さま!? 全員で戦った方が容易く……」

「君らも確かに俺の力だが、大人数で女を囲んで襲う、ってのは趣味じゃない。まあ、あと……もしも君らが攻撃すれば、彼女も反撃するだろう?」



 アルガントムは考える。

 スカラが仮に自分よりもわずかに格下程度の実力だったとして、その攻撃はゼタたちに通るか?



「……最悪、君らは倒される。それを俺は望まない」

「構いません! ご主人さまを守れるならば……」

「ナイン!」



 アルガントムは語気を強めて、彼女の言葉を止めさせた。

 そして、少しだけ声を穏やかなものとして。



「君が死んだら、次に召喚される君は恐らく『同じ別人』だ。俺は今の君が嫌いじゃない。失いたくはない。だから命令する、死ぬな」

「ご主人さま……」

「同様、ゼタもオメガも、他の奴らが死ぬのも命令で禁じる。そして信じろ、俺は強い」



 以上、と会話を断絶させる。

 反論異論も許さない暴君の言葉だ。


 一方、ラトリナは小屋の入り口に椅子を置き、外を見ていた。

 墓場から離れた位置、木々の隙間にアルガントムとスカラの姿を確認する。


 小屋に戻ってきた三大天使が主の言葉に少し嬉しそうに、ただやっぱり不安そうな顔をしているのも見て、ラトリナは少し考え言葉をかける。



「大丈夫ですよ、アルガントムは強いですし……それにスカラさんからも、それほど悪い色は見えません。ちょっとかわりものな気はしますけど」



 落ち着いた態度の彼女に、ナインが問う。



「……ラトリナさまは、不安ではないのですか?」

「どうでしょうね。負ける姿なんてみたくはありませんが……彼が負けると思えないのですよ」



 だからきっと大丈夫、と。

 ラトリナは椅子の背もたれによりかかり、手持ち無沙汰な天使たちに命令する。

 


「ああ、いちおう皆さんは私を守っていてくださいね。自慢ではありませんが流れ弾でも飛んできて頭に当たったら死んでしまうので」



 そんな観客席の様子を他所に。



「この辺でいいだろう」

「そうね、お墓で戦うのはよくないわね」



 向かい合う二人。

 男女は違えど同じ種族のアバター。

 同じ世界の出身者。


 つまりは、互いの手の内を知らぬこの時点では互角。


 先手を取れば勝てるか?

 それを回避しカウンター?


 どれが正しいかお互い知らない。


 睨みあう状況に、スカラがくすくす笑う。

 両手をだらりと垂らし、膝を曲げた姿勢。



「格闘ゲームはやるかしら? あれって上級者同士の同キャラ対戦ともなると先に攻撃した方が不利になるのよ? まず間違いなく攻撃を防がれてその隙に一発をぶつけられるわけだから」

「そうか。なら俺は先に攻撃せん」

「わかった、それじゃあ――」



 音が響く。

 地面に突き刺さる刃の音。


 スカラの周囲に出現し、自由落下の後に地面に突き刺さったのは黒を基調とした剣、槍、斧、短刀――種類様々な刃物だ。

 アルガントムが知る限り、それらは全てエンシェントの課金装備だ。アルガントムがアイテムストレージからそうするように、彼女が取り出した彼女の持ち物だろう。


 そしてアルガントムはエンシェントにおいて虫人が武器を装備できない、つまりはそれらの刃を扱えないという事実を知っている。

 ただ、それでも使い道はあるが。


 スカラはその中から身の丈以上もある巨大な斧を一本ずつ、左右の手で軽々と持ち上げて。



「率先して不利にッ! なりにいこうッ!」



 そんな叫びと共に、勢いよく投擲した。

 回転しながら迫る刃、真正面から食らいたいとは思わない。


 横に飛んで回避したが。



「そこォ!」 



 アルガントムの着地点を狙うようにして投擲されたのは槍だ。



「このッ」



 地面に足をつくと同時、後方に飛んでギリギリ回避。

 そこを狙って回転する剣と、まっすぐに切っ先をこちらに向ける短剣が飛来する。 


 さすがに当たる、と。

 回避を諦め、アルガントムは防御を選ぶ。

 短剣を左手の手首で受け止めた。

 甲殻を貫き突き刺さる。



「痛ッ!?」



 狙いが逸れた剣は後方へと飛んでいき、樹木に突き刺さって停止。


 そこで一旦、攻撃が止んだ。

 スカラはアルガントムに打撃を与えたことを確認して、くすくすと笑っている。



「大丈夫? 痛かったりしない?」



 アルガントムは刺さった刃を無理やり引き抜く。

 噴出するのは透明な体液。この体の血は赤色ではないらしい。


 自らを傷つけた黒の短刀を地面に放り投げ、スカラに答える。



「ああ痛い、こっちの世界に来てから一番痛いが――昔、ちょっと手術を受けたことがあるんだ。局所麻酔って知ってるか? 映画みたいに眠ったりせず意識はそのまま、部分的な痛覚だけ麻痺させるってヤツなんだが」



 スカラにつけられた左手の傷、それを彼女に見せてやり、吐き捨てる。



「それと比べりゃまだマシだ、この程度か投擲使い」



 まあ口ではそう言っても痛いもんは痛いが、アルガントムとしては我慢できるレベルだ。

 柔道やボクシングの試合では選手も痛みは感じるだろう、そういうのと変わらない。

 それよりも、と。


 投擲された黒の刃がすぅっと消えて、そして再びスカラの周囲に出現し、地面に突き刺さる。

 投げた刃をアイテムストレージへ収納して、そして再び取り出したのだろう。


 スカラの戦い方を見て記憶を辿る。


 エンシェントで一時期流行った戦い方だ。

 本来は近接戦闘しかできない近接用の武器、それを投げてぶつけてダメージを与える。


 そして一定範囲内ならアイテムストレージに収納することですぐ手元に呼び戻せるシステムを利用し回収、また投擲。

 射程の短い前衛でも遠距離攻撃ができるし、矢を消費する弓やMPを使う魔法と違って無制限に使える。


 これのせいで矢や魔法を使うなら属性付与した武器を投げろと本来の遠隔攻撃装備の出番がなくなったりもした。

 さすがにマズいとなったのか、無制限に使える遠距離攻撃武器という長所を無くすため装備の耐久値という概念が実装されたのだ。


 以降は一部のプレイヤーが趣味で使い続けたくらいの戦法。

 ただ耐久値が減らない課金装備の近接武器、クロガネシリーズを使えば全盛期同様に動くことができる。


 スカラの使うのはそれであり、彼女の武器はクロガネだ。



「クロガネシリーズ、たしか課金ガチャのアタリだっただろう? それ揃えるのにどんだけつぎ込んだんだ」



 スカラは指先をくるくる回す。



「とりあえず剣、槍、斧、短剣の全種コンプリートしようとしたんだけど――剣が三本、槍が四本、斧が二本出てもなかなか短剣がでなくてね、全種揃った時には八万円使ってたわ。ハズレアイテムの処理は大変だったわよ?」

「俺が言えたことじゃないがお前も金を大事にしないタイプか。もっと安上がりで強い戦い方もあっただろう」

「そうね、でも――理由の一つは、かっこいいからッ!」



 再び二本の斧が飛んでくる。

 首を取られたらたぶん死ぬ。


 なのでアルガントムは、姿勢を低くして凶刃を回避する。

 そのまま足に力を込めて、地面を蹴った。


 走るというより、跳ねる。

 バッタの跳躍の速度をそのまま真横に向けたような加速で、スカラの方向へと突撃した。


 距離は詰めさせぬと、スカラはアイテムストレージから剣を取り出し、投擲、投擲、投擲。

 同時に後方へと跳ねる。


 彼女の狙いはそこそこ正確だが、当たらない。



「所詮は大型相手の戦い方だ!」



 スカラが踊るように跳ねながら、勢いつけて投擲する槍。

 一本目は槍投げらしく、二本目は身を翻す勢いを乗せて。


 当たらない。狙いやすい巨大な敵に有効な戦い方は、プレイヤーアバター程度の大きさの相手には不向きだ。


 三本目、上に跳躍後、眼下のアルガントム目掛けて投げられた重力による加速つきの槍も狙いを外した。

 スカラが慌てて四本目の槍を取り出すが。



「隙だらけだぞ投げ物屋!」



 アルガントムが上に飛び、勢いを乗せた拳を彼女に見舞う。

 スカラは手にした槍で慌ててガードしようとするが、普通に武器を扱うには不向きな虫の手、弾かれた。



「ッ!?」



 手の空いた状態で態勢を崩したスカラ、アルガントムは彼女よりも高く跳んだ最高到達点で。



「ふんッ!」



 右手の拳をスカラの顔面、その中心に叩き込む。



「がっ!?」



 落下し、地面に叩きつけられるスカラ。

 彼女の後に地面に降りつつ、アルガントムは宣言する。



「女は殴らぬ主義ではあるが、絶対であるとは限らない」



 武術の試合で真剣に挑んでくる相手は例え女であろうと全力で相手をするのが礼儀、祖父からの受け売りだ。

 あとハニートラップに引っかかってキャバクラでナントカ組のヤクザの刺客に刺殺されそうになった時、女だからって殴らずにいられるかとなったという情けないエピソードもついている。


 主義には例外の一つや二つもあるということだ。


 さて、と。

 アルガントムは考える。



「どうせ奥の手があるんだろう?」



 土煙の中、スカラはゆらりと立ち上がって、少し腫れた顔で笑う。



「くすっ。どうしてそう思うの?」

「投擲をメインで戦うなら常人種の方がいいだろう。近づかれれば近接武器、離れれば投擲武器に使えるんだからな。亜人種で投擲使いなんてエンシェントじゃ常人種の劣化運用だぞ?」

「そうね、確かに」

「ならば投擲はせいぜいサブウェポンだろう。強いヤツを倒して這いつくばらせるのが好きと言ってたな? かっこいいというだけで強いヤツは倒せん」



 口の端と鼻から零れる――アルガントムと違って人間的特徴が強いせいか――赤い体液をスカラは指で拭いつつ。



「大正解。格上を倒すなんて簡単じゃないわ。この体、ステータス上限の底上げなんかに結構な額のお金は突っ込んだけれど、それでも上回れない格上もまた多かった。特に常人種や魔人種に」



 亜人種は装備制限の関係から、ゲームシステムを理解した上位のプレイヤーにはあまり好まれていなかった。


 でも、と。

 スカラは右手の指先を回転させて。



「あるのよね、亜人種限定、格上を格安で倒せるステキな課金アイテムが」



 アルガントムが気づいた時には、それはもう彼女の左手に握られている。

 見た目は理科の実験で使うような試験管だ。

 内部は赤い液体で満たされている。


 アルガントムはそれを知っている。

 亜人種だけが使える特別なアイテムだ。


 スカラは試験管を挟み込むようにして両手を合わせる。

 その状態で両手から金貨を溢れさせ、効率的に試験管へと魔力を吸わせた。


 赤い液体が毒々しく輝く。

 その光をうっとりと見つめた後、スカラは轡のように試験管を口にくわえて。



「覚醒鮮血ハイパーブラッド、これが私の切り札。さあ、お楽しみはこれからよ?」



 透明な管を噛み砕き、赤の液体を飲み込んだ。

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