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41:自称嫌なヤツ。

 アルガントムとテーブルを挟んで向かい合う少女。

 種族はインセクタだと、ラトリナは彼女の黒と赤の手足の甲殻を見て判断する。


 本で読んだ知識はあるが、アルガントム以外のインセクタを見たのは初めてだ。

 女性のインセクタは男性よりも人っぽい外見になる、さてさて何の本の知識だったか。

 ともかく。



「どういう関係なのでしょうね、ふふふ」



 部屋の隅、ゼタたち三人と固まって、スカラと名乗った少女とアルガントムの会話に聞き耳を立てる。


 さて、アルガントムに大した表情というものはないが、あったら困惑のそれを浮かべていただろう。

 目の前でにこにこ笑う彼女とは初対面、ついでに彼女が訪ねてきた理由もわからない。


 まあまずは自己紹介か、と。



「アルガントムだ。見ての通りの虫人だ」

「スカラよ。本名はスコロペンドラだけど、長いからそう名乗っているわ」

「略称か。俺も人によってはアルと略して呼ばれているが」

「呼び名は短い方が楽よね。……まあ世間話もいいんだけれど、とりあえず聞いておきたいの」

「うん?」



 スカラは指先をくるくる回す。



「えーと、シャトーさん、だったかしら。彼が連れていたヘカトンケイルはあなたのもの、でいいのよね?」

「ああ、シャトーの知り合いか、君は。……そうだな、あの八本腕は俺の部下だ」

「それだけじゃなく、この辺にいる魔物もあなたのしもべ? 例えば後ろの大天使とか」

「まあな」



 くるくる、くるくると指を回し続けるスカラ。

 アルガントムは彼女のセリフになんだか違和感を覚える。

 この世界の人間らしくない、そんな感覚。



「知ってる? この世界の巨人種ってとっくの昔に絶滅してるらしいわよ。ヘカトンケイルどころか下位のグリーンジャイアントすらもう伝説上の存在みたい」

「……そうなのか」

「ええ、まあ聞いただけの話だけれど。さてそんな絶滅した存在の上位種を使役する存在、何者かしらと考えたのだけれど」



 指先が止まる。

 ピッ、と。その人差し指でアルガントムを指差して。



「単刀直入に聞くけど、あなたもエンシェントのアバター、違う?」



 アルガントムはそんなことを問う彼女が何者かと考えて、答える。



「そうだ。では君も」



 答えは音だ。

 アルガントムがアイテムストレージから取り出したMPがそうなるように、スカラの指先に無から出現した金貨。

 その金貨を指で弾いてアルガントムへと飛ばす、甲高い音。


 アルガントムはそれを受け止めると、人差し指と親指でつまんで確認する。


 自分が使うMPと同じ金貨。

 エンシェントという、こことは違う世界のモノ。


 それをアルガントムと同様に取り出し、答えとして示すような存在。

 金貨をスカラに返しつつ、アルガントムは確信を言葉とする。



「エンシェントからプレイヤーごと召喚されたアバター、か」



 スカラは口を三日月形に歪めて笑う。



「ええ、そういうこと。同じ境遇の者同士、仲良くしましょう?」

「そうだな、友好的に行きたいところだ。……何の用事でここに?」

「目的の一つは情報交換。あなたは元の世界に戻る方法を知っていたりしない?」

「今のところは否だな。戻りたいのか?」

「ええ」

「理由を聞いても?」



 指が再び回転を始める。

 目を左右に動かして言葉を探しつつ。



「私はセントクルスってところに召喚されたの」

「トランベインじゃないのか」

「ええ、私はセントクルスだった」



 アルガントムの予想が少し外れた。

 自分の前に召喚されたというご同類の生き残り、そう考えたのだが、そもそも召喚された国が違うと。

 


「召喚はトランベインの王家の秘術、とか聞いたんだけどな」

「私が聞かされたのはセントクルスに代々伝わる十三賢者の十二人が『十三人目の賢者』を異世界から呼び出す儀式、とかそんなのよ?」

「……まあ。敵対国家が互いの情報を正しく共有しているわけはないか」

「そういうことでしょうね。……話を戻すけど、セントクルスに召喚された時はちょっと楽しかったの。異世界だーってね」



 まあ、と一呼吸を置いて。



「あの連中、人を勝手に呼び出しておいて人を汚れた存在だの罪の象徴だの邪悪を皆殺しにして自らも死ねだのと、好き勝手言ってたけど」

「俺だったらキレて全員ぶっ潰してるな」

「私もそうしようとは思ったんだけどね。まさか世界を行き来する方法を知ってそうな相手をいきなり殺したりしないでしょう」



 思い切り目を逸らす。

 ちょっとした手違いで世界を行き来する方法を知ってるかもしれない相手を消滅させた銀色がいる。

 その話が掘り下げられる前に、アルガントムは会話を進めた。



「……まあ、それでどうしたんだ」

「手錠だのなんだのを着けられて檻にぶち込まれる猛獣扱いはされたけど、大人しく従っておいたの。それで命令どおりに動いてあげた」



 指先を止めて唇に手を当て何かを思い出す仕草。

 やがてそれを思い出すと、彼女の指は再び回転を始める。



「レグレス征覇帝国、って知ってる?」

「三大国家の一つらしいな。詳しくは知らんが」

「亜人や魔人の多い国家ね。あっちの方で何回か戦場に出されたの。敵陣につっこんで殺しまくってから死ね、みたいな命令つきで。まあ死ぬ以外は命令どおりにしたわ」

「よく無事だったな」

「まあなんとかね、というか余裕で生き残れたわ。気づいてる? この世界の存在ってあんまり強くないって」



 アルガントムは思い出す。

 王様もろとも吹っ飛ばした強い騎士らしいなんとか、あるいはシャトーの依頼を遂行中に遭遇したなんとか騎士団のなんとか。

 ついでにこの世界では上位の脅威らしいグリーンドラゴンや天使の強さ。


 そして最近だと、セントクルスを相手にした際の話になる。

 相手の最大の切り札が大天使、と呼ばれていた四本羽の大天使モドキ。

 直接戦闘向きではないステータスのナインが素手で倒せるような相手だった。


 あるいはセントクルスの軍勢、どれほどの数がいたか知らないが、七十二体が一体も欠けず生存し戦闘後にルーフ村に集結したという事実。

 エンシェントではステータス的に一番強かったのがゼタ・ナイン・オメガの三体だ。基本的に他のものは格下で、一番下の方にいるのが十一スライムというヤツら。


 この十一スライム、それぞれ十一色のスライムなのだが強くない。

 プレイヤーの装備を損傷させる酸性というスキルがあるくらいで、強さ的にはグリーンドラゴンと同程度。


 召喚アイテムは課金ガチャのハズレ枠としてずっと突っ込まれている。

 ゼタたち三大天使などを狙って金をガチャに突っ込んだプレイヤーを何千人と泣かせてきたすごいやつら。


 その十一スライムですら、まあ多少斬られたりしたらしくそれぞれサイズが違ったりしたが全員生存だ。

 しかもだいぶ返り討ちにしたらしい。体内で人間を溶かしたらしいがその光景を想像するのはやめておく。


 とにかく、スカラの言うこの世界の存在の平均的な強さというのが、エンシェント基準だと下の方、つまりはあんまり『強くない』と、それにはアルガントムは頷く。同意する。



「まあ平均が弱いのならそれでも仕方ないと思っていたのだけれど、レグレスには帝国最強の三兵士ってヤツがいたの」

「帝国最強か。どうだったんだ」

「私一人で三人まとめてノーダメージ撃破。つまりは最強って存在ですらその程度なのよ、この世界」



 自らの頬を突っつきながら、呆れたようにため息。



「その時点で帰りたいって思ったわ。私の目的って強いヤツを倒すことなの」

「何だその目的。格闘ゲームの主人公みたいだな」

「そう? ……ダイブゲームってのはいいわよ、例えば現実で威張り散らしているようなスポーツやってる連中もこっちの世界に来たらただのプレイヤー」



 スカラが両手で頬を押さえ、潤んだ瞳で恍惚とした表情を浮かべ始める。



「初めてちょっとのザコアバターを使ってる剣道部員がゴミみたいな剣を振り回してるのを、私みたいな普通の女の子が金と時間を突っ込んだ上位アバターのステータスの暴力で叩き潰す快感ときたら!」

「……現実でなんか嫌なことでもあったのか」

「まあね。でも本当なら夜道で後ろから包丁をぶっ刺しているところをゲームの世界で済ませてあげてるんだからだいぶ大人しいと思うけど」

「詳しくは聞かないでおく。……しかしそれだと普段は偉そうな強いヤツが弱くなってるところを倒すのが好きなんじゃないかと思うが」

「気にしないで、私の個人的な趣味嗜好だから」



 指摘をさらりと受け流し、スカラはまた指を回して喋り始める。ぜんまいを回すと音楽が鳴るオルゴールのような癖だ。



「最初はそれで満足だったんだけどね、しかしゲームの中にも気に入らないヤツってのが出てくるわけ。低レベルのプレイヤーを狩る私みたいなヤツとか、あまり上手じゃないプレイヤーに暴言を吐く上級者とか」



 くすくすとスカラは笑う。



「そんな自分が強いと思ってる嫌なヤツを叩き潰すのって最高よ?」

「嫌なヤツを潰すのは嫌いじゃない、か。気が合うな」

「ならよかった。……これでもエンシェントではそこそこ有名なプレイヤーだったのよ? 知らない? 上位者狩りのスコロペンドラって掲示板とかで晒されてたんだけど」

「……初めて聞いたな」



 答えを聞くと彼女は残念とくすくす笑う。

 正直に言えばどこかで聞いたこともあるのかもしれないが、他のプレイヤーの情報なんて知人以外のものはどうでもいいと切って捨てていた。記憶を探れば思い出すかもしれない。

 逆に。



「そっちはこっちの名前を知っていたのか?」

「アルガントム、ね。オリジンドラゴン倒したパーティの面子にいた、そのくらいしか知らないわ。どうにも私の狩るプレイヤー傾向とはプレイスタイルが違ってたみたい」



 プレイヤーを狩る。

 エンシェントに限らず対人要素のあるゲームにはだいたい発生するだろう。

 まあエンシェントの場合は相手のアイテムを奪えるとかそういうこともないので嫌がらせか、あるいは範囲攻撃に誤って巻き込んで喧嘩に発展とか、そのくらいの話だったが。

 ちなみにアルガントムたちのチームの方針は間違いで攻撃されたなら笑って許せ、喧嘩を売られたら全力で潰せ、だ。全力で潰しすぎて誰も喧嘩を売ってこなくなった。



「まあとにかく、私は元の世界でまた強くて嫌なヤツを這いつくばらせたいの。相手がちょっとは強くないとおもしろくないわ」

「それでこの世界から戻る方法を探している、か」

「そういうこと。この世界に飽きたってのが本音ね。しかし問題が発生しちゃいました、なんでしょう?」



 再び、スカラの人差し指がアルガントムを指差した。

 流し目でその顔をにやにやと見つめている。



「元の世界に戻る方法を知っているらしい十三賢者、の十二人が死んだ、か?」

「正解。どうにも私みたいにぶっ飛んだ存在が、私が命令待ちしている間にぱぱっと殺しちゃったみたい。さてやったのは誰でしょう?」

「……俺か」



 スカラは可愛らしくニッコリと笑い、人差し指と親指をあわせて小さな丸を作る。



「大正解ー。それでまあ、私がここにきた目的に繋がるんだけど、まずはお礼ね。あのクソッタレな連中を殺してくれてありがとう。できたら私が元の世界に戻ってからにしてほしかったわクソッタレ」

「人を殺して喜ばれるのも複雑だな」

「そう? 例えばテロリストの親玉とかを殺害したら英雄じゃない? 死んだ方がいい命ってのはあるものよ、私みたいなのとか」

「君はやけに自虐的だな」

「ある種の自殺願望かもね。自分で死ねる勇気もないからゲームに逃避して嫌なヤツとしてのんびり生きることにしてたんだけど。首を吊っても学生寮の管理人さんが困るし。……話を戻すわ」



 三度、スカラの指がアルガントムを指差して。



「というわけで一番の目的。とりあえず責任を取って私と戦って?」

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