40:その関係は初期設定。
「ねえ、ねえ、商人さん?」
商談を終え、村を出発しようと準備をしていたシャトーは、ふとその少女に話しかけられた。
両手足を黒と赤の甲殻で覆われた、ドレス姿の女の子。
グリムが村の人たちから彼女に関する情報を集めていた。
なんでもセントクルスの残党から村を守った、とか。
「えっと、君は」
「スカラよ。本当はもうちょっと長いアバター名なんだけど……いえ、こちらの話。ねえ商人さん、あの巨人さんはあなたのしもべ?」
彼女の刺々しい指先は、村の主婦の皆さんと世間話をしているヘカトンケイルの背中を示していた。
「ああ、彼は僕の知人の部下だよ。気になるかい?」
「ええ、気になるわ。その知人さんのこと。会わせてもらえないかしら?」
にこりと笑う虫人の少女。
子供には好かれているし村人にも信頼されているがちょっと怪しいところがあると、そんなことをグリムは言っていた。
少し迷ったが、村の人たちが信じるならば自分も信じてあげようか、と。
「わかったよ」
「ありがとう、商人さん」
「彼はルーフ村にいるから、君と会えないか僕が話して承諾されてもちょっとこっちに来るまで時間がかかると思うけど」
「ああ大丈夫よ、私が商人さんたちについていって、直接会いに行くから」
「え? 大丈夫なのかい? ご家族とかは」
スカラは頷く。
「居場所はちょっと前に失っちゃったの。いまはどこに行くかのあてもなし。村の方々のご厚意で滞在させてもらっているのだけれど」
「あー、少し悪いことを聞いちゃったのかな」
気まずそうにぽりぽりと頬をかくシャトーだが、スカラは気にした様子もない。
「昔の居場所はそんなに好きでもなかったから構わないの」
「そ、そうなのかい?」
「ええ、そうなの。……それじゃあ道案内はよろしくね、商人さん。その代わり、道の途中で何かあったら手を貸すわ」
「あっはっは、物騒なことは起こらないといいんだけどねえ」
そうしてスカラはシャトーたちと共にルーフ村への帰路につく。
村を出る前、別れを惜しむ村人たちに手を振るスカラの姿を見て、シャトーはなんとなく確信していた。
怪しくとも、やはり悪い子ではないのだろう、と。
★
ルーフ村から離れた林の中にある墓地の小屋。
気づけば樹海の中にある墓地の小屋にまでパワーアップしていた。
昼間でも鬱蒼と茂った木々に日の光が遮られ、アルガントムたちの住む小屋は常に薄暗い。
しかたないので部屋にライトストーンを置いて灯りにしている。
消費されるMPは電気代のようなものとアルガントムは割り切った。
アイテムストレージのMPの桁数はまだまだ0に程遠いのだ。
一時間ほどで発光が止まるので、そろそろかと思った時期に定期的にライトストーンに硬貨を投入しつつ、アルガントムはなんてことのない話題をラトリナに振る。
「そういえば、七海魔が地下の水脈を見つけたらしい。そこから水を汲み上げるからもう大丈夫と言っていた」
ラトリナは色々とものがなくなった部屋の中、床の上に転がっている。
力仕事を彼女なりに手伝ったりと色々と動いて疲れているらしい。
それでも会話するくらいの余裕はあるらしく、それはよかった、と彼女は微笑む。
「どこかの土地に行く前に干からびておしまい、なんて悲惨ですからね」
「まあな。あとユグドラシル曰く樹海はだいたい作り終わったそうだ。もう七十二体のほとんどはこっちに住み着いている」
「炎を纏っていた方々は大丈夫なのでしょうか? 山火事になりません?」
「ある程度はひらけたところで少し穴を掘って大人しくしていると言っていた。いざ燃えても消火する手段は色々とあるしな」
アルガントムが召喚した七十二体は、現在だいたいがユグドラシルの樹海で隠れて生活している。
単純に直立した状態で一番巨大なヒュージバトルゴーレム二体は王城ほどの高さもある体を横に倒して大地と一体化、何かの遺跡のような外観に。
長さでは最長クラスのヨルムンガルドとヤマタノオロチも器用に身をくねらせ樹海の中に潜んでいる。
ベヒモスやジズ、キュクロプスなどの巨体連中も派手に動かなければ容易に姿を隠せて、あとはオケアノスが湖のフリをし続ければ隠れ蓑とするには完璧だ。
突然出現した樹海や湖が事情を知らぬ者にどう思われるかまではさすがに知らない。
王都に向かったリザイアからどこかの土地を貰うまでの一時しのぎだ、移動することになったら湖はすぐに消えてなくなるだろうし、森は。
「……この樹海を消す方法とか考えてるのだろうか」
天使の無属性で消すか、あるいは自分が地割れの底に叩き落すか。
後始末として炎で焼くとか言われたらルーフ村まで燃え移りそうで危ないので全力で止めなければと心に誓う。
いやそれ以前にユグドラシルに燃え移りそうだ。
「そういえば、召喚した連中は死ぬとどうなるんだろうな」
「前の世界ではどうだったのですか?」
「耐久力がゼロになったら消えて、また召喚すれば出てくる。ただ今になって考えると、死ぬ前のヤツと死んだ後に召喚されたヤツは同じ個体なのだろうか、とは疑問に感じるな」
噂をすれば、というべきか。
「ただいま戻りました」
「見回り終わりです!」
「これという、問題は特にありません」
ゼタ、ナイン、オメガの三人。
六本羽を格納してはいるが、装備は天使の軽装鎧。
こうしてみると新手のコスプレという感じがしないでもないとアルガントムはどうでもいいことを考えつつ、ごくろうと三人を労う。
そして今、話題としていたことについて問うてみる。
「なあ、君らは死ぬとどうなるんだ?」
首を傾げつつも答えるのはゼタだ。
「この世界ではまだどうなるか不明ですが……試しますか?」
「いやいい、命を大事にな」
「わかりました」
「エンシェントの時はどうだった?」
「わかりません。以前、私たちがいた『嫌な場所』の話をしましたよね」
「ああ。とにかく暗いところだと」
その話題を出すと天使三人の表情が曇る。
やはりあまり思い出したいものではないようだ。
それでもゼタは主の疑問に答えるために言葉を続ける。
「あの場所にいたという記憶と、マスターに召喚された際の知識共有、基本的に私たちはそれ以上の情報は持っていません。私たち以前にも『私たち』がいたという情報はありますが、すでにいなくなった彼女たちの記憶を私たちは持っていないのです」
「ふむ、つまりは完全に死ぬ以前と以後で別個体になるのか」
余計に簡単に死なせたくはなくなる情報だ。
もしここでゼタが死んだとすると、次に召喚するゼタはいままでの記憶を持っていない。
アルガントムとの知識共有もあるので今までと同様に振舞うだろうが、さて彼女の精神の深い位置にある他者にはわからない感情や思い出といったものはどうなるか。
哲学的だ、頭が痛くなるとアルガントムは思考を止める。
ようは死なせなければいい。簡単だ。
そしてふと思う。
「……君たち七十二体、なんとなく人間関係的なものが存在しているよな?」
例えば七巨獣は七巨獣、七海魔は七海魔同士に仲が良い、そんな関係性をアルガントムは彼らから感じていた。
その関係はいつの間にできたのか、と。
ゼタは一言で答えた。
「初期設定です」
「初期設定?」
反復された言葉をこくんと頷き肯定。
「例えば、私は意識を持った時点で『ナイン、オメガという妹がいる』という情報を持っています」
その言葉に意外なところから反論が飛んでくる。
「ちょ、ちょっと待ってよゼタ!? 私の中だと『ゼタ、オメガって妹がいる』って情報なんだけどソレ!?」
ナインの言葉に頷くのはオメガで。
「私の中では、『ナイン、オメガが妹』であるとなっています」
それぞれの主張、そしてちょっと気まずい沈黙。
少しして。
「……内容はそれぞれに差はあるようですが、妹がいる、という情報を参照して私は二人と接しています。七巨獣の方たちなら七巨獣という仲間が、七海魔なら七海魔という同類がいる、と。そういう初期設定を参照して関係を構築したのかと」
「つまりは自分とこいつは仲が良いと、そういう記憶から仲良くしはじめて、それがやがて本物の友人関係になる、そんな感じか?」
「はい。ただし私には七巨獣の方々などに関しては初期設定は存在していませんので、そちらと交流するならば完全に初対面となりますが」
最初からある程度の人間関係は設定されているらしい。
ただそれがない相手とはどうなるかわからないし、あるいは召喚された後に何かトラブルがあったりすると変動する関係なのだろうが。
事実として。
「ゼタ、オメガ、二人が私の妹よね?」
「いえ、ナイン。あなたとゼタが私の妹、違いますか?」
「……二人が妹、私にはそう設定されています」
いまゼタの『ナインとオメガが妹』という初期設定を揺るがすトラブルが発生して、彼女は二人と揉めている。
最初に仲が良いと設定されていても、なんらかの原因で喧嘩が起きたりすれば相応に関係も変化するはずだ。
アルガントムは七十二体にそのくらいの人間性があると認めている。
部下であると同時に、普通の人間同様に接してやるべきだろうと改めて認識した。
「そして誰が姉でも構わんがとりあえずレイストームの発射体勢とレイディアントレギオンの展開とカウンターフォースの発動はやめろ。この小屋が吹っ飛ぶ」
姉妹喧嘩で物凄い威力のぶつかりあいがはじまりそうだったので慌てて止めて。
「ご主人さま! 私ですよね長女は!?」
「我が主、見れば一目瞭然かと」
「あの、マスター、やはり私が……」
物凄いめんどくさい問題の答えを問われて、内心でどうでもいいとため息を吐く。
ラトリナに目で助けを求めれば彼女はおもしろい見世物だとばかりに床の上でくすくす笑っている。
さてどう答えるのが正解かと仕方なく頭を動かそうとしたのとほぼ同時。
コンコン、と。
小屋の扉を叩く音。
続いて聞こえてくる女の子の声。
「ここにアルガントムという方がいると、そう伺ってきたのだけれど」
ここに住み着いてから始めての、お客さんだ。




