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39:見た目と違う精神面。

 シャトーという男は商人だ。

 物を買う、運ぶ、売る、その金でまた何かを買う、運ぶ、売る。

 売値に少々手間賃を上乗せして自分の財布を暖めていく。


 その生活はいまも変わらない。

 セントクルスの侵攻があったとか、しばらくはルーフ村で復興の手伝いをしていたとか、盗まれた馬の代わりを探したりとか、色々とあって少々休業していたが。


 ルーフ村の復興はとある強力な力の介入でありえないほど迅速に行われ、以前同様の生活が可能な程度には元通りだ。

 しかし建物だけを治せば全て元通りになるかというとそうでもない。


 重要なのは人だ。


 ルーフ村の酒場で食事する、店で買い物する、そうやって現地にお金を落としていってくれる人々。

 店だけあっても客がいなければ意味がない。


 幸いルーフ村はトランベインとセントクルスの国境近くにある。

 兵士は集まるし、また冒険者ギルドもあるからそっち方面での集客も見込めるだろう。

 まあ国家間を別つ地割れの発生によって世界情勢が変動し、いまはそれがどう転がるかわからない状況なのだが、考えすぎて動けなくなっても仕方がない。


 シャトーにできるのは人々が以前と同じ生活を取り戻せるよう、自らも以前と変わらぬ生活を行い、また世界を回し始めることくらいだ。


 そういうわけで新たな馬と、ちょっと改良して以前より綺麗かつ荷物も積めるようになった荷馬車と共に、シャトーは街道を行く。

 積んでいる荷物はやっぱり様々な物資。王女様だったらしいとある冒険者から寄付されたティーセットやらなにやらの高給雑貨も入っている。復興資金の足しにしてくれ、とのことなのでありがたくどこかで売らせてもらおう。


 一方で、荷馬車の端に乗っている無愛想な男は相変わらず無駄には喋らない。

 やはり変わらないなとシャトーは自ら話題を振った。



「しかしグリム、僕の護衛以外にやることはあったんじゃないかい?」

「優秀なお手伝いさんたちがいるからな。力仕事しかできない俺がルーフ村にいてもあまり意味がない。セントクルスの残党に襲われるかもしれない商人の護衛の方が俺向きだろう」



 人手は足りていて、建築などの専門的技能がないとちょっと居場所に困る。

 というか巨体な方々がたくさんいる足元の者たちを踏み潰してしまわないよう注意して動かなければならないからむしろ邪魔になる、と。

 シャトーと同じ理由で、グリムも元通りの生活に戻るよう動き始めていた。


 ちなみにシャトー以外であの地に残った商人はだいたいあの土地に店を持つ者たちである。

 村の外を頻繁に行ったり来たりしなければならないのはシャトーくらいだ。



「まあ、ありがたいことだけどね」



 相も変らぬ冒険者の言葉に笑いつつ、シャトーはもう一人、というか一体の護衛の方を見て。



「ヘカトンケイルさんも大丈夫なのかい? 色々と」



 八つの目がシャトーの方を向く。


 胴体から生えた八本の腕はそれぞれの掌に人間一人ずつを乗せられるだろう。

 暗い色の肌をした巨人の名はヘカトンケイル。

 アルガントムが呼び出した彼のしもべ。


 その凶悪な外見からは想像もできない紳士的な言葉遣いで、巨人はシャトーの問いに答える。



「ええ、マスターから許可は貰っております」

「いやまあそれも必要だけどさ、これから行く村――ルーフ村の隣村なんだけど」



 ちなみにシャトーが以前アルガントムたちと共に商品を運んだ方の隣村だ。



「そこの人たちが君を見たら腰を抜かすと思うよ?」

「ああなるほど、そのご意見もごもっとも。私も自分の見た目が少々恐ろしいものであることは自覚しておりますが――それでも大丈夫でしょう」

「なぜだい?」

「あちらの村の方々と私――私含めた七巨獣は少し面識があるのです。そう、あれはセントクルスとの戦いの時」



 勝手に語り始める巨人。

 曰く、七巨獣の力で一方的に蹂躙されていたセントクルスの兵士の一部が半狂乱状態で突撃し、ルーフ村の隣村に向かってしまった。

 住民に襲い掛かろうとする兵士を見過ごせんと、慌ててヘカトンケイルが八本腕を駆使して投石し連中を退治したのだが、コントロールを誤ってそのうちの一つが民家を粉砕してしまう。



「それで戦いが終わった後、皆で謝りに行ったのです」

「こ、怖がられなかったかい?」

「ええ、さすがに皆さん怖がっておられましたが……幸い我らは人の言葉を話せますので、なんとかなりました」



 言葉を尽くせばわかってくれるものだと、ヘカトンケイルは紳士的に語る。



「まあ一番効果があったのはヨルムンガルドとヤマタノオロチの必殺合体九連土下座ですが」

「ちょっと待ってくれそのお二人って確かあの蛇の方々だよね土下座ってどうやって!?」

「そうですね、アレはちょっと口では説明しにくいのですが……まあ機会があれば見せてもらえるでしょう」

「とても気になる……」



 言葉から想像するのは難しい光景について考え始めるシャトー。

 一方で今度はグリムがヘカトンケイルに問う。



「……聞いた限りじゃもう謝ったんだろう? わざわざ俺たちについてくることもないと思うが」

「いえ、セントクルスの残党がいればお二人だけでは危険でしょう」

「まあ、生き残った連中がだいぶ潜伏してそうな気もするがな」



 地平を埋め尽くす大軍勢だったのだ、いくら強大な力が七十二体で潰してまわり、挙句に地割れなんて発生してほとんどがそれに飲み込まれたとして、完全に全滅したと断言はできない。

 いまもトランベイン側を結構な数の敗残兵が行くアテもなくうろついている、というのがグリムの見解だ。



「あと家を直す手伝いをすると約束したのでそれもやらねばなりませんから。ついでに子供たちとこの八本腕に乗せてあげる約束もしましたし」

「馴染みすぎじゃねえかお前」

「言葉を尽くしました」

「なんか洗脳とか怪しい魔法でもあるんじゃないだろうな?」

「いえ、少なくともそれはマスターですら持っていませんね。というかエンシェント――我々の元いた世界に精神操作の魔法はありませんので」



 ゆえにグリムの予想は間違っていると、ヘカトンケイルは八本腕で妙なジェスチャーをしつつ否定する。



「それに我らは人に必要とされるのは好みますが、無理に人に必要とされる状況を作るというのは主義ではありませんので」

「精神操作なんて柄じゃない、ってか」

「ええ。そんなことをする暇があるならもっと有意義に時間を使いたいものです」

「例えばどんな?」

「そうですねえ、日光浴とか」

「有意義な時間の使い方なのかそれは」



 そう問われるとヘカトンケイルは八本腕を絡めながら首を傾げ。



「正直、あまりやることなど思いつかないのですよね。食事は不要ですし生き急ごうにも自分の寿命がわかりませんし……まあ誰かと共にのんびりと過ごせればそれでよい気がします」

「競う必要も奪う必要もないか。強者の余裕ってやつだな」

「そう言われればそうなのかもしれません。よくないことでしょうか」

「知らん。少なくとも、敵に回さなきゃ害がないならそれでいい」

「その辺はまあ、マスターのご命令次第ですね」



 彼に従うのが一番の存在理由であると、巨人は迷いもなく言葉にする。

 ならばとグリムは苦笑して。



「ま、せいぜい敵にはならんようお互い努力するとしよう」

「そうですね」





 シャトーが商談中の護衛は暇だ。



「グリムお兄ちゃん遊んでー!」



 なんでこの村のガキどもは自分に集まってくるのかとグリムは例によってため息を吐き。



「うっひゃー! 高えー!」

「はっはっは、はしゃぎすぎて落ちないようにしてください」

「あ、ヘカトンケイルさーん! ちょっとそっちの資材持って来てもらってもいいかしらー!」

「はい、少々お待ちを。皆さんすこし家の再建を手伝ってくるので待っててくださいね」

「はーい!」



 そしてやたらと紳士的な巨人の面倒見のよさにちょっと敗北感を感じたりもする。

 この見た目のヤツより俺のほうが悪人感すらあるじゃないかと。



「ガキの相手くらいしてやるべきなのか……いやしかし子供ってヤツは調子に乗るからな……ぬぅ」



 あちこち走り回る村の子供たちの姿を目で追う。

 まあ元気なことだ。相手にしたら間違いなく疲れる。


 と、視線を回しているうちに、それの存在に気がついた。



「……あんなガキ、いたか?」



 家屋の影からこちらを――というか、ヘカトンケイルの方を見つめている女の子。

 巨人が歩くたびに発生する風圧がその長い黒髪をふわふわと揺らしている。

 服装はノースリーブで上下合わさった、フリルつきのドレスみたいな服。貴族向けの人形のそれに近い。


 が、それよりも何よりも、彼女の露出した両腕と両足。


 あの銀色のインセクタと同様の、硬質で刺々しい虫の甲殻みたいな両手両足は、虫人のソレだ。色は黒の中に赤い線が刻まれた二色。

 人型の虫、あるいは虫の甲殻を纏った人間、そう言われるのは男性のインセクタに多く、女性のインセクタは人間の特徴が強い外見で生まれることがある――昔どこかで聞いたそんな話を思い出す。


 さて、グリムはこの村には何度か来ているが、少なくとも彼女を見たことは一度もない。

 どこかから流れ着いた旅人か何か。

 村のことだ、村の者に聞くのが早い。


 自分をぐるっと囲んでいる子供たちにグリムは問う。



「なあ、あのインセクタの女の子は誰だ?」



 グリムの視線の先を子供たちは追って。



「ああ、スカラおねーちゃんのこと?」

「スカラ?」



 こくんこくんと子供たちは頷く。



「あのね、このまえヘカトンケイルおにーちゃんたちが助けてくれた日のちょっとあとにね、せ、せんとくん、く、セントクルス、の、ざんとう? っていうのが村を襲ってきたの!」

「……やっぱ潜んでいやがるのか」



 一応、無事だったかとグリムは子供たちに問うが、それは目の前の元気な姿が証明している。

 しかし、この小さな村にはろくな戦力なんてない。


 畑仕事で筋肉をつけた大人たちが少々。あとは子供や老人だ。

 残党とはいえセントクルスの兵士が来たら、例え相手が十人以下でも撃退できるか怪しいだろう。


 アルガントムの部下は基本的にルーフ村以外の集落などにまだ足を延ばしていないはず。

 なぜ無事なのだ、誰がこの村を敵から守ったのだ。


 グリムの頭の中の疑問を知ってか知らずか、子供たちはその答えを口にする。



「それでね、そしたらね、スカラおねーちゃんが来てね、こうずばーん! って、せ、セントクルスのざんとう! を倒しちゃったの!」

「……あの子が?」



 グリムは再びスカラなる少女を見る。

 子供だ、虫人の。


 インセクタという種族は虫の特徴を持つ人間であり、その身体能力は常人よりも高いと言われている。


 常人と同じように道具を使うには、無骨な手足は不向き。例えば武器を握ろうとしても肌の柔軟性がないせいでしっかりと保持できない、など。

 まあ器用さに関しては個体差というものもあるだろうが、武器を扱う能力という点では間違いなく常人に劣る。


 しかしその筋力と甲殻は、例えば武器を持った人間相手にも引けを取ることはない。

 徒手空拳という同じ条件で戦えばまず間違いなく常人が負けるだろう。


 ただし、身体能力が武器を持った人間を相手に出来るほど高いといっても、それは時間と共に成長した大人のインセクタの話。

 未発達な体では戦力として数えられないのは、インセクタの子供も常人の子供も変わらない。


 スカラという彼女の外見はどう見ても子供だ、例えば農具で武装したこの村の男衆に勝てるかどうかも微妙だろう。

 その男衆が勝てないであろう相手を、スカラが撃退したと?



「なんかの見間違いじゃないのか?」

「ほんとうだよ! こう、斧とかどばーんって投げたり! てきをぽいってしたり!」



 所詮は子供の言うことだ、全てが嘘とは思わないがあまり信用するわけにもいかない。

 大人連中に聞いてみるべきかと、グリムは考える。



「……まさかどこぞの銀色みたいな規格外、ってことはないか」



 一人でも大地を砕いて万軍をぶっ潰すようなヤツが二人もいたら大変だと、グリムは自らの考えを鼻で笑い飛ばした。

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