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38:十三賢者の十二の賢者の十三人目。

 セントクルスの第二次トランベイン浄化遠征軍。

 様々な魔の多種多様な暴力によって壊滅したその残党がどうなったか、現在のところその末路は大きく分けて二つだ。


 かろうじてセントクルスの領土に逃げ延びた者たちと、国境を切り裂いた大地の割れ目に阻まれトランベイン側から戻れなくなった者。

 その部隊は後者だ。


 二十人程度の敗残兵たちは荒野の岩陰で目立たぬように焚き火を囲み、暗い顔でうつむいてこれからどうするかと考える。

 国に戻るのは物理的に不可能だ。橋でもかかっていれば別だが、地割れが出来てから現在までの僅かな時間で対岸までの道が完成するわけがない。


 では助けを求めるか。誰に、どこに。

 ここは邪悪の地であり神の加護すら届くかわからぬ場所。

 邪悪に命乞いをするなどあってはならない。


 彼らの思考を中断させる、ガチャガチャという金属音。

 視線がそれに集中する。


 それは金属の箱だ。上下左右後方を鉄で囲み、前方には鉄格子の扉がついた檻でもある。

 荷車に乗ったそれの中には人が一体閉じ込められていた。



「ねぇ。ねぇ。私の出番は、まだかしら」



 ガチャガチャガチャガチャ。

 耳障りな金属音とねっとりとまとわりつくような少女の声に、兵たちは苛立ちを隠せない。


 その者は、十三賢者の十三人目だ。

 ただしその猛獣のような扱いからわかるとおり、ほかの十二人とは役目が違う。


 十二の賢者の役目は弱者を救い、強者を導くことだ。

 エヌクレアシェンの言葉を伝える大神官を、それぞれ十二の守護神の加護を受け補佐をする、そういう役目も背負っている。


 一方でこの十三人目は、絶対であるはずの神の間違いの象徴だ。


 本来ならば神によって創造されたこの世界は完璧なのだ。

 ではなぜ争いが起こる、亜人や魔人などという外道が生まれてしまった?


 神は万能だ、しかし慈悲深い神は人に喜びを与えてしまった。

 喜びを求め欲望が生まれ、欲望は神に対する感謝も忘れて邪悪に生きるものを発生させる。


 神の優しさが生み出したこの世の間違い、それが邪悪。

 完璧な世界を歪めた人の罪、それを償うために存在するのが十三人目。


 邪悪の力を持って邪悪を討つ、全ての邪悪を討った後には自らも神に許しを請いながらその命を捧げる。

 その時、この世の全ての邪悪は消え去り、世界は再び完璧な形を取り戻すだろう。


 毒を制するための毒、邪悪を討つための邪悪。

 必要な悪。


 神に仕える栄誉を授かった邪悪がその十三人目の賢者である。


 そしてその十三人目の運搬がこの場の兵たちの任務であった。

 必要ならば拘束を解き、檻からそれを解放し、敵の邪悪にぶつける。


 ただし解放すれば裏切る恐れもあるのだ、使うならば時期を見極めなければならない。

 それを見極め命令する十字聖騎士団の団長や賢者はもういないのだが。



「ねえねえねえ、早く賢者さんたちにお願いしてよ。敵を全部倒せば、私を元の世界に帰してくれるのでしょう? じゃあ早く終わらせなきゃ」



 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ。

 檻を揺する騒音に、苛立ちが許容量を越えた一人の兵士が呪詛を吐く。



「黙れ邪悪の分際で! なぜ十二の団長や賢者の方々が命を失い、貴様のような邪悪が生き残ったのだ!」



 その言葉に、檻の中の異音がピタリと止まる。

 代わりに、地の底から這い上がってきたかのような低い声。



「賢者さんたちが、死んだの?」

「ああ、死んでしまった! くそ、くそ! なぜあの方々が……」

「……ねえ、それじゃあ誰が私を元の世界に帰す方法を知ってるの?」

「亜人の世界などレグレスの野蛮な連中のところだろう! 帰りたければ勝手に……」



 ギギギ、と。

 檻の鉄格子を掴み、力ずくに捻る異音。

 その手は虫のそれを人の五本指にしたような、インセクタと呼ばれる亜人のもの。


 檻を破壊しながら、十三人目はもう一度だけ問う。



「ねえ、誰が、私を元の世界に帰してくれるの?」



 檻の中で金属が引きちぎられる甲高い音。

 邪悪の風があふれ出し、大気を汚していく。


 檻の中は冥府と繋がっている、そう言われたら誰もが信じたであろう。


 兵士たちは恐怖に震え、脂汗を顔に滲ませて。



「……せ、せかいがどうこうなんて、我々には」



 ただの護衛に理解できる話ではなかった。

 ソレを聞いて、十三人目は深く息を吐く。



「賢者さんたちは死んで、私は元の世界に戻る手がかりも失って? ……おかしいなぁ、勝手に呼び出して元の世界に戻りたいなら我らに従え? 従ったのに勝手に死んだの、あの連中」



 バキンと、鉄格子が砕けて飛び散る。

 邪悪が魔境から這い出てくる。



「そうかそうか、つまり私は騙された? 裏切られた? まあどちらでも変わらない、セントクルスという国は、もはや私にとって何の価値もない、そういうことね」



 兵たちが慌てて槍を構え、鉄格子の隙間を目掛けて一斉に突く。

 槍の砕ける音がした。

 邪悪は突き出された槍を素手で掴み、へし折って。



「さてさてこれからどうしましょう。……とりあえず、殺すついでにみせてあげる。エンシェントにおいて何千とプレイヤーをキルしてきた、この私の威力を。ストレス解消の足しになれ」

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