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37:その関係は変わらない。

 ルーフ村の状況を、事情を知らぬ者が見たとしよう。

 上空を飛び回るのは巨大な飛竜に燃える鳥、巨人や大蛇が動き回り二つの頭を持つ犬や色とりどりのスライムやらが野を駆け回る。


 どこの魔境だとなるだろう。


 一方でルーフ村の事情を知る者、というか住民たちからすると。



「おーうジズー、もうちょっと横に下ろしてくれー」

「了解した」



 ジズと呼ばれた巨大な飛竜は、足に掴んでいる木材や石材を下にいる男たちの指示通りの位置に降ろす。

 空を飛べる上に力持ちというのは物資運搬にうってつけだ。



「ヨルムンガルドさーん、ヤマタノオロチさーん、そのくらいで大丈夫でーす!」

「うむ」

「おうよしおっけーわかったいえっさーりょうかいたしかにはあくした」



 一匹と、八本頭が騒がしいもう一匹の大蛇がやっているのは、地面を這いながら顎で土を集めるという単純な仕事だ。

 その土は後々建築などで使われる。巨体ゆえにちょっと集めすぎている感もあるが。



「ほら、取って来い!」

「俺を犬扱いしてんじゃねえ!」



 二つの頭から同じ言葉を吐き出しつつも、子供の投げた木の棒を律儀に取りにいく大型犬。

 オルトロスの仕事は今のところは子供の遊び相手である。子供というのは放っておくとあっちこっちに行ってしまうものだ、大人が見ていてやれない時は面倒を見るのも大切な仕事ではあるが納得しきれない双頭犬の嘆き。


 アルガントムが召喚した七十二体。

 さすがに最初は恐怖されたが、なんだかんだでルーフ村に馴染んでいた。


 セントクルスの軍勢を追っ払ってくれたという事実と、言葉を介する知恵、そして何よりその力。

 異形という欠点を補って、ルーフ村の復興に力を尽くしてくれる彼らを否定するほど住民たちは愚かではない。


 あとは王国が認めてくれれば楽なんだが、そんなことを考えるアルガントムのやってることは『湖』の視察だ。

 ルーフ村からちょっと離れた位置で、太陽の光を反射してキラキラ輝く大きな湖。



「ひ、干からびる……」



 その湖が喋った。

 アルガントムに助けを求めるようにして、水の一部が手の形になり弱々しく足首を掴む。



「もうしばらく頑張れオケアノス。七海魔の暮らしはお前の体にかかっている」



 オケアノス。

 七海魔と呼ばれているそれの一つであり、ウォータースピリットというエネミーの上位種。


 特徴はそのサイズだ。

 通常のウォータースピリットが水溜りくらいのサイズで床に広がり通過するプレイヤーを奇襲していたのに対し、オケアノスはご覧の通りの湖クラス。


 エンシェントでは移動手段の一つに船がある。海を渡って離れ島などに行くために必要。

 これに乗ってると途中で水棲エネミーが襲ってくることがあるのだが、半漁人みたいなのばかりと思っているとたまに巨大なボスエネミーが出てきたりする。


 オケアノスもそのうちの一体だ。

 他のボスクラスの連中は魚影で接近を察知できるのにこいつは海そのものに擬態しているため、プレイヤーからすれば何の前触れもなく襲ってくる心臓に悪い敵。


 そしてこのオケアノスを初めとした相手を迎撃し、船旅を安全なものにするために存在するのが水棲エネミーの召喚アイテム。

 襲ってくるボスエネミーと同種のものすら呼び出せる。


 しかし陸地では耐久力がどんどん減っていくという、水棲エネミーの弱点も健在だ。

 現在くぼんだ土地に流し込まれ湖となっているオケアノスもそのダメージを着実に受けている。


 さて七海魔の一体がオケアノス、では他の六体はどこにいるのか。

 今現在はオケアノスの体を海の代わりに泳いでいるのだ。


 お陰でダメージは受けていないらしいが、しかしオケアノスが日の光に負けて蒸発してしまうと今度は彼らが干物になる。

 そんなギリギリの七海魔に対しアルガントムが出来ることはルーフ村の噴水から持って来た水をバケツでかけてやり。



「ほんとがんばれ」



 と声をかけてやるくらいだった。

 オケアノスが湖の一部を口の形に変えて言う。



「や、焼け石に水……」



 まあ気休め程度にしかなっていないということだ。

 一応はもっと大規模な水分を持ってくる方法もある。


 例えば激流杖デウカリオン。

 大量の水は出せる。

 ただアレは激流に物理属性ダメージもあるため、下手に使うと余計にオケアノスの耐久力が削られてしまう恐れがある。


 またもう一つの手段は天候操作の魔法だ。

 晴れ、曇り、雨、嵐、月蝕、日蝕の六種類に天気を変えられる。

 

 エンシェントには天候の概念があり、特定天気でしか出現しないエネミーというものがいた。

 ダンジョン以外では晴れの日にしか出ないファイヤースピリット系だの、雨が降ると動き出すマンドラゴラ系だの。


 七海魔のうちの一体、馬鹿デカい蛇みたいな海の竜ことリバイアサンも天候状態が嵐で船に乗っている時にしか出てこないレアエネミーだ。

 そんな敵のドロップ狙いの時に便利な魔法が天候変化。

 ただしフィールドの広い範囲に影響があるので簡単に使えないようMP消費がとんでもなかったり、また別の天候のエネミー待ちパーティ間で天候変化合戦が起きたりもしたなんとも天変地異な魔法である。


 これで雨を降らせてもいいのだがやっぱり村などに影響が大きい。

 町が復興途中の状態で雨を降らせるのは嫌がらせになる気がする。


 リバイアサンたち他の海魔に魔法で水を出せぬかと聞いてみれば、基本的に彼らの水属性攻撃は自分の中に蓄えた水を放出しているものらしい。

 無から水を生みだすものではないとのこと。


 さてそうなってくると頼れそうなのはと声をかけたエンシェントで水属性魔法を使っていた皆さん。

 四精霊の水担当、ウンディーネはこう語っていた。



『私たちの水も物理属性ダメージがありますから……』



 思い出してみれば確かに皆さん水流で削ってきたり水の刃を飛ばしてきたりと水魔法には打撃属性が乗っていた。


 村にいる魔法使いならば簡単な水流操作ができるらしいが、あちらはあちらで仕事が多く手一杯。


 色々と考えて一番安全で地味な水分供給がいまアルガントムが行っていることとなる。

 なんとかならないかとアルガントム自身も悩むところだ。


 と、生きる湖オケアノスの真ん中辺りからひょっこりと顔を出す人型。


 美しい女性の上半身だが海中に隠れている部分にあるのは八本足の触手、軟体生物のソレ。

 ローレライという七海魔の一体。ちなみに下半身の触手の数がイカと同数のセイレーンというバージョン違いもいる。


 長い髪でやたら上手に裸の上半身のきわどい部分を隠す彼女は、ぷかぷか海面に浮かびつつ。



「マスター、その水はどこから持って来たんですかー?」



 と、そんな疑問を口にする。

 アルガントムは嘘をつく必要もないと答えた。



「ルーフ村の噴水からだが」

「噴水がある、ってことは、この辺の地下に水脈もあるってことですよねー?」

「たぶんそうじゃないか」

「ちょっと掘って調べても構わないですかー?」

「構わんが水質汚染とかそういうのはやらかさんようにな」

「任せてください、これでも七海魔ですのでー」



 言うが早いか湖の中に潜るローレライ。

 他の海魔も協力しているのか、ズゴズゴと地面を掘る振動が響いてくる。


 オケアノスはそんな仲間たちの働きを直に感じつつ、喋るのだ。



「は、はやく、水……」





 冒険者ギルドの酒場は相も変わらず騒がしい。

 家が直っただとか、壁もほとんど元通りとか、色んな連中がメシと酒を腹に詰め込むついでに様々に情報を交換する。


 それらを聞く限り、アルガントムが召喚した七十二体の評判も悪くはなかった。

 現に酒場の厨房を覗き込めば。



「料理は火力が命なり!」

「鶏肉以外ならなんでも焼こう!」



 四精霊の火属性担当イフリートと七天魔の燃える鳥ことフェニックスがいい感じの炎で料理の手伝いをしていたりする。

 普段は人型の炎の塊はほどよいサイズに小型化し、調理台の上で鉄板を乗っけてガスコンロみたいになっていた。

 炎を纏った鳥は熱風で獣の肉を炙り焼き、おいしそうな匂いを周囲に撒く。


 村の生活の手伝いを命じたのはアルガントムなのだが、一応エンシェントではそれなりの強さである彼らを調理器具代わりにしていいのかとちょっと悩む。

 まあいいかと答えになるところまでがここしばらくの日常だ。



「難しい顔をしてるっすねーアルさーん!」

「……カーティナ、また飲んでるな?」

「私もぉいますよぉふふふふふふふふふ」

「ラトリナ、君もか」



 毎回、ここに来ると誰かしら酔っ払った状態で絡んでくるのは何かの呪いかと頭を抱えたくなる。

 酒場なのだから当たり前といえばそうだが、朝昼晩を問わないのだ。



「まあ、もうお説教するのも疲れたからやめるが」

「ふふふふふふじゃあ一緒に飲みましょうかぁ」

「飲めないんだよ」



 いつも通りの問答を終えると、アルガントムの座るテーブルの反対側に酔っ払い二人が着席する。

 けたけた笑うカーティナ。



「いやーアルさんとこの皆さんのおかげで色々と楽でいいっすよー特に力仕事」

「デカイのが多いからな」



 単純な力だけで文字通り百人力くらいありそうな連中は結構いる。

 まあ全員が村の復興を手伝っているわけではないが。



「そういえばーそちらさんの仮設の拠点ってヤツは勢作順調っすかー?」

「ああ。穴を掘ったり土を盛ったり木を植えたりするのは得意なのが頑張っている」



 恐らく一番頑張っているのはユグドラシルとオケアノスだろうが。

 後者の頑張りは言うまでもない、自ら身を挺して水棲連中を養っているのだ。


 そしてユグドラシルは、現在森を広げている。

 中心となるのはアルガントムたちが拠点に使っている件の墓地。

 周囲の林に自らの栄養を分け与えて、種を撒き、木々を成長させ、最終的には巨木の並ぶ樹海にするつもりだという。


 木を隠すなら森の中だが、ユグドラシルサイズの巨木を隠せる森なら他の連中もだいたい隠れられるだろう。

 ただあまり森が広がりすぎるとルーフ村を初め周囲の人里を緑が侵食し始めてしまうので、ある程度は加減するように言い聞かせているが。



「ゆぐどらしるさん? の、作ってる森ってなんか採れたりするんすかー?」

「うん? まあ果物とか食べられるものの木も植えるとは言っていたな」

「わーお。今度視察ついでに見に行ってフルーツ取り放題していいっすかねー」

「いいんじゃないか。ユグドラシルには言っておく」



 ちなみにユグドラシルの森の中は七十二体の他に、大人しい野性の魔物が少々残っている。

 凶暴なものはアルガントム配下の七十二体のいずれかに襲い掛かって返り討ち、ほとんど駆逐済みだ。


 何よりユグドラシル自身が森に根を張り巡らせてレーダーのように感覚を展開しており、厄介そうなのがいたら報告、排除すると言っていた。



「……あいつの地面からいきなり飛び出してくるドリルはえげつないからな」



 エンシェントでさんざん同タイプのエネミーにお見舞いされた攻撃だ。

 地面の下、足元からの攻撃に強いものなどそういない。

 土属性を無効化できるようになるまで耐性つけて耐えろ、というのが一番の対策と言われていたほど回避しにくい一撃。



 あの拡大中の林に侵入した敵にはそれが容赦なく飛んでくるのだから、あの地は世界で一番安全な領域となるだろう。アルガントムの味方には。

 そしてその威力を考えると、さすがに少々カーティナたちルーフ村の住民を招くのはどうかという気がしてくる。



「……まだ建設途中で事故が起きないとも限らん、やっぱりもうしばらく待ってくれ」

「えー? しょうがないっすねー、完成したらちゃんと呼んでくださいっすよー」

「わかった」

「わーい、そしてばたんきゅー」



 話し終えるとカーティナは机に突っ伏し眠り始める。

 アルガントムは思うのだ。



「……仕事はいいのかこの女」

「いまは戦の後で色々と忙しくギルドは開店休業状態、らしいですよぉ」



 ルーフ村の冒険者ギルドが普段通りの業務を再開するまでまだ時間がかかると、ラトリナはカーティナから聞いた言葉をそのまま口にする。

 まあ現在のルーフ村の状況から考えると。



「まだ、依頼をどうこう以前の状態か」

「ええ、冒険者の皆さんと住民の方々が協力して村を再興している途上。七十二体の協力もあり、再建は早く終わりそう、とのことですが」

「君も協力しているんだったな」

「はい。見てください、腕に少し筋肉がつきました」



 ラトリナは自分の腕をアルガントムに見せる。

 か細かった少女の腕には確かにわずかばかりの筋肉が。

 まあ、本当にわずかな変化だが。



「頑張ったな」

「頑張りました。アルガントムもアルガントムでやることがあるのでしょう。ならば私が代わりにと。……七十二体の皆さんの力が大きいので、微力もいいところではありますが」

「……今にして思うと全員まとめて召喚したのはやはりまずかったかもしれん、フルに動き回らんと俺の目が行き届かん」

「あなたが色々を気を回してくれているおかげで今のところは大きな問題も起きず。引き続き村の外にいる方々の監督はお任せします。私は村の中で」

「了解したよ、雇い主」

「ふふふ、お願いしますね、我がしもべ」



 色々とあったが、二人の関係は変わらない。

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