36:山と積まれた諸問題。
冒険者ギルド内。
中央のテーブルを囲んで、リザイア、ラトリナ、アルガントムの三人が顔を突き合わせている。
周囲の人々は静かに酒を飲んだりしつつ見守るだけだ。
リザイアにとっては想定外だった。
まさかラトリナの仲間が、あそこまで常識外れとは。
カーティナが水で塗らして持ってきてくれた布で知恵熱を冷ましつつ、リザイアはちょっとトゲのある声でラトリナに言う。
「――土地の確保。さすがにあの存在のことを隠してそれを言わせたのはズルいですよ、ラトリナ」
ラトリナはその視線を受けつつ、意地悪く笑っている。
「聞かれませんでしたから。ふふふ。――まあつまり、あんな巨大なものも含めて暮らせる土地をくださいな」
リザイアは頭を抱える。
ラトリナの仲間たちの陣営を思い出しつつ、詳しいことはアルガントムに聞いて欲しいと言われているのでその通りにする。
「まず、ヒュージバトルゴーレムさん、でしたっけ。王城くらいある石巨人のお二人」
「ああ。ちなみにヒュージバトルゴーレム天型、地型の二体とバトルゴーレム四体で合体しアルティメットヒュージバトルゴーレムになる」
ヒュージバトルゴーレム天型、及び地型、そして四属性バトルゴーレムをコンプリートしないと完成しない究極大巨岩兵。
課金ガチャに突っ込まれてたあたりえげつないとアルガントムは思うし、アレがさらにデカくなるのかと考えるとリザイアにとってもえげつない。
「余計に頭が痛くなるのでやめてください。あと、それより小さいけれど大きいのがベヒモスさんたち七巨獣。彼らが暮らせるとなると」
「そうだな、そこそこ拾い土地が必要だろう」
デカいヤツにはデカい家。
まあ必要だ。
「それと、リバイアサンたち、でしたっけ。七海魔という存在は」
「あいつらの適応は水辺だからそれなり以上に広い湖とかが必要だ。あるいは水の多いところ」
魚が生きるには水。
必要だ。いまは七海魔の一体がその特性でどうにか養っているがいつまで持つやら。
「とりあえず彼らが一番場所をとる、ということでよいのですか」
「そうだな。他のはまあ細々としたサイズのかわいいもんだし、ゼタ曰く特に食事は必須でもないらしいから――まあ、やっぱり必要なのは広い土地だ。水辺のある」
再び頭が知恵熱で痛くなってきたリザイアはカーティナにおでこの布を交換してもらいつつ、どうするかと考える。
ラトリナが追加の報酬で望んだ彼女の仲間が暮らせるだけの土地。
リザイアはアルガントム、ゼタ、ナイン、ラトリナの四人とそれに数十人を追加した程度の集落を想定して考えていたのだが、実際のところ彼の仲間とはちょっとした家よりも大きい竜だの樹だの魚だの巨人だの。
アルガントムが彼らと言葉をかわし、仲間であると証明してくれていなければ、逃げ出したくなるような規模の存在がほとんどだった。
それらが暮らせる土地をぽんっと提供できるかと言われると、ちょっとリザイア個人の権限では難しい。
リザイアは一番簡単な解決策を提案してみる。
「彼らを召喚する前の世界に送還する、というのは」
「俺には送還なんて器用なマネができん」
否定しつつ、アルガントムは耐久力を削れば、つまりは倒せばいなくなるだろう、という恐らくの答えは口にしない。
従ってくれる相手に死ねと命じるのもどうか。
そして、と。
アルガントムが視線を向けると、ラトリナが頷いて口を開く。
「彼らの本来いるべき世界とは、とても暗い場所なのだそうです」
「暗い場所?」
「ええ、光も音も何の自由もない牢獄のような世界。彼らはそんな世界から解放してくれる召喚者だからこそ感謝し忠誠を誓ってくれたりもするのですが……、せっかく自由になったのにまた檻に戻れ、とは残酷だとは思いませんか、お姉さま」
「うっ……」
相手が何も語らぬ獣のようなただの魔物だったらリザイアも反論できたのだが、アルガントムと会話していた存在はそうと言えぬほど理知的だった。
リザイアは、外見が恐ろしく体が大きいという理由だけで彼らを否定するのは違うと思うのだ。
だから余計に使い慣れてない頭を回転させ、悩む声を漏らす羽目になる。
「うーん、うーん……開いている土地に勝手に住み着いている、という形にしてもらえれば」
妥協案の一つは、ラトリナにこう諭される。
「勝手に魔物が住み着いている、よりも、王国の許可を得て安全な魔物が暮らしている、の方が人々が安心するとは思いませんか?」
「うーん、なるほど」
「無意味に人々を恐れさせることは目的ではないのですよ。ふふふふふ」
言いながら、ラトリナは内心で思う。
さて、自分はこんなに他人というものに気を使う人間だっただろうか。
(人間不変というわけにもいかないようですね……)
悪い変化ではないと思いたい。
「……まあ、やはりそう簡単に結論は出ないですよね」
ラトリナの言葉にリザイアは申し訳なさそうに頷く。
「ええ。やはり一度王都に戻って話し合わなければ……」
「わかりました。そちらはお姉さまにお任せしてもよろしいでしょうか?」
「構いませんが、ラトリナはどうするのです?」
「……いまさらお姫様、なんて王城に戻っても意味はないでしょうし……私の顔が他の王子たちにも知られていれば、少しはお姉さまの力にもなれるのでしょうけど」
一応王族だが、王国民どころか兄弟姉妹にもほとんど存在を知られぬ影の姫だ。
知らぬ顔が王族を名乗って帰還しても、あまり意味はないだろう。
「とりあえず、この地でアルガントムの仲間たちの様子を観察しています」
「わかりました。何かあったら報告は任せます」
「ふふ、便りがなければ元気な証拠と思っていてください。アルガントムもそれで構いませんか?」
「この件に関しては君らに任す。せいぜいいい土地を頼む。……ただ、ルーフ村の周辺を少し開拓していいか? とりあえずヤツらの居場所を確保したい」
いつかどこかに行くとしても、仮設の住まいが必要だ。
アルガントムの提案に、リザイアは頷き。
「私としては問題ありません。ただ、ルーフ村の方々には」
と、カーティナが会話に割ってはいった。
「私らのことは大丈夫っすよー」
周囲で話を聞いていた者たちも、首を縦に振る。
「勝手に決めていいのか?」
「村長とか偉い人たちはだいたい死んでしまいましたし、金持ち連中もほとんどどっかに行っちゃったっす」
いまここに残っているのは行く当てもない馬鹿だけ。
そんなカーティナの言葉に周囲がつっこむ、誰が馬鹿だと。
「あははー。……っつーわけで、いまのところルーフ村は偉い人のいない無法地帯なわけっすよ。王女様がオッケーだしたなら私らとしても適当にやってて問題なし! たぶん」
「本当に適当だな」
「ただお願いなんっすけど村の復興を巨人な方々に手伝ってもらったりできないっすかね? 主に力仕事で」
「そっちが本命だな?」
「ご想像にお任せっすー」
労働力の提供と引き換えにとんでもない魔物連中を受け入れる。
長を失ったルーフ村で、カーティナと、この場にいるものが出した答えを、アルガントムは受諾した。
「わかった。村の復興に力を貸す報酬に、村の周囲、しばらく居場所とさせてもらう。いいな、ラトリナ?」
問われた彼女はくすくす笑い。
「ええ、それで。いいんですよね、カーティナさん?」
カーティナは怪物どもを従えるラトリナの顔にはつらつとした笑顔を返して。
「勿論っすよ我が飲み仲間!」
いつの間にか手にしていた酒の満ちるコップを突き出し、迷いなしと答えるのだ。
★
王都に戻るリザイアを見送るため、アルガントムたちは村の南側、戦いの傷が比較的薄い地区に来ていた。
ただ問題となったのが移動手段、どうやら逃げ出した誰かが馬を片っ端から盗んでいってしまったらしい。
リザイアは歩いて戻ると言ったが、それだとまず時間がかかる。
賊に襲われた際に彼女を守る護衛をつけられるほどルーフ村には余裕がない。
アルガントムも召喚した連中に色々と支持を出さねばならず、と。
そこでアルガントムは思い出したのだ、そういえば馬がいた。
「大丈夫だな? ユニコーン」
「お任せを、と言いたいところですがしばしお待ちを」
そう言って、その美しい毛並みと一本の角を持つ白い馬は目の前のリザイアをじっと見つめている。
リザイアからすると、ただ驚くしかない状況だった。
「一角を持つ馬……」
「やはり珍しいのか?」
アルガントムからしても現実世界では伝説上の存在というくらいに珍しいし、エンシェントでも召喚以外で目にする機会はちょっと稀、ホース系統のレアエネミーという程度に貴重な存在だが。
その一角獣はこの世界でも珍しい、というか実在すらも不確かな存在であることに変わりはない。
リザイアはこくんと頷く。
「馬車などに使われるグリーンホース種や軍馬として用いられるレッドホース種、砂漠を渡るためのイエローホース種など様々いますが……角を持つ馬は実在するかもわからぬ魔物と言われています」
「なるほど」
「古には存在していたと、そういう伝承はあるそうですが……まさかこの目で見ることになるとは」
浮かれた声で目を輝かせるリザイアを横に、アルガントムは彼女の言葉に考える。
こっちも馬の名前はそれなのかと。
エンシェントにもグリーンホースやレッドホースという名前のエネミーはいた。イエローホースは砂漠適応の馬、というかラクダだったが。
ちなみにユニコーンはホース系エネミーのいる場所にたまに湧いてくる。
低レベルのプレイヤーが序盤の経験値としてグリーンホースを狩っていたらいきなり現れ、その高い火力で一撃必殺。
そんなことをやっていたエンシェントの嫌われ者の一角だ。
さて召喚という形、味方として呼び出されたそのユニコーンは、リザイアの姿を――主に下半身の方をそのつぶらな瞳でじっと見つめている。
十霊獣ガチャと呼ばれた課金ガチャのオオアタリの産物は、果たして鎧に包まれた彼女のその部位に何を見ているのか。
そいつは誰にも聞こえぬ小声でこう呟いていて。
「……肉付きの良い臀部、引き締まった太もも、なだらかな曲線、そして何より……資格アリ」
ユニコーンはうんうんと頷いた。
「良いでしょう、彼女は私の背に乗る資格を十分に持っております」
満足そうな言葉に嬉しそうな顔をしているリザイアがいる一方で、アルガントムはユニコーンの角を掴んで。
「なあ、資格ってなんのことだ馬肉」
「イタタタタタタ角はやめてください折れます折れます。資格とは、えーっと……」
ユニコーンはリザイアの下腹部の辺りをぎんっと眼力強めて見つめ。
「資格は資格です! ユニコーンアイは超視力!」
「なるほどなんとなく理解したが――角を折るぞお前」
「イタタタタタしょうがないでしょうユニコーンなんですから! そういう性質なんです! 資格ある女性しか背に乗せないと決めているのです! 折れる折れる!」
とんでもない馬型馬鹿の角をメキメキと握りつつ、アルガントムはリザイアに言う。
「すまんやはりこいつは止めた方がいいかもしれん」
「な、なぜです!? 伝説の一角獣に乗れると思ったのに!」
すごいデリケートな話なのでアルガントムとしては言葉に困り、またユニコーンは。
「その通りですこの機会を逃したら二度と乗れるかわかりませんよリザイアさん! ほらマスター彼女もこんなに乗り気!」
「……まあ、馬という見た目から適任と判断したんだ、リザイアもいいというなら構わないが」
アルガントムが角から手を離すと、ユニコーンは折れてないかと首を振ってその部位の安定を確認。損傷なし。
ふむ、とアルガントムは少々考えて。
「リザイア、その剣ちょっと貸してもらえるか?」
「え? 構いませんが……」
彼女は帯剣していたそれを外すと、鞘ごとアルガントムに手渡す。
何をするのかと彼女が見ていれば、アルガントムは剣を抜き。
「フランベルジュ……やはりちょっとロマンを感じるよな……」
個人的な呟きだ。
村を守ったお礼にと、戦闘で使っていたそれは商人に譲ってもらったらしい。
さすがの激戦で刃は傷つき少し欠けている。
鞘と揺れる刃の剣を地面に置いて、アルガントムはその場に座り、いいものがあるとアイテムストレージの中でソレを選択。
右手に浮かんだ魔法陣に左から金貨を投入し、魔法を発動させる。
「鍛冶師の手、って魔法なんだが」
魔力を吸って輝く右手。
リザイアが驚きの表情でそれを見る中、アルガントムは左手で剣を持ち、刀身に塗りこむようにして右手の輝きを刃にあてていく。
光の粉が損傷箇所に付着し、あるいは汚れを取り除き、刀剣として欠けた機能を修復する。
根元から切っ先まで、輝きを塗り終えれば、そこにあるのは店に並んでいた時とかわらぬ美しい刃だ。
「な、何を行ったんですか!?」
「剣の修理だ。耐久値が減って性能が落ちた装備を修理できる魔法。鍛冶屋にいかないと装備の修理ができないから深いダンジョンに潜る時に便利だった」
なぜ装備を持てないアルガントムが装備修理の魔法を持っているかといえば、味方の武器を修理するためだ。
直接的に自分の役に立たなくても味方の援護として使えるもの。
そして似たような支援のための魔法がもう四つほど。
「さてとついでに、属性付与炎熱」
鍛冶師の手を発動させた時と同じ所作、今度は赤い光を剣に塗る。
刀身に浮かぶ幾何学的な赤の文様。
「属性付与凍結」
青の輝き。
「属性付与震動」
黄の輝き。
「属性付与嵐刃、と」
緑の輝き。
四つの輝き四つの魔法、それを剣にくわえて強化した。
リザイアが問う。
「こ、今度は何を」
「属性付与、難しい説明は省くが……この剣で敵を切れば相手は燃える。あるいは凍る。あるいは砕ける。あるいは風で刻まれる、と――まあ硬い相手にもなんらかのダメージを与えられるようになったはずってことだ」
属性付与。武器に属性をつける魔法。
例えば剣による物理ダメージが通りにくい相手――硬い甲羅の化け蟹みたいなエネミーでも、火に耐性がなければこれで武器に属性をつけ切りつけることで一定のダメージを与えることができる。
ついでに四属性全て重ねがけすれば耐性のない相手には属性ダメージ四倍追加、火に耐性があっても他三つの属性でダメージがはいる、と。何かと便利な武器の強化魔法だ。
便利すぎるせいかMPの消費量が大きい上に課金アイテム。
まあ知人の護身武器の強化になら使ってもいいだろうと判断した。
剣を鞘に納め、立ち上がるとリザイアにそれを帰す。
「これならお守り程度には十分だろう。最終的に重要なのは君の剣の腕だが」
「……はい。大切にします」
「何かあったらそれでこいつをぶった切って馬肉にしていいからな」
「は、はい?」
アルガントムは強化した剣の譲渡を終えると、ユニコーンの方を睨みつけ。
「何かやったら主として自害を命じるからな?」
「だ、大丈夫ですとも。私こと十霊獣ユニコーンは紳士です」
なんだかんだあって、普通の馬に乗るのと同じようにしてユニコーンに跨り、一時の別れの挨拶の後、王都に向けて出発したリザイアの背中を見送って。
アルガントムは思うのだ。
「……不安だ」
何がとは、言わないが。




