35:八の杖、八の天変地異。
無残に瓦解したセントクルスの軍勢を前に、アルガントムはさて、と。
舞い降りてきた天使に軽く笑って問いかける。
「余計な気を回したな?」
ゼタは頷き、小首を傾げた。
「不要だったでしょうか?」
「いや、問題ない。ここらでフィナーレ、最大恐怖を叩き込んでお開きにするとしよう」
アルガントムは一歩を前へ。
眼前のボロボロになった敵対者たちに言葉を飛ばす。
「さて、セントクルスの残党諸君! ここらで一つ問いたいが、そちらに切り札はまだあるか?」
返答はないが構わない。
元よりそれは求めていない。
「そちらがここまでに受けた被害だが――それは俺の部下がばら撒いたものだ。理解しているな?」
そしてもう一つ。
「俺は部下より当然強いが、理解しているな?」
どよめき。
軍勢も、十二の賢者も、つわものも、容易く葬るバケモノども。
あれ以上の強さとは、なんだ。
恐怖が渦巻き、敗残兵たちを震え上がらせる。
アルガントムの目的は、連中に二度と喧嘩を売ってこれないくらいの心の傷を刻むことだ。
しかしこの状況においてもまだ逃げ出さない、それは連中の神というヤツに対する信仰心がまだ恐怖を抑えているからではないかと、そう推測する。
ならば神よりも怖いものがあると思い知らせなければならない。
まあ神がどんなものか、そもそも実在するかをアルガントムは知らないが。
アイテムストレージの中、八つのアイテムを選択する。
同時、出現したのは杖だ。
八本の杖がアルガントムを囲むようにして地面に突き刺さる。
どれから使うかと、アルガントムは少し考えた。
ある程度の流れを決めると、まずはそのうちの一本を右手に取る。
先端に飾られた雷の模様を刻む宝石に左手から金貨を注ぎつつ、呟く。
「神サマってヤツがいるなら、雷くらいは落とせるんだろうな」
数十万のMPを食らって、その杖は紫電を纏い始める。
魔法の発動準備が完了した。
ここからアルガントムは少し慎重になる。
八本の杖と、それが発動させる魔法。
全てに共通することだが攻撃範囲が広い。
また敵味方関係なくダメージが入る。
そして発動方法だが――MPを投入し終えた状態の杖を物体に突き立てる、というものだ。
さて、例えば普通に自分の足元に杖を突きたてたとしよう。
自分の居る場所を爆心地に敵味方無差別の広範囲高威力が発生することになる。
使用者含めて特定属性無効化系の耐性スキルまで習得したプレイヤーばかりなら問題はないのだが、そう上手い状況ばかりではない。
また今この場でアルガントムが足元に杖を突き刺すと、ほぼ間違いなくゼタたち三人が巻き込まれるだろう。それはどうかとアルガントムだって思う。
さて、この単純に使いにくさと引き換えに威力を貰ったような魔法発動用のアイテム。
だがゲーマーというのは色々と思いつくものだ。
何かに杖を突きたてれば発動する、ならば敵の群れの中にでも投げ込めばいいんじゃないか、と。
槍投げの要領で敵地のど真ん中に投げ込めばそこを中心に範囲魔法が発動するわけだから、味方には被害がでず最大効率を発揮できる。
なるほど確かに、そして誰かがそうやって運用してみると、どうにもそれが本来の使い方なのではとなるくらい効果的な攻撃魔法だった。
ただエンシェントはダイブゲームだ。
プレイヤーがアバターを自分の肉体として操作するというシステムの都合上、ミスはつきものというか投擲失敗するプレイヤーがやたらと多かった。
投げ損なって足元に落下、自分を中心に大ダメージ。
あるいはあらぬ方向に飛んで何十万ものMPが無駄に。
よくある話だった。
この場でそんな無様を見せるつもりはさすがにない。
アルガントムは杖をしっかり――虫人の手なのでちょっとコツが必要だが――握ると。
「っとぅ!」
掛け声と共にセントクルスの連中に向けて杖を投擲。
放物線を描いて飛んで、それは敵陣の中央辺りに転がっていた屍へと突き刺さる。
と、同時。
雷が落ちた。
天気など関係なく天から落ちた雷撃は、最初は杖に、それから少しずつ範囲を広げるように何度も何度も大地とそこにいる兵たちを打つ。
雷に焼かれた屍から煙が燻る。
「風属性、雷撃杖インドラ。……なんでこれが属性的に風なんだろうな」
直撃した敵が焦げ付く辺りに火属性の雰囲気を感じるアルガントムだ。
色々な事象を四属性で分類するのはさすがに無理があるらしい。
続いて手にした杖も属性的に正しいのかと中々に物議をかもした一品だ。
流れるような炎の紋章を刻む宝石に金貨を投じれば、ドロドロとした溶岩のエフェクトが杖を覆う。
この演出にダメージはなく熱さも感じないが、見た目に怖いのでさっさと投げてしまおうと、雷撃に襲われている地点に向けて投擲した。
「溶岩杖、ボルケイノ。火属性だが溶岩ってのは土と火、どっちが正しいのか」
杖の刺さった地点を中心に、足元の大地が溶岩へと変わっていくのだから、敵には質問に答える余裕はない。
足元から燃えて溶けて死ぬ。
一定範囲を継続的ダメージが発生するダメージ床に変える魔法だ。
「追加で焼くか。爆破杖、インフェルノ」
三本目。
太陽のような模様を浮かべる宝石が魔力を得れば、熱の揺らめきが杖から立ち昇る。
狙いは先ほどの二本から少し話して、西側に。
「ふんっ!」
着弾。
同時に発生するのは、地上で太陽が発生したかのような強烈な大爆発だ。
離れた地点に立つアルガントムでも軽い熱を感じるほどの威力。
当然、着弾地点にいた兵士など跡形も残らない。
残っているのは抉れた地面のクレーター。
すでにこの時点でセントクルスの兵たちは一部が逃げ出し始めている。
まだ足らないだろう、もっと必要だろう。
「二本連続だ、激流杖はデウカリオン、零度杖はコキュートス」
まず水滴模様の宝石の杖、そちらに魔力を注いで投擲する。
着弾地点に発生するのは杖の名の通りの激流だ。
噴出する高圧の水流が周囲を砕いていく。
その激流の地点の近くに向かって投擲された杖、その宝石の模様は氷の結晶。
突き刺さった地点から広範囲が一瞬で凍りつく。
凍った噴水と人間たちのオブジェが出来上がった。
残り三本。
アルガントムが選ぶのは竜巻模様の宝石が輝く杖。
「暴風杖テンペスト」
風の渦と共に投擲された杖は、心なしか遠くへと飛ぶ。
逃げ出していたセントクルスの兵たちを追い越して、その先に着弾。
次の瞬間、彼らは竜巻の中に吸い込まれてバラバラに刻まれる。
竜巻はその周囲の兵士や死体もどんどん吸い込んでいく。
ある程度は大地が綺麗になったところで、アルガントムが手に取るのは星を模した宝石を持つ綺麗な杖だ。
「流星杖コフェルス」
星の輝きを纏った杖を、竜巻へと向けて投擲。
その中央に突き刺さったのだろう、天を見上げればそれが降って来る。
隕石だ。
大気との摩擦で燃えあがる岩塊は、竜巻に巻き込まれたものたち全てを押しつぶし、その衝撃で周囲の大地も砕く。
衝撃を音として聞きつつ、アルガントムは最後の杖を手にする。
「フィナーレだ、地裂杖テンチカイビャク」
割れる大地の紋、宝石が魔力を受け取れば、杖はかすかに振動を始める。
「俺が持つ最強の魔法だ、これを食らって生き延びれたらおめでとう!」
最強と呼ばれるそれは土属性魔法の杖。
最強と呼ばれる由縁は即死効果。
着弾地点に地割れを発生させ地に足をつけてる敵を問答無用で落下させる、と。
言葉にすれば単純だが、エンシェントでは飛行できないものが高所から落下するとダメージを受ける。妙に現実的なことに。
この落下ダメージというヤツが事実上の無属性で、さらに落下した高さによって受けるダメージは大きくなる。
そしてテンチカイビャクによって発生する地割れの深さなら、飛行不可能エネミー限定なら上位ボスですら確実に殺せる落下ダメージを与えられるのだ。
無論プレイヤーアバターが落ちたら即死。課金の強化を受けているアルガントムとて例外ではない。
なぜこんなものが実装されたかと一時期話題になったが、後からゲームを開始して高レベルのプレイヤーに置いていかれている新規プレイヤー救済措置の一つと結論された。
だって本当に一番強い方のエネミーはだいたい飛行しており、これを使っても地割れ発生時に飛び散る岩の破片でのダメージしか受けないのだから。
「まあ、対プレイヤーを想定すると問答無用で最強だが」
そんな魔法を発動させる杖は、アルガントムの手によって隕石の落ちた地へと放られる。
大地が揺れて、地面が割れた。
大量の兵士が底の見えないそれに飲み込まれて。
「……ん?」
アルガントムは気づく。
なんだか範囲が広すぎないか、と。
それはセントクルスが布陣していた大地を東西に割っていく。
そしてアルガントムが知らぬところで、東に向かった地割れは三国の中央で二股に別れ、さらに長い距離を引き裂いた。
ちょうど三つの国の国境が全て地割れで分断されるように。
そこまでは知らぬとして、地平の彼方まで続いていたセントクルスの軍勢がだいたい地の底に落ちていった結果を見て、アルガントムはさすがに思う。
「やりすぎた、か?」
その言葉に反応したのはゼタだ。
「マスター、召喚された者たちは全員地割れを回避しました。問題ありません」
「それならいいが、いやいいのか? 地形が変わってる気がするんだが」
「マスター。そもそも地形とは元より何らかの原因で変化するものです。マスターが何をせずともいずれこうなっていたものと思われます」
緩んでいた地盤に衝撃を与えた結果が目の前のコレ、そういわれてアルガントムは少し考えて。
「……まあ、味方に被害がないなら構わんか」
「はい。地割れによる振動も最低限ですので周辺への被害もないかと」
「そういえば地震ってほど揺れなかったな。地割れが起きたのに、か」
「本来の範囲威力以上の振動は発生しないよう制限がかかっているものと思われます」
「そういうものか」
「推測ですが。この世界の情報を全て得ているわけではありませんので」
確定できないことを考えても仕方がない。
そして恐らくセントクルスのごく僅かな残党には十二分に恐怖を刻んだだろう。
地割れに飲まれ、もはや軍というほどのものは見当たらない。
地割れの向こうで退却する兵士か、こちら側に残され散り散りに逃げる残党の姿のみ。
戦いは終わりだ。
アルガントムは息を吐く。
同時、投擲した八本の杖は仕事を終えて自動でアイテムストレージに戻ってきたのを確認し。
「ならば、いい」
★
三体の天使や多数の怪異の使役のみならず、極大の爆発に、灼熱への大地の変性。
雷撃を呼び嵐を巻き起こし、激流と凍結を操り、挙句の果てには星を落とし大地を引き裂く。
崩れた防壁を足場代わりにことを見守っていたリザイアは、アルガントムという存在が起こしたその全てを正しく認識しきれない。
彼と三人の天使が戻ってくる。
あの強大な存在とどう接すればいい、なんと言葉をかければいい。
リザイアは考え、そして約束を思い出す。
(……あなたとその仲間がバケモノなどではないと、言葉を尽くす)
違えてなるものか、自分たちを守ってくれた相手との約束を。
何人かの戦士を伴ったリザイアの姿を見つけると、アルガントムは軽い調子で片手を挙げて。
「とりあえず、連中はこの地からどこかにお帰り願った。神様がいるならそっちにいっただろうし、地獄があるなら真っ逆さまだろう」
大殲滅戦の後でもなんら変わらぬ様子の彼に、リザイアは言葉を返そうとし、しかし一度だけ躊躇って。
そして、拳に力を込めて自らを奮い立たせ、笑顔を返す。
「ありがとうございました。お陰でこの地の多くの人々が救われました」
「構わん、契約であるし、俺個人としてもここは嫌いじゃない。何より俺の雇い主の願いだ」
と、アルガントムは周囲を見渡して、その雇い主の姿を探す。
彼女は防壁の端に座って、目を抑えている。
「ラトリナ、大丈夫か?」
彼女は頷き、目を開く。
「ええ、連続で力を使ったせいで少々反動が大きいようです」
「無理はするな」
「もうしたので、あとは安心して眠りたいところですが……」
ラトリナは腫れた目で、ついさっき姉と知ったばかりの女性を見つめる。
「……お願いしてもいいですか、お姉さま。きっと私より、お姉さまの方が人々を安心させられる」
「ふふ、報酬なんて形でなくとも、妹の頼みなら姉として聞いてあげないと。……あなたの素性は話してもいい?」
「お任せします。まあ姫であるとかそうでないとか、証明も難しく……私はどちらでもいいのですが」
「……この地を共に守ってくれた、あなたは私の妹です」
「なら、そのように」
リザイアは振り返る。
ルーフ村内部。
そこには冒険者や兵士、住民に混じって、複数体の怪物が混じっている。
ラトリナの仲間、アルガントムが召喚した者たちだという彼らだが、やはり外見ゆえか他の人々には距離を置かれていた。
リザイアは少し言葉を考える。
まず言わねばならぬことは、と。
「諸君らの尽力によってこの地は脅威から守られた! 感謝する!」
感謝の言葉。
この地をその身で守ってくれた者たちへの。
そして、次の言葉は。
「そして、諸君らは見たはずだ! ラトリナ……我が妹、ラトリナ・トランベインと、彼女の仲間の力を! セントクルスの軍勢を打ち砕いたその力は、敵ならば確かに恐れるべきものだろう!」
しかし、と。
「だが諸君ら問いたい! 我らと共に戦ってくれた彼らは、果たして我らの敵か!」
沈黙の中、鈍器みたいな片刃剣を肩に担ぐ一人の男が口を開く。
「敵じゃないだろう、今は。もしも敵なら、俺たちなんて一瞬で消し炭だ。そうなってないってことは」
彼、グリムは、ラトリナと、次いでアルガントムの顔を真正面から見据えて。
「味方でいいんだろ?」
二人は頷く。
「ええ、味方です」
「そうだな、味方だ。俺も、俺の雇い主も、俺の仲間も、まとめて君らの味方だよ」
グリムはならばと、仲間たちに証言する。
「味方殺しなんて呼ばれている俺が言っても説得力は微塵もねえかもしれねえが、こいつらは信じてもいいだろう。違うか?」
リザイアとグリム、二人の言葉は人々に浸透し、そして一つの総意となった。
総意を代弁するのは、全身傷だらけになりながらも生き残ったひとりの冒険者だ。
「本当なら死んでたんだ、生き残らせてくれた相手に石を投げつけるほど恩知らずじゃねえ」
あるいはトランベインの兵士。
「真っ先に逃げたうちの上司よりは信用できるな、ははは」
笑い声と賞賛が口々に語られる。
それらを受け止め、悪くないと胸の中に暖かいものを感じつつ、アルガントムはラトリナに囁く。
「なあ。大丈夫だっただろう?」
ラトリナは、ひとまずは首を縦に振って。
「……でも、全ての人がそう思ってくれるでしょうか?」
まだ不安があるらしい。
アルガントムは軽く笑って。
「ならば直接、聞きに行けばいい」
★
冒険者ギルドに入ってくる情報は、ある時期から途切れていた。
そちらにまで情報を伝えているほどの余裕がない、そんな戦況だったということ。
しかしどうやら村の中での戦闘は終結し、その上に壁の外の敵もいなくなった、と。
カーティナは、遠くを見ながら考える。
「どうなったんっすかねー……?」
北の方、セントクルスの陣地に星が落ちたり暴風が巻き起こったり、色々な現象はこの場所からでも確認できたのだが。
その詳細まではわからない。
とりあえずは助かったと、胸を撫で下ろしていると。
「おい! みんなが戻ってきたぞ!」
ギルドの守りについていた冒険者の声。
見れば、誰も彼もがボロボロの姿で、しかし確かに生きている勝者たちが凱旋する。
その最前列にいるのはリザイアだ、返り血で赤く染まった鎧を着ており、顔には僅かに切り傷があった。
彼女の後ろに続く者たちは、村を守ろうと力を尽くしてくれた二百名の生き残り。
カーティナも、その他の人々も、彼らの帰還に喜び、歓声を上げ、手を振って出迎える。
「おつかれさまっすよみなさーん!」
人一倍よく通るカーティナの声に、リザイアが微笑みを返した。
「皆さんのお陰で、どうにかこの地を守れました。……多くの犠牲も、町への被害も出ましたが」
「……仕方ないっすよ。皆さんに感謝すれど怒る間抜けはここにはいないっす」
「そう言ってくれるなら、戦いで傷ついた者たちも、命を失った者たちも、きっと報われます」
「その中にはリジーさんも含まれてるんっすからねー?」
ところで、と。
カーティナはちょっと冷や汗と共に問いかける。
「……リジーさん、王族ってマジっすか」
「え? はい、リザイア・トランベイン。前第七王妃の娘ですが」
カーティナは汗をダラッダラに流しつつ。
「王族サマになんかめっちゃご無礼しちゃってもうしわけありませんでございましたー!」
「ちょ、ちょっと!? だ、大丈夫ですよ! 王族といっても多数いる王女の一人ですから! ほらもう一人ここにも王女がいますし!」
リザイアに背をぽんと押され、前に出るラトリナ。
彼女の姿を見て、カーティナは少し呆然として。
「……マジっすか、ラトさん」
「本名はラトリナ・トランベインというのですけれど……ええ、マジみたいですよ」
「重ね重ねすいませんでしたー!」
再度の平伏。
困った顔でリザイアが言う。
「いまさらですよ、気にしません」
また軽く笑ってラトリナが。
「またお酒に付き合ってくだされば。ふふふ」
カーティナは安堵する。許された。
と、ラトリナのセリフにため息をつく男がいた。
「交際費ってのは必要経費で構わんが、ほどほどにしろよ? 体壊すぞ」
「ええ、善処します。ふふふ」
カーティナはそちらを見ると、銀色の大男がいた。
虫人。銀色のインセクタ。
「こ、ここ国王殺しの!?」
ついでに、その背後にぞろぞろとついてきている怪異たち。
二つの頭を持つ犬や、首のない騎士、炎の人型、等々。
六本羽の天使もいる。三体も。
さすがのカーティナとて青ざめる。
その顔を見て、ラトリナは一瞬躊躇うが、アルガントムに背中を押され、それでも、と。
「カーティナさん、皆さん。私が彼らの、国王殺しの銀色インセクタ、アルガントムや、六本羽の天使たち、それに連なる者たちの雇い主です。……私をバケモノと呼ぶならば、否定はしません、立ち退きます」
ラトリナの言葉を聞いて、人々は互いの顔を見合わせて、そして。
★
結論から言うと、ラトリナの不安は杞憂に終わった。
「敵じゃないなら味方っすよー! っつーわけで飲みましょう。丸一日」
カーティナ初め、人々はお気楽だった。
ラトリナを、アルガントムを、ゼタを、ナインを、オメガを、その他色々を、ちょっと恐る恐るながらも受け入れてくれた。
酔っ払いに囲まれ困惑している天使三体はまあスルーして。
「あ、自分はお酒は不要です。ご覧の通り飲めないもので」
なんだか普通に喋っている――というか召喚された連中全員人の言葉を喋れるらしいのだが――首なし騎士ことデュラハン等々、なんだか普通に馴染んでる連中もスルーして。
アルガントムは冒険者ギルドの中で勝利の宴と酒を飲んで楽しそうに笑うラトリナに言う。
「大丈夫だっただろう」
「えぇー、大丈夫でしたねぇー、うふふふふぅー」
その身を挺して戦って、多くの人々を守ろうとしたリザイア、そして彼女と共に戦った者たち。
みんながあの場でセントクルスや天使の目をひきつけるため挑発し演技して、連中を撤退させるのに一役買ったラトリナの姿を見ている。
それに守られた人々が信じぬわけがないだろう。
不安の消失にカーティナたちと飲みまくって変な歌を歌い始めているラトリナをそろそろとめるべきかと頭を抱えつつ、アルガントムは同じくお酒は飲めずこの場において身の置き場に困っているリジーに話す。
「お陰で色々とうまく行っている。ありがとう」
「お礼を言うのはこちらです。あなたたちがいなければ、今頃我々は負けていたでしょうから。本当に、ありがとう」
お互い様、というヤツか。
さて、それでは本題だ。
「ところでリザイア、契約を覚えているか?」
「国王殺しの罪を許す、ラトリナの仲間であるあなたたちが味方であると言葉を尽くす。わかっています」
「うむ、あと追加報酬の」
「ああ、アレですか。ラトリナが言っていた、えっと」
リザイアは唇に手を当てて言葉を思い出す。
「仲間たちが暮らせるよう土地が欲しい、でしたよね」
「ああ。俺とラトリナといまその辺で酔っ払いに絡まれている連中……それとちょっと遠くに召喚してしまってまだこの場に来ていない仲間が暮らせる土地が欲しい」
「大丈夫です。たしかアルガントムさんのお仲間が七十二人、それにアルガントムさん自身とラトリナをくわえた七十四人が暮らせる土地」
七十四人の暮らせる場所。
まあ怪物じみた者も多いとはいえ、小さな村程度の規模だ、いくらでも候補地はあるだろう。
リザイアはその程度に考えて。
「……いま少し揺れましたか?」
地響き。
ほんの微かな、しかし確かに何かが近づいてくるような。
ざわめく人々を、アルガントムが手で制する。
「ああ、慌てるな。俺の仲間だ。セントクルスの連中を追い払うのに手を貸してくれた、な」
その言葉である程度の安心は得たものの、やっぱり何事かと気になるのが人というもの。
特にリザイアは、なんだか嫌な予感がして尋ねる。
「……あの、お仲間というのは」
「そうだな、直接目で見たほうが早いだろう。ついてきてくれ」
アルガントムが席を立ち、冒険者ギルドの外に出る。
リザイアも彼の後ろをついていく。
「あれが俺の仲間のうちの……とりあえず一人だ」
ルーフ村の防壁の向こうにいるのに、壁の中からでもその姿を確認できる馬鹿でかい竜。
それはアルガントムの姿を見つけると、太い前足を振って挨拶する。
「マスター、ベヒモス以下七巨獣、いま参上した」
「ああ、ご苦労。遠くに召喚されたらしいな、すまなかった」
「お気になさるな」
紳士的な巨竜に、アルガントムはこいつも悪いヤツではないなと確信しつつ、隣のリジーに言う。
「あれが七十二体の仲間の一人で……」
リザイアは呆然とした表情で固まって、どういうことかと頭を回転させ、やっぱり理解できずに脳がショートして。
「……リザイア? リザイア!? リザイア――!?」
とりあえず気を失った。




