34:少数対無数の些細な兵力差。
高所に布陣する軍と、低地に陣を敷く軍。
どちらが有利かと言えば、まあ単純に考えれば前者だろう。
重いものを落とすだけで重力に引っ張られたそれが威力となるのだ、突撃には降下の加速が乗る。
ましてや空を自由に飛行できるものと、地を這うことしかできぬ軍、どちらが強いかなんて考えるまでもない。
「まあ、戯れよな」
飛竜は、この戦いをそう評価した。
コウモリのそれのような巨大な翼を広げ、巨体を宙に浮かべる爬虫類。
七天魔と呼ばれる存在の、一応はリーダー格みたいな扱いをされている彼はジズという。
天の魔の名に相応しく、渡り鳥のように悠々と空を舞うジズ。
その姿を地上から見上げる大軍勢は彼の敵だ。
七対無数か。なんて微かな戦力差。
ジズは自らと共に空を舞う六体の姿を見る。
炎を纏う怪鳥はフェニックス。
長い体をうねらせながら空を舞う蛇には翼があり、その名はケツァルカトル。
人の両腕を翼に、足を鳥のそれへと取り替えたような半人半鳥の女はハーピー。胸から上だけを見れば人間の男は簡単に釣れそうな容姿だ。
またハーピーと同じく人型だが、頭部と背中の翼が鳥のそれ、筋骨隆々と装いの違う半人半鳥の男、ガルーダ。
鷲の頭と獣の胴体、そして巨大な翼を持つ出鱈目な存在はグリフォン。
そして、虫というか魚というか甲殻類というか、なんとも奇妙な外見で、ヒレのような羽を順々に揺らめかせて空を飛ぶ奇妙なもの、スカイフィッシュ。強いていうならアノマロカリスという遥か昔に絶滅した生物の復元図に近い。
七天魔。かつての世界では高度制限というもので狭い空しか飛べなかった彼らは、この地において真に自由な翼を得た。
この素晴らしき世界に連れて来てくれた我らが主に感謝しよう、と。
そして彼らは空と同様に心が広い。
「空を舞う喜び、連中にも教えてやるとしよう」
ジズの言葉と共に、七体が急降下。
矢だの魔法が飛んで来る。あたりはしない、あたったところで傷にもならない。
そのままジズは、二本の足で地面に着地。勢いを殺すために地面を削るついで、軍勢の一角も少々巨体で潰していく。
大地に降りたジズは、適当に周辺を見回した。
「じゃ、邪悪に怯むな! 貴様らそれでも神の信徒か!」
周りに命令を飛ばしているらしい、少し偉そうな男の姿が目に入る。
こいつでいいか、と。
ジズは首を器用に動かし、その男の体をくわえて馬から持ち上げた。
ついでに足で兵士を何人か鷲掴む。
それらを殺さぬよう力加減をしつつ、両の翼を羽ばたかせ、再び空へと舞い上がった。
流れる風に遠ざかる大地、いくら追っても追いつけぬ無限の青空。
これだ、これこそが空なのだ。
素晴らしい、と。口やら足の方で聞こえる絶望と恐怖の悲鳴が少々雑音だが。
そのまま上昇し、やがて雲へ、それすら突き抜け雲の上へ。
輝く太陽と眼下に広がる雲海。雲の切れ目から地上が見える。
細長く伸びた大軍、その陣形のあちこちが粉砕されているのが確認できた。
ある地点では七体の巨獣が好き勝手に巨体を活かして暴れている。
ある地点には海が出現し、そこから伸びた触手や、巨大な蛇の如き海竜のアゴ、あるいは巨大な魚の起こす波が兵士たちを水中へと引きずりこんでいた。
また別の場所では腹から下がない上半身だけの石巨人と、逆に下半身だけの石巨人が、それぞれ城ほどもある巨体で軍勢を押し潰す。随伴の小型――それでも十分巨大な――ゴーレム四体も存分に暴れている。
七天魔に七海魔に七巨獣、そしてヒュージバトルゴーレムシリーズの大型二体と小型四体。
エンシェントでも恐らく全てが一つの地に集ったことはないであろう怪物たちの暴れまわる戦場。
さてさて一方で敵の数は何万か、何十万か。なんて貧弱な兵力だとジズは笑う。
「お、降ろしてくれ、降ろしてくれえ! 金ならいくらでもやる! 神父が着服した教会への寄付金の隠し場所を知っているんだ! 頼む!」
悲鳴を聞いて思い出す、そういえば空に何人かゲストを招待していたな、と。
周りを見ればハーピーは足に、ガルーダは両脇に、ケツァルカトルは口に、グリフォンは前足にと、敵のやたら偉そうな雰囲気をしていた兵士をそれぞれこの天に連れて来ていた。
ただフェニックスはその足には誰も掴んでおらず、曰く。
「掴んだヤツが途中で燃えて灰になったぜ」
そしてスカイフィッシュは表情の読み取れないツラでなにやら口をもごもごと動かしており。
「おいしくない」
ぺっと、鎧やらなにやらの残骸を吐き出し地面に落とす。
まあ向き不向きだ。
人を乗せて空を飛べるようにはできていないヤツもいる。
そんな二体は置いておくことにして、ジズは喉から声を出す。
「空は素晴らしいとは思わんか。人は本来これない領域だ。それなのに降ろしてほしいと。まったくロマンのわからぬ者たちだ」
やれやれと首を振る。
そして。
「まあ、今日は気分がいい。降ろしてほしいなら、そうしてやろう」
ゲストの体を保持していた部位から、それぞれが力を抜く。
解放された者たちは、自由になった体で空を舞う――というか、落ちる。
雲の上からの自由落下。
翼のない人間がどうなるか、結果は語るまでもない。
大地に引かれ落ち行く敵を、ジズは見送り呟くのだ。
「まあ、戯れよな」
★
アルガントムは首をかしげた。
「うむ。……うん?」
確かに手持ちの召喚アイテムを全部使ったはず。
大量のMPを複数の魔法陣に流し込んだ。
頭の中でアイテムストレージを見る。
召喚用の七十二のアイテム全てからシステムメッセージ的な何かが伝わってくるのだ。すでに召喚中です、と。
つまり失敗したわけではないはずなのだが。
「なんで何も出てこない」
魔法陣の輝きが消えた地面を見下ろし、なんでだ、と。
と、上空、ゼタがアルガントムに報告した。
「未召喚だった者たちの出現は確認しました。ただ、出現地点が東西に分かれています」
別地点に出現。
さてどういうことかとアルガントムは記憶を探る。
なんだったか、なんかこういうことが起きる何かがあったような。
記憶の深くに探りを入れて。
「……ああ、複数召喚バグって、昔あったな」
召喚で呼び出される対象がマップに出現する時、大量に一箇所に重なるようにしておくと、不具合が起きて座標データがバグりあらぬところにそれが出現してしまう、というもの。
コレを利用してダンジョンの入り口から召喚獣だけを最深部に飛ばして安全にボスエネミーを撃破する方法なんかが考案されていた。
まあだいぶ前のパッチで、召喚アイテムの複数同時使用の制限とか、バグ自体の修正とかそんな防止策が取られたはずなのだが。
複数の召喚アイテムを同時使用できた時点で思いだし、ついでに気づくべきだった。
「この世界、最新版じゃないのか」
世界が最新版と、自分で口にしておいてなんだそれと苦笑せずにはいられないところだ。
とにかくもうやってしまったから仕方ない。
アルガントムは上にいるゼタに問う。
「他の奴らの位置はわかるか?」
ゼタは少し間を置いて空から周囲を確認した後。
「はい。――この地から東西に向かって点在しています」
この場所の東西、つまりはセントクルスの軍勢が布陣するラインに沿うように。
そいつらの殲滅を目的として召喚したからか、それに相応しい場所に出てきてくれたらしい。
ふと東や西から爆発音や悲鳴が聞こえてくる。
召喚した者たちがやってくれているのだろう。
「ならば、そっちは任せるか」
また、ルーフ村にはすでに召喚した者たちを置いてきている。
小型な彼らの役目は念のための防衛だ。ラトリナやリザイア、その他いくらかついていくと言う者たちもいたが、これから先にやることは、近くに味方が多いと少々危険だ。フレンドリーファイアの危険性は減らしておく。
みんな戦って、ルーフ村を守ったのだ。
あとは自分に任せてほしい。
少々気に入らないヤツらをぶっ飛ばす権利、頂いても構わないだろう。
アルガントムは目の前、何が起きているのかは理解しておらず、ただ彼方から聞こえる友軍の悲鳴で震え上がる兵士たちに視線を向ける。
「本当はここに出現した連中を東西に向かわせて順々に潰していくつもりだったんだが、予定が狂った。お前らの相手は俺と」
天を見る。
「あの三大天使でつかまつる」
四体による宣戦布告。
その言葉に、怯える兵士たちを激励しようと、ジャックビーが声を張った。
「恐れる必要はありません! いま我らの目の前にいる相手はたかが四の邪悪! この場にいる兵力と――」
またジャックビーに呼応するように、十三賢者の十二人が叫ぶ。
「我ら賢者の力があれば、邪悪に負けるはずはなし!」
そうだ、邪悪に負けるわけがない。
この場にいるのは十二の聖騎士団の一つを任された男と、そして世界最高峰の十二人の魔法使いたちだ。
ジャックビーは剣を抜く。
「私がお相手しましょう、邪悪どもめ!」
アルガントムは、その挑戦を受けてやると構えようとして。
「我が主よ、私に任せて頂きたく」
その前に進み出たのは、オメガだ。
左手の盾、それをジャックビーの剣から主を守るように構える。
「オメガ。一応聞くが大丈夫か?」
「召喚されたばかりゆえ、我が力いまだ正確に把握できておりません。ゆえに断言するわけにも参りませんが……我が主との知識共有で、この世界のレベルはある程度理解しております」
ゆえに、試させてほしいと彼女は言う。
「あの敵は試しとするには十分と、私の勘がそう告げる」
アルガントムは考える。
大天使モドキを切り札とする連中のボスらしき相手。
オメガが勝てるか。
「……そうだな、わかった。存分に試せ、オメガ!」
「その命令、ありがたく」
盾を構えたまま、一方右手は素手のまま。
オメガは目の前の敵と睨みあう。
「大天使様の姿を模した邪悪め。それで私が怯むと?」
「言葉はいらず、ただ力を示して頂きたい」
ジャックビーは愛馬と共に駆け、吼える。
「望むなら見せてあげましょう! 第一十字聖騎士団が団長、ジャックビーの実力を! 神はそれをお望みです!」
彼の剣に光が宿るのを人々は見た。
銀色だった刃を覆う光は、天使の放つ死のそれと同様の破壊の輝き。
その剣は、三つの国家が誕生するよりも以前、遥か古に作られたという伝説を持つ。
神の力を付与された刃。
万物を貫く光剣。
セントクルスの地で発掘され、神器として受け継がれてきたその神聖の剣が屠った邪悪は数知れず。
ジャックビーはその剣から溢れる光に神の加護を感じる。
邪悪に負けるはずがない。
まがい物の天使とて、神の前では例外ではない。
「堕ちよ!」
一方のオメガは六本羽をたたんでマントのようにし背中に垂らす。
両足で地を踏み締め、腰を落とし、盾を構えて光の剣を受け止める体勢。
「落とせるならば、落としてみせよ、その剣で」
光剣と盾が激突する。
★
盾に剣をぶつけた瞬間、ジャックビーは確信した。
勝った、と。
この刃を防げるものなどない、と。
それを最後の記憶とし、彼の生命は終了している。
剣がオメガの盾に受け止められた直後、まるで見えない何かに切り裂かれたかのようにジャックビーは愛馬もろとも真っ二つとなった。
勝利を確信した表情のまま割れた亡骸は、馬が駆ける勢いのままオメガの左右を通過して、大地に土煙を残して転がる。
頬に付着した敵の血を拭いつつ、オメガは構えを解く。
「無属性、それは確かに防げない。けれど防げぬものとはいえど、私の盾は跳ね返す」
オメガ・アウルムとはゼタ、ナインと同格の存在だ。
単純なステータスだけ見れば他の二人を凌駕する。
ただしゼタのような対多数殲滅の広範囲攻撃も、ナインのような多数による組織的攻撃も不可能だ。
あるのは高い基礎ステータスと、ただ一つの『カウンターフォース』というスキル。
このスキルは彼女の左手の盾を中心として広がる一方向一定範囲の攻撃をそのまま跳ね返す。
例えば前面に向ければ彼女は前方からの攻撃に対して無敵だ。
それは無属性という防げない攻撃すら例外ではなく、彼女の盾は防がずそのまま跳ね返して相手の力を自らの武器としてしまう。
ジャックビーを両断したのは、オメガがカウンターフォースで反射した彼自身の剣の威力だ。
ただ欠点がないように見える彼女だが、カウンターフォースの範囲外からの攻撃には無力である。
横や背後から殴られれば普通にダメージを受けてしまう。元々高い防御で多少耐えはするが。
また攻撃力も高いとはいえ、できることは単体に対する素手の攻撃だ。
ゼタのレイストームやナインのレイディアントレギオンの総合火力と比べれば遥かに劣る。
結局のところ三者はほとんど同格だ。
レイストームでナインのレイディアントレギオンを纏めて殲滅できるゼタ。
レイディアントレギオンでオメガのカウンターフォースでは防ぎきれない組織的攻撃を行えるナイン。
カウンターフォースでゼタのレイストームをそのまま反射し一対一なら基礎ステータスでも上回るオメガ。
相性的な三すくみはあるが、総合的には同程度。
そして彼女たちは共通して、多方向から高威力の範囲攻撃を乱射してくる最上級のボスエネミーには手も足もでない辺りまで同格なのである。
ただし、この場にそんなボスエネミーはいないが。
ジャックビーの死を前に、いよいよもってセントクルスの兵士たちは怯え始めている。
オメガはそちらに冷たい視線を飛ばして言い放ち。
「纏めて掛かってくるのなら、お相手しても構わない。ただし試しは済んだので……我が主」
続いて振り返ったオメガに、アルガントムは彼女の意図を理解する。
もう十分だ、と。
「ゼタ! ナイン! 纏めてお相手してあげろ!」
「はい、マスター」
「了解しました、ご主人さま!」
あとは一方的に好きなようにお気に召すままやってしまえ。
三体の天使がそれぞれ動く。
「あっはっはっはっは! レイディアントレギオン! 殲滅!」
ナインが高笑いしながら指令を飛ばせば、四本羽六体のデコイたちが光の帯を残しながら軍勢へとその身を打ち込んでいく。
敵陣のど真ん中に自らの身を置いたデコイたち。
その威力は翼から放つ光、あるいは薙ぎ払う手刀。
一瞬で数十人程度は片付ける。
それが六体、つまりは六倍。
あっというまに穴が空き瓦解していくセントクルスの隊列に、ナインはそろそろか、と。
「レイディアントレギオン! 起爆!」
命ずる声が響けば、六体の動きが停止した。
光で構成された体が内側からぶくぶくと膨れ上がり、ひび割れた表面から強烈な閃光が漏れ出し兵士たちの目を焼いて。
そして爆発。
大地と大気を焼きながら撒き散らされる威力。
直撃で即死した兵はまだマシで、熱で融解した鎧でその身を焼かれた末に死ぬものや、飛んできた大地の破片に手足を奪われ失血死するものなど、死に様さまざまな地獄絵図が展開する。
基本的にデコイの攻撃は無属性だが、その爆発だけは炎属性。熱に弱い相手に対しては無属性の固定ダメージ以上の効果を期待できる。
また爆発で飛び散る破片には物理属性のダメージが付与されるが、まあこれはオマケ程度だ。
さて、とナインは翼を羽ばたかせる。
「レイディアントレギオン!」
爆発で消失したはずの六体が、再びナインの周囲に出現した。
生存したセントクルスの兵たちは、何事もなかったかのように展開される脅威の再来に恐怖する。
それを、いい顔だ、と。
ナインは笑う。
「六体消えたら打ち止めとか思ってたァ? あっはっはっは勘違い! 残念哀れでかわいそう! 私を堕とさない限りこのお人形はいくらでもでてくるよー? あっはっはっは!」
止めて欲しいなら私を倒せ、ナインの言葉はそういうことだが、果たしてデコイにすら手も足もでない連中にそれが可能だろうか。
「邪悪な悪魔め! 神のお力を侮るな!」
反撃の声。
気分を削がれたとナインが不機嫌そうに首を回すと、そこにあるのは土の半球体だ。
「四級魔法・ホーリーウォール! これぞ神の守護なり!」
二級ならば個人を、三級ならば部隊を、そしてそれはもっとたくさんの味方を守れる大規模な結界。
神聖な輝きを表面に刻む土壁の中、淡く輝く神々しいドーム状の空間では多くの兵士が安堵の吐息を漏らす。
一方でナインの気分は最悪だ。
無属性じゃない攻撃にしたのは失敗か。
熱に炙られ破片を打ち込まれ、しかし土の壁は微かに赤く焼かれたのみ。
「わずらわしいマネしてんじゃねえッ! レイディアントレギオン突ッ撃!」
六体をその土壁に向けてぶつける。
無属性は軽々と壁に穴を開け、結界の内部に侵入を果たす。
「虫ケラらしく中身で蒸し焼きになってろ! レイディアントレギオン! 起爆!」
土の壁は内側から弾け飛ぶ。
轟音と共に周囲に飛び散る岩の破片が守護の中に逃げ込み損ねた兵士たちを潰していく。
「あっはっはっはっは! 愉快痛快傑作最高ッ!」
無駄に守って無駄に死んだ連中が消滅し、ナインは心底楽しそうに笑う。
笑いすぎて涙が出てきたと、目元を拭って。
「ナイン、油断しすぎです」
「……あ?」
言葉と共に、眼前に立ち塞がるオメガの背中がナインの視界を覆う。
彼女は左の盾を正面に向け、ナインに向けて飛んできていたものを跳ね返す。
巨大な火球だ。
反射されたそれは発射された地点へと突き刺さり。
「ぎゃああああアッ!」
そこにいた賢者の一人と、無数の兵士をまとめて焼く。
あの火の玉が直撃したらどうなっていたか、まあそれほど痛手ではなかっただろうとナインは考えつつ、一応守ってくれた者に対し礼くらいは口にする。
「ありがとオメガ。……なんであいつら死んでないの?」
オメガはレイディアントレギオンの爆発で消し飛んだドームの跡地を示し。
「地下に穴が空いているので……土壁で姿が見えなくなっている間に、何らかの魔法で下から退避した、程度は予想がつきますが」
「はぁ!? クッソほんとにいちいちちまちまめちゃくちゃわずらわしい上にこざかしいッ!」
それもどうやら分際して退避したらしく、ナインとオメガを狙い複数方向から十一発の巨大火球が飛んできていた。
面の範囲での飽和攻撃だ。
防げるものは防ぎ、外れるものは回避すればいいだけなのだが、その火球の軌道は厄介なことに放物線だった。
ナインとオメガは一瞬、背後を振り返る。
そこにある村は守るべき場所、火球を通すと運悪くそちらに落ちないとも限らない。
「レイディアントレギオン! 守護!」
「カウンターフォース」
オメガの盾が防げる範囲の火球を跳ね返す。
その範囲の外、通り過ぎようとする火球にはナインが再展開したレイディアントレギオン六体をそれぞれぶつけ、爆発によって相殺。
反射された先の四人と軍勢が消し飛んで、しかしナインは苛立ちのあまり首をかきむしる。
「めんどくせえわずらわしいやってらんねえクソッ! バラバラに動きやがって! どこから撃ってきてんだ鬱陶しいッ!」
「手間暇かけるの面倒ならば、多少は考え動くべきでしたね、ナイン」
「うっさい!」
ヒステリックに叫ぶナインに、オメガはもうちょっと落ち着きなさいと彼女の頬をつねって。
「アイタタタ!?」
「そもそもが、複数で単独を倒すあなたより、個で個を潰す私より、この場において相応しいのは彼女です」
その視線の先にはもう一体の天使がいる。
六本羽を展開し、そこに破壊の光を溜め込むゼタ。
彼女の瞳は敵勢力を無感情に観察し、そして冷静に狙いを定める。
「レイストーム拡散砲、発射」
六本羽から放たれた光線は、百とちょっとの光の雨だ。
一発一殺、確実に狙った個々を殺害していく死の光が降り注ぎ、発射数と同じ数の命を貫く。
さらに。
「発射。発射。発射」
二連射、三連射、と。
淡々とした言葉と一緒に死をばら撒く。
容赦ない光の連射の後、残っているのはもはや隊列も何もない人の群れと屍の山だ。
それなりに数は減らしたし、火球を撃っていたものたちも確実に処理した。
もういいだろうと、ゼタは判断する。
「これ以上は、マスターの出番を奪ってしまいます」
ほどよく殺した三大天使は、自らの主の下にゆっくりと舞い戻る。




