33:その銀色は何者か。
彼方へと飛んでいったもう一体の六本羽の天使を見送る彼に、リザイアは問わずにはいられない。
「本当に、何者なんですか」
味方とか敵とか、それ以前、アルという存在に対する疑問だ。
質問には、質問が帰ってきた。
「……正直に話せば、たぶん君らは俺をバケモノと呼ぶだろう?」
「それは……」
否定できない。
天使を二体も使役する存在。
無数の怪異を操る者。
素手で天使を葬る何か。
きっとそれは人ではない。
だが、同時に思うのだ。
「……助けてもらった相手をバケモノと蔑むつもりはありません」
「……信じていいか?」
「はい。リザイア・トランベインの名に賭けて」
全身に布を巻いた彼は、果たしてどんな顔をしているのだろう。
リジーには想像もつかない。
無言で少し考えてから、彼は言葉を紡ぐ。
「……約束して欲しいんだが、俺と、俺の仲間、そして俺の雇い主が何者であっても受け入れてくれるか? 正体を明かす条件はそれだ」
「約束します」
「わかった。男に二言はないぞ?」
「待ってください、私は女です」
「冗談だ。くく」
彼は笑い、それから指先を露出させ、身に纏う布をビリビリと雑に破く。
これはもう必要ない、と。
ぐるぐると纏めて、風に乗せて捨ててしまう。
そしてリザイアは見るのだ、その姿を。
「……銀色の、インセクタ?」
自らが追っていた国王殺し。
そして、そう、そして。
思い出すのだ、盗賊のアジトから自分を救ってくれた相手の姿を。
王を殺し、しかし自分を助けてくれた、正体不明の存在。
知ったからには、リザイアは聞かねばならない。
「アル、さん」
「そっちは偽名だ、名はアルガントムという」
「わかりました。……アルガントムさん、どうして国王を殺したのですか?」
彼は取り繕おうともせず、一言で。
「気に入らなかった」
それだけを理由とした。
多くを語ろうとしないなら、逆に踏み込まねばならないと、リザイアは額から汗を流しつつ、さらに問う。
「なにが、気に入らなかった、と?」
「人を勝手にこの世界に呼び込んで、戦争を手伝えと押し付けて、自分に従え従わぬなら殺すとのたまわって、……色々とあったが、一番の理由は人を金でしか動かんヤツと見やがったことだな、今にして思えば」
「それは、どういう」
「あー、つまりだな。……俺がいまここでセントクルスの連中に大金を積まれて、君らを殺せと命じられて、はいそうですかと従う、そういうヤツだと思うか?」
リザイアはアルガントムのことを多くは知らない。
が、彼の例えを聞いて、少し考えて、答えを見つけた。
「利益のみで動くなら、そもそもここに私たちの味方として現れませんね」
「まあな。俺は守銭奴で、たぶん馬鹿だし無計画な上に悪党だが……気に入らんヤツには味方する気はない。ただ国王に関しては少しやりすぎたとは思う。君が娘なら、ああ、そうだ。あやまらないと」
アルガントムは頭を下げた。
「間違ったことをしたとは思っていないが、すまなかった」
あやまっているのだかどうなのか。
その姿がおかしくて、リザイアはまだ戦場にいるというのに思わず笑ってしまう。
「ふふ、ふふふ。気に入らないから王をも殺すなんて。ふふふふふ」
「あー、悪かった。本当に」
「いえ、そうではなく。ふふふ」
リザイアは、少しだけ目から涙を零しつつ。
「私も、王を殺したかった」
「物騒だな」
「だって、ふふ。アレのことは本当に嫌いだったんです。私も。ああ、先を越されちゃったなあ」
まあ過ぎたことだ。
涙を拭い、リザイアは表情を王族としてのそれに戻す。
「アルガントムさん。王族として、お願いします。この地を守ってください」
アルガントムは問い返す。
「報酬は?」
「国王殺し、その罪を許します。誰にも文句は言わせません。そして――あなたとその仲間がバケモノではないと、私が言葉を尽くします」
国王殺しは笑い声を漏らす。
「そうか。そういうことらしいぞ、ラトリナ」
アルガントムの視線の先、そこにいるのは刺青の少女。
いつの間にやら屋根から下りたらしく、気づけばアルガントムの後ろにいた。
彼女は目の下の赤い汚れを拭き取りつつ。
「十分な報酬です、といいたいところですが――もう少し、色をつけていただきたいのです。お姉さま?」
刺青の少女、アルガントムにラトリナと呼ばれていた彼女の言葉に、リザイアは首を傾げた。
「お、姉さま?」
ラトリナはくすくす笑う。
「あなたが王族なら、たぶん私の姉妹です。見た目的には年上のようなのでお姉さま。ああ、申し送れましたが、ラトリナ・トランベインと申します。トランベイン王の娘の一人」
リザイアは、ぽかんと。
しばらくして、さてこの場で嘘をつく理由はあるかとか、色々と考えて。
「……え、ええっ!?」
普通に驚いていた。
その反応に疑問を持つのはアルガントムだ。
「……面識ないのか? 姉妹なのに?」
ラトリナは。
「ええ、お姉さまが演説でトランベインと名乗って初めて知りました」
一方で、リザイアは。
「か、彼女の……ラトリナ、のことを知ったのは、いまが初めてです」
アルガントムは頭を抱える。
「うちも中々に家族の繋がりってのは希薄だったが。……どうなっているんだ王族さまたちのご家庭は」
「ふふ、まあ私は表に出ない姫の中でも影中の影。仕方ないことです」
さも当然とラトリナは笑う。
一方でリザイアも頭を抱え。
「他にも何人もいるとはいえ、い、妹の顔も知らなかったなんて……、というか、なんでここに? その刺青は?」
「ああ、えーと、まあ見聞を広める旅といいますか。刺青ですか? 趣味ですよ。ふふふ」
どうやら詳しく話すのは面倒だったらしく、ほとんどを適当な説明で誤魔化した。
そして、それよりも、と。
「お姉さま、報酬の話ですが――もう一つ、お願いが」
★
セントクルスの兵士たちは、歩いてくる相手の姿を見て、邪悪と断ずる。
銀色のインセクタ。
亜人。
邪悪である。
兵たちの一部が弓を引き、槍を構える。
上空の六本羽の天使は敵の動きを止めようかと迷ったが、むしろここは全て主人に任せるべきだと自重した。
「……さて」
銀色が――アルガントムが、声を発する。
「語るべきことも特にはない、恐れるべき力も見当たらないが、一応警告くらいはしておく。逃げるなら今のうちだ」
返答は矢だ。
全身にコツコツとぶつかる低威力に息を吐く。
「警告はしたからな。……死ぬまで死ぬほど後悔するぞ」
アルガントムはアイテムストレージの中、まずは最初の一つを選ぶ。
ゼタやナインを呼び出した時と同様の魔法陣、そこに注がれる金貨。
天に描かれる紋章に、そこから落ちる光の球。
全て同じだ、違うのは召喚された者。
「召喚に感謝します、我が主よ」
アルガントムの目の前に現れたソレは、ゼタやナインと同質の存在。
ただし外見年齢がゼタより上、左手には盾、顔は少々気難しそうな女のソレ。
「オメガ・アウルム。呼ぶのが遅くなったな」
「構いません。そして――姉妹二人が何か失礼をやらかしませんでしたでしょうか?」
そのセリフに抗議するのはナインだ。
「オメガ! アンタはいちいちうっさいの見た目が上だからってお姉さん面して!」
「事実、私が恐らく一番年上でしょう。外見的には」
「外見だけでしょ! たたかったら私が勝つもの!」
わりと不毛な姉妹喧嘩だ。
ちなみに相性的な問題でゼタはナインに強く、ナインはオメガに強く、オメガはゼタに強い。
まあ彼女たちを戦わせるつもりはないのだが。
アルガントムはオメガに命ずる。
「これから少しお楽しみだ。オメガ、君は上で敵さんを見張っていろ」
「了解しました」
六本羽の天使が三体。
そして彼女らが全て敵対していると言う事実に、セントクルスの兵たちは恐怖する。
ただジャックビーだけは、銀色のインセクタに言葉をぶつけるくらいの気概はあった。
「なんなのです、あなたは!」
アルガントムは答える。
「お前らの敵で、これから出てくる連中の召喚者だよ。……さあ」
アルガントムの頭の中で複数が選択される。
次々と出現する魔法陣。
そこに持って行けとばかりに、アルガントムは洪水のように金貨を溢れさせて、MPとして放り込むのだ。
「すまなかった、待たせたな! いま呼んでやるぞ、全員を!」
★
第二次トランベイン浄化遠征軍。
西方方面。
軍団のざわめきは、中央方面から伝わってきた情報に起因する。
大天使の召喚が行われた。
そしてその大天使が、敵方の大天使に撃破された。
真偽は不明だ、ただ大天使という強大な戦力に関してまったく出鱈目な情報が流れてくるとは思えない。
軍勢の進路上にある村、その浄化命令を待ち士気を高めていた兵士たちに広がる動揺。
ふと、大地が揺れる。
何事かと兵士たちが足元を見れば、そこから湧き上がるような何かの輝き。
神の奇跡か、そう呟いた兵士とその周辺の数人。
地面から突き上げられる巨大な拳が、彼らを握り潰した。
爪の生えた四本指、鱗に覆われるその手は、大きさもだが外見も人のモノではない。
「な、なんだ!?」
兵たちの叫びに応えるように、大地の揺れは大きくなっていく。
震源地の一つたる巨大な拳は、そのまま死者が墓場から這い出てくるかのように、大地に手を突き支えとし、自らの肉体を地中から持ち上げる。
地を割って出現したのは、竜だ。
巨大な両の前足は軍勢を薙ぎ払いつつ左右に広がり、後ろ足と共にバランスを取ってその巨体を支える。
振るう尻尾は巨木の如く、頭部は巻き角を左右に生やしたトカゲの巨頭。
地獄への入り口みたいな顎を上下に開いて、生暖かい息を吐きながら、それは人の言葉を発した。
「七巨獣が長、ベヒモス。ここに――」
怪物なりに人の声を無理やり真似しているかのような異音。
ふとそれは目の前にいるべき存在がいないことに気がつき言葉を止める。
ギョロギョロと両目と首を回しながら左右を見渡し。
「あれ、マスターがいない?」
アルガントム、と。
その名を持つ自らの召喚者が目の前に存在していない。
確か召喚された者は主の前に出現するはずなのだが。
「おかしなことになっている」
ベヒモスはその声に振り返る。
六の存在がそこにある。
暗い色の肌と家屋一つを軽々と持ち上げられそうな巨体を持つ一つ目の巨人、キュクロプス。
同様、しかし目は八つ、そして八本の腕を胴体から生やした八腕巨人、ヘカトンケイル。
禍々しくそびえる巨大な樹はユグドラシル。本体は蠢く根に近い位置、そこに存在する人間サイズの少女の部分だ。
巨大なフラスコとそれを支える金属の手足という機械的外観、フラスコ内に満ちた液体に浮かぶ巨大な赤子はホムンクルス。
そして彼ら彼女らを囲むように大地を這う巨大な蛇はヨルムンガルド。またヨルムンガルドの体に自らの肉体を巻きつけ寄生するかのように存在する八本頭に八本尾の大蛇はヤマタノオロチ。
エンシェントでは七巨獣と呼ばれている存在たち。
その総称は彼らの召喚アイテムがオオアタリとして設定されていた課金ガチャのキャッチコピー『大地を揺らす七巨獣!』に由来する。
巨大すぎて閉所ダンジョンでは行動が制限される上に動く彼らの体にぶつかると敵味方問わずダメージを受けるという冗談みたいな性能から、一部の廃課金者の中でもごく一部の者しかコンプリートしていなかった、いわゆる産廃だ。
有志による検証の結果、一部の最上位クラスのエネミーを相手にする時にその巨体と耐久力の高さが盾として最適、という申し訳程度の存在意義はあったが。
さてそんな七馬鹿巨獣の中でリーダー扱いされているベヒモスは、今の状況を主との知識共有から得た情報と併せて整理する。
「我々はマスターに召喚されたよな?」
六体は頷いたり体の一部をうねらせたりしてそれぞれ同意。
「しかしマスターが目の前にいない、どういうことだろう」
あの、と小さく声をあげるユグドラシルの本体部分の少女。
巨獣たちの視線が集中する。
「確か、マスターは私たちを全員召喚しましたよね?」
「ああ。マスターが持つ七十二体の――未召喚だったもの全員だ」
「それで、全員がマスターの目の前に降りれないですよね?」
七巨獣のサイズとか、そういう物理的な理由で。
「と、いうことは、ある程度それぞれが分散した地点に召喚されたのでは、と。推測、ですが」
ユグドラシルの言葉になるほど、と。
頷く全巨獣たちだが、実際のところ彼ら全員、それが正しいかわからない。
召喚される前の暗闇の世界。
召喚された先にある――かつてはエンシェント、今は別の――世界。
そして双方に穴を開けて自分たちを呼び出す召喚の術。
それら全ての何もかもを理解しているわけではないのだ。
呼ばれるのを待ち、呼ばれれば感謝し召喚者に仕え、そして耐久力がなくなれば元の暗闇に戻る、と。
理解しているのはそういう自分たちの存在意義と。
「……そういえば、マスターが私たちを呼び出した目的ですが」
ユグドラシルの言葉の先、それは全員が知識共有している。
巨獣たちが周囲を見回す。
ちいさな人間たちが槍だの弓だので足元を突いている。
こそばゆい。
ベヒモスは絶対的な力の差を確認し、数人を前足で軽くぽんと潰す。
軽い力で地響きを起こしつつ。
「マスターの気に入らないモノを殲滅する、そして二度と喧嘩を起こす気もおきないような恐怖を連中に刻む、だったな」
西へ東へ延々と伸びる軍勢。
それら纏めて塵にする、それが目的。
ならば、やるべきことをやってからマスターの元へ向かうか、と。
巨獣七体による一方的な駆除作業が始まる。




