表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/88

32:大天使という名の天使。

 リザイアは、眼前の光景に息を呑む。

 町に侵入したセントクルスの大軍、それを容易く撤退させた者たち。


 それらの外見、強さ、全てが異常だ。

 特にある者は天使すら容易く葬った。

 自らの正気を疑いたくなるような戦闘の光景だが。



「……相変わらず無茶苦茶だアイツら」



 援護するにも逆にジャマになってしまう、そう感じてリザイアの隣で護衛についていたグリムの呟き。

 リザイアは彼に問う。



「知っていたのですか、彼らの力を」

「仕事で一回だけ一緒になった。第四十字聖騎士団の団長を天使ごと軽々とぶっ殺すようなヤツだ。……なんか色々と増えてはいるがな」

「セントクルスの団長クラスや、天使を……」



 実際に見なければ鼻で笑いたくなってしまうような話だが、しかし目の前に彼らがいるのだ、信じるしかない。

 そして思うのだ。

 勝てるかもしれない、と。


 彼らの力ならば、この絶望的な状況すらもひっくり返せる。

 そんなリザイアの願いは、一つの声に踏みにじられた。



『――聞きなさい、邪悪な地の者たちよ』



 穏やかだが、巨大な音。

 彼方で巨人が喋っているかのような大音声は、魔法の力で拡大されたものだ。


 式典の際や降伏勧告などに使われるそれを聞いて、最初は誰もが降伏の呼びかけかと想定し。



『汝らの邪悪はとても強大で、おぞましい。ゆえに我らはこれより大天使様に光臨を願う』



 絶望した。



「大、天使?」



 それを見たものはこの場にいない。

 ただ噂だけは知っている。

 その名の通り、天使以上の力を持った上位の存在。


 セントクルスの十三賢者が、膨大な金貨を魔力として捧げ儀式を行い召喚する、とは言われている。


 ようは強力な魔法使いが複数人集まって呼び出す強力な天使だ。

 勝てるわけがない。


 例えこちらが強力な戦力を有していようとも。

 見れば、たくさんの怪異は動きは止め、刺青の少女は先ほどまでの笑いはどこへやら、両目を抑えてうずくまっている。


 天使を屠った大男――アルですらも、その行動を止めていた。

 リザイアは考える。

 彼らも絶望しているのだろうか、と。


 天に魔法陣が描かれ、光の柱が地に降りた。





「大、天使?」



 アルガントムは恐怖する。

 エンシェントにおける天使とは、大きく三つのランクに分類されていた。


 下位の天使。

 中位の大天使。

 上位の至高天使。


 三つのランクの中でもまた弱いものや強いものが存在しているわけだが、さて大天使。

 ゼタやナインは能力的にはこのランクに分類される。

 それも、弱い方だ。


 弱い方の大天使ならばアルガントムでも容易く倒せる。

 しかし強いものになると、これは厳しい。

 上位の大天使から至高天使はパーティでの討伐が前提の強さだったのだ。


 それを召喚するという。

 主人の動揺を察したか、今だ羽は展開していない村娘姿のままのゼタとナインがその辺に転がる死体を蹴飛ばしつつ近寄ってくる。



「マスター、もしもの場合は」

「私たちが盾となります。その間に逃げてください」



 献身に、アルガントムは微かに震えて言葉を返す。



「そういうわけにもいかんだろう。ここで逃げたらみんな死ぬ。ラトリナも放っておけんしな」

「私たちが最優先するのはマスターの命です」

「ご主人さまのためならば、例えご主人さまに嫌われてでも」

「やめろ。俺は退く気はない。例え相手が大天使だろうとな」



 その時、光の柱が天から降りる。



『さあ、見よ! 偉大なる大天使様のお姿を! そして許しを請うのです!』



 高揚した様子の大音声。

 来る、と。

 アルガントムたちは身構えた。


 光の柱が消え、しばらくして。

 それが姿を現した。


 想像もできなかった相手の姿を見て、彼らは言葉を失う。





「あれが大天使か……!」



 グリムは相手の神々しい姿を忌々しいと睨みつけた。

 もはや光そのものが人の形をしている、そんな存在。

 背中に浮かぶ四本の羽が、他の天使たちとの格の違いを見せ付ける。


 初めて見て、そしてこれで終わりかと諦めもする。

 アレはどうにもならぬだろう。


 だから震える王女様を見て、あるいは彼女の周囲で呆然としている仲間たちを見て、そして両目を押さえうずくまっている刺青の少女を見て――ため息。

 礼くらいは言っておくかと、窮地に現れてくれた味方たちに声をかける。



「あー、アル。ラト。お前らのお陰で助かったが……どうにもここまでらしいな」



 アルは、そうだなと小さな声で呟いた。



「ここまでだな、確かにここまでだ」



 さて気のせいか、その声に僅かな怒気が混じっている。

 様子がおかしいと、グリムは声をかけようとして。



「ナイン・アウルム!」



 叫びを聞いた。

 苛立ちを腹の底から吐き出すような声。



「はい、ご主人さま」



 ナインが――ナイン・アウルムが静かに答える。

 その声にも静かな怒りが混じっていた。

 彼女の主は叫ぶのだ。



「全力でやってよし! 連中に教えてやれ! お前らはここで終わりだと!」

「ご命令のままに!」



 そしてグリムたちは見る。

 一人のやたら強いけど幼い少女、そう思っていた相手の異変。


 光と共に衣服が消えた。

 輝く肢体から湧き出るように鎧が出現する。余り防御的な機能には期待できそうにもない、露出の多い鎧だ。


 そして背中から、ゆっくりと開かれていく六本の羽。


 ナイン・アウルムという六本羽の天使の姿が、その地に顕現する。

 彼女は周囲の注目に少しだけ恥ずかしいと赤面しつつ、その翼を羽ばたかせた。


 暴風と共に、六本羽の天使が空を駆ける。





 十三賢者の十二人が、大量の金貨と信仰を神に捧げて起こした奇跡。

 そこに光臨し、天高く羽ばたいた存在に、ジャックビーは祈りを捧げる。

 彼だけではない、セントクルスの兵は全員が武器を地に落とし神々しい姿に平伏していた。



「おぉ、これが大天使様のお姿……!」



 神聖、その言葉を体言するような光。

 その姿を見れば誰もが神の存在を信じ、そして天に許しを請うことだろう。

 例え相手が邪悪であろうと。


 ふとジャックビーはざわつく兵たちの声に気づく。



「皆さん! 大天使様の前ですよ!」



 お耳に入れる言葉ですら選び抜かねばならぬ上位の存在だ。

 ましてや雑音を聞かせるなどと。


 自らの兵の無礼を謝ろうとジャックビーは空を見上げ。



「……は?」



 そして見た。

 大天使を見下ろすように空に浮かぶ少女。


 清浄な白い肌と、美しい六本羽を持った、もう一人の天使を。


 二体の大天使、信仰が起こした奇跡かとも思ったが。



「……く、くく、あっはっはっは!」



 片方がその顔を邪悪に歪め、狂ったように笑い出す。

 誰もが本能的に感じ取る。

 あれは味方ではないと。


 味方ではない天使のような何かは、ひとしきり笑った後。



「――っざ、っけんなクソどもがッ!」



 聞くに堪えない暴言をその唇から吐き出した。

 その怒りは本物だ。



「大天使を召喚? あっはっは! 笑えない! 本当だったら本当に笑っていられなかったけど」



 眼下のソレを見下ろして。



「ソレが大天使? ソレを呼ぶと吼えて私のご主人さまを一時とは言え恐怖させた? あは、あっはっはっは!」



 吐き捨てる。



「無礼を通り越し呆れかえるッ!」



 そこでようやくジャックビーは己を取り戻す。



「な、何者です! あなたは!」



 音を聞き、眼下のソレのさらに下、地面を這う相手を床に落ちていたゴミを見つけてしまったかのような顔で睨みつけて、彼女は言う。



「ナイン。ナイン・アウルム。お前らが知らない大天使よ、覚えなくてもいいけど」



 そこで唐突に彼女は笑顔を咲かせる。



「だって死ぬヤツが覚えても無駄だもの」



 不遜で無礼で邪悪。

 ジャックビーはそんなものが天使の姿を真似ていることが許せない。


 ゆえに、自らの信じる大天使に願うのだ。



「大天使様! その邪悪に裁きを!」



 応えは四本羽の輝きだ。

 通常の天使の四倍の威力を持つ光の刃、それを放とうとして。



「遅いわノロいわ欠伸がでるわ!」



 気がつけば、大天使は左右に割れていた。

 ナインが両手で相手の頭を掴み、そのまま力尽くで真っ二つに引き裂いたのだ。



「な」



 何が起きた、誰かが口にする前に、大天使の残骸は宙でさらに掴まれ紙くずのようにばらばらに千切られていく。

 あっという間に大天使を消滅させて、そしてナインは再び問うのだ。



「これが大天使?」



 答えるものはいない。

 目の前の惨劇を夢であると、早く目覚めろと祈るのみ。


 その絶望にナインは笑い、もっといいもの見せてやると叫ぶ。

 主を一瞬でも悩ませた罪に対する罰、それを思いついた。

 この役目は、こんな力を持つ自分にこそ相応しい。



「本当の大天使の力っていうのはね?」



 ナインが六本の翼を広げる。

 花のように開かれた翼、そこから周囲に飛び散る六の光球。



「レイディアントレギオン展開」



 光は形を成していく。

 頭を、手を、足を、そして四本の羽を。


 そこに出現した六体は、先ほどまでセントクルスの者たちが大天使と呼んでいたそれとまったく同じものだった。

 ジャックビーがかろうじて言葉を紡ぐ。



「ばか、な」



 その反応を、悪くない、と。

 ナインは満足げに頷きつつ、懇切丁寧に説明してやる。連中が理解できるかは知らないが。



「ゼタの力は一体による多数の殲滅。一方で私の力は多数を展開しての組織的攻撃」



 数の暴力というヤツだ。

 姉妹たる天使たちが単独でも強力な存在であるのに対し、ナインは彼女らほど強くはない。


 その代わり、ナインの持つレイディアントレギオンという技は、彼女よりも力は劣る天使のようなものを召喚することができる。最大で六体。


 さてこの力が強力かと問われると、まあ状況によるだろう。

 例えば単体攻撃しか行えないボスエネミーを相手にするならば、ナイン含めて攻撃を受け止めるデコイが七体だ。


 これがゼタだと格上相手の単体攻撃に一撃で沈められたりするが、しかしナインは七倍耐える。


 一方で強力な範囲攻撃を行うボスエネミー、あるいは強力なザコエネミーの集団だと七体同時に沈められるだろうから、個の能力が高いゼタの方がマシだ。

 まあ適材適所だ。


 そして。



「……さーて、ここで問題でーっす! お前たちが切り札として呼んだ大天使モドキ、アレの強さはどのくらいだと思うー?」



 ヒントは見せたが、どうにも反応が悪い。

 ナインはそれほど気が長くはない。



「はーい時間切れー。正解はね? ――過大評価しても私が呼び出す六体のデコイ、そのつま先程度の力しかねえんだよバーカ!」



 エンシェントでの話だが。

 天使の一番弱いモノが二本羽、天使の上位が四本羽。

 そして大天使が六本羽で、至高天使が八本羽。


 天使の羽の数はそのまま強さの目安だ。


 まあ全てがエンシェントと同じと決め付けるのも危険だが、少なくとも大天使が来ると警戒したら四本羽が出てきたら肩透かしもいいところだ。

 事実、大天使モドキの強さなどナインが技すら使わず捻れる程度。


 四本羽の大天使モドキが六本羽の大天使・ナインより強いわけがないのだ。


 感覚的にはもうナインのレイディアントレギオンの六体のうちの一体がいれば完勝できるだろうと断言できる。

 そしてナインはふと思う。



「……茶番ね」



 無知につきあい力を見せて、さてさてそれで何を得る。

 主は満足してくれただろうか。



「ナイン」



 ふと呼び声の方を見れば、そこにはナインと同様に天使としての姿を取ったゼタがいる。

 六本羽の天使がもう一体出現したことに下で驚愕している連中がいるが、いちいち反応するのも面倒だ。

 だからナインはゼタに言う。



「助力なら不要よ? あの連中がこれ以上の切り札を持ってると思う?」

「いえ、マスターからの伝令です。今から自分もそちらへ向かう、と」

「ご主人さまが?」

「はい。連中に直々に二度と喧嘩する気が起きなくなるほどの恐怖を刻む、とも」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ