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31:73の怪物と影の姫。

 リザイアは今まで姿が見えなかった彼の背中に向かって叫ぶ。



「アルさん!? ラトさんたちとこの地から脱出したのでは……!」

「言い訳になるが、逃げたわけじゃない。ただ少し迷ってた。主に主人が」



 いや、違うなと。

 アルガントムは苦笑する。



「俺もだ、たぶん俺も迷ってた。ラトリナには偉そうなことを言っておいて、俺も嫌われるのは怖かったんだな。だから誰かにお前は正しいと肯定し、命令してほしくて――」



 そしてその迷いのせいで、死なせてしまった者たちがいる。



「すまない。だから、ここからは誰一人として死なせはしない。気に入らない連中に気に入ってるヤツらを殺されるなんて――」



 想像し、吐き捨てる。



「許せん」

「黙れ邪悪が! 世界が汚れる!」



 凶暴な敵意をもってアルガントムを殺そうと迫る刃。

 その持ち主が、横に吹き飛んだ。


 飛び蹴りだ。

 小柄からは想像もできない威力で目標を吹っ飛ばした少女は、反動で空中を一回転してから着地。

 そしてけらけらと邪悪に笑う。



「吼えるな汚れがッ! ご主人さまの世界に不要なテメーらがこそがハエのわいた生ゴミよりも汚らしいんだよッ!」



 ナインが中指を突きたて敵を罵倒する一方、ゼタは素手で兵士の首を丁寧に二人ずつ圧し折りつつ。



「マスター、ご命令……は、もう頂きましたので、その通りに致します」

「ああ、さっきも言ったが……まずは街に入った連中を追い出す! その後に大元を潰しにいく! そうしないとどうもやりにくいからな!」



 三つの暴力が、セントクルスの兵士を次々と捻じ伏せる。

 その姿に、リザイアは思わず問うた。



「あ、ルさん? あなたたちは、一体……」



 敵を数人殴り殺しつつ、アルガントムは答える。



「君らの味方で、バケモノで――彼女の部下だ」



 同時、声が響く。



「聞け! セントクルスの邪神教徒ども!」



 その大きな声の発生源は、付近の民家の屋根の上。

 そこに立つ――全身を真っ黒な刺青で汚染した、ローブ姿の少女の声だ。


 セントクルスの兵たちは、自分たちの神を邪神と呼んだ邪悪な少女を射殺さんとばかりに視線を集中させる。

 実際、弓を構える兵士もいた。

 それでいいと、その眼力に恐怖しつつも、少女――ラトリナは両手を広げ、自らの体の刺青を見せ付けるようにしながら邪悪に笑う。



「おやおや、こちらを見ていていいのか? 邪神の信者を殺すため、私のしもべはもうそこにいるぞ?」



 例えば、と。

 ラトリナは兵たちの一角、弓を構えた一団を指差す。


 次の瞬間、地面から剣が生えた。



「がはぁ!?」



 一人の兵士を串刺しにした剣、その持ち主が地中から姿を現す。

 それは首のない騎士。

 長い年月で風化したボロボロの鎧を纏う首なし騎士が、地中から現れると共に敵を一体屍に変えた。


 恐怖に駆られた兵たちが、慌てて槍を突き刺すが、しかし首なし騎士の鎧はそれらを全て受け付けない。

 攻撃に動じることなく首なし騎士がやや緩慢な動きで剣を振るえば、数人の兵士が彼と同じ首なしとなる。



「あるいは――、そっち」



 また一方で、ラトリナが指差した地点。

 そこに炎が落ちてくる。


 運悪くその場所にいた兵士が生きたまま焼き殺される。

 燃料を得てますます勢いを増す炎は、やがて一つの形を取った。

 人型だ。


 炎が人の形となって、燃える拳や熱の足で周囲の兵士を攻撃すれば、それらは焼かれて灰となる。

 それらの光景を見て、ラトリナは腹を抱えて笑う。



「あっはっはっは、無様無様!」



 その笑い声に指揮されるように、兵士たちの間から次々と悲鳴があがった。

 ある者は二つの首を持つ大型の猛犬に胴体を食いちぎられた。

 ある者はボロ布を纏い鎌を持った骸骨に首を跳ねられた。

 ある者は持ち主もなく浮遊する剣に切り裂かれ、傷口から凍結していき息絶える。


 様々な怪異に蹂躙される兵士たち。

 反撃をしようとも、怪異たちには傷の一つもつけられない。


 その様子をラトリナは見下し笑い、兵士たちへと問いかける。



「あっはっはっは愉快愉快! ……さて、お前たちの神はいつになったら助けを呼ぶ? お前たちの悲鳴は神に届いていないのか? ずいぶん耳の遠い神様だな? あるいは見捨てられでもしたか! あっはっはっは!」



 おのれ魔女めと誰かが叫んだ。

 同時、随伴していた複数の天使の羽が発光を始める。


 狙う先は無論魔女。ラトリナだ。

 しかし彼女は動かない。内心では怯えつつ、信じる一番の部下の顔を思い出し、そしてあいも変わらず邪悪に笑い続ける。



「一つッ!」



 そしてその部下は信頼に応えた。

 攻撃の準備で停止していた天使の頭が弾けとぶ。

 それをやったのは全身に布を巻いた大男。

 跳躍の後に踏み潰し、殺した天使の屍を足蹴にして再び跳ぶ。



「二つのォ、三つのォ、四つッ!」



 彼の数えたその数は、そのまま死んだ天使の数だ。

 一瞬で頭部を砕かれて、光の粒子となって消え行く天使たち。


 ラトリナはさらに哄笑を強くする。



「その程度なのか天使さま? 神のしもべの名が泣くぞ? あっはっはっは!」



 そして再び両手を広げ、セントクルスの兵たちに告げる。



「さあさあどうした? バケモノの親玉はここにいるぞ? 邪悪を討ちに来ないのか? 討たねば死ぬのはお前らだ!」



 兵たちに広がっていく動揺、信仰の揺らぎ。

 その間もバケモノたちは彼らを次々に潰していく。


 誰かが叫ぶ。



「て、天は! 天は我らを救ってくれなッ、ギャアアアアア!?」



 叫んだものは即座に死んだ。

 首なし騎士に貫かれ、骸は無造作に放られる。


 兵士たちの中で何かが折れた。

 心の支えとした何かが。



「て、撤退ッ! 撤退ー!」



 叫んだのは指揮官だろう、その声に煽られセントクルスの兵士たちは、武器を取り落とし次々に逃げ出し始める。



「あっはっはっは! 逃げろ逃げろ! 逃げられるかは知らぬがな!」



 虐殺に追われて逃げる人の波。

 それを見送りながら、ラトリナは両目を閉じる。


 激痛と共に視覚を飛ばす。

 目玉が抉られるような感覚。


 構うものか、と。


 路地の隙間や瓦礫の影、村の全てを視界に映し、逃げ出す兵たち、あるいははぐれている住民の安否を確認して。



(……お掃除完了、ですね)



 両目を押さえ、血の涙を拭いつつ、ルーフ村からの敵の撤退を見届けた。





 ジャックビーは思う。

 おかしい、と。



「まだあの村が浄化できていない」



 必要な兵力を投じている。

 本来ならばもうあの半壊した防壁にセントクルスの旗が立っていなければならない。


 ジャックビーは天に問う。



「神よ、何が起きているのでしょう?」

「恐らくこの地の邪悪な空気で兵たちが存分に力を発揮できていないのではないかと」



 答えた男は、十三賢者の一人だ。

 彼に続く十一人もいる。



「長らく邪悪に汚染されてきた土地です、神聖なる兵たちの力が削がれるのも必然」



 ジャックビーはその答えに納得する。



「なるほど。ということは、ゴリ団長もこの土地に力を奪われ敗北したのでしょう」

「はい。やはり一筋縄ではいかないかと」



 と、村の方から悲鳴が聞こえた。

 撤退してくる信仰の戦士たち。

 やはり邪悪の地では彼らも力を奪われるのだろう。


 ジャックビーは決意する。



「……そうですね、賢者の皆さんにお願いしてもいいでしょうか?」



 簡単に神の力を借りるべきではない、それは理解しつつも、これ以上の兵の殉教は許し難い。

 まだまだこの浄化の活動は始まったばかりなのだ。

 だからジャックビーは彼らに願う。


 浄化の第一歩に相応しい、圧倒的なる力の光臨を。



「この地に、大天使様の光臨を」

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