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03:試しに使った金の力は恐るべきものだったらしい。

 アルガントムが現在持つ課金アイテムの数は九十九。

 ある程度は祖父の遺言でチームメンバーに渡してしまったので、本来よりは数が少ない。

 いま魔法陣に金貨を食わせているのは、そのアイテムの一つを起動するためだ。


 アルガントムは恐らく何もわかっていない目の前の連中に教えてあげる。



「エンシェントでのアイテムは星1から星5のレア度で分類されてな。だいたいゲーム内で入手できるのは星3か星4辺りなんだが」



 魔法陣はまだまだ金貨を飲み込んでいく。



「いま使おうとしているのは星5の品だ、ほとんどは課金ガチャで小数点以下の当選率から当てなきゃいけない一品だ。そしてさらに付け加えると、星5アイテムは重課金者向けだ」



 底なしの光が財力から魔力を得て輝きを増す。



「50万MPを消費するコレはコツコツゲーム内でMPを溜める無課金プレイヤーは持っていても中々使えない。ただ日本円で1円がゲーム内の1MPに変換できるから――極端な話。50万円ぶち込めば即座に誰でも使える」



 勿論、そんな大金をぶち込むヤツは滅多にいない。ガチャであたる星5アイテムはダンジョンやボスを制覇する際に攻略に参加する多人数から数万から数十万のMPを集めて発動するチーム向けのアイテムだ。

 アルガントムのかつての持ち主は、課金したりゲーム内でのトレードで商売して個人で何度でも発動できるよう途方もないMPを手に入れており、現在も数億単位でソレはアイテムストレージに眠っているのだが。



「だから――これから使うのは50万円分の力だ、一般的なサラリーマンの給料だと何か月分だろうな。ぶっちゃけエンシェントの重課金ユーザーって金をもてあましたバカってのが一般認識だったが」



 金貨の投入が終わった。

 魔法陣の光が消えると共に、その場からは見えない変化が世界に起こっていた。


 トランベインの王都が上空。

 空に巨大な魔法陣が出現した。

 その金色の輝きをトランベインの人々は見上げ、畏怖し、崇拝し、あるいは逃げ出し、強大な何かの気配に十人十色の対応を取っている。


 閃光。

 太陽が炸裂したかのような光に、人々は慌てて眼を背けた。


 同時に収束した魔法陣の中央から地上へ向けて発射された光球。

 流れ星のように天から落ちた光は、トランベイン王城の天井を粉砕し内部へと侵入。

 何が起きているのかを一切理解できていない王やゲイノルズ、その他の連中を他所に、銀色の前方で速度を急激に落とすと、ゆっくりと舞い降りる光。

 その輝きが弱まった時、そこにいたものを例えるならば。



「天使だと!?」



 そう、ゲイノルズの言葉がしっくりとくる。

 ぱっと見は十代後半の少女の姿。

 どこか遠くを見つめているような眼に、軽く閉じられた唇は無機質な美少女の顔。

 体の線は細く、それでいて白い清浄の肌はその美しさゆえに触れることを躊躇わせる。

 露出の多い、防御的な機能にはあまり期待できなさそうな鎧を身に着けた、六枚羽の彼女を形容するならば、まさに天使だ。



「ゼタ・アウルム、召集に応じました」



 彼女が唇を開き、外見にそぐわぬ清い声ではっきりとした言葉を口にした。

 このことに驚いたのは、実のところこの場の全員だった。


 アルガントムからすると、彼女はゼタ・アウルムというNPC召喚獣である。

 エンシェントにおいてそれは言葉を話さない。

 呼び出せばその場に現れ、設定された耐久力がなくなるまで黙々と敵を撃滅し続けるプログラムに忠実な機械的存在だ。

 音声データ関連の容量の節約だとか色んな理由があったのだが、そこまでの事情は知らないが。


 だから彼女がしゃべったことに驚いた。


 一方でアルガントム以外にとっては、天使とは一種の魔物である。

 時に人に害を成す、時には人と共存する、魔物といってもこの世界には様々な種類がいるのだが、天使もその一つだ。

 基本的には人の世とは関わらず、天上で空気中に漂う魔力を食いながら生きるとされている。

 ただ自分たちを信仰する者が魔力という供物を捧げることで一時的にその力を貸し、敵対者に死をばら撒くしもべとなる、時には味方に、時には敵となる魔物。

 この天使を兵器として使うこともあり、戦場ではごく稀に見かけることもある。


 そう、あくまで稀に。


 必要とされる魔力や魔法使いの技量からして、天使の召喚は四級魔法に分類される。

 一流の魔法使いの先、賢者とかそう呼ばれる存在にしか扱えない技術。

 召喚ししもべとして扱えるものが少ないがゆえに、戦場に投入されることも少ない。

 それでも一匹で大軍を蹴散らす強大な魔物であり、戦場で最も出会いたくない存在の一つとして数えられるのだが。


 アルガントムがその天使を召喚した。

 ゆえの驚愕。


 そこに至るまでに口にした言葉の中には意味不明のモノも多くあったが――それよりも天使がそこに立ち、アルガントムの命令を待っているという現状が問題だ。

 単純な話、ゲイノルズと天使が一対一で真正面から戦うとすると、これはほぼ間違いなく天使が勝つ。

 本来は軍勢が相対してようやく戦える存在である。個人で勝てるわけがない。


 ではこの場の全員で戦ったとすれば――やはり勝負にならない。

 ゲイノルズ含めれば暗殺者の十人や二十人が攻め込んできても王を逃がした上で返り討ちにできるだけの戦力がこの場には存在するが、それでも天使には及ばないのだ。


 ゆえに王の行動は、この場において最善であったと言えるだろう。



「申し訳ない、アルガントム殿。今までの非礼を全て詫びましょう。まさかこれほどの術者とは思いませぬでした」



 王が玉座から立ち上がり、自らの頭を深く下げる。

 一言で大軍を動かすだけの権力を持った存在が、個人に対して謝罪したのだ。

 本来は謝られた方が慌てて頭を上げてくださいと恐縮するような事態である。


 ゲイノルズたち騎士は何も言えない。

 ただ王と共に頭を下げて謝意を示す。

 戦場をそれなり以上に知る彼らだ、天使と自らの力の差は心得ている。


 一種の命乞いに近いそれ。

 アルガントムはその謝罪を受け入れた。



「これでようやく対等か。では交渉に移ろうか」



 力の差は歴然ながら、交渉を許される程度の対等。

 許されたのだと、王とその配下は胸を撫で下ろす。

 ふと、ゼタが急かす様にアルガントムに問う。



「マスター、ご命令は」

「待機」

「了解しました」



 王たちが戦々恐々となったが、ゼタはアルガントムの言葉に従い主の背後へと後ずさった。

 さて、と仕切りなおす声。



「王サマ、まず最初の話に戻るが――異世界の勇者として戦争に参加してほしい、ということだったな」



 アルガントムがこの地に呼ばれた当初の理由、話はそこまで戻った。

 王は恐る恐ると玉座に座り、その問いかけに頷く。



「え、ええ。その通りです。あなたほどの強者がいるならばまさに万軍にも匹敵しましょう。心強い」



 ゲイノルズたちは王とアルガントムの交渉のジャマをしないようにと、元通りの位置に控え直す。

 ゼタは彼らの動きをじっと観察している。

 無機質な瞳に誰もが恐怖した。

 その光景を他所に、アルガントムは顎に指を当てて考える。

 まず一つ、聞いておきたい。



「報酬の話だ」

「望むがままに」



 王は即答した。

 あまりの返答の早さに聞いた側が困惑するほどだ。



「いいのか、そんなことを言って。俺は金に関しては容赦がないぞ」

「わかりますとも。特に魔法使いの方は銀貨や金貨をそのまま力とできますからな。金銭に敏感になるのは当然でしょう」

「ふむ。ただ俺はこの世界の金銭感覚がいまいち掴めていないんだ。魔法を使うのに金を使うのは、エンシェントと変わらないらしいが」



 エンシェントの感覚で1MPが1円相当なら計算も楽なのだろうが、恐らくソレは当てはまらない。

 そもそも1MP=1円という公式でのゲーム内通貨への変換の時点で、はっきり言うと無理がある。

 1万円で1万MPを入手できる、では1万MPを1万円として使えるのかといえばNOだ。

 プレイヤーにとっては1万MPに1万円の価値があっても、例えばゲームをやってない八百屋の買い物で1万円の変わりにコレでと言って店主のおじさんにゲーム内通貨を譲渡して買い物できるわけがない。


 自らが持つMPの価値を知る必要がある。それは様々な意味で力となるだろうから。

 アルガントムが手の平から金貨を溢れさせた。


 エンシェントではアイテムストレージから通貨を取り出す普通の光景なのだが、この世界の人々にとっては無から金を生み出す魔法のように映るらしい。

 一度は見ているはずの騎士たちや王ですら驚嘆の声を漏らすが、別に手品として見せているわけではない。

 1MP、つまり手の平の金貨を一枚手にとって、王に向かって放り投げる。



「俺の世界の金だ。それはこの世界で使えるか?」

「ふむ、重さや大きさは我々の使う金貨と変わらないようですが……重要なのは魔力量ですな」



 受け取った金貨をまじまじと見つめ、指の上で転がし、しかし一目でその価値がわかるわけではない。

 王は目で合図し、ゲイノルズを傍に呼ぶ。



「鑑定を」

「はっ」



 ゲイノルズはその金貨を右手で受け取ると、その視線を集中させる。

 そして一方で左手には、一枚の銀貨が握られていた。

 銀貨を1枚消費しての魔法。


 一級魔法のうちの一つである鑑定は、その物質の質や特性を使用者に教えてくれる。

 例えだが、鍛冶師が長い年月をかけて磨いた職人の目で「これは業物である」「こっちはなまくら」と刀剣を鑑定するように、その魔法を使えば子供でも良い剣と悪い剣の違いが一目でわかるのだ。

 一級魔法とはいえ習得には多少の修練が必要であるし銀貨1枚分の魔力という対価も必要なので、鍛冶師の目が不要になるかというとそんなことはないのだが。


 ともかくゲイノルズはそんな鑑定の魔法を使い、目の前の金貨を分析する。

 そして、ほう、と感嘆の息を漏らす。



「これは……」

「どうだゲイノルズ?」

「……結論から言うとこのままで使用するのは無理があるでしょう」

「なぜだ? アルガントム殿が天使を召喚する時に使っていたのなら、魔力はあるのだろう?」

「ええ、魔法の対価としては十分、というよりは、高品質すぎるのです」



 高品質ゆえに使えないとゲイノルズは言う。



「陛下も知ってのとおり、トランベイン、レグレス、セントクルス、装飾など外見に違いはありますが、全ての国において硬貨の価値は共通になるよう作られています。魔法の供物としての価値を基準に」



 例えば、と。



「銀貨一枚で一級魔法に必要な魔力、銀貨十枚で二級魔法に必要な魔力が含まれており、同時に金貨一枚でも二級魔法に使えるだけの魔力。つまり銀貨十枚と金貨一枚の魔力は同等」

「金貨として使えないということは、アルガントム殿の金貨には銀貨十枚分の魔力がないと?」

「いえ、逆です。この異世界の金貨一枚に、我々の住む世界の金貨十枚分の魔力が含まれているのです」

「なんと!」



 ゲイノルズの言葉に王が驚愕する一方で、そのすごい金貨の持ち主であるアルガントムにはいまいちすごさがわからない。

 そちらが首を傾げている一方で、王とゲイノルズの会話は熱を増していく。



「つまりその金貨ならば……いままでの十分の一の重量で、いままでと同様に魔法が行使できると!?」

「ええ、魔力以外の性質は我々の世界のモノと変わりませんので。現在は一度の三級魔法を使うのに十枚の金貨を持ち歩いていますが、この金貨ならば十枚で十度の三級魔法を行使できるのです」



 アルガントムはなんとなく頭の中で話を整理していく。

 つまるところ、エネルギー効率だ。


 一本で一時間、懐中電灯を光らせることが可能な電力の電池があるとする。

 懐中電灯を十時間光らせるには十本の電池が必要であり、持ち運ぶならばその重量も十倍だ。


 だが懐中電灯を十時間発光させる電力を一本に溜め込める、いままでと変わらぬ素材で作れる電池が完成した、となれば、これは革命的だ。

 十本あれば百時間の点灯が可能だ、そして懐中電灯で考えると光源としてしか使えないが、この電池をもし他の分野――例えば燃料費の節約のために一グラムでも重量を軽くしたい飛行機や宇宙船の電力源として使ったら。


 まあこの世界に魔法で空飛ぶ宇宙船があるかはアルガントムにはわからないが、どうにもエンシェントで1MPとして使われるあの金貨はこちらの常識で見るとすごい可能性を秘めているらしい。

 ゆえにアルガントムは白熱する二人の会話に口を挟む。



「夢を語るのは構わないが……まあそのままでは普通に金貨として使えないのはわかった。そして魔力量が十倍と言うことは、この世界の金貨十枚が俺の世界での1MP……金貨1枚に相当するってことも」



 単純計算だが、1MP=この世界の金貨十枚。

 他の力を使う時のために頭の片隅に記録しておく。



「アルガントム殿、この金貨1枚とトランベインの金貨十枚での両替は――」

「ダメだ。魔力としてはその価値だが、実用性としてはもっと価値があるとわかったからな」

「ぬぅ……」



 アルガントムが返せと手をあげると、偉そうにと微かな不満が顔に出たゲイノルズが、そこに収まるよう金貨を放り投げた。

 金貨はアイテムストレージの中に収納され、物質としてはこの場から消える。


 さて、1MPの価値を確認したが、物価は恐らくまた別だろう。

 日本では通常一本150円で売られているペットボトルのジュースが、山の上の休憩所の自動販売機だと倍以上の値段になるのと同じだ。

 車やヘリの燃料代といった輸送費だのを諸々含めると、同じものでも値段が土地によって変動するのは当たり前。やすく美味い魚を食いたいなら海沿いの町へ行け、とは祖父の言葉である。


 こういうのは自分の目で確かめるしかないか、頭の片隅に行動予定の一つを記録した。



「さて、報酬の話に戻るが……」

「ああ、はい。そうでしたな」

「さっきそっちの……ゲイノルズ? とかいうのが銀貨を消費した魔法を使って鑑定してくれたな。それが報酬ということでいい」

「な!? 銀貨一枚で!?」

「安すぎるというならもっとふっかけても構わんが。一応は提供された情報にそれなり以上の価値があると判断したということなんだな」



 それならばと王は納得したらしい。

 情報にも価値はある。



「そして報酬の話が終わったところで、もう一つ聞いておきたい」

「なんですかな?」

「俺を参加させたい戦争とやら、その目的だ」



 人が戦争をするからには目的がある。

 資源、土地、怨恨、宗教、信念。

 トランベインという国と、レグレス、セントクルスなる国。

 その戦う理由が知りたいのだ。


 ここで、王は一つ間違えた。

 アルガントムという人物の行動原理が金であると、この時点で判断していた。

 だから王は教えてしまう。



「本音を語れば、財力を蓄えるため、ですな」

「……財力?」



 アルガントムを同類と認めた王は、親しげに、そして媚を売るような笑顔で語る。



「戦争というのは金がかかりますが……やりようによっては一つの産業なのですよ」

「産業……」

「例えば……少々レグレスを攻めて国力をそぎ落としたとしましょう。セントクルスが漁夫の利を狙って攻めてきますが、ここで我らが退き、レグレスとセントクルスの対立状態を作ります。戦が長引くほど物資を消耗するでしょう」



 魔法を使えぬ兵を武装させるための刀剣類や鎧、あるいは食料。

 そういうものが不足するのは当然だ。相手の領土から略奪するにしても限界がある。

 そこで、と王は笑顔を浮かべた。



「我らトランベインが背後にいる商人を介して両国に物資を売れば、さぞやいい値で買ってくれることでしょう」

「なるほど、不足する武器や食料を本来の相場よりも高値で売りつけるわけか」



 相手の弱みに付け込む商売。足元を見るというヤツだ。

 それを聞いたアルガントムは――元々この銀色のアバターには表情と言うものがない、虫の頭部の仮面のような顔なのだが――それすらも凍てつかせた完全なる仮面を被り、言葉を紡いだ。



「……その先に何がある?」

「何が、とは?」

「金を得て、何をするんだ?」

「無論、次の戦争の用意を。ご大層な大義名分を各国が掲げていますが……我が目的は財を築く、それ一つですよ」



 戦争が終わるということは一つの産業がなくなるということ、それを良しとしないものはいくらでもいる。

 ほどほどに勝利しほどほどに敗北し終わらぬ戦争を続けることが目的。

 そして王はアルガントムの本性を見抜いたつもりでこう囁きかける。



「アルガントム殿も――共に財を築きませぬかな? 異世界の方の寿命は知りませんが、天使すら使役するその力を利用すれば生ある限りこの世の快楽を享受できるでしょう」



 アルガントムは思うのだ。

 魅力的な話であると。

 生ある限りの贅沢三昧。なるほど悪くないだろう。

 戦争、それ自体の否定もしない。

 戦争に巻き込まれて死ぬ人間もいれば、争いがなければメシが食えなくて飢え死にするどうしようもない人間だっているのだ。


 だからアルガントムには断る理由はないかもしれないが。



「――王様、この話はなかったことにしてもらおう」



 受ける理由もないのだ。

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