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29:二百の精鋭と日の王女。

 人々は、非常時には冒険者ギルドに集まってくる。

 食料があるとか、屈強な冒険者たちがいるとか、その理由は様々だが、一番の目的は情報だ。


 いざという時には兵士として動員される、その性質から冒険者たちには戦場の情報がいち早く伝えられる。

 それを求めて一般の住民たちもやってくるのだ。



「はーい皆さん落ち着いてくださいっすよー! いま村長があちらさんと交渉にいってるっすからねー!」



 そしてギルド前に集まった人々を落ち着かせるのはギルドの仕事、カーティナたちギルド職員の仕事だ。

 万が一にも戦争が始まる前に、恐怖から来るパニックで人が死ぬなど笑えない。

 だからカーティナは同僚たちと共に声を張り上げ安心させられるような情報だけを流しつつ、上からの支持を待つ。


 さて、外の騒乱が聞こえたのだろう。



「何事ですか!?」



 ギルドの扉を潜り、外に出てきたのはリジーだ。

 ここに運び込まれた時と比べれば血色は良い。



「あっ、リジーさん! 危ないんで中に入ってた方がいいっすよ」

「いえ、大丈夫です。それよりも状況を」



 一時的にその場を同僚に任せ、カーティナはリジーと共にギルド内に戻る。

 中には普段のお気楽な態度からは想像し難い、物々しい雰囲気で装備の手入れを行う冒険者たちの姿。

 彼らの視線を感じつつ、カーティナは説明を始めた。



「先ほどセントクルスの軍勢がルーフ村の北側に展開しましたっす。数はちょっと数え切れないほど。威嚇で発射された天使の光の刃ですでにこっちに少し被害が出ているっす」



 現在は北門側を中心に荷物などを積み上げてバリケードを組み上げている最中、そんな情報も加えつつ。



「最初の威嚇以降に動きを見せていないので、現在は村長があちらさんと交渉しにいってるっす。上手く行ったら門を開けてセントクルスの方々をお迎えすることになりますねー」

「待ってください! セントクルスに……敵に降伏するのですか!?」



 王族としての立場が彼女に抗議させたが、カーティナは落ち着いた様子でこう答える。



「リジーさん、ルーフ村には多少の防備はあれどとんでもない数の軍隊を前にしたら土下座して横を通っていってもらうしかできることがないんすよ。私ら村人は命が惜しいんっす」

「……、それは」



 リジーに反論はできない。

 王族や兵士の役目は彼らを戦わせることではない。彼らの命や財産を守ることなのだ。



「まあ物資とかだいぶ持ってかれるかもしれないっすけど、その辺はなんとかしましょう。とりあえずは一般の皆さんがセントクルスの軍勢を見てパニックにならぬよう誘導するのが――」

「大変だみんな!」



 その場にばたばたと駆け込んでくる男。

 北門の方でセントクルスの軍勢や村長の交渉の成否を監視していた冒険者だ。


 慌てぶりからして、よほどのことが起きたらしい。

 動揺隠せぬカーティナも少し声を荒げ、問い返す。



「何事っすか!?」



 男は大きく息を吐き、呼吸を整え、自らが見てきたものを伝える。



「村長が殺された! ついていった人たちも! その上にセントクルスの連中が動き始めた!」



 交渉失敗、軍勢の行動開始。

 そこから導き出されるのは最悪の状況だ。


 戦闘開始。





 ジャックビーは進軍する味方の先鋒を笑顔で見送る。



「これは裁きです」



 邪悪に対する神の裁き。

 敵対者を滅するための活動。



「この地には邪悪の骸と、我らセントクルスの旗だけが残るでしょう」



 その清浄な光景を神に捧げる。

 一つの目的の元に大軍勢は動き出した。


 西は地図の端まで、東はセントクルス、トランベイン、レグレス三カ国の国境全てが合流する中央平原付近へと。

 トランベインの領地を塗り替えるように進軍するその列は、一切の救いを許可されていない。


 邪悪の大人であろうと、邪悪の子供であろうと、邪悪のオスであろうと、邪悪のメスであろうと、平等に浄化する。


 この地を正しき姿に戻す。

 十二万の目的はそれだけだ。





 ルーフ村北門。

 壁の上から、進軍してくる軍勢に向けて放たれるのは矢、あるいは二級魔法の炎や氷。


 盾と鎧で身を守る兵士とはいえ、その全てを防ぎきることはできない。

 貫かれ、身を焼かれ、セントクルスの兵はわずかに数を減らす。


 だがその屍すら踏み越えて続々と殺到する信仰の兵士。

 当然、全てを防壁に到達するまでに撃破することは不可能だ。


 さらに数体の天使が兵士たちに続く形で浮遊している。

 アレが光の刃を発射すれば壁など一瞬で砕け散るだろう。


 壁の上から外を観察し、グリムは自らの得物を肩に担ぎつつ、どうするか、と。



(時間稼ぎすら厳しいな)



 ルーフ村の人々が避難するための時間を稼ぐ、そんなことすら不可能に近い。

 元より戦力は少ないが、さらに戦える者の半分以上が逃げ出している。

 冒険者、トランベインの正規兵。厄介なことにこの地に配置されたトランベイン兵の指揮官すら、壁の中に投げ込まれた村長の首を見て恐怖しどこかへ行ってしまった。


 残された総勢二百名程度の戦力、その上に命令系統すら失った烏合の衆。



(優秀な指揮官が率いた少数は無能な指揮官の率いる多数よりも強い、とは言うが)



 指揮官すらいない少数が優秀な指揮官のいるであろう多数を相手にどう立ち向かう。

 グリムは自分が責任者として名乗りを上げるべきかとも考えたが、やめた。

 元より大局を見定め人に命令する立場というのは苦手であるし、その上に味方殺しの悪評を背負う身だ、不適任。


 できる事といえば、まあセントクルスの兵士を二、三人倒すくらいだろう。

 個人で世界は変えられない。

 この絶望は変えられない。


 まあ逃げればいいのだが、しかしこの場にいる戦力の中には家族を守ろうとなれない様子で槍を手に武装した一般人すら混じっている始末だ。



(戦えないヤツが戦おうとしてるのに、戦えるヤツが逃げるわけにはいかねえよな)



 もうちょっと賢い生き方が出来れば楽だったのだが、そんな生き方はとっくの昔に否定してしまった身である。

 死ぬしかないかとため息を吐いて、ふと視線を動かす。


 一人の女が、壁の上に立っていた。





「リジーさんも逃げた方がいいっすよー? 今のうちなら間に合うかもしれないっす」



 カーティナは冒険者ギルドの外にいる。

 テーブルや椅子が盾代わりの防御陣地としてしまい、逃げてきた住民を収容してしまったのだから、内部にはもう空きがない。


 中には居場所がないので、外で冒険者たちの背後に隠れている。


 戦力になる冒険者はだいたい北門に行ってしまったので、この場の冒険者の戦力はアテにはならない。

 彼らはこの場を守っている者がいると示し、人々を安心させるためのハリボテだ。


 そんなハリボテに守られて、カーティナの言葉にリジーは首を横に振る。



「……逃げるわけにはいきません」

「んー、他所に行くアテがない私らと違ってリジーさんは帰るところがあったりするんじゃあないっすか?」



 リジーは考え、首を横に振る。

 この場で人々を見捨てて逃げる、そんな王女に帰る場所などあるものか。


 そんなもの、あの父親に使われる道具となるよりも価値がない。


 しかし自分に何ができる。

 この状況を変えられるのか。



「うーん、やっぱり逃げた方がいいっすよ。どうにも正規の兵士の指揮官さんすら逃げちゃったっぽいっすから。どうにかなる見込みがないですって」

「……指揮官が、逃げた?」

「どうにも南門から鎧を脱いで人々に紛れて逃げていく指揮官さんが目撃されたらしいんすよねー。そんな人すら逃げ出すような状況ってことっすよ」



 そういう問題ではない。

 この地の守備を任された者が、この村の人々の命を任された者が、我先にと逃げ出した。



「それ、では。今この地を守っているのは」

「残った兵士さんや冒険者さんっすねー、あと武器を借りた一般の方々、総勢二百名程度」

「勝てるのです、か?」

「無理っすよー、戦争って守る側が有利らしいっすけど、さすがにこうも数が違うとなりますと。住民の皆さんも総動員すれば三千人くらいはいますが……」



 勝てる見込みのない戦い、それに挑む二百名。

 トランベインの民を守ろうとしてくれている者たち。


 リジーは思う。

 彼らの力になりたいと。


 だがこの状況で彼らに対し、自分は何ができる。

 何を彼らに与えられる。


 無力な王女でも、何か。


 リジーは一つ、決意する。

 この地を守ろうと勇気を振り絞ってくれた人々の、せめて支えくらいにはなってみせよう、と。



「……カーティナさん、鎧と武器を借りられますか?」

「ふえ? 一部の商人さんたちが店の品を貸し出しているらしいっすけど」

「わかりました」



 リジーは立ち上がる。



「た、ただの人が何かするのは無謀っすよー!」



 制止するカーティナの声に、振り返るリジーの顔は爽やかな笑顔であり。



「ただのリジーに何か出来ずとも。――王族、リザイア・トランベインとして出来ることがあるはずです」





 笑っていれば幸運が寄って来る、そんな話はやはり迷信じゃないかとシャトーは思うのだ。

 よりにもよって自分の生きている間に、歴史書に残るであろう大規模な戦が勃発である。


 地理的な問題で最初に戦いに巻き込まれるのはルーフ村だ。


 この地に何の愛着もなければさっさと逃げ出せているのだが、商売上でお世話になった人たちがたくさんいた。

 鍛冶屋の親方、酒場の店主。

 シャトーとて商人だ、店を捨てて逃げられるかというその気持ちは理解できる。

 将来、自分が店を持ったとして、果たしてそれと命のどちらが大切となるか。


 その上にグリムだ。

 一番世話になった冒険者が村の守備につく、お前は逃げろ、と。


 まったくみんな命を最優先してもらいたい。

 お陰で見捨てて逃げるわけにはいかないとかっこいいセリフを吐いて矢の束を抱えて走り回ったりする羽目になっている。

 できることは荷物運びくらいだが、多少の助けにはなるだろう。


 そうして動き回って、北で弓を扱うものたちに矢を配っていた時だ。

 女の声を聞いたのは。



「トランベイン王国、前第七王妃が娘! リザイア・トランベインである!」



 凛とした、よく響く声。

 喧騒が止んだ。


 北門の壁の上、そこからルーフ村を見渡し、そしていま戦う人々に熱の眼差しを送る女。

 身に纏う鎧はその辺の兵士が着るような安物だ。

 腰に下げるのは炎のように揺らめく刀身が特徴的な両刃剣。

 髪を後ろで縛り、邪魔にならぬ程度に纏めている。


 王妃の娘、つまりは王女。

 そう名乗るには余りに貧相な外見だ。


 しかし困惑の視線に晒されながらも、彼女は怯まず声を張り上げる。



「まずはトランベインの王家に名を連ねるものとして諸君らに謝罪したい! この地に戦火を呼び込んでしまったこと! この地を守るべき兵たちが我先にと逃げ出した事実! それら全て、我ら王家の失態である!」



 ゆえに王家の者として頭を下げた。

 本当にすまない、と。


 王族の名を騙り、王族の失態を語るもの。

 兵士にその場で切り殺されようと文句は言えない大罪だ。


 その罪を背負いながら、彼女は顔を上げる。



「そして諸君らに感謝したい! 大軍勢をも恐れず! この地を! 民を! 我ら王族の代わりに守ろうとしてくれている勇者たちに!」



 ありがとうと、言葉を紡いで。

 自らの胸に手を当てる。



「私は無力だ! 諸君らのような武も智も勇もない! あるのは王家の血という与えられただけの無力な力! 守るべき者たちに救いを求めねばならない、偽者の強者だ!」



 だから。



「だから、守って欲しい! いまこの場にいる真の強者たちに、本来ならば私が守らねばならない民を、弱い私に代わって守って欲しい! 諸君らは強い! 王族よりも! 王よりも!」



 国家の長など足元にも及ばぬ強さを持つ精鋭、二百。



「王よりも強い者が二百いる! 二百の国に匹敵する強者がここにいる! 負けるものか! 二百の国が、たかが一国の軍勢に負けるものか!」



 二百の国家と一国家、どちらが勝つかなど語るまでもない。



「そして許されるならば、この身も諸君らの力の一部として働かせて欲しい! この身を盾と使って欲しい! 諸君らの盾となれるなら、私の無力な命も無駄ではなかったと誇れるから! だから、頼む!」



 王女は再び頭を下げた。

 不相応な弱者が、強者と共に戦う名誉を欲して。


 誰かが答える。



「――冗談じゃねえ。俺らみたいな冒険者風情が、王女様を盾にするなんて真似できるかよ」



 それはギルドの酒場でいつも酒を飲んでいる大男だ。

 獲物は斧、半裸の上半身には筋肉と無数の傷。



「お前ら、わかっているだろうな? 王族の方が俺たちに謝って、俺たちを褒めて、挙句に俺たちを頼っているんだぞ?」



 冒険者の命は軽い。

 王族のソレと比べるならば、美しい宝石と路傍の石ころほどの価値の差があるだろう。


 そんな石ころに宝石が言葉をくれたのだ。

 石ころを頼ってくれたのだ。


 本来ならば言葉すら交えることも叶わぬ相手にそうまで言わせて、さて奮い立たぬものがいるだろうか。

 否。


 男は周囲に怒声を飛ばす。



「セントクルスの狂信者どもが王女様に傷をつけるのを許してみろ! 俺らは死ぬまで笑いものだぞ!」

「俺らを強いと認めてくれた相手の期待に応えられない、そんなの恥だな! 天使にやられる前に恥ずかしさで死ぬぜ!」

「抜かすな冒険者! 王女とこの地を守るのは我ら衛兵の役目! 貴様らに出番はないわ!」



 空気が震える。

 奮い立つ。

 王女の言葉をその身に受けて、彼らの闘志に火がついた。


 二百の精鋭が天に吼える。

 それぞれの意思はただ一つ。


 この地を守るのはこの俺だ。





 燃える闘志の風を感じて、グリムの顔にも微かな笑みが浮かぶ。

 兵士の士気、それは戦を左右する重要な要素の一つ。

 腰の引けた兵士に雄叫び上げて突撃してくる勇猛果敢な猛者を止められるものか。


 数で劣る軍が大軍に打ち勝つためには、兵士個々の闘志は間違いなく必要なものだ。



(本物かどうかは知らないが、完璧だよ王女様)



 真実は後でいい。

 王族の名を使って大々的に演説するような勇気ある女に頼られたのだ、得物を持つ手に力も入るだろう。

 ここで腑抜けるようならば、火に怯えて無様に逃げる獣となんら代わらない。

 そしてこの場に残った時点で、連中はセントクルスという地獄の劫火をも恐れぬ馬鹿な人間なのだ。


 しかし、現実問題。



(それをして埋めようがない戦力差)



 闘志だけで勝敗をひっくり返すにも限界がある。

 必要なのは策略、援軍、そういった起死回生の切り札だ。


 だからグリムは、沸き立つ味方には聞こえぬよう、リザイアと名乗った王女に小声で問う。



「なあ、王女様。何か手はあるのか」

「……それ、は」

「あー反応でわかった。ないんだな」



 つまりは、やっぱりダメだろう。

 待ち受ける結果は変わらない。

 


「……ごめんなさい」

「謝るな、他の連中が見たら俺がいじめてるみたいに語られる。それと一応はあんたが指揮官だ、どっしり構えておけ」



 彼女の暗い表情を見てせっかく上がった士気が元通り、では意味がない。

 グリムは慰め代わりに言い放つ。



「二、三人を道連れにするつもりだったが……やめだ、連中を最低百人は地獄に連れて行く。あんたの言葉にはそんくらいの強さがあったよ、王女様」



 壁の外を見れば、天使どもの羽が輝き始めていた。

 ここはすぐに崩される。



「壁から降りて、後ろに下がって……防衛線を再構築だ、あんたを信じる連中にあんたが伝えろ」

「……はい!」

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