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28:寛大な神の軍勢の信仰。

「やっぱり難しいでしょうか?」

「……難しいだろう」



 ラトリナの提案というのは簡単なものだ。

 話を聞く限り、召喚されない者たちはいつまでも嫌な場所にいなければならない。

 それなら全員を呼んでしまえばあちらは嫌な場所から解放され、こちらは現在必要としている仲間を集められる、と。


 何より狭い世界に閉じ込められているのは辛いのだと、かつて自分がそうであったラトリナは語る。


 自分の頭をコツコツと叩きながら、アルガントムは言う。



「俺だって呼べるなら呼んでやりたいところだが……しかし問題があるヤツの方が多くてな」

「問題、ですか」

「ああ。例えばデカい。トランベインの王城、あれと肩を並べられるくらいデカいのが二体いる」

「それはちょっとさすがに私も想像していませんでしたが……しかしそんな目立つ者たちばかりというわけでもないのでしょう?」

「まあゼタやナインみたいに人に紛れ込めるようなのもいるが少数だ。大半はルーフ村にすらいけないと思う」



 首なし鎧なら頭の部分に兜でも乗っければ騙せるか、そんな方法を考えるが。



「七海魔だの十二死徒だの十一色スライムに五魔剣等々……七十二体全部ってのは、現状難しいな」



 と、相談する二人の会話に割り込んでくるのはゼタであり。



「あの、マスター。私からもお願いしたいのです。なんとかあの場所から皆さんを救ってあげられないでしょうか?」

「ご主人さま! 私からも!」



 ナインもだ。

 どうにもならない問題に関して意見が一致してしまっている。


 アルガントムとしても、ゼタたちの話を聞かされたら召喚してやりたいところだが、しかしそれをやって今まで通り生活するのは難しいだろう。



「単純にデカいという連中をどうにかするだけでも、まずは土地が必要だからな……」

「土地、領地ですか」

「ただの冒険者どころか領主か――あるいは土地を奪う侵略者を目指すことになる」



 アルガントムの言葉を聞いて、ラトリナは問う。



「……例えば侵略者になったとして、カーティナさんたちとの繋がりはどうなるでしょうか」

「うん? どうだろうな、人の心ってヤツがどう動くかは俺には予想し切れん」

「……私も、なんとなくの色は見えますが。それでも全てが見えるわけではなく。……例えば、嫌われてしまったりするのでしょうか」



 それはラトリナにしては珍しい、不安の表情。

 いつも薄く笑っているような彼女が、だ。


 彼女は恐怖しているらしい。

 この地で繋いだ縁が途切れてしまうことを。

 外の世界ではじめてできた友人を失ってしまうことを。


 アルガントムは、なんと言ったものかと頬をかく。



「……まあ、嫌いじゃない相手に嫌われるのは、嫌だよな」

「はい」

「ならば現状維持、が一番じゃないか。他の召喚待ちの連中には悪いが」



 金で解決できる問題ならば金で解決してしまえるのだ。

 ただそれだけではどうにもならない問題と言うものも世の中にはある。


 これはそれだと、アルガントムはため息を吐く。


 それでも暗い表情のラトリナに対し、今できるのは。



「まあ、いつかどうにかできるだろう。金で解決できない問題も、モノによっては時間でどうにかなったりするさ」



 そんな、どこかで聞いた慰めの言葉を口にするくらいだった。






 気分転換には買い物が一番。

 そう語って、やはりいつの間にか商店で購入したらしいそこそこ豪華なローブを身に纏うラトリナ。


 ルーフ村の騒がしい商店街を彼女と共に歩くアルガントムはなんだかうまい具合に散財してもいいよう誘導された気がしていた。



(どこから罠だったんだろう……)



 まあ、暗い顔を見せられるよりは買い物を楽しむツラのほうがマシかと自分を納得させて。



「アル! 見てください! 持ってるだけで幸せになれる壷らしいです!」

「ラトリナ、落ち着いてよく見ろ。値札に隠れて効果には個人差があると書いてありその個人差は効果がない人間には本当に効かないってレベルの個人差だ」



 また一方で村娘のちっちゃい方になっているナインが。



「ご主人さま! これすごいです! 色とりどりのグリーンチキンのヒナが!」

「カラーひよこって知ってるか? そのカラフルさは別にすごいものでもなんでもなく塗料で色を塗っただけだぞ。そして成長すると羽が生え変わり普通の鳥になる。っていうかグリーンチキンなのにカラフルってどういうことだ」



 あるいは村娘のおっきい方のゼタが土偶かハニワかなんなのか、奇妙な置物を売る商店の店先でじっと貼り付き。



「……あの、マスター」

「もう君はなんなんだその呪いの人形みたいな珍妙な物体のどこに心を惹かれているんだ」

「この……左右の腕の曲線が……気になって」

「その曲線に金貨30枚の価値を感じるのはなかなかレアだぞ」



 なんだ、なんなんだ。

 何で彼女たちはこうもおかしな、ついでに将来的に何の役にも立たなさそうなものを買おうとするのだ。

 絶対に日本の縁日に連れて行ってはいけないタイプである。原価一匹数十円の金魚を何百円も出してすくってどうするというのか。

 買い物するならもっと先々を考えて有意義にお金を使ってもらいたい。



「おう、そこのでっかい兄ちゃん! ちょっと見てかないかい!」

「いや、今のところ俺に欲しいものは――」



 ふと店の店主に呼びかけられて、断るついでに視線を移動させる。

 鎧や剣、槍といった装備を売っているらしい店。


 その中にある一本の剣に目を引かれた。



「……これは」

「おぉ、兄ちゃんお目が高い! それは――」



 店主いわく生産国はどこだとか、希少な品だとか、まあそれはどうでもいい。

 炎のように波打つ刀身の両刃剣。


 フランベルジュという。

 その特殊な形状の刃は対象の体に効率的に傷を負わせる目的で形成されている。


 治癒の難しい傷を負わせじわじわと相手を殺す中々にえげつない刀剣。

 ただし歴史上、刀剣というカテゴリの武器は銃器の登場で戦場での活躍の場を失っている。

 近代の戦争においてもいまだに使用されているのは、殺し以外の用途でも使える、例えばサバイバルナイフとか、そのくらいだ。


 だがこのフランベルジュという剣は、武器であると同時にその独特の形状から美術品としての側面も持つ。

 日本刀などと同じだ、武器としての有用性以外にも剣の価値というものはあるのだ。


 そしてそういう美を持つ武器は嫌いではない。祖父の家に飾られていた日本刀を思い出す。

 アルガントムも刃物のちょっと危険な光にロマンを感じて憧れたりしちゃうのだ。



「……ロマン、か。本来は金貨100枚のところを金貨99枚か……うむ」



 その呟きを聞いたラトリナは。



「不要でしょう? 剣などなくともあなたの力は十分かと」



 ナインは。



「ご主人さまには筋力も魔法もあるから十分じゃないですかー」



 ゼタですら。



「マスターの能力、適性を考えれば、むしろ刀剣類での武装は戦力の弱体化に繋がる恐れが……」



 全否定だ。



「……うん、まあそうだな。必要ないな」



 頭では理解している。

 無駄遣いするのもどうかと思う。



「でも、ロマンはある気がするんだよ」

「不要でしょう?」

「いらないんじゃないですか?」

「無用、かと」



 そうですねと頷くしかできないのが趣味の品ってモノの悲しいところだ。



「それよりもアル! アレを見てください! ティーカップです! ほらアレは縁に子猫の模様が!」



 ラトリナに手を引かれ、その場を離れながらも珍しい剣に後ろ髪引かれ最後に一度だけ振り返る。

 やはりちょっと欲しい。

 そして自分の理性が答えるのだ。


 別にいらないな、と。



「なんか買い物に来て逆に俺が落ち込んでいる気がするが」

「ふふふ、楽しむ気持ちが足りていませんよ?」

「君らと俺とで趣味とかの差がありすぎて一緒に楽しむのは無理がある気がしてきた」

「寂しいことを言わないでください。あ、あとで服屋さんに行きますか? 望むなら私が色んな格好をしてあげても構いませんよ? ふふふ」



 魅力的なようなそうでもないような微妙な提案だ。

 ともかくそんな感じで街中を散策していたが、ふと、人々の喧騒がわずかにその色を変えた。

 アルガントムは周囲を見渡す。



「……? 何か空気がおかしい気がする」



 唐突に感じた違和感。

 騒がしいのは変わらないが、その騒がしさが異質なものへ。

 喜びや楽しみが、不安から情報を求めて言葉を交わす、そういう空気に。


 ラトリナもその変化に気づいたらしい。

 アルガントムの手を握り締めつつ、その原因を目で探そうとして。



「……マスター、大規模な軍団の接近を察知しました」



 ゼタの言葉と、光の刃が上空を飛び去っていったのはほぼ同時。

 人々の声が悲鳴に変わる。





 先祖代々、その一族の評価はコウモリだ。

 トランベインの軍が来た。お手伝いしましょう。

 セントクルスの軍が来た。皆さんと同じ神を信じています。


 ルーフ村という物騒な地域の村長と言う立場から、両方に媚を売る術を身に着ける。

 プライドだのなんだのは後回し。それが人々を守る上で最善。

 争いに巻き込まれた時は、その時に優勢な側に味方する。


 土下座と口で村が守れるならいくらでも頭を下げて言葉を飾ろう。

 それがルーフ村村長たる者が代々担う責任だ。


 今回もそれは同様。

 ルーフ村の北側に展開するセントクルスの大軍勢。

 地平の彼方まで続くその数を、部外者が正確に知る術はない。


 ただ、トランベインの軍隊が増援に来るまでその軍勢から村を守れる戦力はこの地にあるか。考えるまでもなく否。


 ゆえに村長は武器を持たず、何人かの村の権力者を従え、両手を軽くあげて敵意がないことを示しながら、交渉のために軍勢の側へと歩く。

 白と金の兵士たちの中から、騎馬に乗った人物が駆けて来る。


 穏やかな笑顔の優男。

 歳若い彼は村長たちの目前で馬を止めると、自らを名乗る。



「セントクルス第一十字聖騎士団! 団長のジャックビーです! あの村の長の方とお見受けしますが」



 ジャックビーと名乗った男、彼の馬の蹄にキスするように平伏し、村長は応対した。



「はい、私が村長です。ジャックビー様、この軍勢は……」

「素晴らしいでしょう? 我らが神に仕える総兵力、十二万。十二と一の賢者の方々。そして百を越える天使の皆様。全てはこのトランベインの地を邪悪から解放するための力」



 媚びへつらう笑顔は忘れず、内心で村長は震え上がった。

 五十年ちょっとの人生で、それほどの軍勢に相対したことはない。


 いや、ルーフ村の歴史でも過去になかったことだろう。

 この地を巻き込んだ争いの中では、セントクルス三万の兵とトランベイン六万の兵の戦いが歴史上最大規模のものだ。



「慈悲深い神とて、もうこの地の邪悪は見過ごせぬと。決意なされたのです」



 ジャックビーは村長を見ていない。

 その遥か彼方にあるトランベインの王都を、憂いを帯びた目で睨みつけている。



「これより我らはトランベインの王都までの道を浄化して進みます。そこで――」



 村長は、今だと言葉を割り込ませる。



「我々、ルーフ村の民も微力ながらお手伝いしましょう。物資や人員が必要ならば仰ってください」

「おや、あなた方はトランベインの地に生きるものでは?」

「その通りです。しかしセントクルスに敵対する意思はございません。ですので、どうかご容赦を」



 その言葉が真実か偽りかとジャックビーは考え――いや、考えるまでもない。

 この神々しき浄化の軍勢を前にすれば誰もが神の前に跪くだろう。


 ゆえに、ジャックビーは慈しむための笑顔で村長に微笑みかけた。



「わかりました。我らが神は寛大です」

「おお、それでは!」



 顔を上げた村長、その目に映るのは天高く掲げられた剣だ。



「相手が例え邪悪であろうと、恐怖を感じず心安らかに眠れるよう、配慮いたします」



 笑顔と共に、信仰の凶刃が一人の男の首を跳ねた。

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