27:その忠誠のその理由。
「何を言っている?」
思わず出た言葉はアルガントムの本音だ。
疑いを向けられたゼタは、自分を破壊しろと。
なぜ。
「マスター、私は最初に証明しなければなりません。私たちの力はマスターに遠く及ばない、と」
「エンシェントでの、ステータス上での話だろう?」
「この世界でもその力関係は変わりません。それを証明します。私を破壊し、マスターの力ならば私たちなど恐れるような存在ではないことを確認してください」
ゼタは六本羽すら展開していない。
ただその場で主の手による破壊を待つ。
望むのならばそうしてやろうか。
無抵抗の彼女を見下ろして、アルガントムは拳を握って。
「……いや、やめておく」
その力はどこにぶつけられることもなかった。
脱力と共にアルガントムは息を吐く。
「女は殴らない主義であるし……何かを企んでいるとも思えん」
「……よいのですか?」
「いい。そもそも君を倒せるかと考えたが――余裕だろうな」
この世界とエンシェントは似たような面を多く持つ。
魔法の発動の仕方であるとか、グリーンドラゴンなどの魔物とその強さ、等々。
ならば仮に自分とゼタの強さがエンシェントの時とまったく同じであったと仮定しよう。
真正面から殴りあって倒せるか? 余裕。
レイストームという彼女固有の無属性攻撃で空中から爆撃されたらどうなるか? 対空可能な魔法を撃ちこめばアルガントムの耐久力が半分も削れないうちに一撃だ。
そしてナインから聞いた知識共有の仕組み。
そういう魔法をアルガントムが使用できることは、ゼタの知識にも含まれているはず。
お互い手の内を知っている。
だからアルガントムにはわかるのだ。絶対に勝てる。
そしてゼタも知っているはずだ。絶対に負ける。
いちいち試す必要はないし、それを確認させるために首を差し出そうなんて殊勝な考えのヤツを手にかけるほど、アルガントムはゼタを信じていないわけではない。
この世界での彼女の姿を見てきて、言葉を交わして、そしてあのいちいち加減の利かない不器用な女がこの場において見せたこの忠誠を信じない理由がどこにある。
だからアルガントムは、胡坐をかいて床に座ると、ゼタと視線の高さを合わせて宣言する。
「わかった、信じる、君らが俺に勝てないと。だから必要になれば破壊するし、もし敵に回ってもぶっ潰す。これでいいか」
「……この身が脆弱であると、信じていただけるのならば」
さて、とアルガントムは考える。
「つまり君らが俺に従う理由は……俺が強いからか?」
自分たちが逆らおうものならいつでも殺せる、そんな力を持つ強者に対する恐怖で従っていると。
それはまあ納得の行く理由だ。
ただ、アルガントムはそれはなんか嫌だという気がした。
力で女を従わせる、というのは、如何なものかと。必要な場合もあるだろうが。
アルガントムの問いかけに、ナインが横から割り込んできた。
「違います! ご主人さまが例えナメクジ以下の殺虫剤ワンパンKO銀ピカ虫野郎だったとしても私たちはご主人さまに従います!」
「ちょっと待て殺虫剤ワンパンKO銀ピカ虫野郎って君なかなかにエキセントリックな例えをしてくるな!?」
「そのくらい本気でご主人さまに対する忠誠は本物であるということです!」
忠誠を誓う相手を虫野郎呼ばわりとは恐れ入る。
ナインのその口の悪さは狙っているのかナチュラルにそれなのかが気になり始めて正直忠誠云々がどうでもよくなりそうだったが、まあ大切な話だ。
話題を逸らさずナインに聞き返す。
「その忠誠の理由が、力に対する恐怖でないならなんなんだ?」
「感謝です!」
「感謝?」
ナインは頷く。
その顔は真剣でまっすぐだ。
「ご主人さまは、私たちが召喚される前にいる世界がどういうものかわかりますか?」
「生前の世界か。……わからん」
母親の胎内みたいなものと考えたが、しかしそんな時期の記憶があるわけがない。
一方でナインは、少しだけ怯えた表情を見せる。同時にゼタも、わずかに恐怖を。
「アレは、よくわからない場所なんです。ずっと理解できない何かしか存在していない、そんな場所。ちょっとわかりにくいですか?」
「ああ」
「なら、えーっと……何も見えない聞こえない、ただ真っ暗な箱の中にずっと閉じ込められているような、そんな感じです」
「想像するのは難しいが、まあ快適な場所ではないんだな」
「はい。私たちは誰かに召喚されるまでずっとそこにいます。必要とされない道具がずっと倉庫に仕舞われているように」
けれど、と。
ナインの表情は笑顔に変わる。
「ご主人さまが私たちを必要としてくれれば、道具は倉庫から外に出られます。だから私たちは、私たちを必要としてくれた――召喚してくれたご主人さまに感謝し、ずっと付き従うんです」
実際に召喚されてこの世界にいるナインは、本当に嬉しそうにそう語った。
アルガントムは問い返す。
「それは、俺にずっと従ってもいいと思えるほどのものなのか?」
「勿論です!」
気持ちがいいくらいの即答だ。
感謝、あるいは恩義と言い換えるべきか。
それを忠誠の理由と言ってくれるなら、それは嫌ではないとアルガントムは思う。
ただ、一つだけ。
「……あー、倉庫から出された道具とそれを必要としたヤツ、か。その表現は好きじゃない」
「え?」
そこは正しく、言いなおしておこうと。
「召喚者と被召喚者……、いや、主と家臣あるいは部下、か。……俺は君らを道具と使い捨てる気はない」
その宣言に、ナインは本当に嬉しそうに、そしてゼタも微かに口元を緩めて、答えるのだ。
「はい、ご主人さま!」
「はい、マスター」
★
確認は終わったと、アルガントムはラトリナの目を見て断言する。
「そういうわけだ、彼女たちは信頼できる。俺が保証しよう。せっかくだ、この先に召喚するであろう連中に関してもな」
話を黙って聞いていたラトリナは、少し冷めた紅茶で喉を潤してから、一息。
いつものように微笑んで。
「ふふふ、わかりました。なら私も信頼しましょう。――まあ元よりゼタさんやナインさんからは何かを企むような気配を感じていなかったのですけれど」
「なんだその余裕。試していたとでも?」
「ええ。ちょっと意地悪な言い方をしていたかもしれませんけど。ふふふ。個人的に、興味があったんです。私の部下のその部下に。さすが私の部下のその部下、優秀です。ふふふふふ」
邪気なく笑うラトリナは、空になったティーポットを軽く揺すって中身がなくなったと判断し、お茶の時間も終わりか、と。
「それで意地悪ついでに。少し提案があるのですけれど――」
★
国境警備という仕事は基本的に暇との戦いだ。
ただこちら側に渡ってきたり、向こう側に行こうとするヤツがいないか、交代時間が来るまでひたすら見張る。
「暇な仕事ってのは楽な仕事ってわけじゃあねえよなあ」
丸太を組み上げて高台とした見張り台、三人のトランベイン兵が座り込んで暇つぶしの札遊びに興じていた。
四色それぞれ十三枚のカードに二枚のジョーカーをくわえたその起源不明のカードたちは多彩なルールに対応し、様々な娯楽に使われる。もっとも使われるのは賭け事の場だが。
ちなみに異世界から召喚されたとある銀色の虫人がそれを見たら間違いなくトランプのババ抜きじゃねえかと叫んでいるところだ。
彼の本来の世界と同様、少人数とカードワンセットがあれば行えるそれは、やっぱりここでも暇つぶしの定番である。
「っと、一抜けだ。夕飯おごってもらうぜ」
「畜生俺は絶対に他人にタダメシは食わせねえぞ」
一位が三位にメシを奢ってもらう。
賭けとしてはチャチなものだが、遊ぶなら何かを賭けたほうが面白い。
「俺のカードだが――右がジョーカーだ」
「嘘つけ騙されねえぞ左がジョーカー……と見せかけて本当に右がジョーカーだろう!? ……ギャー!?」
「はっはっは、人を疑え」
「くそうなんてヤツだ人の同僚を信じる心を踏みにじりやがって」
勝負も佳境だ、終わったら次は何をして時間を潰すか。
先に抜けた一番乗りの兵士がふとセントクルス側を見る。
一応は仕事だ。
そして視界にはいつも通りの平和な光景が――
「……ん?」
「どうした? こっちは勝負がついたが」
「また負けだクソッ」
「いや、地平線の向こうから軍勢が来ている、ように見えるんだが」
相手国への威嚇のために軍団が国境沿いに展開する、そんなに珍しい話ではない。
実際に攻めてくるわけでもなく、ただ相手国側も対抗して軍勢を展開したら、しばらく睨み合って解散。
たまにどちらからか矢を相手側に打ち込んで戦闘が始まったりもするが、たいてい何百人分かの死体を残してさっさと終わる。
少なくとも百年以上は国境に大きな変化はない。
やる気のない戦争地帯に配置されたやる気のない兵士は、今日も特に何事もなく終わるやる気のない戦争が始まるのかと、一応は味方の陣地に伝えようとして。
「……待て、なんだアレ」
気がついた。
地平線を埋め尽くす白と金の軍勢、その数の異常さに。
随伴する天使は軽く二十体を越える。
明らかにいつもの威嚇用の軍勢ではない。
「アレ、は」
男の言葉は誰にも伝わらない。
国境に配置された見張り台が次々と光の刃に粉砕されていった。
いつものように戦争が始まる。
いつもと違う殺意に塗り固められて。




