25:二人の道は同じ道。
少しの期間の別行動。
お互い報告すべきことがあった。
冒険者ギルド内の酒場でテーブルを囲みつつ、今は盗賊のアジトで調達した布で全身を隠すアルガントムは、とりあえず、と。
「ラトリナ、浪費癖が身についてないか君」
なんのことでしょう、と。
彼女は微笑む。
テーブルの上に並ぶのはまず直火で焼いた馬鹿でかい獣の肉を乗せる皿、それを囲むようにしてサラダがあり、果物の盛り合わせがあり、米に具材を突っ込んで鉄板で炒めた炒飯の如き料理があり。
「あぁ、ルーフ米の鉄板炒めの具材にお肉が入っていて、その上でグリーンボアの肉の丸焼きではお肉が被っているのでは、と。そういうことでしょうか?」
「そういうことではなく。……とりあえず、この場の四人で食事が必要なのは君だけというのはわかるな?」
アルガントム、ゼタ、それとナイン。三者は食事を必要としない。
つまりこの食事はラトリナのためのものであり、ついでに言うなら彼女自身が注文したものだ。
「せっかくですからどれか食べます?」
「そういうことではなく。……君、この量を食いきれるのか?」
「ふふ、わかりきったことを聞かないでください。……この小さな体にこんな量が入るわけありませんよ」
「自信満々と答えやがったな」
「食べたい時に食べたいものを食べる。これは必要なことです。……ただバランス良くおいしいものを食べようとしたら色んなメニューを注文しなければならないわけでして」
「残すのを前提としているな?」
「そんなことはしませんよ、勿体無い。……カーティナさん、せっかくですから一緒に夕飯どうでしょうか?」
受付で暇そうにしてた女はラトリナに呼ばれるとタダメシどんとこいとばかりに飛んでくる。
ついでに隣に座っていた同僚の女も引き連れて。
「いやーなんか最近いつも申し訳ないっすねー奢ってもらって!」
「……安月給の身としてはありがたいのだが、大丈夫なのか? 金銭的に」
「ええ、大丈夫ですよ。ドラゴンキラーな彼が稼いできてくれてますから。ああそうだ、他の皆さんもご一緒にどうでしょう? 竜を倒した記念に宴でも」
酒場でだらだらと飯を食っていたほかの冒険者連中まで活気付く。
「ラトの姉さん俺酒追加で飲んでもいいっすか!?」
「ふふ、いいですよ」
「姉さんこっちも肉注文していいー?」
「構いませんよ」
にっこりと周囲の提案を丸ごと受け付けるラトリナ。いつの間にやら仲良くなっている。
まあドラゴンキラーなアルガントムのお陰で財政的に余裕はあるのだ。
アイテムストレージ内のMPを金貨として使わずともしばらくは十二分に食っていけるくらいの余裕が。
だが人の稼いだ金をその場のノリの奢りで全力浪費してるんじゃねえとアルガントムは頭を抱える。
「……財政管理を一任したのが間違いだったというか、ゼタ。なんで止めなかった」
「いえ、収入的に問題はないと判断したのですが。止めるべきだったのでしょうか?」
「あっはっはいいんすよーゼタさん金持ちが金を使えば世界が回るんすからーあーっはっは!」
バンバンと彼女の背中を叩くカーティナはいつの間にやら酔っ払い。
いつの間に酒を注文したのか。というか人のお家の財政事情に口を挟まないで頂きたいところだった。
「ラトリ……じゃなかった、ラト。俺の祖父もそりゃあ金持ちだったがな、金に関しては……」
手近にいた金持ちのことを例に挙げて浪費癖を治せるような話を、と考えてアルガントムは気づく。
「あのクソジジイも金をそんなに大事にしないクソジジイだった……! キャバクラで一夜で五百万ほど飲んできておばあちゃんにぶん殴られているような男だった……!」
というか今のアルガントムがあるのはそのクソジジイのオンラインゲームに対する大浪費のおかげでもあるのだが、まったく度が外れた金持ちはどんな脳内構造をしているのか理解に苦しむ。
アルガントムを引き継ぐ前、自分がかつてエンシェントで使っていたアバターは三十万円程度しか課金していなかったというのに。
ゆえに金持ちに対して警告する。
「お金は大切にしろ!」
一つのゲームに三十万をぽんと突っ込む時点で自分も金持ちの家に生まれた悪癖持ちの一人ではあるが、それでも口ではお金を大切に使う派のニンゲンと主張しつつ。
「やっぱ無闇に奢りまくるのはどうかと思う!」
その叫びは半ばヤケクソだ。
対してラトリナはそうですね、と微笑んで。
「あ、追加注文でこのアルネウラフルーツのサラダっていうのもお願いします。ひっく」
あっさりと聞き流していた。
いつの間にやら酒も入っているらしい。現代日本なら店が営業停止処分を食らっているところである。
「……ちくしょう人の気を知らぬ雇い主め」
アルガントムの嘆きは宴の喧騒にかき消される。
酔っ払い相手の愚痴ほど無意味なものもそうそうない。
「まあまあぁー。暗い顔をしてないでぇー、一緒に飲みませんかぁー?」
ろれつの回らぬ声で気楽に言うラトリナ。
「飲めないんだよ」
「ああぁー、そうでしたねぇー、うふふふふ」
「いやぁ酒が飲めないって辛そうっすねー! あっはっはー!」
「うふふふふふふふふ。あぁー、そういえばぁー、ナインさん、でしたっけぇー? そのこー」
急に酔っ払いに話を振られた小柄な彼女はびくっと震え、助けを求めるようにアルガントムの方を見る。
「あー、そうだ。俺が、えーっと、竜退治に協力してもらった仲間の、娘だ」
「うっひゃーかわいいっすねー! お嬢ちゃんいくつー!?」
「きゃー!?」
カーティナに抱きつかれ椅子から落ちて地面の上をゴロゴロ転がるナイン。
ゼタがおろおろと両手を宙に泳がせている、どうするべきかと。
一方でラトリナは、酔っ払った様子はそのままに、ゆっくりと身を乗り出してアルガントムの耳元で囁く。
「……ゼタさんと同じように召喚した天使、ですか?」
「……酔っ払ってるんじゃないのか?」
「異常な状態で平常を保つのは多少なら可能です、ふふふ。ところで質問の答えは」
アルガントムはそっと頷く。
「そうだ、ゼタと同じ天使だ。出先で呼び出した。……俺の力はこの世界において少人数のものと説明するに少々大袈裟すぎるらしい」
「あなたのグリーンドラゴン退治も噂では大人数でやったということになっていますからね。実在しない仲間の存在を掲げ続けるか、もしくは実際に仲間を呼ぶか」
「前者は限界がある気がする。後者は……俺が銀色のインセクタであると知っても裏切らないような、信頼できる仲間を用意できるか、だ」
「なるほど、そこで召喚を使い仲間を呼びたいと。覚えました……それでは」
ふらぁっとラトリナは姿勢を戻す。
椅子に寄りかかり、気楽な笑顔を顔に浮かべて。
「まぁーあとで考えましょうかぁー」
ぱんっと手を合わせて音を鳴らし、仕切りなおしと飲み始める。
本当に大丈夫だろうかと不安にならずにはいられないアルガントムだった。
★
下が騒がしい。
楽しそうな笑い声。
盗賊のアジト、牢屋の中で聞かされ続けた連中のそれに似ているが、しかし不思議と邪悪な感じはしない、と。
「……あ、れ?」
目を覚ましたリジーが最初に見たのは見知らぬ天井であり、次いで自分が寝ているのが誰のものかもわからぬベッドであると、周囲から少しずつ情報を集める。
狭い部屋は、銀色のインセクタを追う旅路の途中で泊まった宿屋と似た雰囲気。
安っぽいが不潔さはない。
床の下から聞こえてくるお気楽な騒ぎ声。
それが気になって、立ち上がった。
「……枷がない?」
足首に嵌められていた鉄の枷、それがなくなっていることに気づく。
少しだけ痣は残っていたが。
衣服も汚れていた下着同然のそれから、清潔感のある薄地のものへと着替えさせられていた。
疑問を頭の中でぐるぐる回しつつ、部屋の入り口、扉へと向かう。
鍵は掛かっていなかった。
恐る恐ると廊下に出て、左右を見渡し、階段へと。
そっと下を覗き込めば、お祭じみた宴の様子が伺えた。
「あれ、私、なんで……?」
盗賊に捕まっていたはずなのだが。
悪意のない喧騒に誘われて、無意識に階段を降りていく。
その姿が、下の階で飲んでいた男の視界に映る。
「おっ! 起きたのかねえちゃん!」
敵意のない声をかけられて、リジーは慌てて返事を返す。
「あ、は、はい」
「なんでも盗賊連中に捕まってたらしいが……体は大丈夫か?」
「はい。とりあえず、は」
その答えに男はなら問題はねえと笑いつつ、周囲の騒ぎにかき消されぬよう大声で呼びかける。
「おめえら! あの美人のねえちゃんが目を覚ましたぞー!」
その一言が、宴の中の人々の視線を彼女の方へと集中させた。
多数の視線に戸惑うリジーにおかまいなしとばかりに言葉が飛んでくる。
「いようねえちゃん! こっちで一緒にのまねえか! なにぶん冒険者ギルドだ女ッ気がなくてな!」
「おっと今のは愛らしい受付嬢のカーティナちゃんに対する挑発っすかねー?」
「あたしらみたいな女冒険者がいることも忘れてないか?」
「あ、すまん忘れてたおいやめろ俺の腕の間接はそっちにはまがらねえ!」
馬鹿騒ぎに安心を覚えて、リジーは彼らに質問するくらいの余裕を取り戻す。
「あの、ここは」
「ああそうか、ずっと気絶してたんだったな。ルーフ村の冒険者ギルドだぜ」
「冒険者ギルド……私はなぜここに?」
「あーその辺はあんたを助けたヤツに直接聞いた方が早いだろうな。おーいアル!」
彼の視線の先、一つのテーブルを囲むちょっと変わった一団。
全身に黒い刺青をした不思議な少女、やたら綺麗な村娘の大小コンビ、そして全身を布で隠した大男。
村娘コンビの小さい方が、気絶する前に見た何か危険なモノの顔と頭の中で重なりそうだったが、しかし雰囲気が違いすぎる。
血塗れで笑うアレとはベツモノと、眼鏡の女性とじゃれあう姿から他人の空似と結論した。
「災難だったな」
声を飛ばしてきたのは誰かと一瞬迷ったが、どうやら大男が布の下の口から発したものらしい。
近づいてくる彼の外見に少し不気味なものを感じ、思わず後ずさる。
「怖がられてんなアル!」
「全身布でぐるぐる巻きだもんな! 昔話で聞いたアンデッドを思い出すぜ!」
「ばっかあんな話、ジジババの作り話に決まってんだろ。死体が動くかよ」
「それもそうだ! がはははは!」
「ゼタ、とりあえず人を動く死体呼ばわりしたそこの二人を軽くいじめていいぞ」
「はい、マスター」
彼女が片手で重ねたテーブルを持ち上げた話は半ば伝説である。
ちょっと待って殺されると迫り来る無表情から逃げようとする男二人。
幸いゼタはここしばらくの生活で手加減というものを学習している、彼らは死ぬほど痛い目にあうが死ぬことはない。
悲鳴を背後に、さて、と。
布に巻かれた手を指し出し、握手を求める。
「アルという。潰滅した盗賊のアジトを調べていたら、気絶している君を発見したのでここまで連れて来た」
リジーは少し迷ってから、その握手に応じつつ。
「リジー、です。ありがとう、お陰で助かりました」
「気にするな。ああ、ここの二階の宿の部屋をしばらく借りておいた。金の心配はしなくていい、しばらく心と体を休ませていけ」
その言葉に文句をつけるのはアルと同じテーブルに座っていた刺青の少女だ。
「アルもぉーお金を浪費してませんかぁー?」
「困ってる人間を助けるくらいは必要経費で構わんだろう。幸いどこかの誰かがどんどん浪費してもお釣りがくる程度に稼いでいるからな」
「うふふふふふふそれもそうですねぇー、皆のものお許しがでたのでどんどん注文するのですよぉー」
「ゼタ、なんかもうどうにかしてくれその酔っ払いども」
「どうにかする、ということならば……排除しますか?」
「絶対に止めろ穏便に行け怪我はさせないけど死ぬほど痛いとかそういうので」
「了解しました、マスター」
常識を学んできたと思って迂闊にあやふやすぎる命令をすると惨劇を起こす可能性がまだあるらしい。
もう少し色々と学ばせねばと、悲鳴を背後にため息を吐くアル。
詳しい事情まではわからぬが、苦労をしているのだろうと、その姿にリジーは思わず苦笑して、そして安堵した。
見た目はちょっと怖いけど、悪い人ではないのだな、と。
★
酒の入る宴というのは参加者が酔い潰れると自然と終わる。
アルガントムは机に突っ伏しのんきに夢の中なラトリナから財布を没収し、酒場の店主に金貨を渡す。
それは財産のほんの一部だ。竜退治のものも含めて依頼達成の報酬はほとんど冒険者ギルドに預かってもらっている。
物質として持ち歩くとかさばるそれを、根無し草な冒険者の代わり預かっておいてくれるギルドのサービス。
なお万が一盗賊やら戦争で失われても保証は一切ないが、持ち歩くよりは預かっていてもらう方がまだ安全だ。
アルガントムはアイテムストレージに金を放り込もうかとも一時考えたが、どうやら金貨含めこの世界のモノはそちらに収納できないらしい。
同じ金貨でもMPとしては十分の一の力しかないものがエンシェントのそれと混じってしまうのも困るので、まあ構わないかと納得しているが。
ヒゲ面の男は太い腕でお題を受け取ると、歯を見せてにかっと笑った。
「あいよちょうど。これからもご贔屓に頼むよ」
「破産しない程度には」
「はっはっは、まあ金も大事だが、命も大事にな。客が減ると困る」
「努力しよう」
アルガントムは店主に軽く会釈してから、ラトリナを背負い 寝ている酔っ払いの間でおろおろと行き場に困っているゼタと、カーティナに抱き枕にされて動けなくなっているナインに、行くぞ、と告げる。
ゼタは床に寝ている酔っ払いの頭を邪魔な障害物程度に一時認識を格下げして蹴飛ばしつつ最短ルートで主の後ろへ、ナインはカーティナを起こさぬようその抱擁からするりと抜け出して追従。
四人は帰路に着こうとして。
「あの……」
ふと、アルガントムは背中に声をかけられた。
振り返ればリジーがおり、彼女は少し言葉を探して。
「本当に、ありがとう」
結局は下手に飾る必要もないと、素直な感謝を口ずさむ。
アルガントムもまたそっけなく。
「気にするな」
と、だけ返し、もはや酒場と冒険者ギルド、どちらがメインなのかわからない惨状となっている建物を後にする。
後ろから酒場の店主が酔っ払いどもを蹴り起こし、自分の寝床に帰れと怒鳴る声が聞こえてきた。
「まったく騒がしい」
「ふふ、嫌いですか? こういうのは」
背負った少女から問いかけられれば。
「嫌いではないな」
そう返答する。
「というか、起きてたのか」
「少し寝ればどうにかなりまる。失礼、どうにかなります」
「自分で歩けと言おうと思ったが、まだ無理そうだな」
「ふふふ、そうれすね、まだ酔いが冷め切ってないようれう」
おかしそうに、相変わらず彼女は笑っている。
ただその声は、初めて会った時、あの窓のない部屋で浮かべていた作り物みたいなそれとは違う、心からの喜楽の表現、そんな感じがした。
「なあ、ラトリナ」
「なんれう?」
「目的は見つかったか」
「そうれうね。……とりあえず、こんなのんきな日々を続けること、今はそれが目的です。どうでしょうか?」
「わかった。君は変わらず俺の雇い主だ」
確認。
二人は同じ道を進んでいる。




