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24:守るべきものを守れない。

 どこで何を間違えたのか。

 薄暗い洞窟の牢屋の中、囚われのリジーはそればかりを考えて後悔する。


 父を――トランベインの国王を殺した犯人を討つために、身分を隠して王都を出た。

 目撃情報を頼りに、六本羽の天使が飛び去ったという北西方面へ。


 旅路の途中で耳にしたのだ、街道に盗賊が出没して人々を襲っていると。

 探している銀色のインセクタとは関係ないかもしれないが、民が困っているのならばその原因を排除するのも王族たる者の勤め。


 護衛としてついてきた者たちには止められたが、盗賊になるような連中を相手に何を恐れることがある、と。

 賊が出没するという土地に向かって、想定通りに下品な男たちが現れて。



「……なぜだ、私は正しかったはずなのに」



 護衛の兵士たちが矢で射られ、剣で斬られ、リジーを守って次々と倒れていった。

 敵に囲まれた状況でも負けるものかと自らを奮い立たせて剣を手に立ち向かったが、戦闘慣れした盗賊たちは遊ぶように彼女の剣を取り上げて、手加減した打撃で気絶させて。


 再び気がついた時、リジーはここにいたのだ。

 鉄の枷と鉄球が実際の重量以上の重しとなって彼女の脚を捕縛している。

 着ていた赤の鎧は剥ぎ取られ、今の姿は下着も同然。


 情けなさと悔しさで涙が零れた。

 盗賊なんて外道にも劣った自分の正義の無力さに。


 脳裏にチラつく父の顔。

 リジーの母が死んだ日にも顔すら見せなかった男は、ある日にふらりと彼女の部屋を訪れた。


 嫁ぎ先を見つけてやったぞ。

 喜べ相手は上級貴族の長男だ。

 使えぬなりに役に立ってくれよ。


 顔を見た。

 愛情など微塵も感じさせぬ下卑た笑み。

 血の繋がりなど知らぬとばかりに、娘を政略結婚の駒としてしか見ていない父の笑顔。



「……違う、そんなことのために母は私を産んでくれたんじゃない」



 国を守れ、人を守れ、下級貴族の出身だった母が、自分に託した心構え。

 そうなれるよう、女を捨てて剣を取り、戦える力を手にして、しかしその結果がこの様だ。



「何を、どこで、間違えたのだろう……」



 何もない牢屋での時間は後悔だけを頭の中で反芻させる。

 苦悩の暗闇の中、ふとリジーは音を聞いた。


 木の板が打ち鳴らされる音。



「……なんだっけ、コレ」



 そういえば昔に習った、侵入者が引っかかると音を発する罠。

 野営時などにうまく使えば敵の奇襲を防げる、と。


 リジーからするとここは敵陣だ。

 盗賊のアジト、そこに侵入者。


 一般人が紛れ込んだのか、あるいは賊の退治に来た兵士か。



「……ダメだ」



 リジーは思い出す、牢屋の中から少しだけ垣間見たこの盗賊たちの戦力を。

 五十人を越えるであろう規模はもはや一つの戦闘単位だ。

 どこからか奪ってきたらしい武器防具で装備も十分。


 一般人ではどうにもできないだろう。

 中途半端な数の兵では地の利を得ている連中に返り討ちにされる。

 もしも捕まった自分を王国の兵士が助けに来たのならば、また自分のせいで人が死ぬ、と。


 悪い思考が回りだす。

 盗賊たちがテーブルをひっくり返し、物を動かして洞窟内に簡単な防御陣地を築く音。

 ダメだ、これは、全てが。


 しかし止める力もない。

 牢屋の中ですすり泣くしかできない無力な女がそこにいた。


 だが彼女はこの時、理解していなかったのだ。

 この地に侵入してきた者が、彼女の想像を超えるモノであると。


 争う音、打撃の音、砕いて千切って潰す音。



「ひ、ひいぃぃぃ!?」



 悲鳴、怒声。



「に、逃げるなお前ら! 俺を守れ!」

「じょ、冗談じゃ、うわあああああ!」



 リジーは気がつく、様子がおかしい、と。

 聞こえてくるのは不本意ながらも少し聞きなれてしまった盗賊たちの野蛮な声。

 それは蹂躙される弱者のそれだ。



「お、おれの、おれの腕、がっ」



 そして時折聞こえてくるのは。



「あっはっはっはっは! か弱い脆い無様で不憫で哀れで笑える! 生き辛くないッ!?」



 狂ったような笑い声だ。

 幼い少女のそれに聞こえる一方で、何かのバケモノの狂乱の声とも思えるソレ。


 その声の主から逃げるように、盗賊の一人が牢屋の方へと走ってきた。

 見れば片腕を失っている。



「ひっ!?」



 生に執着する亡者の、恐怖に歪んだ顔。

 そいつは残った腕で急いで牢屋の鍵を空けようとしていた。



「は、はやくこの中に逃げなきゃ……鍵を閉めてヤツらが入って来れないように……くそっ、なんで、なんで開かないんだよ、くそぉ!」



 リジーは恐怖する。

 何がいるんだ、何が追って来ているんだと。

 自分を容易く折った盗賊たちを見るも無残に瓦解させる何かが、牢屋の格子の向こうの世界にいるのだ。



「畜生、ちくしょ、ぐあっ!?」



 断末魔と共に亡者の顔から生の色が消えた。

 背後に立つモノが心臓を抉り取り、片手で命の臓器を潰す。


 リジーは目にした。

 顔に凶悪な笑顔を貼り付けた幼い少女、その返り血に塗れた姿。

 その背中に生える六本羽。


 一つの命を潰した彼女の双眸は、自然とそのまま牢屋の中のリジーを映す。

 悲鳴を上げようとしたが、恐怖で硬直した体はそれすらもできはしない。


 空腹の猛獣に睨みつけられる無力な獣。

 その時の互いの状態を表現するならばそれであり。



「……ん? あれ、牢屋? 捕まってる……ということは、敵ではない?」



 猛獣の顔が緩んだ。

 顎に指当てかわいく小首を傾げる、緊張感のない疑問の表情。


 助かった、と。

 リジーが本能的に感じ取って安堵すると共に、少女は背後を振り返ると大声でそれを呼ぶ。



「ご主人さまー! なんか捕まってるらしい女性を発見しましたー!」

「待ってろ、いま行く」



 盗賊の殲滅を終えたそれがゆっくりと歩いてくる。

 その姿を見て、リジーは再度恐怖した。


 大男が銀色の虫の甲殻を鎧として纏ったような姿。

 返り血で汚れた銀の亜人。

 銀色のインセクタ。


 思い出す。

 六本羽の天使を従える、国王殺しの犯人の容姿は。

 恐怖が許容限界を越える。



「……ひっ」



 短い悲鳴だけを残して、リジーは意識を手放した。

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