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23:その天使の二面性。

 アルガントムは思う。



「命が惜しけりゃ有り金全部置いてきな!」



 生きているうちに一度は言ってみたいセリフランキングで百位以内に食い込むのではないか、そんな頭の悪い脅し文句を堂々と叫べる彼らの馬鹿さは羨ましいものがある。

 前方後方に数人、さらに木々の隙間に人の気配。

 いわゆる盗賊と思わしき連中に完全に囲まれている。



「一つ聞くが、俺に言ってるのか」

「あぁ!? てめえ以外に誰がいる!」



 そうだよなあ、と。

 自分たち以外の気配はないこの場において当然の答えに首を縦に振った。

 敵対者だ。



「警告くらいはしておくが、今なら帰ってもかまわん」



 ふと思いついたことを試す前に、それを実行するとまず間違いなく少し後に死体になっている彼らに逃げるよう薦めておく。

 まだ直接攻撃されたわけでもないのだ、過ちを認めて退くくらいの賢明さを持つなら見逃そう。



「おいおいこの状況で何をエラそうにしてんだデカブツのニーチャン? むしろ警告するのはこっちだぜ、大人しく金目のものを出せば楽に死なせてやるってよぉ」

「さっきは命が惜しければ有り金全部置いていけだった気がするんだがな」

「ああ? そうだったかなあー? ギャハハハハ!」



 不快な笑いが四方八方から飛んでくる。

 アルガントムは呆れたように息を吐き。



「警告くらいはしたからな」



 選択する。

 頭の中、アイテムストレージ、発動させるのは一つの召喚アイテム。

 アルガントムの眼前に金色に輝く魔法陣が出現する。



「んな!? てめえ魔法使いか!?」

「ご覧の通りだ」



 よくもまあここまで溜め込んだものだと祖父の暇さに呆れ返りそうになる、そんな額のMP。

 召喚に必要な量を思い出し、それをこの世の物質として顕現させる。

 掌からあふれ出す金貨、金貨、金貨。


 魔法陣はそれを注がれるまま、魔力に変換し平らげる。

 盗賊連中の誰かがその輝きに目を奪われながらも叫んだ。



「魔法を使わせるな!」

「おう!」



 硬貨を魔力に変換して魔法を発動するまでの時間、その間に術者を殺せれば何も起こらない。

 的確な判断だが、しかし盗賊如きの武器がアルガントムに通じるかと言えば。


 金属の砕ける音は、アルガントムの体を狙って突き出された剣が発生源。



「な!?」



 折れた刀身が地面に突き刺さる。

 驚いた表情でそれを凝視する盗賊ども。



「この世界の攻撃力ってヤツは、まあだいたい把握した。俺に傷をつけられるモノがあるなら持ってきてくれ、後学のためにな」



 ただアルガントムの身に纏う布だけは、その刃を防げない。

 ぱらりと、まあすでにだいぶ汚れていたので着続けるのも限界だった感じはあるのだが、布は解けて地面に落ちる。


 姿を現した銀色のインセクタは、MPの投入が終わると共に、一言。



「喧嘩を売ってくるお前らは、殺してもいいかと思う程度に気に入らん。だから有意義に殺すぞ」



 目の前にあった魔法陣が泡のように虚空に消えて、その一方で天に巨大なそれが描かれた。

 トランベインの王が死んだ日、王都上空に出現したものと同じような輝きの絵図。

 細かく見れば細部が違うのは、呼び出されるものがベツモノだからだ。


 天から光が落ちてくる。

 流れ星のように光の帯を引き、地面に直撃する一瞬前。

 光は落下を止め、代わりに緩やかな降下と共に、その輝きを弱まらせる。


 アルガントムの前に降り立ったのは少女。

 細い体の線、白く清浄な肌、基本はゼタ・アウルムと変わらない。

 ただ外見年齢が幼い。

 十代前半の小柄な体、そして少し寝癖みたいに跳ね返っている短めの髪。


 細かな特徴を挙げていけばゼタとは別の個であることがわかる。

 一方で背中の六本羽と動きやすさ重視の軽装鎧に宿る神秘性は、ゼタと同系統の存在であることを示していた。



「て、天使!?」



 盗賊連中の言葉が表すとおりの存在は、ふわりと背後を振り返ると、そこにいる主の姿を最初に瞳に写そうとその瞼を開いた。

 くりんとした愛らしい瞳は、虫のような主人の顔を見ると共に、嬉しそうに細められる。



「ナイン・アウルム、ここに。――必要とされる瞬間を心待ちにしていました、ご主人さま!」



 花の咲くような笑顔とはつらつとした声。

 ゼタ同様、今の彼女にも人格が存在しているのをアルガントムは感じ取る。


 そして少し迷うのだ、果たしてこんな女の子に力を見せろと人を殺させていいものか。



「……なあ、ナイン」

「なんですか? ご主人さま」

「君は人を殺せと命令されたとして、それをよしとするか?」



 ナインはきょとんとした顔でその質問を受け取って、当たり前だと言わんばかりに答える。



「ご主人さまの命令を受けてそれを実行することに喜び以外の感情はありませんよ?」



 例えば、と。

 ナインはくるりと周囲を見回し、武器を手にした男たちの姿を確認する。



「彼らはご主人さまの敵なんですよね?」

「ああ」

「ならば一言で構いません、私に命令してください」



 わくわくと、待ち遠しいと、彼女の顔はアルガントムの言葉を待っていた。

 彼女がそう望み、自分もそれを望んでいるのならば、問題ないか。

 アルガントムは自らの意思を言葉とする。



「敵を殺せ、力を示せ。ほどほどにな」



 ナインの笑顔が深まった。

 そのかわいらしい花は歪み、犬歯を剥き出しにした凶悪な笑顔へと変貌する。



「了解しました、ご主人さま! ――そういうわけよ、ほどほどに喜んで死にな畜生どもォ!」



 邪悪な言葉を吐きながら、彼女は最も手近にいる敵へと接近する。



「ひっ!?」

「最初はアンタだ、光栄に思えェ!」



 か弱く見えるその手が狙うのは男の左胸、心臓だ。

 刃物のように突き刺して、脈動するそれを握り締め、そのまま背中を貫通、露出させる。

 軽く力を込めれば破裂と同時に飛び散るのは鮮血で、命を支える器官を奪われた骸はずるずるとその場に崩れ落ちる。



「あっはっはっはっはっは! か弱いか弱い!」



 真っ赤な返り血を浴びながら天使は笑う。



「て、天使に勝てるわけねえ! 逃げろ!」



 神々しさも何もあったもんじゃないその血に飢えた魔物の姿に、盗賊たちは慌てて逃げ出そうとするが。



「今更になって逃げてんじゃねえよわずらわしい!」



 彼らよりもナインは早い。

 まず街道に出ていた連中が徒手空拳で始末された。

 次いで林の中に隠れていた連中が木々に血肉を捧げた。


 それでもガサガサと木々を揺らして逃げる音。



「ああほんっとわずらわしい!」



 そちらへナインは即座に跳ぼうとするが。



「待て、ナイン」

「あ、はい。了解しました」



 アルガントムの言葉で即座に行動を中断させると、主の前で跪く。

 ナインってこんなに凶暴な子だったの、と。

 外見との違和感にちょっと内心でビビりつつ、アルガントムは思案する。



「連中には……アジトってヤツがあるんじゃないかと思う」

「なるほど! 泳がせて見つけて根絶やしですね!」



 物騒なセリフだがアルガントムの考えをわかりやすく言うとその通りだ。

 連中の勢力はわからないが、可能な限り潰しておかねばこの道を通る誰かが襲われるだろう。



「せっかく関わったんだ、ゴミの掃除は最後までやるとしよう」





 男は逃げる。

 ひたすらに、木々の隙間を掻い潜り、アジトという名の我が家へと。


 襲った相手が天使を召喚した。

 あんなもの、大部隊が儀式で呼び出すか、あるいは世界でも数えるほどしかいない天才くらいしか呼び出せないはずなのに。


 あの銀色のインセクタは何も難しいことではないと言わんばかりに、無から金貨を溢れさせ、強大な力を天から呼び寄せたのだ。


 そういえば話を聞かなかったか。

 銀色のインセクタが天使を呼び出し国王を殺した、そんな話を。



「やってられるかクソッ!」



 幸い、男の立ち位置は林の中で標的に矢を向ける後衛だった。

 お陰でこうして逃げることが出来ている。


 他の連中がどうなったか。

 知るか、あの天使と虫人に聞け。


 男が走り続ければ、やがて岩壁、そこに穴を開けて作られた洞窟が見えてくる。

 入り口周辺で見張りをしていた盗賊仲間が、血相を変えて走ってきた男に何事かと声をかけた。



「ば、バケモノが出やがった! このまえ捕まえた女が言ってたアレだ! 国王殺しの銀色インセクタ!」

「な、何言ってんだよ。あんなのただ町で噂になっているってだけの話、だろ?」

「本当だよ! 他の連中はやられた! 早いとこ動けるヤツ全員集めて守りにはいらねえと……」



 風が吹いた。

 その風には声がのっている。



「全員集めてェー、守りにはいってェー? ……あはは、それでどうにかなるとか思ってるの?」



 不気味な嘲笑。

 男たちが音の方を見れば、そこにいるのは美しい少女だ。


 全身に浴びた返り血と、六本羽という異様さえなければ、誰もが抱きしめたくなるような。


 ふと声に少女らしさを取り戻し、彼女は自分の主を呼ぶ。



「ご主人さま、巣穴を発見しましたー」

「わかった、そっちか」



 遅れて現れたのは銀色。人型の虫。

 ここまで来る最中に頭の上に乗っかった木の枝を、指でつまんで盗賊たちの方へと放り投げる。



「道案内ご苦労」



 お礼の言葉もそこそこに、二人の男が悲鳴をあげる前に。



「そして」

「死ねェ!」



 二人の攻撃は神速だ。

 アルガントムがここまで案内してくれた男の頭を、ナインは見張りをしていた男の頭部を、それぞれ片手で胴体から切り離す。

 背中合わせ、鏡あわせのように同じポーズで、二人は同時に手の中のそれを握り潰した。


 後ろで頭を失った胴体が地に倒れる。

 ソレを気にした様子もなく、ナインがアルガントムへと微笑みかけた。



「私たちって息ピッタリじゃないですか? ご主人さま!」

「気味が悪いくらいに同じ動きだったっていうか、そっちが俺にあわせたんだろう」

「えへへ、偶然ですってー!」



 敵に対する態度とは別人レベルの変貌っぷり。

 まあ相手によって態度を変えるのも処世術だとアルガントムは納得しておく。TPOを弁える、というべきか。

 それよりもと、ここまでの彼女の動きで気になった点を問うてみる。



「ナイン、君は確か直接戦闘型じゃなかったよな?」



 ナイン・アウルム。

 ゼタ・アウルム、オメガ・アウルム、そして彼女の三体で三大天使と呼ばれていた、課金ガチャの大当たり召喚アイテムによって呼び出される存在。


 この三体、同格として扱われているが、エンシェントでは基礎のステータスに差があった。

 攻撃力が高く守備力が低いゼタ、全ての能力が高いオメガ、逆に全てのステータスで二者に劣るナイン、と。


 ただステータスが低いから下位互換というわけではない。

 それぞれ扱える技が違うのだ。


 国王とついでに騎士連中を消滅させたゼタの対多数用無属性攻撃『レイストーム』のような専用技をナインも持っている。

 その専用技の性能の代わりに基礎のステータスが低く、それゆえに直接戦闘型ではないと言われるのだが、しかし今のところナインはその技を使っていないのだ。


 エンシェントの時は使えたがこの世界ではダメなのか、アルガントムの疑問にナインは首を傾げる。



「この程度の相手に使うのも魔力の無駄と思い節約して直接攻撃を行っているのですけれど……使いますか?」

「ああ、使えないわけではないのか」

「勿論です! ご主人さまに必要とされるならそれなりの力を持っていないと!」



 えっへん、とナインが胸を張る。

 視線を動かし、胸がないなとアルガントムは内心で思う。

 言葉にするのはやめておいた、セクハラだ。



「なら構わない、だが必要になったらいつでも使え」

「了解です!」



 疑問は解消された。

 ならばと、アルガントムは眼前にぽっかりと口を開けた洞窟に足を踏み入れる。


 その足に紐が引っかかり、カランカランと音が鳴り響いた。



「……映画か何かで見たことあるな、コレ」



 紐を引っ張れば吊るされた板がぶつかり合って音を散らせる。

 侵入者の存在を知らせる警報機だ。


 洞窟の奥から何人もの人間が動き回る物音。武装を手に取る金属音。

 しかし中で何が起きているかは伺えない。


 再び一歩を洞窟内部へと踏み込んで、アルガントムは思う。



「暗いな」



 太陽の光から離れるほどに、その暗闇は深くなる。

 入り口から少し進んだ地点で、もうすでに壁に手を突き歩かなければならないような暗さだ。

 日常的にこの道を歩く者なら問題ないのだろうが。



「ぎゃうっ!?」



 鈍い音とナインの悲鳴。



「どうした!?」

「……あ、あたまをぶつけました」



 暗闇の中で額を撫でている彼女にとっても、この状況は厳しいらしい。



「ふむ」



 アルガントムは少し考える。

 そういえばアイテムストレージの中に、こういう状況のためのアイテムがあったな、と。

 ソレを頭の中で探り、見つけ、取り出す。


 ぽん、と。

 最初からそこにあったかのように、アルガントムの掌に収まっているのは丸い石だ。

 自然にそうなるものではない、不自然なまでに綺麗な球体、サイズは野球のボールほど。



「あ、ライトストーンですか?」

「ああ。……って、知っているのか?」

「私たち被召喚物は召喚された時点でのご主人さまとある程度の知識共有を行っていますから」

「……知識共有?」

「えっとですね、例えばここはエンシェントとは違う世界、ご主人さまはラトリナさまと一緒に活動している、今は魔物退治の依頼でゼタにラトリナさまの護衛を任せて別行動中、とか」



 教えてもいないはずの情報を紡ぐ唇に、アルガントムは少し驚きつつ、理解する。



「知識共有、とはそういうことか」

「はい。ですからご主人さまの所持する九十九のアイテムに関することならここに知識として」



 自分の頭をつんつんと指差す。

 便利だ。



「なら、これのことも知っていて当然か」



 アルガントムは掌の上の丸石――ライトストーンの表面に、指につまんだ金貨を押し付ける。

 自販機に硬貨を投入するかのような所作で金貨を魔力として受け入れた丸石の表面、そこにうっすらと模様が浮かぶ。

 少ししてから始まるのは発光現象だ。


 ライトストーンを中心に、輝きが暗闇を消していく。



「光源必須の暗闇状態ダンジョンを攻略する時に役に立つ、んでしたっけ?」

「ああ。まあエンシェントだとその辺に落ちてる木の棒を拾って火をつければタダで光源になるんだから趣味アイテム以上の何者でもなかったが」

「……もしかして外の林で木の棒を拾って火をつければよかったのではないですか?」

「……………」



 アルガントムは膝から崩れ落ち。



「その手があったか……!」



 MPを無駄にした、と敗北感に打ちのめされた。

 地面に突っ伏す主の姿に慌ててナインは言葉を取り繕う。



「あ、えっと、その……火は危ないですからね! こっちのほうが安全です! それに、えーっと……ご主人さまの所持アイテムで発動できる火属性魔法って一番威力が低いのでこの一帯が溶岩地帯になっちゃうようなヤツですからこっちの方が省エネかと!」



 それを聞くと、アルガントムはしばし地に頭をつけた状態で考えつつ。



「それもそうだな」



 何事もなかったかのように立ち上がると、光と共に歩き始めた。



「そうですそうです!」



 調子に乗せてくるナインの可愛い声援を後ろに連れて。 

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