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22:野盗なんて似合わない。

 ラトリナがルーフ村で無駄な挑戦に浪費していた数日前。


 アルガントムが受けたグリーンドラゴン討伐の依頼。

 その依頼主たるルーフ村の隣村の村長だが、この村長は以前シャトーとの仕事で向かったルーフ村の隣村とは別のルーフ村の隣村の村長である。

 ルーフ村の隣村という名前の地がこの周辺にいくつもあると説明を受けた時にはさすがのアルガントムも頭を抱えた。


 ともかくアルガントムはルーフ村の隣村の村長に、魔物退治の成功報告のため、その証拠たるグリーンドラゴンの首を抱きかかえて報告に戻ってきていた。

 そこそこに筋肉と贅肉のついた中年男性は地面に降ろされた竜の首を見て歓声をあげる。



「おお! これはまさしくあの竜の首!」

「これ以外の死体はそのままだが……確認しに行くか?」

「いえいえ、そちらは後ほど村の男衆を連れて行きますゆえ!」



 ちなみに魔物の死体から鱗や骨や肉を集めて売ると結構な価値になるのだが、大型魔物のそれとなると荷物になるので泣く泣く放置していく冒険者は多い。

 アルガントムはそもそも依頼の報酬だけあれば十分だろう程度に考えているので泣きもしないが。



「いやはやこれで竜の脅威に眠れぬ日々を過ごす必要もなくなります! 実にめでたい! 宴の用意をしなければ! アル殿と仲間の皆さんもぜひご一緒に!」

「あー、いや、俺の仲間は人見知りでな。あまり人前に出るのを好まん。ついでに俺も宴の席とかは得意じゃない」

「おぉ、それは知らずに失礼を」

「だから、まあ、証明書だけ受け取ったら帰らせてもらいたい。すまんな」



 いえいえと、村長は気分を悪くした様子もなく掌サイズの証明書を手渡す。

 そこにあるのは村長のサインと、判子の模様の下半分。

 この判子の上半分が捺印された書類は冒険者ギルドに保管されており、そこにこの証明書を持ち込んで上下をピタリと一致させればそれと引き換えに報酬を受け取れる仕組みだ。


 レベル3の魔物の討伐ともなると報酬金額はとんでもないことになる。

 そしてこの世界の硬貨の性質上、銀貨や金貨以外での報酬の支払いは難しい。


 だが重量のある硬貨を数百枚以上持ち運んで依頼のあった村と自らの拠点を行き来するのはもはや拷問だぞと苦情が殺到して考えられた制度だ。


 似たような制度を歴史の授業、どこかの国と昔の日本の貿易制度の一部として習った記憶があるが思い出せないアルガントムである。

 そもそもコピー機という書類の複製技術がある現代日本でこんな仕組みは使えないのだから日常生活で目にすることもなく、結果として歴史のテストが終わればその記憶は忘却の彼方。


 まさか異世界でそんな化石みたいなシステムを使うことになるとは予想できるはずもない。

 わかっていたらこの地に歴史の教科書を持ち込む準備くらいしておいたのだが。



(……いやそもそも持ち込めるのか、歴史の教科書?)



 少し考えて、完全に無駄なことに脳みそを使っていると気がついた。

 頭を軽く振ってそれらを追い出しつつ、アルガントムは証明書がギルドで聞いたものと同様のそれであるかを確認。



「……確かに受け取った。ではまた機会があれば会おう」

「ええ、是非! ありがとうございました!」



 深くお辞儀をする村長に背中を向け、アルガントムは帰路に着く。

 左右を木々に囲まれる森の中の道、といった感じの街道。


 日の下を歩くついでに、少し言葉にしながら考えるのだ。



「俺の力は、人間単独のものとして考えると常識外れたものである」



 エンシェントの世界でもだいぶ強かった廃課金アバターアルガントムは、この世界ではそれこそ次元の違う強さなのだと今までに得た情報から結論する。

 まあ強いだけなら問題はないのだ、ただ周囲の目というものがある。


 人間が個人では絶対に倒せないと言われている相手を、当たり前のように個人で倒せる存在。

 周囲の目からはバケモノと映るだろう。

 さてバケモノと見られることは良いことか。


 今のところは否だ。

 バケモノ呼ばわりされてルーフ村にいられなくなるのは困る。

 力で占拠して居座るなんて方法もどうかと思うのだ。



「シャトーやグリムみたいに、少なくとも表面的には気にしないでいてくれる、そういう相手ばかりなら問題ないのだろうが」



 ふとあの二人がアルガントムたちをバケモノだと喋ってまわるようなことをする相手だったらどうしていたかと考えて。



「……仲間として行動する程度に縁のあった相手を殺す、というのはな」



 物騒な答えは忘れておく。

 ともかくバケモノと見られるのは少々困る。

 そこで吐いた嘘が「一緒に行動する仲間がいる」というものだが、さてさて。



「ラトリナとゼタと、まあ他にも多数いる、というのが自然だよな」



 たった三人で軍団が相手をしなければならないものを倒せる、というのもやはりバケモノの領域だ。

 無茶な行動を誤魔化せるだけの仲間が欲しいと考える。



「仲間、か。アテはあるんだが」



 頭の中、アイテムストレージに眠るアイテム。

 ゼタ・アウルムの召喚のような、NPC召喚系のソレ。

 数や種類はそれなりにあるのだ。



「……問題は、果たして誰を呼ぶべきなのか、だな」



 人の外見から遠くはなれたものを引き連れる、これではやはりバケモノ扱いは変わらない。

 ならば人に近い外見の仲間を。


 頭の中で考えを纏めていく。



「戻ったらラトリナに相談するか」



 どう話すかを文章として頭の中で書き綴っていた最中。

 木々の隙間からの襲撃者に、その思考は中断する。





 本来なら自分に野盗なんて真似は似合わない、男は常々そう考える。

 上級貴族に仕える兵士として相応に尊敬されるべき存在だ。


 どこでこうなったのかを考えれば、思い出すのはセントクルスとの戦だ。

 あの時はトランベイン側がセントクルスを圧倒していた。

 主の命令で敵を追撃し、連中が逃げ込んだ村を征圧するために手当たり次第に人を切って、ついでに少々のお小遣いを民家から頂戴する。


 あそこは敵地で、そこにいるのは敵だ。ならばその敵を倒すのは正しい行い。持ち物をこちら側の物資とするのは賞賛されるべき行為。

 何一つ間違ってはいなかったのだが、強いて言うなら主の貴族が調子に乗って前に出すぎたのが過ちか。


 セントクルスが兵器として使う天使というのは厄介な敵だった。

 たった一体で不利を覆す。

 翼から放つのは貴族だろうと一般市民だろうと関係なく一撃で葬る死の光だ。


 お陰で主だった貴族が戦死してしまった。

 そうなると次に仕える主人を見つけなければならないのだが、有力な貴族となればとっくに私兵を限界まで抱え込んでいる。


 残るのは余り金払いのよくない下の方の貴族。

 かつての主よりも待遇が劣る相手に仕えるつもりはない。

 だが冒険者という選択は下級貴族に仕えるよりもさらに待遇がよろしくない。


 どうしたものかと残りわずかな手持ちの金を使って酒場で飲んでいたら、顔見知りと遭遇した。

 仕える主は違っていたが、同じセントクルスの兵士として何度か戦場で顔を合わせたことのある男だ。


 そいつも主を失って、なんと現在は人里離れて盗賊家業に手をつけているという。

 本来ならば捕縛すべきなのだろうが、男が気になったのはその身なりだ。


 それなりに手入れの行き届いた鎧。

 金の指輪に首飾り。



「どこで手に入れた」

「奪った」



 実に単純な答えであった。

 そして男は誘われた、ウチで一緒にやらないかと。



「盗賊、野盗、そんなことをしていれば罪人として捕まるリスクがあるのでは」

「ボスをやってる俺が街の酒場に来て誰も捕まえに来ない、ってのが答えだ」



 その辺の兵士の目なんて金品を包んで持たせれば誤魔化せる。

 元兵士だったからこそ、その気持ちは理解できるのだ。

 相応の金を貰えるなら見なかったフリをするくらいなんてことはない、と。


 そして軽くなった財布を片手に思うのだ。

 本来なら自分に野盗なんて真似は似合わないのだが、この国が自分を評価しないから仕方なくやってやるか、と。

 まったく本来は上級貴族に仕える兵士として尊敬されるべき存在だったのに、そんな実力を持つ男を野盗にしてしまうのだから、トランベインという国も底が知れるというものだ。


 ちなみに生活は、なってみると意外と悪いものでもなかったりする。

 本来は貴族の嗜好品になるような高級な酒なんかも飲めるのだから。


 ただそれなりの労働は必要だ。

 だから今日も額に汗して男は仲間たちと共に働く。


 無警戒に道を通る迂闊な人間を襲う、実に簡単なお仕事だ。

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