21:曰くRPGの顔。
トランベイン王国の領内には、人がほとんど手をつけていない森林地帯が未だ数多く存在している。
開拓されない最大の理由は魔物だ。
森を切り開いている最中にその土地に暮らす魔物でも襲ってきたら、一般人ではひとたまりもない。
砦を築くための物資確保とか、そういう理由があって護衛の兵士が同行してようやく少しは安全な作業が可能となる。
だがそれで森の奥へと進んでみたら、兵士十数人を容易く葬るような危険な魔物と遭遇して作業中断撤退開始。
よくある話だ。
その森も、そんな理由で開拓が中断された森林の一つだった。
昼間でも薄暗い森に放置された人骨や道具、野営地の残骸。
辿っていけば、それの住処に辿り着く。
グリーンドラゴン。
森林に適応した緑色の鱗を持つ小型の竜。
翼は退化し、代わりに木々を軽々と薙ぎ倒せるような体重とそれを支えられるだけの強靭な四本足を持つ。
そして小型とはいえ竜、その大きさは人間など容易く踏み潰し、あるいは噛み砕けるほどの巨体だ。
脅威度レベル3、例えば何らかの理由で人里に降りて来たとすれば、百人以上の兵士と攻城兵器のような大威力を用いての討伐が行われるような災害。
いまは鼻から寝息という名の暴風を撒き散らし、眠りに落ちる災害級の相手の姿を木々の陰から伺って、アルガントムは苦笑する。
「これまたエンシェントと対して変わらんな」
見た目的な話だが。
その相手の姿はエンシェントに存在するグリーンドラゴンと大差ない。
そのままこちらの世界に持ってきたか、あるいはこの世界のものがエンシェントの方に出荷されていたのではと考えてしまうほどだ。
さて、と。
アルガントムはこの依頼を受けると言った時、カーティナから貰った言葉を思い出す。
「いやいや話聞いてたっすかアルさんこれレベル3っすよ単独撃破なんて無謀なアレっすよ無理無理」
この世界の常識だと、そういうことになるのだろう。
エンシェントとこの世界は別世界、それは理解している。
ただ一方で、エンシェントとこの世界の共通点もやたらと多いのだ。
魔法を使うのに硬貨を消費するとか、アルガントム自身が遭遇したのはまだ少数だが魔物の外見や名前、強さであるとか。
そしてエンシェント側の常識で考えた時、このグリーンドラゴンという相手はそこそこ強い。
序盤の壁とか呼ばれており、ゲームを開始したばかりの初心者が狙われたら全力で逃げろというのが基本。
それこそ低レベル帯ではチームを組んで万全の準備をして挑んでどうにか勝てる、そういう相手。
だが序盤の話だ。
少し上のレベル帯になるとこいつがザコ敵としてごろごろ出てくる地帯がある。
さらに水辺に適応したブルードラゴンや砂漠に潜むイエロードラゴン、火山地帯上空を飛んでいるレッドドラゴン等々、それはそれは自分こそRPGの顔だと言わんばかりにどんどん上位種が出てくるのだ。
アルガントムの能力で単独撃破できるのはどの程度までか?
まあ最上位のオリジンドラゴンは無理だろう、ちょっと下を見てライトドラゴンとダークドラゴンの黒白二竜とか呼ばれていた相手も厳しい。
エメラルドドラゴン、サファイアドラゴン、トパーズドラゴン、ルビードラゴンの上位四色竜辺りならギリギリいけるかいけないか。
まあ色々と考えたが、グリーンドラゴンというドラゴン系最下級の相手にいまさら苦戦するかと考えたらありえない。
グリーン、ブルー、イエロー、レッド、ブラック、ホワイトの下位六色竜と呼ばれる序盤から中盤の壁を廃課金という札束の力で単独蹂躙したアバターの力はそんなに生易しいものではないのだ。
だからこれは実験だ。
この世界の魔物はどの程度にエンシェントのそれと同じものなのか、それを知るための。
カーティナには一緒に討伐を手伝ってくれる仲間がいるとちょっと無理のある嘘をついて納得させた。
いざとなればゼタを呼んだ時のように召喚できる存在がいるので全て嘘と言うわけでもない。
万が一、自らの力が目の前のグリーンドラゴンに劣っていた時のことを考え、頭の中でアイテムストレージに眠る課金アイテムのどれを使用するかと熟考しつつ。
「さて、やってみるか」
アルガントムが獲物を狙う肉食の昆虫のように跳ねた。
グリーンドラゴンがその気配を察知し、ゆっくりと瞼を開こうとして。
「遅いぞトロいぞそんなんじゃあ――」
右手の指先、刃物のように尖ったそれを布の隙間から露出させ、一閃。
振るった銀色の威力は斬撃としてグリーンドラゴンの首を横断する。
一瞬の停滞。
紫の大出血と、動き出す前に地に落ち地響きと砂埃を発生させた竜の頭部。
主を失った肉体が、生命の残りカスを吐き出すように痙攣している。
手についた紫色の僅かな汚れを腕を振って払いつつ、アルガントムは確信と共に言葉を捨てる。
「廃課金の力に勝てはせん」
そして天使を落とした時と同様、この程度かと笑うのだ。
★
無名の冒険者がグリーンドラゴンを討伐した。
「どれくらいの仲間を引き連れていたんだ?」
「どこでそんな戦力を?」
「なんで冒険者なんかやってるんだそいつ?」
「そういえばこのまえセントクルスの連中を撃退した商人がそいつを護衛に雇っていたとか」
「あのグリムの関係者って聞いたぜ?」
「元軍人か……」
当然ながら噂になって、噂に尾ひれがついていく。
やれどこかの貴族の子息であるとか、あるいは王族の側近であるとか、さぞや実力のある兵士であったとか。
ルーフ村を賑わすその噂の真実を知るラトリナは、それらを耳にするとくすくす笑う。
「王も天使も殺せるのだから、竜の一匹や二匹は落とせるでしょう」
そうでしょう、と。
小声で後ろを追従する女に問う。
やたら綺麗な村娘ことゼタは、こくんと頷く。
「マスターの能力ならばドラゴン系統のエネミーは上位種以外単独撃破が可能かと」
「上位種、上位種ですか。ずっと昔は体が宝石で出来た強大な竜もいたそうですが」
本で得た知識だ、それがどの程度に強いかは知らないし、そもそもとっくに絶滅したと書かれていた。
いるなら見て見たい気もする。
「……でも遭遇したらぱくんと食べられちゃう気がしますね。ふふふ」
怖い怖いと冗談めかして呟きつつ、ラトリナはふと足を止める。
一定距離を保って歩いていたゼタも同時に止まり、彼女の視線の先を見れば。
「……新商品、グリーンウルフの肉の香草串焼きはちみつ風味」
その屋台の看板の文字をゼタが淡々と言葉にする。
文字の羅列にラトリナはにやりと笑う。
「ふふ、肉に香草で香り付けしたものを串焼きに。なるほど、ここまではわかります。はちみつ風味? あの甘いのと香草で香りがついた肉? ふふふ、これはなんとも挑戦的」
誰もが思うだろう、絶対にマズいと。
しかも銀貨20枚。高い。
ルーフ村の場合、一般市民の食事はだいたい一食辺り銀貨2枚以下が相場だ。
一日三食で銀貨6枚前後に収めるのが家計を回す基本。勿論、職種などにもよるが。
そんな中であのドロドロした金色の粘液に塗れているうえにちょっと変なにおいのする串焼き肉は銀貨20枚である。
売れ行きは見るからに芳しくない。
なぜそんなものを売るのか。
ラトリナは口ずさむ、挑戦的、と。
「……この場にあれがあって、私がここで見てしまったということは、きっと世界は私に挑戦しろと言っているのですよ。ふふふ」
あのゲテモノに挑め、と。
さてこの場にアルガントムがいたら止めただろう。
しかし現在彼はグリーンドラゴンを討伐したついでに少しあちこち寄り道しながら帰還している真っ最中。
噂話の方が彼より先に帰ってきている有様だ。
そしてその間、ラトリナの護衛を任されているゼタだが、彼女は主の行動が正しいかどうか考えた上で進言するほどのできる子ではない。
つまりこの場にラトリナを止めるものはおらず、そして散策ついでに買い物もしようと出てきた彼女の財布には都合のいいことにちょうど銀貨が20枚入っている。
かくしてゲテモノと少女の戦は開幕し、一口目でギブアップという誰もが予想できた結果がその先に待っていた。
こうして稼いだ分が余計なところで浪費されている事実をアルガントムは知らない。




