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20:魔物の退治も大事な仕事。

 ルーフ村から少し離れた、林の中にある墓地。

 並んだ石碑の文字は時間の流れでほとんど読めなくなっている。

 墓守はすでにおらず、そこに眠る者が誰であるかすら覚えているのは誰もいない。


 その一角、長年誰も使っていなかった管理小屋。

 いまはそこに住民がいる。

 誇りまみれだったテーブルを掃除し、ボロボロの椅子に腰掛けているのはラトリナだ。



「……というわけで、食品や生活必需品の物価からだいたい一ヶ月に銀貨200枚前後あれば人一人が生活するには十分かと。ルーフ村では水はタダのようですし」



 彼女の眼前に座るのはアルガントム。

 ギシギシと危ない音を立てる椅子を不安に思いつつ、銀色は頷く。



「つまりそれだけ稼げるように働けば良い、と。――幸いというか不幸というか、宿代はタダになったしな」



 ため息と共に、墓地の隣にある小屋といういま自分たちが勝手に住み着いている場所の薄暗い内部を見る。

 最低限、人が住むには耐えられるよう掃除や補修はしてあるが、それでもやはり埃っぽい。


 最初はちゃんと冒険者ギルドの二階の宿屋に泊まっていたのだ。

 アルガントムとしては問題はなかった。

 ただ、数日暮らしてラトリナが。



「ここは私には無理です死にます」



 と、目の下のクマが目立つツラで主張してきたのだ。

 曰く、朝から夜まで下の酒場がうるさい、と。


 冒険者ギルドに休みはない。

 職員も冒険者も酒場の店員も交代で休みを取りつつ、常に動き続けている。


 結果、朝も昼も夜も別の誰かが酒場で騒いでいるのが常で、二階の宿屋部分はそれを完全防音できるほど良い建材を使って作られてはいない。

 ゆえに常に騒音と戦うのが新米冒険者の宿命なのだが。



「だいたいのことには耐えられる自信はあります。でも寝れないのは無理です死にます」



 ラトリナにとって睡眠は一番の楽しみだ。

 快適なこれなくして人は生きられない、というか自分は生きられないと断言できる。

 そして彼女が最低限求めるハイレベルな睡眠に必要なモノは多いのだが、静かな環境というのは最優先するべきモノの一つだ。


 だがギルド二階の宿屋にはそれがない。

 最低限の睡眠すら難しい騒音が常にある。


 ゆえに別の宿屋を探すという話になったのだが、そこでラトリナは気づくのだ。

 この地は常にうるさいと。


 朝も昼も夜も、どこかの時間帯に活動する誰かとそれを狙った商人が独自の生活ペースで生きている。

 結果、ルーフ村は休むことなくやかましい。

 この地に住む者はだいたいそれに慣れてしまうのだが、ラトリナは自分には不可能と結論した。


 人は水中で生きられますか?


 ルーフ村はラトリナの生きられる土地ではないのだ。彼女の中では。

 しかしそれならどこへ行く、今のところあてもなく動き回るよりもこの地で暮らして色々と学んだ方がいい、というのがアルガントムの考え。

 ラトリナもそれには同じ意見であった。


 色々な人や文化が集まるから、情報収集や世界の基本を知るには最適なのだ。

 だからルーフ村からそれほど離れておらず、それでいて静かな土地を拠点にしようとなって、その結果。

 お姫様が選んだのは装備の調達に一度訪れた墓地でした。


 まあ確かにルーフ村には近いし、静かだし、人もこなくて色々と拠点にするには便利なのだが。

 いいのかなあ、というのがアルガントムの思うところである。


 ちなみにここを拠点と決める前にあったやりとりだが。



「アルガントムの魔法で家とか作れないのですか?」

「家というか拠点的なのはあるが……最悪問答無用で攻撃される類でもいいか?」

「いいわけないです」



 拠点的なのを召喚する術もアルガントムにはあるのだが、何かと派手すぎることになるので今のところは封印しておく運びとなっている。


 そんなこんなで墓場で暮らすあやしい三人組は、主にラトリナの生活のための収入を得る相談を今日もする。

 アルガントムと、いまは墓地の掃除をしているゼタは食費とかその辺の費用が不要だ。



「そうそう。先日、カーティナさんに、もし良ければ魔物退治の依頼なんかを受けてみるか、と提案されました」



 収入源としては現在も冒険者ギルドを利用している。

 下手に商売なんかを始めるよりも依頼をこなして日銭をもらう方が確実だ。



「新米冒険者には危険なんだろう?」

「らしいですね。ただこの前、畑仕事のお手伝いをしたでしょう?」

「ああ。途中で馬鹿でかい芋虫っぽいのが出てきたな。わりとビジュアルがキツかった」

「その時にあっさりと片付けたのを依頼人のご老人がギルドに報告したそうでして。なかなか腕利きだと。なら簡単な魔物退治を試しにやってみませんか、と」



 魔物退治。

 ギルドに最も持ち込まれる依頼であり、これを安定してこなせるようになれば一人前に一歩近づくと言われている。

 危険が大きい分、荷物運びや畑仕事の手伝いよりも報酬は良い。


 今まで受けなかった理由は、この世界の魔物というのがどの程度に強いのか不明だったからだ。

 それに仕事中のトラブルで遭遇してしまったのが数日前のことで、気が抜けるほどにあっさりと退治できたのだが、そこでアルガントムはちょっとした違和感に気づく。


 この世界の魔物、エンシェントのエネミーに似ている気がする、と。


 エンシェントにクロウラーというエネミーがいた。

 外見は人サイズの芋虫であり、下位のものは低レベルのプレイヤーが経験値稼ぎに倒すくらいの強さ。アルガントムのステータスだと通常攻撃1回で数千回倒せるくらいのダメージを与えて葬れる。

 まあ上位のものはちょっと筆舌に尽くしがたい巨大さとおどろおどろしい外見を持ち、アルガントムすら耐久力を残り一割まで削られるようなものなのだが、それとは別。


 あの芋虫は下位のクロウラーに似ていたのだ。

 この世界の全てがエンシェントと同じかどうかはわからないし、そっくり芋虫も偶然なのかもしれないが、容易く倒せたアレの強さは一つの指標だ。

 ついでにシャトーの護衛で相手をした天使の強さも頭の中で計算に入れつつ、アルガントムはこの世界の魔物の強さというのを少し試してみたいと考える。



「ふむ、わかった。魔物退治の依頼の話、考えておく」

「そうしてください。カーティナさんにはお手柔らかにと言っておきました。ふふふ」

「……その態度からすると君は今日も街中の散策か」

「ええ、お察しの通り。ふふふふふ」



 最近のラトリナは仕事についてこない。

 アルガントムが仕事中、ゼタを護衛につけてあちらこちらを見て回っている。

 戦力的には不足どころか守ることを考えればマイナス、アルガントムもこの世界に少しは慣れてきたので、まあ別に構わないのだが。



「……なんだろうこの俺だけ損している感じ」



 働いて食う飯はうまいと人をコキつかう立場の人間は言うが、働かずとも奢りで食う飯の方がうまいぞ。

 そんな祖父の言葉を思い出して、複雑な気持ちになるアルガントムであった。



「まあ、この体じゃ食事は出来ないが」





 カーティナの中でのアルという冒険者の評価は、布グルグル巻きの不気味な大男から意外と話しやすいヤツくらいに上方修正されている。



「いやーそんでこの前もラトさんが来たんで酒でもどうかと誘ったらノリノリで乗ってきたんすよ」

「俺の知らんところで何やってるんだアイツは」

「で、一緒に飲みました。二人そろって倒れました。いやー酒も飲みすぎは毒っすね!」

「君も君で何をやってるんだ本当に」

「ちなみにその女が倒れた量は小さなコップ一杯分」 



 奥で書類整理をしていた同僚の暴露に余計なこと言ってるんじゃないっすよと抗議しつつ、カーティナは今日も仕事を受けに来たアルとなんてことはない世間話で時間を潰す。



「ちなみにゼタさんは樽ごと飲み干してったんすけどなんなんすかあの人」

「あー、まああんまり普通じゃない人間程度に思っててくれ」

「了解っすー、世界も広いっすからねー。そういえば聞きましたかトランベインの国王が暗殺されたって話。なんか銀色のインセクタが天使を呼んで城ごと吹っ飛ばしたとか」

「……へー」

「いやはやあんまり評判よろしくないとはいえ王様というか豚相手に大胆っすよねー! あ、いまのセリフは兵士さんとかには話さないでくださいね。逮捕はいやっす」

「……悪口くらいで逮捕されるなら暗殺実行した当人はどうなるんだろうな」

「余裕で処刑されそうっすねー、まあ捕まるかはわからないっすけど。いま冒険者ギルドにも力を借りて捜索中とか。私ら下っ端には関係ない話っすけどねー」

「そうだな、関係ないな、うむ」



 冒険者アルはその話は完全に他人事ということにしておく。

 そして余りこの話題を引っ張るとボロが出そうなので、本題を。



「それで、仕事の話なんだが」

「あ、そうでしたそうでした。えーっと、今日は試しに魔物退治の依頼を受けてみるってことでしたっすねー」



 余り普段と変わったようには見えないが、頭をお仕事モードに切り替えたカーティナはカウンターから何枚か書類を取り出す。

 ギルドの掲示板に張ってあるものと変わらない依頼書だ。



「えーっと、とりあえず魔物の脅威度ってもんの説明しとくっすねー」

「脅威度?」

「すげぇ単純に言うとその魔物がどんくらい強いかって話っすよ。下はレベル1から上はレベル5で分けられてるんすけどー」



 例えば、とカーティナは指をくるくる回しながら。



「この前、アルさんが畑仕事のついでに倒した魔物は脅威度レベル1の『グリーンクロウラー』ってヤツっす。んでこのレベル1ってのはだいたい一般人でも駆除可能って感じっすね」

「一般人でも、か」

「あ、勘違いする人が多いんすけど一般人って『村一番の力持ち』とかそういう腕っ節の強い一般人っすからね。さすがにそこらの老人子供じゃあ無理、力自慢がクワ持ってどうにか対処できるって感じの」

「わかった」



 アルの外見上、本当にわかったという表情をしているのかはカーティナからはわからないが、まあ大丈夫と判断しておく。



「んで! 脅威レベル2、この辺から一般人じゃ対処が難しくてギルドに依頼が持ち込まれるようになるんすねー」

「どのくらいの強さなんだ?」

「レベル1の魔物に対処できる一般人が複数名、あるいは訓練した兵士一人か二人が必要な強さ、ってことになってるっす。まあ牙が鋭くすばしっこい狼みたいな魔物がこの辺っすねー」

「なるほど猛獣か」

「ですです、んでレベル3。これはもう一般人には無理なので訓練した兵士を部隊単位で持ってこーいってヤツっすよ。たまに森から降りてくる小型のドラゴン系統の魔物とか」

「単独で相手をするのは無謀か」

「レベル3を単独で倒したらもう冒険者やってないでどっかの国に将軍として仕えた方がいいと思うんすよー。トランベインならたぶん王様の側近になれるっす」



 給料よさそうっすよねーとカーティナは半分冗談交じりに語る。

 半分はマジだ、しがない村娘が結婚できたら玉の輿。いい生活させてもらえそう、と。

 話を戻す。



「そしてレベル4、やっぱり個人じゃ無理なバケモノさんっすね。ただレベル3よりも強いのでそれだけ必要な兵士や兵器も増える、みたいな」

「兵器の使用が前提の相手、か」

「一種の大型ゴーレムとかはこの辺りっすね、投石器でこうずごーんと。まあギルドにはまず依頼はこないっす。ギルドに来るのはレベル3辺りまでの魔物っすねー」

「ふむ。……レベル4でそれならレベル5ってどんなのなんだ?」

「うーん、レベル5はちょっと説明が難しいっす。レベル4より強い魔物はこれってことになるんすけどー、いまんところ噂話や伝説でそういうのがいるってされている存在が分類されてるだけなんっすよね」

「伝説上の存在。よくわからんな」

「例えばセントクルスの神サマが実在したらこの辺になるとは言われてるっす。あとは伝説の巨竜とか。まあ、一応そんな不確かな存在を面白半分に分類するために設定された等級って思っていてくれればいいんすよー」



 どうせいたとしてもギルドにそんなもんの討伐依頼なんて来ないし、とカーティナはけらけら笑う。



「さてここまででご質問はー?」

「はい」

「はいアルさんどうぞー」

「天使、っていうのがいるらしいが。それは分類されるとするとどのレベルなんだ?」

「天使っすかー、セントクルス相手の戦場で遭遇する可能性もあるヤツっすねー。だいたいこれがレベル4、つまり実在が確認されている最大レベルの脅威ってヤツっすよ」

「……天使で最大レベルの脅威、か。なるほどわかった、色々と理解した」

「んー? アルさんはなんかたまにすごいわけわからんこと考えてそうでちょっと不安になるっすねー」

「いやなんでもない気にするな。仕事の話に戻ろう。脅威度ってヤツは理解した」



 あやしーなーと鼻歌みたいに口ずさみつつも、カーティナは説明へと戻る。

 謎の多い冒険者というのは結構いるのだ。



「ギルドに来る依頼書には退治する魔物の名前とその脅威度、あとは数とか土地とかが記載されてるっす。グリーンクロウラー、レベル1、数は3体、林の中に、みたいな感じで。他の魔物の存在とか注意事項があればそれも」

「そこから判断して自分の実力に見合った仕事を選べってことか」

「そうっすねー、まあ街道沿いの林に出たレベル1が数体とかレベル2が単体とか、その辺の依頼が新人さんにはオススメですよー」



 カーティナの言葉に、まだまだ新人に分類されている冒険者は少し考えて、机の上にある依頼書の報酬含めた情報を確認しつつとある依頼に目を留める。



「そうだな、それなら――」

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