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02:王国で一番強い男は意外と大したことはない。

 男は名をゲイノルズという。

 三十代前半、人として最も磨きが掛かった時期の屈強な肉体。

 身に纏うのはトランベイン王国の騎士の鎧であり、兜は視界にジャマだとつけていない。

 本来は兜を含めて一式を身に着けるのが規則なのだが、ゲイノルズに関してはそうしてもいいと王から直々の許可が出ているのだ。


 特別扱いの理由は単純で、ゲイノルズ自身の実力である。

 上級貴族の出身であり、戦場で無数の敵を切り伏せた剣の腕も兼ね備える名実共にのツワモノだ。

 王国最強の剣は、同時に王城にて王を守る最後の盾でもある。


 ゲイノルズはアルガントムと名乗った人型の虫みたいな銀色に対し、王の盾となるように歩み出る。

 顔は見下す冷たい目と凶悪な笑み。

 言葉を向けるのは背後にいる主君だ。



「陛下、やはりこの秘術はあんまりアテにならないんじゃないですかねえ? 召喚される連中、全員こんなのですよ」



 王は絶対の信頼を置くその後姿に苦笑しつつも返答する。



「すでに試すこと十何度目か……確かに使いようのある勇者など現れないな。これならこの術に使う費用は別のことに使った方がマシかもしれん」

「実験にしては金がかかりすぎですよ。もう兵士千人分は損してますぜ」

「うむ、まあ確かにそうだが……しかしゲイノルズ。お前の腕試しの相手としてはちょうどいいのではないか?」



 確かに、とゲイノルズは笑う。

 それなりの実力を持った魔法使いや、そこそこの業物を手にした剣士。

 秘術で召喚されてくるのはいずれも強豪揃いだった。

 このクラスの相手と命を賭けて全力勝負できる機会は滅多にないというくらいに。


 腕試しにちょうどいい、王の言葉はその通りだ。

 目の前の虫人も、いままで同様に強いのだろうと確信している。

 こいつとの戦いで自分はまた強くなるのだろうと、己の実力の可能性に酔いしれて。



「さて、アルなんとかとやら。陛下に対する無礼と戦働きの光栄を拒んだ罪、それとこれから玉座の間をきたねえ血で汚すことを考えると死刑が妥当だ。構えろよ」

「勝手に言ってろ肉ダルマ」



 アルガントムは構えすらしない。

 余裕のあるという態度を崩さない。

 いままで召喚された連中と同じである。自分の実力を過信している愚かな姿だと、その身の程知らずにゲイノルズは内心で笑い転げそうになった。


 まあ王の前だ、真面目にいこう、そしてそれなりに楽しい見世物にしなくては。

 ゲイノルズは腰にぶら下げた布袋を手に取る。

 ジャラジャラと音を立てる袋の中身は硬貨だ。


 ゲイノルズは魔法の使い手でもある。

 下は一級から上は五級まで分類された魔法の、うち三級魔法。

 コレを使えれば一流の魔法使いであり、戦場では魔法のみの威力で名を轟かせることもできるであろう、そして四級以上の魔法を個人で使えるのがごく僅かなものたちであることを考慮すれば――ゲイノルズは剣士であると同時に、間違いなく一流の魔法使いなのだ。


 ただ魔法を使うには何者であっても例外なく対価が必要である。

 対価とはそのまま金だ。

 金や銀、宝石などに含まれる魔力。

 それを支払って発動させる力が魔法。

 世界中の金貨や銀貨はこの魔力量を基準に作られており、例えば三級魔法を使うなら金貨10枚分の魔力を支払う必要がある。

 元々は魔法使いたちが使っていた硬貨をあとから物々交換の経済に価値持つものとして組み込んだから、硬貨は供物として使うのが本来正しい姿なのだが、それはともかく。


 片手に持った袋を魔法の対価として準備しつつ、もう一方の手でゲイノルズが抜いた剣。

 それはトランベイン王国に伝わる神剣だ。

 かつて竜を討ち取ったという伝説を持つ、竜殺しの剣。

 代々、国王が最も信頼する騎士に持たせてきた一級の業物。


 世界中を探してもこれほどの刃は十本とない、それを使って多数の敵の首級をあげたゲイノズルだからこそわかる。

 剣の輝きを見せ付けるようにアルガントムに突きつけて、ゲイノルズは宣言する。



「一流の魔法と一流の剣の合わせ技だ。この世界で最も強い力の一角を見せてやるぜ。ありがたく思え」



 ゲイノルズが硬貨の袋を頭上に向けて放り投げる。

 それが落下を始める前に、空へ向かって一閃。


 真っ二つになった袋の中から、数十枚の硬貨がばら撒かれた。

 ゲイノルズは落ちてくる硬貨の中から金貨十枚を受け止める。

 握られた拳の中、金貨は眩い輝きを放ちながら消滅し、魔力となって変換されていく。


 その魔力が零れぬうちに、輝く手はもう片手に持った剣へと。

 ゆっくりと刀身に魔力を塗り込めば、一級の剣は魔法の力を宿した魔剣へと変貌した。



「陛下、また例によって壁に大穴が開きますが……お許しください」

「構わん、存分に」



 退避を始めたのは玉座の間にいた騎士たちだ。

 ゲイノルズの前方、アルガントムを中心に置くよう広がる扇状。

 彼らはその死の間合いから外れ、ゲイノルズよりも後方へと移動する。


 この状況に至って、アルガントムはまったく動いていなかった。

 いままでの相手ならば危険を察して盾を構える準備をするなり、魔法で壁を作るなり、なんらかの防御態勢を取っていたのだが。


 もしや目の前の相手は同種の獲物としては過去最弱ではないかとゲイノルズは予感する。

 唯一の反応は言葉だ。



「魔法……この世界の魔法も、ゲーム内通貨ってヤツで発動するのか」

「あァ? ……そういや前の魔法使いも手から出した硬貨を対価に魔法を使ってたな。ハッ、さすが近しい法則の世界! お前らの世界とこの世界の魔法は同種か」



 ならばこそ、余計にゲイノルズは目の前の相手が弱者に見える。

 同じ魔法のある世界の出身で、この魔力の高まりを前にして、それでも一切の対応を取らないというのは、鈍感で無知だ。

 荒ぶる猛獣を前にして逃げも隠れもせず、ただぼーっと突っ立ってるだけの、危険に気づくことすらできない愚か者だ。


 そして猛獣は、相手が無知で愚かな存在であろうと容赦なく食い殺す。

 ゲイノルズが剣を振りかぶり。



「魔剣技ッ! ハイストーム・ソード!」



 軍勢をも横一文字に両断する風の刃を、アルガントムに向かって叩きつけた。

 破壊力は横薙ぎに広がっていく。

 左右の壁を砕き、調度品を切り裂き、前方の銀色を両断せしめる死の領域。

 その一端がアルガントムに直撃した。


 そしてゲイノルズは見る。

 キィン、と甲高い音を立てて、剣が鎧に容易く弾かれたかのように、必殺が打ち消されたのを。



「……は?」



 剣を振り切った姿勢、半笑いの表情で固まったゲイノルズは、我が眼を疑う。

 確かにアルガントムに必殺の一撃は直撃した。

 だが両断するはずの一撃が、逆に防がれ弾かれ威力を殺され滅された。

 そして威力を受けたアルガントムは。



「む、なんだ、超ごく少しわずかに痛い。なんだこれ、ゲーム用の痛覚遮断が利いていないのか?」



 かすかに感じた痛みに首を傾げている。

 必殺の一撃がどうとか、そんなことは眼中にないようだった。

 馬鹿な、ありえないと幻惑を振り払うようにゲイノルズは事実から目を逸らし、地面に落ちている金貨の余りをまた十枚ほど拾い上げた。

 先ほどと同じように拳の中で魔力に変換し、剣に魔力を宿して、振るう。



「ハイストーム・ソード!」



 結果は変わらない。

 必殺はアルガントムを殺せない。



「どうなっている!?」



 そしてその力を強大な戦力として見てきた王こそが、信じられぬと叫び声をあげた。

 他の騎士たちも同様、世界最強と信じた男の必殺がまるで効いていないという現実に動揺を隠せない。



「ゲイノルズ! 手を抜いたのか!」



 そんなことはないと、ゲイノルズは言葉もなく振り返り、首を横に振った。

 誰もが状況を理解していない中で、答えたのはアルガントムだ。



「お陰で色々と理解できてきたが……痛覚が鋭くなっている。ダイブゲームなら剣で斬りつけられても裁縫中に指を針で刺してしまったというほどの苦痛すら感じないわけだから、いまこの場はダイブゲームではない」



 ゆえに信じられない話だが現実と、アルガントムは結論する。



「しかし現実なら魔法が使えることや、このアバターが手足となっているのはおかしいから……そのまま現実という訳でもない。少なくともここは現代日本という場所の法則で動いていない」



 ゆえに信じられない話だが異世界という現実であると、アルガントムは認めた。



「そして、ゲイノルズ、っていうのか。あんたの魔法と剣とやらが、例えばそれが最強の力なのだとしたら……腹を抱えて笑い転げるぞ」



 馬鹿にされた屈辱よりも、未知の恐怖がゲイノルズを侵食する。

 あの必殺の威力を受けて無傷。それどころか嘲笑までする存在。



「な、なんなんだ、オマエ」

「アルガントムと名乗ったろう。エンシェントのアバターで、まあそれなりに最上位の方のプレイヤーのソレで……」



 ふとアルガントムが手を横に伸ばす。

 ぴんと指先まで張った腕。

 その掌から輝きがあふれ出す。


 金貨だ。

 ゲイノルズが使ったものと似ている。

 同じくらいの大きさで、輝きはそれほど変わっていない金貨。

 それがアルガントムの掌から黄金の滝のように溢れ出しているのだ。


 地面に向かって零れた金貨は、中空に現れた魔法陣へと吸い込まれていく。

 十枚、百枚、それ以上。

 魔法陣へと消えていく金貨は、果たしてどれほどの額になるのかゲイノルズには想像もつかない。

 金貨を食わせながらアルガントムが言う。



「近しい異世界、なるほどエンシェントと同じ魔法が使えるようだし、それはつまりエンシェントで『アルガントム』が持っていた力をそのまま使えるということでもあるらしい」



 ゲイノルズは全てを理解できない、アルガントムがいま行っている行動の意味を。



「エンシェントの世界にいるプレイヤーは大きく分けて二種類だ。無課金で限界まで鍛えた強者と」



 この場の者は知らないが、今までにトランベインに召喚された強者がそちら側。



「そして――課金アイテムでステータスをドーピングし、さらに課金アイテムや課金ガチャのアタリに課金で交換できるゲーム内通過をバカみたいにぶち込んで課金前提のエンドコンテンツすらぶっ潰した金で強さを買った強者」



 アルガントムはそちら側だ。

 かつて銀四郎がエンシェントにログインするや数十万円を使って有料アイテムを纏め買いし、MPことマネーポイントと呼ばれる莫大な魔力消費を補うためにゲーム内通貨を現金と交換して完成した財力の暴力。

 それを支えるのは生半可な課金額ではない。


 祖父と一緒に遊ぶ時、このアルガントムのバグったような強さを見るたびに、凄まじい、羨ましいと思っていた。

 それをふと口にした時、生前の祖父が残した言葉。

 自分が死んだら『アルガントム』はお前にくれてやる、と。


 ならば試してみたい。



「――この、金の力の一端を」

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