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19:王族はまとまらない。

 トランベイン王城、会議室。

 調度品や絵画、椅子や扉に至るまで贅沢を尽くした輝きだらけの一室。

 巨大な円卓を囲むのは六人の男たちだ。


 かつては王が座っていた上座の席。



「まだ父上を殺した虫は見つからんのか!」



 そこに座るのは太い体に顎のヒゲ、生前の国王の印象を色濃く受け継いだ男だ。

 トランベイン十五世と第一王妃の間に生まれた長男、順当に考えれば正当な王位継承者、つまりは次期国王。

 今はまだ暗殺された国王の代理という地位に収まってはいるが、すでに気持ちは王のそれだ。



「兄上、やはり賊は他国に逃げたのでは? 国内を探してもいまだ見つからないとなると……」

「いや待て、山や森、未開の地に隠れている可能性があろう」

「魔物の多い領域に兵を派遣するのは危険が……」

「それよりも再び王城が襲われた時に対する備えをだな……」



 長男に媚を売るように発言する四人はいずれも彼の弟たちである。

 自分の立場をわかっているというか、最も力を持つものが誰かを弁えた立ち回りは兄弟というよりは家臣のそれに近い。


 王と家臣の五人が会議を踊らせる一方で、一人黙々と考え込む男。

 社交場に出れば次々と女たちが寄ってくるような整った顔を持つ、母親似の王子。

 美しい顔にはシワをつけぬよう注意しつつも軽く目を細め、彼、エルガル・トランベインは現在の状況というものを整理する。


 国王が死んだ。

 犯人は銀色のインセクタ、どうにも父が秘術で異界から呼んだものらしいという証言を王国の魔法使いや目撃した兵たちから得ている。

 それと六本羽の天使を連れていた、という話も。



(……今は、そんなに重要ではないな)



 エルガルは思うのだ。

 いまは犯人探しよりも権力争いに力を入れるべき時であると。


 父親に対する彼の想いは乾いたものだ。

 下級貴族出身の母、そして自分に対する冷遇の数々はいくらでも思い出せる。


 自分が一番愛した女とその子供に愛情を注いだがゆえの無意識の冷遇ではあったのだが、エルガルからすれば知ったことではない。

 だから父が死んだことに対して兄のように悲しみも憎しみも抱けないというのが本音。

 息子として一応はそれらしく振舞っているが、いつまでも続けるつもりはない。


 そんなことより力の話だ。

 王国内で自分を支持する貴族や将兵の派閥。


 はっきり言ってその勢力は大きくない。

 次期国王候補として筆頭であった長男と、その下でいい目を見ようという他の兄弟連中。

 そちらにつく権力者の方が圧倒的に多い。

 単純に長男に対して戦争をふっかければ簡単に潰される、その程度のものだ。


 しかし父の死に方が殺害されるというものであったお陰で、エルガルにとっては幸運なことに長男は現在政治的なことが眼中にない。

 国王を殺害するような賊がその辺をうろついているのでは夜も安心して眠れないらしい。



(国崩しを企むならもっと積極的に王族を殺害しに来ると思うんだがね)



 銀色のインセクタは王国で最強の兵であったゲイノルズをも容易く葬っている。

 それほどの力を持つなら逃亡してどこかに潜伏という動き方は消極的だ。

 エルガルがもしも相手の立場だったら国王を殺したその足で王族を皆殺しにして国を乗っ取りにかかっている。


 まあ王族を殺した程度では敵対勢力の反乱は止められないだろうし、民衆の一部から不満も出るだろうから、それを見越して土台を作っているのか。

 あるいは強大な力になんらかの制限があるのか。

 考えたところで本人に聞かねばわからぬだろう、ゆえにエルガルはそれらを思考から外す。


 そして考えるのは、王位というものを長男から掠め取る方法だ。

 この父親似のバカが国を治める器足りえるか、エルガルの答えは否である。


 長男は父親同様の政治方針を採るだろう。

 すなわち三国での戦争継続、それに伴う経済活性化。


 それでメシを食ってる上流階級が多いのだから、それが継続されるよう動いて支持を集めるのは当然だ。

 しかしエルガルはこの方針で国を運営するのは無理があると考えている。


 国家の一番下、土台を支える民衆への負担が大きすぎるのだ。

 戦争のための徴兵や重税、それによって失われる国民の数。



(民に優しい国づくり、なんて柄でもないがね。……国民すら死滅した国の権力者、なんて、なったところでどうなるものか)



 国力が衰えてセントクルスやレグレスに侵略されるのもおもしろくない。

 そこでエルガルなりに色々と考えているが、どう動くにしても権力というものは必須であり、どう考えても自分の上にいる次期国王サマは邪魔でしかないのだ。


 だから考える、その地位を奪う方法を。

 自分の勢力を拡大させる方法を。


 まあ他の兄弟が喚くようにして話し合う銀色のインセクタの捕縛処刑の云々同様、即座に結果を出せることでもないのだが。

 会議室は今日も無意味に騒がしい。





 結局はまとまらない会議から自室に戻る途中、エルガルはその女に遭遇した。

 エルガルの姿を見つけると、彼女は待っていたとばかりにその勝気そうな目でギロリと視線をぶつけてくる。



「エルガル兄さん! まだ私に父上殺しの犯人の捕縛命令は出ないのですか!」



 またその話題かと、エルガルは露骨に嫌そうな顔で目を背けた。

 長い髪を後ろで束ね、王族らしい豪華さと戦場向けの動きやすさを両立させた赤い鎧姿の彼女。

 名をリザイア・トランベインと言う。愛称はリジーだ。


 トランベイン王家において女の子供というのは余り重要視されていない。

 せいぜい有力な貴族に嫁がせて王家とのつながりを強化するのに使われる程度だ。


 しかしリジーはどうにもそう使われるのがイヤだったらしい。

 個人的に訓練を重ね、剣の腕を磨き、男にも負けぬ武勲を示そうと活動して。



「私が出ればインセクタの一人や二人、すぐさま捕らえてみせます!」



 剣を抜いて天に向かって吼える彼女は、まああんまりお勉強をしなかった反動か、エルガルからするとちょっと苦手なレベルで直情的すぎるのだ。

 そしてそのまっすぐすぎる要望の相談相手となるのは、いつだってエルガルである。

 幼い時から他の男兄弟に比べ仲が良かった影響だが、できることなら過去に戻って昔の自分に腹違いの妹にお勉強させるようにと助言したい。

 ため息を吐きながら、エルガルはいつものように妹に言い聞かせる。



「リジー、だから王族が真っ先に動いたら面倒なんだと何回言わせるつもりだい? 貴族連中の目だの色々とあるんだよ」

「しかし兄さん! 父上が殺されたのですよ! 主君の仇を討ってこそ騎士!」

「騎士以前に一応はお姫様だということを思い出そうかとりあえず?」



 しかし、と引く気配のないリジーに対し、エルガルは少し意地悪いことを口にする。



「リジー、正直に答えて欲しいんだが。……君は父上がそんなに好きじゃあなかっただろう?」

「……ッ! そ、そんなことは」

「昔っから君を支えていたのは父親に対する親子愛ではなく、実の母親が病気で死んだ日にも別の王妃のところに行ってたアレに対する憎悪とかだ」

「違います!」

「素直なお父さんっ子なら父上の言うがままにどっかの家に嫁いでいただろうさ。戦働きを望むような男勝りにはならずに」



 それ以上にリジーからの反論は飛んでこない。

 彼女だって自覚しているのだろう、自分が父親のことを好いていなかったと。

 エルガルは昔からさんざん妹の父親に対する陰口を聞かされ続けているのだ、その性質はだいたい理解している。



「父親の仇が討ちたいなんてのは口実で、本当は自分の腕を試したいってところだろう」

「……それは」



 図星であると、うつむく彼女の表情が語っている。



(……さて、どうするかね)



 エルガルは少し考える。

 このままでいいのか、と。

 悲しそうな妹の表情に多少なりとも痛める心くらいはエルガルにだってある。


 しかし王族が出陣して犯人探し、なんて正直なところ面倒ごとにしかならないのは目に見えているのだ。

 例えば本当に捕まえてきちゃったとしよう、そうなると彼女を支持する勢力が出てくる。

 当然、長男はそれをよく思わない。権力争い勃発だ。

 すでに政治的争いに身を投じているエルガルからすると余計な勢力が増えるのは避けたい。


 そして高確率でこうなるだろうが、彼女が犯人の捕獲に失敗したとしよう。

 王族のクセに無能だのなんだの、その失敗は彼女だけでなく王族の名に泥を塗ることになる。

 恐らくあの長男はそれに怒り、彼女に責任を取らせて誇り高く自害しろとか言い出す。

 妹がそんなバカみたいな理由で死ぬのは許容しがたい。



(しかし、何もさせずに放っておくのもそれはそれで、か)



 リジーは馬鹿だ、ストレスを溜め込むと最悪暴走する。

 昔からそれを制御するために適度に発散の場を用意してやるのはエルガルの役目だったが、どうやら今回もそれが必要らしい。


 ただ昔のように木製の鎧を着せたぬいぐるみ兵士を用意して戦ってろ、でごまかすのはさすがに無理だろうが。

 彼女だってもう十代の後半。とっくに成人済みの大人ではあるのだ。馬鹿だが。


 エルガルは考える。

 リジーが動くと面倒なのは、王族だからだ。

 ならば身分を隠して動くのはどうか。



「……リジー、もし本当にその気があるなら、だが。条件付で動くのを許可してもいい」

「……えっ!?」



 一瞬の驚きの後、その表情が明るくなる。

 女に耐性のない貴族の息子なら一撃で落とされそうな笑顔だ。母親似。



「お、お任せください! 必ずやエルガル兄さんの望む成果をあげてみせます!」

「望むのは大人しくしていてくれることなんだが……ああいやなんでもない、こっちの話だ。それで条件だが、まあ王族という身分を隠して動いてもらいたい」

「身分を隠す?」



 首を傾げるリジーに、エルガルは頷き。



「えー、っと……そう、例えば王族がその辺を出歩いていたら民が不安になったり気を使ったりするだろう?」

「な、なるほど。確かに」

「幸い僕らみたいな男連中と違って王女たちは余り外に顔を知られていない。隠そうと思えばできるはずだ」

「わかりました兄さん! その条件下で必ずや賊を捕らえてみせましょう!」



 宣言すると嵐のようにどたばたと走り去っていくリジー。

 色々と注意させたいことはあるのだが、まあ言ってもどうせ半分くらいは忘れそうだとエルガルは追うのを諦めた。


 彼女が銀色のインセクタの捕獲に成功しようと失敗しようと、公表しないで済むようエルガルがうまく揉み消せばいいだけだ。

 ただ、余り下手な行動を取られても困るし、外で賊に負けて彼女が死ぬのも望まない。



「さて、護衛を誰かに頼まないといかんかね。これは」



 まあ王国で一番強かった騎士を消失させるような相手だ、生半可な武勇の兵士では歯が立たないだろう。

 そこそこ腕はあり、出来るだけかしこく立ち回ってくれそうなものを。

 さて誰がいいかと頭の中で人材を選びつつ、エルガルは自室へと戻る。

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