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18:隣村という名前の隣村。

 ルーフ村の隣村。

 その村はそう呼ばれている。


 村の正式な名前がない、というのはそんなに珍しいことではない。

 流浪の民がそれなりに資源の豊富な場所に家を作って住み始める。よくある話だ。

 そうして生活しているうちに子供ができたり、移民してくる者がいたりして人が増える。


 気がついたら規模が大きくなり、国の役人が税やらなにやらを取り立てようとやってきて、住民はそこで初めて気がつく。

 ああ、村になっているのか、と。


 そこで村の名前というものが書類上必要になってくるのだが、なにせほとんどの住民は生活に手一杯で自分たちの村の名前なんて気にしたこともない。

 長老とか、そういう纏め役が地名を決める必要があるのだが、そんなにぽんと思いつくものでもない。

 そして名前も決まらぬままとりあえず国家のシステムに組み込まれてしまう。


 いつか誰かが名前を思いついたら名づけるだろう、そのくらいの認識で命名が先送りになっている。

 だが呼び名がないのも不便だと思った人々が、とりあえず近くの村との位置関係から名前を借りて、ルーフ村の隣村、と。

 ちなみにルーフ村の隣村と適当に呼ばれる集落は他にも何箇所かあったりする。


 そしてそんな適当な名前でも問題なしと判断されるくらい小さな村だ、旅人も滅多に訪れない。

 商人だって客が少ない場所にはやってこない。



「――だから、逆にそういう未だ市場のない場所に目を向けてみれば、新たな商売になるんじゃないかと思ってね」



 シャトーはそういう考えで僻地に物を運んで売っているのだと、隣にちょこんと座する少女に語る。

 歩きつかれた、そんな理由で馬車に乗っていいかと聞いて快諾されその通りにさせてもらっている運動不足な彼女は、理由を聞いて納得したと頷く。



「なるほど、そういう商売の仕方もあるのですね。……儲かるんですか、ソレ」

「あっはっは、いまのところはギリギリ生活できるくらいさ。まあ余り急ぐ年齢でもないからね」



 のんびりやるさとシャトーは笑う。



「逆に、聞いてもいいかい?」

「答えられることであれば。ふふ」



 にっこりと笑うラトリナ。

 シャトーは数刻前の、もはや一方的とも呼べるような少数による多数の蹂躙を思い出し僅かに震えつつ。



「ラトさんたちは、なんで冒険者を? アレだけの力があるなら、例えば兵士になれば戦場の武勲で名を上げられると思うんだけど」

「あまり戦地での名声には興味がないのですよ、いまのところ」

「なら……探している伝説の宝でもあるとか?」

「それもいまのところはないですね」

「ふむ。冒険者というのはだいたいが夢とか野望をもってなるものだと思っていたんだけど、君たちは違うのかい」

「そうですね。どちらかといえば、夢も野望もないから、とりあえず生活のために冒険者になった、という感じです」

「あっはっは、夢も野望もないからとりあえず冒険者、か。なるほどなるほど」



 ガタガタと馬車に揺られながら、シャトーはそれならと軽い調子で提案する。



「なんなら僕に雇われてみるかい? 大した給料は出せないけど」

「専属の護衛、ということですか。……ちょっと魅力的ではありますが、今はまだやめておきます」

「おっと残念。理由を聞いても?」

「まだ色々と世界を見てみたいのですよ。色んな場所で色んなものを見て、そうして自分の目的というものを見つけてみたい。だから誰かに仕えるという生き方はまだ望みません」



 しかし、と。



「もし見つからなかったら、その時はシャトーさんの護衛となるのもいいかもしれませんね。ふふ」

「なるほどわかった。その時は歓迎するさ、あっはっは!」



 そんな話をしているうちに、目的の村が見えてくる。

 シャトーの語ったとおりの、ど田舎だ。

 門のような明確な入り口すらない村に到着すると、シャトーは馬車を止め。



「おぉ、シャトーさん。きてくれたのかい」



 その姿を見つけた村人がのんびりと寄って来る。

 老人だ。

 老いてもまだまだ元気、畑仕事に精を出していた男。

 シャトーは彼に笑顔を返す。



「どうも、お久しぶりです。また色々と注文されてた品を持ってきましたよ」

「いつもすまんね、こっちまで来るのも大変だろうに」

「いえいえ商売ですからこのくらい。あっはっは!」



 世間話の後、シャトーは老人やその他の村人と商談を始める。

 ちょっとおまけするとか、それならこっちはお金とついでにこの前村で取れた野菜をもってけとか、そんな感じのほのぼのとしたものだ。


 商談中、やることがない四人。

 アルガントム、ラトリナ、ゼタ、グリム。

 暇な時間の過ごし方はそれぞれだ。


 シャトーから商品を包んだりするのに使う布を貰い、姿を以前同様の布巻き人間に戻したアルガントム。

 彼とグリムは同じような状況になっている。



「グリムお兄ちゃん遊んでー!」

「……チッ。ガキは寝てろ」

「そんなこと言わないでさー、また森に虫取りいこ!」

「……森は危ねえからガキだけで行くなって言っただろ」

「だからグリムお兄ちゃん一緒に行こー!」



 グリムはどうにも子供に懐かれる。

 彼自身がなんでだと舌打ちしたくなるくらいに。


 同様に、初めてこの村に来たアルガントムも。



「にーちゃんでっけーな!」

「まあ、それなりにな」

「なに食ったらそうなるんだ?」

「さあな」

「俺もそんくらいでっかくなれっかな!」

「知らん」



 なぜか子供に懐かれていた。

 子供の力で布をぐいぐいと、体を右に左に引っ張られる。

 子供が好きか嫌いかといえば後者だが、子供相手にガチで苛立ち喧嘩をするほどアルガントムは自分の器は小さくないと思いたい。

 なので多少の狼藉は我慢してやりつつ、しかしため息くらいは吐かせてもらう。



「……なんでこうも無駄に人気なんだ俺は」



 二人が子供に囲まれるなら、ゼタは主婦の皆さんに包囲されていた。



「あらまああなた綺麗ねえ歳はいくつ?」

「年齢というものは私には――」

「ばっかあんた女の子に年齢の話はタブーでしょ! それよりそのお肌! すべっすべねえ、なんか綺麗にする秘訣とかあるの?」

「この体は――」

「聞いたところで木の表面みたいな肌のあたしらが何かしたって手遅れよ」

「うっさい! 体は老いてもまだ心は十代なの!」

「あの――」



 質問される、答えようとする、その前に新たな話題が始まる。

 かしましいを通り越した怒涛の会話のペースにゼタはまったくついていけない。

 深い意味なんてないからこその速度で回る言葉を一つ一つ頭の中で整理して考え声に出そうとするから間に合わない、それに気づけるほどゼタの頭は臨機応変にできていなかった。


 心の中で呟く。

 助けてください、マスター。

 そのマスターも子供に囲まれていて助けを呼びたくなっているような状況なのだが。


 そんな光景を眺めながら、ご老人方にお一ついかがと進められた野菜の漬物をかじりながらラトリナは思う。



「平和ですねー」



 共に漬物をかじる老人たちが頷く。



「そうじゃのー」





 行きが面倒だった分、帰りはあっさりとしたものだ。

 隣村からルーフ村へ向かった時と同じ道を、同じように引き返したシャトーの馬車。


 ルーフ村の壁の外側、他の商人や旅人のものであろう馬車が纏まって止められている区画。

 馬小屋も併設されており、シャトーは自分の馬をそちらへと移し、隣村で買い込んだ少量の農作物を載せている荷台の方には布を被せ、一息。

 軽く額の汗を拭うと、自分が雇った冒険者たちの元へと向かう。


 彼らが待っているのはルーフ村の壁の中、広場だ。


 その中央にある噴水は、地下の水を汲み上げるための水流操作の魔法で動いている。


 本来は魔法使いがその身を発動のための装置として使う魔法を、意思のない物質に組み込むのは難しい。

 非常に高度な精神的技術を持つ魔法使いならば魔法を剣や鎧に宿すことも可能とは言われているが、はっきり言って現代にこれを行える者がいるかは誰もわからないような失われた技術だ。


 一方でこの噴水は単純な意思を持つ植物系の魔物に水流操作の魔法を教え、それを地下に根を張る土台として埋め込み、その上に彫刻が施された噴水を設置、という風にして作られている。

 魔物は人間よりも魔力を取り込む力に長けており、硬貨や宝石という魔力を溜め込んだ結晶がなくとも必要な力は自然の中から吸収して賄うことが可能だ。


 その性質に目をつけた最新の技術。

 他にも食堂の調理場に熱量発生の魔法を覚えた大人しい魔物を組み込むなど、様々な試みが行われている。

 ただ魔物という人の思うとおりに動くとは限らない存在を用いる技術性質上、危険性もあるので広く使われているわけではないが。


 未だ世界に多く存在しない最先端技術の結晶が地下から汲み上げ溜め込んでいる水、その水面をラトリナは指先でつついて発生する波紋を楽しむ。



「これいいですね。涼しげで。私の部屋にも欲しいものです」

「そんなものが部屋にあったら湿気で本やらなにやらえらいことになると思うが」



 元々の世界では噴水が珍しいものというわけでもないアルガントムの反応は淡白だ。

 まあどういう技術で動いているのかは少し気になってはいるのだが。電気ポンプなんてものがあるのだろうか、と。


 ゼタは噴水を中央に花弁のように広がる広場の外周、そこに並ぶ屋台の商品を興味があるのかないのかわかりにくい無表情で見学して歩いている。

 そのいまいち感情の掴みにくい顔に、お店の人は興味があるならと声をかけるべきかどうかなのかと、なんだかやりにくそうだった。


 そして彼らののんびりとした一面を横目で眺めつつ、一方で異常なまでの強さも見ているグリムは無言で考え込んでいる。

 何者なのか、正体は気になっているのだが、しかし下手に藪を突っつくのも躊躇われる。

 この藪から出てくるのは蛇どころか、軍団一つを滅ぼすような脅威だ。



「あっはっは、いやごめん馬がちょっと暴れてね! おまたせおまたせ!」



 グリムの思考を中断させるのは、気楽な笑い声。

 シャトーが手を振りながら歩いてくる。



「いやーおかげさまで何事もなくとは言えないけれど、無事に帰ってこれた! ありがたいありがたい!」

「ふふ、まあお仕事ですから」

「ラトさんたちには荷物番どころじゃなく働いてもらっちゃったね。だから報酬はちょっと上乗せしておくよ、気持ちばかりだけれど」



 シャトーは本来の額にちょっと色をつけた程度の銀貨をラトに手渡す。

 彼女はくすくす笑いつつ、それを受け取りマントの下から取り出した布袋の中へと。



「ふふふ、それではありがたく受け取っておきますね」

「ああ、おつかれ! また次の機会があったらよろしく!」

「ええ、こちらこそ。ふふふふふ。……アル、ゼタ、行きましょうか」



 彼女は報酬を受け取ると、目立つ二人を呼んで引き連れ、人混みの中へと消えていく。

 姿が見えなくなったのを確認すると、シャトーは頭をかきながらグリムに言う。



「……何者なんだろうね、彼ら」

「さあな。まあ、敵に回らないことを祈るだけだ」

「ああ、友好関係でいきたいね。さてグリム、無事に帰ってこられたことだし夕飯でも食べに行くかい」

「奢りならな。それと報酬分は別だ」

「……チッ」

「いま舌打ちしたな? 安いメシで少し報酬をごまかそうとしたな?」

「いや気のせいだろうさ? あっはっは」



 寡黙な男とよく笑う商人もまた、人混みの中へと混じっていった。

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