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16:四属性も使える。

 ほとんどの敵を引きつけてくれている味方がいるから、グリムの側に向かってくる兵士は彼一人の力で事足りる程度に少数だ。

 鎧に類する硬度を纏う存在を文字通り叩き切るための片刃剣は、セントクルスの兵士たちを次々と切り伏せていく。



「ふんッ!」



 左肩から胴体までを袈裟切られ、また一つ死体が足元に転がる。

 血溜まりに浮かぶそれを見下ろしながら、額の汗を拭う。



「次から次へと」



 多少は周囲を見渡す余裕もある。

 シャトーの方へ走っていく兵士の姿が見えた。

 側にはラトなる少女もおり、彼女に戦う力があるように見えるかと問われれば否。



「ちっ!」



 剣の背を肩に乗せ、グリムは走る。

 間に合うか、いや間に合わせる。

 守って見せると、担いだ剣の柄を両手で掴んで。



「でえいッ!」



 振り下ろす勢いをつけて手を離し、投げた。

 投擲された剣の刃はそのまま敵兵の頭を横に割る。

 得物をめり込ませたまま横倒しになる死体を見て、その後に続く他の兵士を確認し、舌打ち。


 グリムの武器は、いま手元から離れたあの剣のみなのだ。

 以降の兵士がシャトーたちを攻撃するのを止める術がない。



(間にあわねえ!)



 敵意の槍が貫こうとするのは護衛対象であり、戦う力を持たない人間だ。

 やめろ、と。

 叫んだところで敵が止まるわけがないのだが。



「護衛対象の安全を確保」



 しかし敵は止まっていた。

 横合いから伸びた手が槍を掴み、訓練された兵士の一突きを完全に停止させている。

 その細い手の主はゼタであり、一撃を止められた兵士の頭部をじっと無機質な瞳で見つめていた。

 何か感情があるようには見えない、ただの目。


 そこには道端の虫を踏むか踏まないか考えるほどの思考もない。

 たった一言の命令待ちだ。



「マスター、敵勢勢力は護衛目標に対し脅威であると判断します。許可を頂ければ排除しますが」



 アルガントムは敏感にその言葉を聞き、そしてこう返す。



「目立たぬ程度にやってよし!」



 命令を得たならば、それを遂行するのがゼタだ。



「了解。目立たぬ程度に排除します」



 宣言通りの地味な攻撃だ。

 槍を軽くへし折り、手首を回転させその刃のついた側を槍の持ち主へと向けて、兜の隙間に突き刺す。

 地味で目立たないが確実だ。



「恐れるなッ! 相手は単なる邪悪のメスぞ!」



 セントクルスの兵たちは、ゼタに槍を向けるが。



「護衛目標に対しては十分ですが……私に対しては脅威足りえません」



 淡々と、彼女の細腕が左右一人ずつ、二人の兵士の首を掴む。

 中身の折れた音が響き、糸の切れた人形のように骸はその場に崩れ落ちる。

 隙だらけの行動の合間には幾度も槍の穂先がぶつけられているのだが、刃は彼女に通らない。



(あの女もあの女でなんなんだ)



 外見はただの、ちょっと綺麗なだけの村娘。

 それが多数の兵士を一捻りで骸に変えていく。

 グリムは己の武器を死体から引き抜き、再び構えつつ、ゼタに問う。



「お前はなんなんだ!」



 ゼタは何を聞くのかと不思議そうに、そしてさも当然と言わんばかりに。



「私はマスターのしもべですが」



 マスター、ラトのことかとグリムは結論する。

 バケモノじみた存在二人を従えている、幼い外見に黒い模様を刻んだ一人の少女。

 何者かはわからないが。



「そうかい!」



 グリムは横から襲い掛かってきた兵士一人を胴体から両断し、同時にゼタの隙をカバーするように立ち回る。

 守るものが共通しているならば、敵ではないはずだ。





「わかります! お前は手を抜いているッ!」



 首を狙って一閃してきた剣を手首で弾き返しながら、アルガントムはゴリの怒声を聞いた。

 軽く笑う。



「くく、どうしてそう思う?」

「理由など我が神のお告げに決まっているでしょう! 模擬試合、戦場、あらゆる場所で戦うたびにそうされていると理解できるのですよ!」

「それは経験から来る戦士の勘、ってヤツじゃあないのか」

「我が力の全ては神からお借りしたものなりッ!」



 アルガントムの軽い正拳突きをゴリは首を傾けかわしつつ、反撃と剣を振るう。

 対応は後方への一足飛び、距離をとるために回避だ。

 ゴリは追わず、剣だけ構えて目の前の邪悪を隙なく注視する。



「なんらかの武術を収めている、違いますか?」

「武術というほどでもない。クソジジイに教えられた簡単な護身術だ。男たるもの拳銃を持った相手までならどうにかしてみせろと」



 現代日本で拳銃を持った相手を想定しなければならない簡単な護身術とはなんなのか、銀四郎の生活はどうにも想像の外側だったが。



「正直なところまだ自分の力が正確に把握できているわけではないんだ。少なくとも多少の刃物はどうにかなるらしいが、それ以外はどの程度か、とな」

「それを計りたかった、と。くくく、邪悪の腕試しに使われるとは屈辱」

「言葉のわりには余裕がありそうだが。――まだあるんだろう奥の手が」



 無論、と。

 ゴリは腰にぶら下げた布袋の紐を引きちぎる。

 乱暴に取り出された金貨は拳の中で握り潰されるようにして魔力へと変換され、ゴリの体内に留まった。



「剣しか扱えぬようでは十二ある十字聖騎士団の団長の座の一つを任されるわけがありません」

「魔法か」

「ええ。四属性全ての二級の魔法は取得しております」

「四属性か、この世界も基本は四属性なんだな。火・水・地・風か?」

「ほう、邪悪にも邪悪なりに多少の知識はあるようですね。ならば理解できるでしょう、その全てを行使できるという意味が」



 エンシェント、というゲームの話だが。

 魔法は大きく分けて五種類だ。


 火属性、炎の玉を飛ばすようなそういうもの。

 水属性、水の刃や氷の針を射出したり。

 地属性、砕いて割って打ち上げた地面を落石として落とすような。

 風属性、強風で敵を切り裂き吹き飛ばす類。


 そして召喚や味方の補助、あるいは特殊な攻撃魔法などが分類される無属性。


 エンシェントでは、例えば火属性魔法の威力強化と水属性魔法の威力強化は別スキルだった。

 火属性魔法のプロフェッショナル、あるいは四属性を行使する魔法使い、そんなキャラ付け要素を尊重してのものだが、最終的な使い勝手は全属性を扱う方が一属性特化に劣る。

 普通のプレイヤーアバターが取得できるスキルの数には限りがあり、四属性を全て使えるよう成長したキャラが弱点なんかの概念を意識して戦うよりも、一属性に特化したキャラが敵の耐性など関係ないとばかりに得意属性をぶち込んだほうが強いのだ。


 つまり四属性使いというのは、一つの例外を除き器用貧乏だと、アルガントムは認識している。

 あくまでエンシェントの法則がこちらの世界でも絶対ならばの話であり、そしてそれを確認するために目の前の男の魔法を受けてみたいとアルガントムは思う。

 もしこちらの世界では四属性魔法の使い手でも特化型に匹敵する最大火力を発揮できるのならば?



(――場合によっては死ぬな)



 命を賭けた、まさに命がけの実験だ。

 アルガントムは思う、それはそれで面白いと。

 人の世の発展はだいたいが誰かの命をかけた実験によってもたらされている。

 技術が未熟な時期の飛行機のテストパイロットなんて落ちたら死ぬ命がけだ。



「テストか、そうだなテストだな。来い、四属性使い。試させてもらう」



 この世界がどういうものかを。



「吠えたなッ! ならばッ! 存分に試してみるがいいッ! そして邪悪は消滅する、それが神意ッ!」



 吼えると共に、ゴリは剣を地面に突き刺す。

 開いた右手をアルガントムに向ける。

 掌に陣の輝き、そこから放たれるのは赤い炎の球体だ。



「ファイヤーボール!」



 また左手からは渦を巻く液体。

 宙で凝縮され固まり一つの質量となったそれが、ゴリの目に映る敵へと向かって矢となり飛んだ。



「アイスニードル!」



 次いで、地を右足で鳴らす。

 砕けた地面の欠片が舞い上がり、石の投刃となった。



「ストーンエッジ!」



 三つの魔法を同時に放つそれは、この世界の人々にとってはまさに奇跡のような技術だ。無属性という例外を除いた二つ以上の属性を同時に扱える者など数少ない。ましてや三属性など。


 だがゴリの持つ奇跡はまだある。

 十字頭の大男が息を吸う。

 その身が巨大に見えるほどに、魔法でなければ不可能な力で肺へと空気を溜め込んで。



「ウィンドブレス!」



 咆哮には暴風という破壊力が乗っていた。


 焼き尽くす火球、貫く氷、切り裂く岩、害する嵐。

 その全てに人間一人を容易く殺す力がある。


 二級以上の魔法とは、基本的に殺せる人間の数で分類される。

 二級で人間一人を殺す、三級で多数を潰す、四級で軍団を滅する、といった風に。

 ちなみに召喚等の直接的な威力を発揮するわけではない系統の魔法は、使役できる対象の力によって等級が決定されている。

 天使を召喚するのが四級ならば、獣を操るのは二級程度、といったように。


 とにかく二級といえど、その魔法の威力は一つの兵器だ。

 人一人を確実に殺せるような力。


 ゴリが行使したのはその四属性の四連射。

 単純に人間を四人殺してお釣りが来るような暴力。


 その全てが一つの対象へと直撃した。

 肉を焦がし、血を凍らせ、骨を砕き、皮を削ぎ落とす。

 そうなるはずの破壊力は炸裂と共に粉塵を舞い散らせ、確実に相手の命を潰す。


 そのはずだったが。



「――熱い、寒い、痛い、感覚的にはそこそこに色々と感じたが」



 腕をふるって周囲の塵を払う、

 魔法の威力を受けて姿を変えた人型は一瞬前と変わらぬ声で言葉を発する。



「一番の感想は、その程度か、だな」



 汚れた布だけが焼かれて剥がれ落ち、姿を現す銀色に、ゴリはわずかな驚きの色を見せる。



「ほう、虫人でしたか」

「おかげさまで正体を隠すのに必要だったものが吹っ飛んでしまったどうしてくれる。……ついでにもう一度言うが、その程度か」



 人間四人を殺せるだけの魔法をその一言で片付けられる。

 常人ならば恐怖し逃げ出す、そんな状況。

 しかしゴリの頭は冷静だ。



「亜人の中には熱や冷気に強い耐性を持つモノがいるとも聞きます。どうやらソレのようだ」

「どうなんだろうな、確かにエンシェントではステータス上――最高難易度ダンジョンでも8割の攻撃は無効化する耐性を持ってた体だが」



 火属性無効化、水属性無効化、土属性無効化、風属性無効化、くわえて高い物理防御力。

 それがアルガントムの力だ、唯一の例外を除いて一切の攻撃を受け付けないアバターはこの世界においても完全である、と一つの答えを得た。


 ある程度の腕試し、目的は達したとアルガントムは目の前の十字頭の男を見て思う。

 剣の実力ならどうにかなった、四属性使いはエンシェントと同様に器用貧乏の側だった。

 これで団長の実力。



「セントクルスとかいう国の力。存外、大したものではないのかもしれん」

「そう思っているのならばこう返しましょう、勘違いも甚だしい」



 ゴリの言葉は、一切敗北というものを感じていない穏やかな声だった。

 奇妙だとアルガントムは思う。

 自分の力が通じない敵対者を目の前に、さてこの余裕はなんなのか。



「確かに、私の力は及ばぬようです。告白しましょう、私ではそちらを倒せないらしい」

「そう思っているわりには強気だな」



 ゴリは笑う。

 当然でしょう、と。



「そちらが打ち破ったのは私の、たかだか私の、神の前ではあまたいる信徒の一人でしかない私の力程度なのです。それで勝利と思えるのなら」



 ゴリの笑顔が憤怒で塗り替えられた。



「神を信じる心を持たないにもほどがあるぞ虫がッ!」



 彼の背後、林の中へと、光の柱が天から降りる。

 光臨された、と。

 ゴリは異端者に対して告げるのだ。



「多数の信徒の信仰をあわせることによって儀式とし、天の使いにご助力を願う四級魔法、天使召喚! さあ、私と共に彼の存在に邪悪な地の土を踏ませてしまったその罪に対する許しを請え!」



 天の使いが地に降りる。

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