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15:悪党の敵は悪党。

 不幸にも遭遇してしまったセントクルスの大部隊からは、逃げようにも逃げ切れないとシャトーは感じていた。

 そしてグリムの実力は信じているが、大人数を相手にするには限界があるとも。

 こうなると、逆に冷静になってくる。



「……はは、運がないなあ」



 偉大な商人になりたかった、良い女を妻としたかった、子供がたくさん欲しかった、野望はたくさんあったのだ。

 それらが潰える理由は無力。

 そしてそれをカバーしきれなかった、恐らくこの世で最も大切なもの、『運』のなさ。

 どこかで聞いた、笑っていれば運もこちらに寄ってくる、そんな迷信を信じて笑って生きるよう心がけていたのだが、やはりそれだけではどうにもならないらしい。


 今の彼のかすれた笑い声は、諦めのソレだ。

 そんな彼の隣、馬車に退避していた少女も笑っている。



「ラトさん、申し訳ない。自分がこのルートを選んだせいで」



 さすがにシャトーとてそれを笑いながら言葉にはしない。

 本当にすまないと、沈痛な表情で心からの謝罪を口にする。


 だが相変わらず少女は笑っているのだ。

 くすくす、くすくすと。

 この状況下でのその可愛らしい声は、むしろ不気味ですらある。



「……ラトさん?」

「ふふふ、いえ、失礼しました。初めて見たんです、セントクルスの軍隊というものを。やはり世界が広がるのは楽しいですね」



 そして、と彼女は言葉を続けた。



「見て聞いて、思いました。私は嫌いです、アレ。私と同じようなモノで、でも好むものは違う、絶対に相容れない存在だと確信しました」

「……? よくわからないが、まあこれから殺しに来る相手を好きにはならないだろう」

「ふふ、そういえば殺しに来ているんですよね。私だけなら困ったなの一言で済んでいたのかも、なのですが。ふふふふふ」



 絶体絶命の中で、彼女が見ているのは全身を布で覆った男の、その背中。



「彼は困ったなで済ませてくれるのでしょうか。あの人の色は私とそっくり。――気に入らないものを受け入れられない、我儘な子供のそれ」



 馬車目掛けて突撃してくるセントクルス兵の最前列。

 それを刈り取るように襲い掛かったのは、我儘な子供と評された彼である。


 やったことは至極単純、踏み込むと同時に拳を突き出すただの突き。

 その一撃が一人の兵士の鎧の胴体を異音と共にへこませ、中身の肉体を砕き、ついでに吹っ飛ばした相手の死体を質量弾として後方の兵士数人へと直撃させる。

 やったことに対する威力は、常識外れた殺人の力だ。


 ラトリナとゼタ以外の者が動きを止める。

 そんな中で、ゲームの世界でも得られない手に残る殺人の感触を確かめ、拳を握り、アルガントムは確信した。



「自分の手で直接的に人を殺したのは初めてだが……それでわかった。俺は気に入らないヤツを殺すのが、そんなに嫌いじゃないらしい」



 表情があれば軽く笑っていただろう。

 それを知るきっかけをくれたセントクルスの兵たちに、感謝の言葉を投げただろう。

 アルガントムにとってそれは一つの答えだ。


 あの気に食わない王様を殺したことに対する答えであり、自分の中での決着。

 自分は何か間違っていたか。

 否だ、強いて言うなら自分の手で直接やらなかったことくらいか。


 アルガントムは敵に拳を向ける。



「俺はお前らが嫌いだ。何が神様だ、素直になれよ」



 先ほどと同様の突きは、同じ破壊を撒き散らす。



「実は好きなんだろう? 気に入らないヤツを殺すこと自体が!」



 横薙ぎの拳は鉄槌の威力で数人の兵士をなぎ払う。



「嫌いじゃないんだろう? 気分がよくなることが!」



 一声と一撃が響くと同時に、アルガントムの中で何かの鍵が外れていく。

 解放されていくのは人として外してはいけない何か、そんな気がしたか止められない。

 だってコレが好きなのだから。


 圧倒的暴力に恐怖する兵士が槍を振るう。

 人の骨を砕くはずの一撃。

 だがダメージとはならず、逆に停止した槍を掴まれ引かれ、兵士はこちら側へと引き寄せられる。


 その顔面に兜を砕くカウンター。

 頭部を失えば人は死ぬ。当たり前だ。

 崩れ落ちる首なしの後ろでは、破砕された兜の破片が他の兵士の体を貫通している。


 戦い方は多少の拳法の修練の気配を感じさせる程度。

 戦術もなにもない力任せだが、その力が強すぎるゆえに効率的だ。

 返り血に塗れる人型をした布の塊に、兵士の一人が恐怖交じりの言葉をぶつけた。



「お前はなんだ! なんなんだ!」



 アルガントムは相手の胴体に拳を突き刺し、その残骸を天に掲げながら叫んだ。



「悪党の敵の悪党だから――つまりはお前らのご同類だよ」





「おォおぅおううおあぉおぉ!!!」



 ゴリは大声で泣きながら笑っていた。

 目の前で蹂躙される同胞の死に泣き、そして同時に目の前に現れた存在を見て笑う。



「だ、団長!?」



 その異常な様子に兵士の一人が声を掛ければ、顔を上げた男の表情は涙が消えた穏やかな笑顔だ。



「あれは私が戦いましょう。皆さんは他の邪悪を討つように」

「団長! 危険です! アレは常軌を逸しています!」



 ゴリの無謀を止めようとする兵士の頭に、大きな掌がぽんと置かれた。

 兜という物体を挟んでいるが、その行動は大人が子供をあやすために撫でるといったような優しい動作だ。



「逆です。危険だからこそ私が戦うのです。いまこの場で最も強い私が」



 強者は弱者を救う。

 それは彼らが信じる根幹。



「これ以上、犠牲が増えるのを見るのは胸が痛い。余りにも悲しい」

「ですが……」

「私が負けると、その結末を考えましたか?」



 そう問われると言葉に詰まる。

 ゴリという男に対する絶対の信頼、それが揺らいでいるなどと本人に対し言えるだろうか。

 しかしゴリはいいのです、と。



「確かにあれほどの脅威を前にすれば、優しい皆さんならば他者の身を案じるでしょう。しかし私も同様、皆さんの身を案じているのです」

「団長……」



 そしてと、ゴリは視線を敵へと向ける。

 剣を抜き、脅威に向かって歩みだす。

 その背を見送る兵士が、男の言葉を確かに聞いた。



「これは、あれほどの強大な邪悪を討つ強大な信仰が存在するのだと証明する絶好の機会。証明してみせましょう、この揺ぎ無き信仰を」



 ざわめきと共に兵士たちが道を空け、ゴリを送り出す花道となる。

 その先にいるのは血肉の上に立つアルガントムだ。

 血濡れの布、滴る赤い液体。悪魔の姿。


 これほどの邪悪がこの世に存在していた。

 そして神はそれを討つ大役を自分に託したのだ。


 なんたる名誉か。

 神は自分をそれほどまでに見てくれていたのかと、ゴリは歓喜に身を震わせ、叫んだ。



「これが神意ッ!!!」



 十字頭と邪悪の激突が始まる。

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