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12:甘い。

 ルーフ村から日が落ちるまで進む前半工程はシャトーの言葉通り、ある意味では肩透かしに感じるほどあっさりと終了した。

 シャトーが馬車を操り、ラトリナとゼタが左右を、アルガントムとグリムが後方を固めるという隊列。


 いざ何かに襲撃されたらグリム以外は荷物の中に逃げ込んで、護衛担当が一人で戦う、という予定であったが。

 街道を数時間ほど歩いて、特に変わったことはなかった。

 ただゼタが遠くに微かでも魔物の反応を感じるとそのたびに警戒態勢になっていたのには誰も気づいていなかったが。


 ともかく無事に夜営の準備をし、焚き火を囲んでいる五人。

 主な会話はシャトーとラトのものだ。



「いいんですか? 私たちも食事を頂いてしまって」

「はっはっは、これでも商売さ、タダで食事をおごる代わりに恩ってヤツを売っていると思ってよ。今度何か困ったことがあった時も格安で力を貸しておくれ」

「ふふ、ではお腹も死ぬほど空いていたことですしありがたく頂きますが……シャトーさんもしかしてこれ塩とお砂糖を入れ間違えたりしていませんか?」



 米と水を鍋で煮込み、調味料と干し肉を足して出来上がったシャトーお手製のおかゆのような食事を空腹だったラトリナはありがたいと口に含み、同時にその表情を強張らせている。

 シャトーは何を馬鹿なと爆笑し。



「そんな初歩的なミスをするわけがないさはっはっは! ――ブッハー!? 甘ッ!? ナンダコレ!?」



 思い切り口に入れたものを噴出させて咳き込む辺り、ラトリナの指摘は大当たりだった。

 グリムが小声できたねえと呟く。


 そんな中、アルガントムは困った、と。

 まずいとかうまい以前に、食事は不要な体である、というか受け付けてくれない。

 しかしご馳走してもらっているのにいりませんというのも失礼ではないだろうか。


 そういえばゼタはどうしているのかとそちらを見れば普通に食べており、食事は不要なのではないかと小声で聞くと。



「不要ですが、体内で物質を微量な魔力に変換できるので食事自体は不可能ではありません」



 とのことらしい。

 こういう状況にも対応可能な便利な体である。



(さて、どうするか。まずいと突っ返すのも悪いからな……)



 自分を完全に殺してまで空気を読むのは必須ではないが、余計なトラブルを避けるために多少相手にあわせるくらいは処世術。

 そう言っていた自分の祖父のクソジジイが空気を読んでいる時が果たしてあったかは疑問だが。


 祖父の嫁、つまりは祖母の葬式で親類一同が喪に服す一方で、こっそり準備しておいた花火大会を始めるような男だ。

 葬儀は明るくやってくれと頼まれていた、そう言って酒瓶片手に妻が生前好きだった歌を熱唱し始めた元気ジジイを大人連中が慌てて止めていたのが幼い時の記憶に残っている。



(葬儀自体の費用より花火職人や役所に支払った代金の方が高くついたと笑っていたな)



 懐かしい記憶に苦笑するアルガントムの感情の変化は、外見からは微塵もわからない。

 シャトーがふと、食事に一切手をつけないアルガントムに聞いてきた。



「おや、アルは食べないのかい? 作った自分で言うのもアレだがすごくデザート的な肉入り料理になったが栄養は保証するよ。ああ舌が痛い」

「ああ、いえ……」



 さてどう言い訳するか、ラトリナに適当にごまかしてもらいたいところだったが。



「……普通の人間の食事は食えないんだろう、お前」



 グリムの淡々と突き刺すような言葉が、アルガントムにぶつけられた。

 視線を横に向け、その睨みつけてくるような目の敵意をそのまま返す。



「……何を言って」

「お前の動きを見ていてわかったが。どうにもその布の中身は普通の人間じゃないな。足運びなんかが亜人のそれだ」



 同じ人型でも体の構造がわずかばかり違う普通の人間と亜人、その動作はよく見ればほんのわずかに差があると、グリムはつけたす。

 マズい、とアルガントムの言葉が止まる。

 トランベインで虫人――インセクタは珍しい存在らしい。

 この辺にまでもう情報が来ているのかは不明だが――国王殺しの犯人は、銀色のインセクタだと知られている。


 例えば、グリムが国王殺しの犯人を捜していたとして。

 さて正体を隠す虫人を、彼はなんだと考える?



「例えば獣人の一部は特定の野菜が毒らしい。虫人ってヤツは、樹の樹液とかそういうの以外は受け付けない種もいるとか聞いた。お前も――」

「――妙に勘ぐられるのは不愉快だ」



 アルガントムはゼタに食事が入ったままの器を手渡すと、逃げるようにその場から立ち上がる。



「ど、どこへいくんだい!?」



 慌てたシャトーの質問に。



「周囲を見てくる。敵がいないとも限らないだろう」



 アルガントムはそんな言葉を返す。

 出鱈目だ。

 とにかくいまはあのグリムという男から離れた方がいい、頭が警鐘を鳴らしている。


 逃げたところで追って来たら?

 王殺しの犯人であると素直に捕まるか。



(……あの場面であの胸糞悪い王様を殺してしまったことを、俺はどう考えている?)



 アレは邪悪だと確かに思った。

 今になって考えて、ラトリナというあの国王の娘の話を聞いて、その答えはさらに確かなものとなっている。

 だが殺した罪があると言われれば事実なのだ。

 どうする、と、考える。


 間違ったことをしたとは思えない。

 その罪で捕まることを許容するか。

 あるいはと、頭の中でアイテムストレージの内部を確認する。

 荒事に使えそうなアイテムはいくつかある。単純な攻撃魔法の発動用は八種類。



「……どうすればいい?」



 グリムは追いかけてこなかった。

 幸か不幸か、答えは先送りとなった。

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