10:亜人種には装備がない。
アル――という冒険者ということになったアルガントムは、全身にぐるぐると巻いた布切れに鬱陶しさを感じつつ、ラトことラトリナの立ち回りに素直に感心していた。
次から次へと口から出てくる誤魔化しの言葉で全てをどうにか乗り切っている。
正体を隠しながら、目立つのは最低限に抑えつつ、冒険者ギルドという組織の一員へ。
まあギルドの受付の女がちょっと適当すぎるからどうにか成り立っている気もしたが、とりあえずことはうまく進んでいた。
(しかし、この布は、なあ)
アルガントムは自分の体を覆っている布の出自を思い出す。
エンシェントというゲームにおける亜人種の特徴の一つに『装備品がない』というものがある。
重量のある武器や防具で前衛を固める常人種、軽いが魔法威力上昇などの効果を持つ装備で後衛を務める魔人種。
そして装備品は身に着けられないが基礎の攻撃力や防御力が高く、魔法もそこそこに扱える亜人種。
基礎ステータスで切り抜けられる初期の頃はともかく、最高レベル・最上位装備を入手した状態の他種族と比べると『物理的な攻撃や防御は常人種に劣る』『魔法での援護は魔人種に劣る』と、器用貧乏の体現者みたいな種族だった。
そしてそんな亜人種ゆえに、アルガントムのアイテムストレージには装備アイテムが一つもなかったのだ。
ほとんどが魔法発動のためのアイテムで、銀色の虫人という体を隠そうにもちょうどいいものを持っていなかった。
まともに着れるものがない、さてどうするかとなった時に、ラトリナはゼタにある施設を探させた。
墓場だ。
ルーフ村から少し離れた林の中にそれはあった。
文字の刻まれた石碑や、恐らくかつては管理人が滞在していたのであろうボロボロの小屋。
その地から衣服を借りていく、というのがラトリナの案だった。別に廃墟ならなんでもよかったが墓場は大きな村の近くなら確実に存在するだろう、との考えから。
ゼタは天使としての装備を魔力として分解して体内に格納、代わりに小屋の中に残されていた服を、ラトリナは誇り塗れのカーテンをマントとして羽織った。
アルガントムの全身の布も、誰かの遺品かもしれないそれやベッドの上のボロ布などを集めて纏ったもの。
(……死人には不要なものと、わかってはいるんだが)
それを奪っても誰も困らない、持ち物を持っていかれたとて死人は文句の一つも言わない。
頭では理解しているのだが、感情はどうにも複雑だ。
誰が眠っているのかもわからない墓に思わず手を合わせ謝罪をした。
国王なんて人物を殺しておいて、何を今更という感じである。
それでも自分の中で納得しきれない何かが胸に引っかかっているのだ。
我ながらわけがわからないと、アルガントムは息を吐く。
(いずれお金を稼いだら、ここを綺麗にしてあげましょう……、か)
アルガントムの内心を聞いたラトリナが、少しおかしそうに笑いつつ、同時に理解はできなくもないと、そうして紡いだ言葉だ。
あの墓地の再建。
ソレは一つの目標である。
「――では、この依頼を受けるってことでよろしいっすねー?」
「ええ、そのように」
その目標に向けて、最初の仕事が決まったらしい。
ラトリナはカーティナに手続きをお願いしつつ、アルガントムとゼタの方へと報告にくる。
「最初のお仕事が決まりました。シャトーさん、という商人さんのお手伝いです。報酬は銀貨十枚」
そうか、とアルガントムは小声で呟く。
ラトリナの提案である、あまり喋りすぎるとボロがでるから寡黙を演じろ、と。
そのため、特に人目のあるところでは余り大きな声で喋らないことにした。
「大丈夫なのか?」
それでも最低限の会話くらいはするが。
アルガントムの問いに対し、ラトリナはゆるりと肯定する。
「年若いけれど信頼してもいい人物、と。カーティナさんは言っていました。それを信じることとしましょう。……いざという時はお任せしますが」
最後の言葉には刺すような、穏やかではない色が含まれていた。
荒事はできれば避けたい。
アルガントムという存在の戦力は確かにこの世界でもそれなりに通用するらしいが、どの程度かはわからない。
すでに国家一つを敵に回しているようなものなのだ、これ以上に敵が増えるのはどうか。
だからそれを前提とした上で。
「わかった」
とだけ、アルガントムは答えておいた。
「それでいつからだ?」
「いまからだそうです」
「……急だな」
「いまから出てしばらく移動して夜営、朝早くに動いて明日の朝には隣町に到着、という計画のようですが」
ある程度は向こうで準備してくれているので、健康な体で力さえあれば手ぶらでも特に問題ないと。
「そういうわけで力仕事はお任せします」
「ああ、わかった。……ところでふと思ったんだが」
「なんでしょう?」
「……その仕事において君は何をやるんだ」
「…………仕事を請けてくる、という仕事を果たしたのであとはお任せします」
微笑んだまま思い切り目を逸らす。
まあ仕事をもってくる、というのも大切な仕事ではあるが。
「……少しは手伝え?」
「努力はしますが……七百ページの本よりも重いモノは持ったことがないのでそれを踏まえたうえで頼りにしてくださいね?」
頼りにならない雇い主だ。