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01:相手が王様であろうと気に入らないものは気に入らない。

 羽間銀四郎という男の鮮烈な生き様は、ある人が見れば守銭奴の体現者であり、ある人が見れば英雄であり、そして一つの称号に無理やり当てはめるなら大悪党である。


 農業から金融業、娯楽産業にエネルギー分野に宇宙開発――列挙するだけでその文字列に眩暈がするほどの多彩な分野に手を伸ばして莫大な財産を築き上げた男。

 そして手にした金銭は数億円単位で慈善活動に投げ込んでしまう慈悲深い英雄、一方で新規事業や斜陽産業に投資した金額は数十倍返しでの返却を求めビタ一文まけはせんという守銭奴の面。


 不正の気配を嗅ぎつけてきた国家権力には口止め料を包んで持たせるか――時には『不幸な事故死』を起こさせるような、大悪党。


 白か黒かで言えば間違いなく黒であり、本人も悪人呼ばわりは望むところと言わんばかりに生きていた。

 そんな男でもいずれは死ぬ。

 葬儀も涙一つなく済ませた親戚たちが財産をどう分配するか、そんな話に興じている一方で、銀四郎を祖父に持つその少年はゲームの世界にいた。

 五感をゲーム内のアバターに投影して世界の一つになりきるダイブゲーム型のMMORPG。

 元々は軍事や医療方面で培われた技術を一般の娯楽用に調整した新時代の遊びは、銀四郎が投資したことで実った果実の一つだ。


 銀四郎はジジイだが、趣味はゲートボールよりもオンラインゲーム派というようなジジイであった。

 同じ年寄りと盆栽の話するより若いのとバケモノの一匹でも討伐する方が暇つぶしにはいいだろうと本人が語っている。

 そんなサイバージジイの孫もバケモノを一緒に討伐しに行く遊び仲間の若いヤツの一人であり。



「……というわけで、このプレイヤーキャラ『アルガントム』の中の人が先日逝去したことを報告します」



 少年が行っているのは、生前の銀四郎に頼まれていた報告活動だ。

 仮想世界『エンシェント』の中世ヨーロッパ風の風景の中で、今は本来の主の代わりに少年が操る銀色のアバター『アルガントム』を囲んで、あるアバターは涙を抑えるよう顔を手で隠し、あるアバターは地面に膝を突き悲しみを表現する。


 自分が死んだらゲームのチームメンバーへの報告はお前に任す。


 その遺言は祖父と共に『エンシェントオンライン』の世界で遊んでいた少年に託され、それは生前の銀四郎の願いの通りに遂げられる。

 祖父のアバターであるアルガントムを借り受けて、少年は残されたものへの言葉を伝えた。



「アルガントムの中の人は、皆さんのお陰で楽しく過ごせたと言っておりました」

「そうですか……」



 レザーメイルに斧という蛮族風の巨漢アバターが、寂しそうに頷いた。



「老衰なら仕方ないこととはいえ……友人がいなくなるのは悲しいものです」

「はい。ただアルガントムの中の人は『死ぬ前にエンシェント全マップ制覇できてよかった』とも言っておりました」

「はは、アルガントムさんらしいですね」

「課金アイテムや課金ガチャのアイテム総動員して世界の果てまでコンプすると言わんばかりのやりこみっぷりでしたからねえ。下世話な話ですけどあれ物凄いお金かかってますよね?」

「ええ、少なくとも車とかが買えるくらい使ってたと思います」



 買える車の車種を言うと高級外車クラスだが、そこまでは語られない。



「えー、それとチーム倉庫に突っ込んであったアイテムは皆さんで自由に使ってください、とのことです。供養と思って」

「了解ですですー。追悼にアルガントムさんが残した星4レア装備の暴力でオリジンドラゴン辺りボコりに行きますか」



 蛮族アバターが提案すると、いいですねと他のチームメンバーたちも賛同する。

 仲間がやたらと派手好きで、騒々しいまでの熱狂を好むことは皆が知っていた。

 エンシェントの世界で彼の葬式をするならば、きっとそれがベストだろう、というのが同じ趣味で繋がった者たちの認識だ。

 ただアルガントムだけは首を横に振った。



「すいません、私はちょっと忙しいので……」

「あ、いまアルガントムさんを操作してるのって中の人の親族の方でしたね。葬儀とかでお忙しいところをわざわざありがとうございます」

「いえいえ、アルガントムの中の人の遺言ですので。それではこれで」



 アルガントムが一礼すると、他のアバターたちはそれぞれに別れを表現する。

 システム設定画面からログアウトを選び、アルガントムはエンシェントの世界から姿を消した。


 異常が発生したのはその時だ。



「……ん?」



 暗闇。

 アルガントムを操作するプレイヤーは、自分の体がログアウトできていないことに気がつく。

 仮想世界からログアウトすると、一瞬の間を置いて現実世界の肉体に五感などが戻り、目を覚ます。

 しかしいつまで立っても現実の肉体の感覚が戻ってこない。

 感じる感覚はある種の甲虫のような銀色の甲殻で構成されている、不気味な人型ながらもどこかヒロイックな見た目の『アルガントム』というアバターの体のそれのままだ。



「システムの不具合か?」



 仮想世界から現実に帰還できない、あるいは視覚や聴覚といった一部の感覚が戻らない。

 可能性を考えて、否定する。

 そんな事例は過去に例がない。元が医療方面の義眼や義手などに使われていた技術なので安全性に関してはお医者様の保証つきである。


 ではどういうことか。

 同じような不具合にみまわれるプレイヤーが掲示板で発言していないかとか、運営への問い合わせ。システムから行えるはず。

 そう考えたのだが。



「……システム関連も不通か」



 全てが他者と遮断されている。

 銀色の手足を動かして暗闇の中を探るが、付近に壁や天井といったオブジェクトも存在しない。


 どうするべきかと考えて、何もしないのが一番か、と結論した。

 下手に操作して更なる不具合が発生しても困る。

 それに待っていれば自然と復旧するだろう。

 たいていのことは時間か金があればどうにかなる。死んだ祖父の言葉の一つだ。



「……おっ」



 暗闇の向こうから光が来た。

 出口と思わせるそれに近づくように、輝きが世界に広がっていく。

 ほら、どうにかなった。





 ゲームの世界からログアウトしたら別のゲームの世界にいた。

 感覚的にはそんなところだ。

 周囲を見渡せば、ヨーロッパの観光地になっている宮殿のような、豪華に広すぎてちょっと落ち着かないくらいの室内である。

 足元を見れば円に幾何学模様の魔法陣。

 ゲーム的に表現するなら、召喚された魔物の気分だ。



「ようこそ、我らが勇者よ。歓迎しよう」



 その大袈裟なセリフには、ゲーム内イベントが開始したのかと思うところ。

 よくよく見ればその部屋は玉座に座る王様に謁見するための内装をしており、目の前には肥満体型に派手な衣装と王冠を追加したヒゲの男がいる。

 セリフを吐いているのはその男だ。玉座に座る姿からその身分を予想できるだろう。



「さて勇者よ、お前の名を聞かせてくれ」



 そう聞かれれば、本来は祖父のモノである銀色のアバターの名をもって答える。



「アルガントム」



 アルガントムは答える一方で観察し、考える。

 ここはどこか、何らかの不具合で別のダイブゲームの世界に接続されてしまったというのが一番可能性が高いが、しかし目の前の男の表情がどうにもリアルすぎる。

 グラフィックにこだわるというのは仮想世界のリアリティのためにとても重要なことではあるが、それにしたってアルガントムの目の前の男は気持ち悪いくらいに口や目や鼻の穴まで不必要なまでに動くのだ。

 それこそ本物の人間と同じように。

 システムから情報を得ようと試みる。不通。

 ならばと、NPCが想定外の質問にどこまで対応できるのかはわからないが、一応は問うてみる。



「……ここはどこだ?」



 礼儀も何もない言葉遣いで問うアルガントムの声に対して、答えたのは怒声であった。



「王に対し無礼であるぞ!」



 室内に複数名が居並ぶ、王に仕える護衛の騎士たち。それっぽい鎧と片手に槍、片手に大盾。

 そのうちの一人のものだ。

 アルガントムがそちらを見れば、槍を構えて威圧してくる騎士の姿。

 随分と好戦的だなとアルガントムはため息を吐くが。



「よい。多少の無礼にいちいち目くじらを立てることもなかろう」



 騎士を諌める王の言葉は、どこかアルガントムを見下しているかのような嫌味ったらしさがある。

 そしてそれがイチイチ気に入らないとアルガントムは軽く苛立つが。



「ここはどこだ?」



 同じセリフ、やや語気を強めてもう一度問いかける。

 これでナントカオンラインの世界へようこそ、的な言葉かシステムメッセージでも出ればオンラインがバグってると断言できるのだが。



「未開の世界の者には難しい話だろうが……この国には『近しい異世界』から人を呼び出す秘術があるのだ」



 余計なことを語りだす王様。ここはどこかと聞いているのだが。



「その術によって来るべき戦の切り札として異世界の最強クラスの存在を我が前に呼び寄せた。それがお前だ、アルガントム」

「……そうではなく、ここがどこかと聞いているんだ」



 アルガントムの無礼に、再び貴様と槍を構える騎士に、それを制する王。



「ここはトランベイン王国が王城、トランベイン城。その玉座の間である。理解できたか?」



 トランベイン王国。

 記憶を探る。何かのゲームにそんな名前はなかったかと。

 少なくともアルガントムの知識にはない。


 さらに言葉の意味を吟味する。

 異世界から呼び寄せた最強存在。

 異世界、それがエンシェントオンラインのことであるとして、あの仮想世界でアルガントムという存在は最強かというとまあだいたいトップレベルである。全プレイヤーでランキングを作れば上位五十位以内に食い込むだろう。


 異世界に召喚?

 ゲーム内のアバターをプレイヤーごと?


 荒唐無稽で馬鹿らしいと笑い飛ばせばいいのかもしれないが、一方でこの非現実空間に奇妙なまでの現実感を感じるのも事実なのだ。

 ゆえに答えは保留としよう。

 アルガントムは首を縦に振る。



「わかった、トランベインの王様。それで聞きたいんだが――俺は何をすればいい?」



 また王に止められるとわかっているのか、例の騎士はアルガントムの無礼に銀色を睨みつけるものの槍を構えることはしない。

 一方で王は深々と頷く。



「戦争に出てもらいたい。そのために召喚したのだ」

「戦争?」

「うむ。世界には我がトランベイン王国に歯向かう二つの国家が存在する。レグレス征覇帝国と、セントクルス神光国だ」

「自分の兵を使えばいいだろう」

「それでは我が兵に犠牲が出るだろう」

「自分の懐も痛めずに戦争で勝利するつもりか?」

「そのためにお前を召喚したのだ」

「俺は犠牲に含まれないと?」

「いやいやそんなことはない。くく」



 トランベイン王は喉を鳴らす。



「異世界の強者がまさか兵士の数万や数十万に敗北することはないだろう?」



 言葉自体はアルガントムの力を評価するものだ。

 なんとかもおだてれば木に登るというが、一国の王にそう言われて奮い立たない者などいない、そういう考え。

 ただ、あくまで「負けることはないだろう」と言うに止めるだけだが。



「意図は理解した。戦場を引っ掻き回す囮になれば儲けもの、死んでもちょうどいい捨て駒か」

「くく、そんなことは一言も言ってはおらんぞ?」



 言っていないが思ってはいる、そういう思考が透けて見えるいやらしい表情だ。

 さて、とアルガントムは自らの両手を見た。

 銀色の両手。

 もしもここがゲーム的な法則の通用する世界なら、それは強者の両腕だ。

 力があると確信するがゆえに、アルガントムは王という権力に対して言い放つ。



「断る」

「ほう?」



 王が不思議そうな顔をする。

 どこか演技くさい、まだ裏に何か隠し持っていそうなツラだ。

 一応は警戒しつつもアルガントムは言葉を続ける。



「どこの誰かも知らない相手のために時間を無駄にできるかよ。とっととログアウトさせろってところだ」

「ふむ、ふむ。意味はわからぬが先の勇者モドキたちと同じようなことを言うな?」



 王が一人の騎士に手招きをする。

 その意味は、アレを持って来い、だ。

 騎士が部屋の隅から何かを引きずってくる。

 アルガントムの目の前に、放り投げるようにして転がされたそれは。



「……エンシェントのアバターか?」



 それはアルガントムと同じ世界出身の、プレイヤーアバターの見た目をしていた。

 外見は魔人種・魔法使い系。

 煌びやかな三角帽子に派手な装飾のローブという姿。

 エンシェントにおいて最上位クラスのその魔法使い装備はそれなり以上の相手を討伐しなければ手に入らないはず。

 ということはソレは実力者のアバターである、とアルガントムは思考する。


 さて、しかしエンシェントのアバターだとするとおかしなところがあった。

 エンシェントはゲーム内のゴア表現が抑えられている。

 例えばプレイヤーキャラにしろエネミーにしろ、胴体を剣で両断されても切断面は光の粒子が舞う神秘的な何か、という風に誤魔化されるはずだ。


 しかしアルガントムの目の前に転がるアバターは、両断された胴体の切断面から生々しい血と内臓がはみだしていた。

 首から切り離された頭は恐怖の色に染まっていて、両目は虚ろに中空を映し続けている。


 現実味のある死体だ。

 仮想世界の存在が、現実の常識に侵食されている。



「お前の前に呼び出された、近しい世界の最強クラスの存在なのだがな。悲しいことに我らの勇者足り得なかったらしい」



 王がわざとらしく悲しみを全身で表現した。



「戦ってくれと頼んだが、嫌だと答えて抵抗したのでな。残念だがそうなった」



 どうも、召喚とやらは何度か行えるらしい。

 そうしてアルガントムの以前に呼び出されたのが目の前のモノで、王の意向に逆らった結果がコレなのだろう。

 変わりはいくらでも呼び出せる、逆らえば殺すことも出来る。裏に意味を張り巡らせた脅し文句。


 さて、アバターに入ったまま殺されたプレイヤーの中身はどうなるのか。

 本来ならばゲーム内の傷が現実の肉体を傷つけることなどありえず、考えるだけ無意味な話だが、なにぶんここは非現実的に現実だ。


 可能性。死ねばログアウトするのか、それともこの半現実の世界でアバターの肉体と共に死ぬのか。

 不明だ。

 

 一方でわかっていること。

 アルガントムには現実への帰還の仕方がわからない。

 帰還しない場合、ここで殺されるか、戦争とやらで捨て駒にされる。

 いま死ぬか後で死ぬかの選択のようなもの。


 無駄に死ぬ、それはおもしろくないな、と。

 状況を分析し、一つ一つを頭の中で組み立てる。


 さて、そして。

 ここの連中が異世界の強者を呼び出すのなら――この場にいるのが正真正銘のエンシェントのトッププレイヤーのアバター・アルガントムであるのなら。

 試してみよう、と一つの結論に辿りついた。



「そうだな、王様。答えを言うが――やれるもんならやってみろ」



 アルガントムの言葉は挑発であり。



「残念だ、お前も勇者ではないらしいな」



 王様の言葉は戦闘開始の合図だ。

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