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囚人と、パーツと  作者: トネリコ
一章 始まりの一週間
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第九話

 




 

 幼い頃、プールの水の中から空を見上げたら、きらきら、きらきらとそれは眩く、混ざってゆらゆらと視界は滲んだ。


 音は分厚いベールでくぐもって聞こえ、態と深く潜っては仰向けになってゆっくり浮上する。


 段々と明瞭になる音や視界。


 水のベールを潜れば途端に私を取り囲む。


 親が心配する程に遊んでは、大きな息継ぎで世界に笑った。


 家族は呆れた様に、おかしそうに私の周りで笑った。


 好きだった。


 それら全部が全部、全て好きだった。







 がやがや、ざわざわ、あはは


 何だろう?何て言っているの?よく聞こえない。


 トントン、トントン


 ああ、お母さんね。味噌汁にネギは要らないっていっつも言ってるのに。


 バサっ


 もう、お父さん、テレビの邪魔だから新聞広げないでっ、て…ば……


 あれ?寝起きだからかな。まだ色々とぼんやりとしか見えないや。


 ゴシゴシと曇りを追い払おうと目を強く擦る。


「**、****?」


 お父さんの手が頭に伸びてくる。


 咄嗟に私は慌ててその手を避けて椅子から立ち上がった。



 バシャりと開けた。



 途端に音や輪郭がくっきりと浮かびあがる。


 水を抜けた。


 すると目の前にドアップの父の顔が映った。


「う、わあっ! ちょ、お父さん近いってば!」

「何だ、まだ寝ぼけていただけか。風邪でも引いたのかと心配したぞ?」


 お父さんがまた新聞を広げながら言う。最近老眼鏡が手放せなくなってきたのか、普段使いの眼鏡とは別に家の中ではいっつも首から紐に掛けて老眼鏡をぶら下げている。個人的には一気にお爺ちゃん臭漂うので止めて欲しいなどとこっそり思っていた。


「この子が引くわけないでしょ。ほら、さっさと食べなさい」


 そう言って母はどっさりと憎たらしい程新鮮なネギを味噌汁に大量投入した。


「ひどい! 娘を何だとっとっとっ、ネギは止めてぇ」

「うるさい! ネギは頭に良いって知らないの!? そんなんだから未だにお兄ちゃんが勉強つきっきりなんでしょうがっ」


 母の口と手はヒートアップして、終いにはネギが味噌汁というお風呂を超え、お椀の淵からこんにちわと山の如く君臨している。

 というか、緑だから山にしか見えない。山だ、ネギ山だ。なんて強すぎる敵なんだ。


「こんなんネギが好きな人でも無理だよぉ。主役がネギじゃん。ネギ~味噌汁を添えて~って感じじゃん」

「ほら、遅刻するわよ」


 朝からラスボス戦という苦行に心で涙しながら食卓に片頬を付けてネギ山を眺めていると、階段から兄が降りてくる足音が聞こえた。

 兄が寝坊など珍しい。

 いっつもしっかりものの兄を揶揄おうかと思ったが、勉強を見てくれなくなるのは困るので止めておくことにした。


「ふあ…、あれ? まだ行ってなかったのか?」

「…、お兄ちゃんこそ、着替えないと本当に遅刻するよ?」


 でも、皆して私を追い出そうとしている様に感じて、何だかむっとしてやっぱり意地悪することにした。しかし小さな意地悪も兄にはお見通しだったようで、悪戯っ子の様に笑われてしまう。


「残念。今日は創立記念日で休みなんだよ」

「ええー! ずるいっ!」


 やっぱり兄は兄だった。思わず文句の声を上げるが、兄は一頻り笑うと私の頭を一撫でして席に座った。


 

 あれ?



「おい、もう食べないのか?」

「っ! ううんっ! 食べる!」


 父の声に押され食卓に座る。先程から少し様子が変な私を心配してか、三人ともが私を見つめていた。


 くるくると頭の中を視線が巡る。


 味噌汁の中のネギが照り映える。


 ネギが嫌いだから食べたくないんだ。


「こら、お残しは許しまへんでぇ?」


 くすくすと笑って言う母に、周囲も何だネギがダメだからか、と笑った。


 ガチャリと玄関のドアが開く音がした。―――ここまで明瞭に聞こえる筈も無いのに。


「っあ!! お婆ちゃん帰ってきたね! ポチの散歩に行ってくれてたんでしょ?」

「あら、早いわね。でも冷める前で良かったわ。迎えに行ってあげて」

「おい、本当にそろそろ行かなくていいのか?」

「うるさい!」


 少し乱暴に父に言い返した。


 焦燥感が胸の中でのたうつ。


 違う。これは遅刻しそうだからだ。


 制服の胸元に皺が寄る。


 子供みたいに家を離れ難いのは、珍しく家族全員で朝ご飯を食べれるからだ。


「お、婆ちゃん…、ポチ、おかえり」


 ドアを締めようとするお婆ちゃんを迎え入れる。上手く笑えているだろうか?


 逆光でお婆ちゃんとポチが黒く見える。


「おや、まだ行ってなかったのかい?」


「っ! …や、やだなぁお婆ちゃんまで。皆してひどいんだもん。もう今日は遅刻でいいよっ。一日くらい平気だっ…」

「りつ」

「ッ!」

「立や」

「……ぅん…」

 

 ポチが慰める様に足元にそっと触れる。

 

 …ありがとね


 しゃがみこんでポチを撫ぜた。


 でも、ごめんね、感触が分からないんだ。


 お婆ちゃんが私の頭を撫でて通り過ぎる。


「お前の名前はね、自分でしゃんと立てる様に、自分がしっかりと立てる様に、たとえどんな時でも生きていける様にと皆で付けたんだよ」


「ぅん、うん、知ってる…、知ってるよ。でも、でもね、お婆ちゃん。私、そんな強くないんだよ」


 ぽたり、ぽたりと水滴が散った。


 瞬きしたら私は椅子に座っていた。


 暖かな食卓。


 今日は忙しなく台所を行き来する母も座っている。


 みんな、みんな私を見ていた。


 多分笑顔で私を見守ってくれていた。


 でも私は顔を上げられなくて、えぐえぐと泣きながら味噌汁を眺めた。


「いやだよ、ずっと此処に居たいよ。何でもする。勉強だってポチの散歩だってお手伝いだってする。寝坊はしなくなるし掃除もちゃんとっっ」


 我慢出来ずに嗚咽が零れる。


 いつの間にか制服姿の私が消え、大学生の私が座っていた。


「ひどいよ、何で皆して追い返そうとするの?」


 みんなが私を優しい眼差しで見守る。


 口ではそう言いつつも分かっていた。


 だって此処は夢の中だから。そして例え夢だとしても、記憶の中の皆は私を愛してくれている人だから、分からなくても、それが私の為になるのだろうと。


 湯気の立つ味噌汁が目の前に。


 本当は最初から分かってた。


 夢なら全部都合よく見せ続けてくれたらいいのに。


「だって、ネギ入りの癖にこんなに美味しそうに見えるなんて反則じゃん」


 涙でぼやける視界のままに苦笑して一気に飲み干せば、世界は絵の具の様に滲んだ。人はクリーム色にぼやけて、滲んで薄まった黒色がミルクを溶かしたみたいに淡い緑や橙を絡めた。水彩をくるくるとかき混ぜて―――




 気付けば一人




 白い白いベッドの上




 ああ…、


「名前みたいに強く生きれないってば…」


 両掌で世界を閉ざして、一人、静かに慟哭した。





 苦しいんだ。日本を想えば想う程に。


 会いたくて帰りたくて藻掻き苦しむ程に


 苦しくて苦しくて仕方ないんだ―――



























 総統の居る部屋へと重い足を進める。体は重いがそれは常のことだ。それよりも憂鬱な心境で足取りが重い。


 要件が検討付けばまだマシだが…


 総統は、勿論王族を除いて言えば俺等 近衛魔導騎士団 と、その他の団の全団員、謂わば国の兵士達の頂点に君臨する。ラドの居る隊も、俺の様な個人任務が多い名ばかりの隊も同所属で纏めて言う場合に団と呼ぶ。まぁ総数は他の団とは比べ様も無いが、一応首輪のほぼ全ての命令権も与えられているらしい。それはまぁどうでもいいが、あの男の厄介な所は勘、というより鼻が良すぎる点であろう。

 俺はというと、国中の兵の中では上の位置でも所属団の中では下位…、というより厄介な立ち位置だ。そんな俺と普通関わるべくも無い筈の男であるが、ある日の訓練で持ち前の鼻と戦闘好きにより見事態と手を抜いているのがバレ、ボロボロになるまでサンドバックとされた。

 それ以来時折遊ばれる程度の関係だ。

 いくら殴っても壊れないとはいえ、痛いものは痛い。というより面倒臭い。


 訓練であれ、任務であれ、いつの間にか着いていた部屋をノックすると、誰何の声も無くさっさと入れと促された。

 入った瞬間目に飛び込む血色。人よりも鋭い鼻が、男に染み込む血臭を捉えた。


 巨躯を獰猛な威圧が尚巨大に見せる。


 男に長々とした挨拶など不要だ。むしろ要らぬ不興を買うのだから、手短に済ませた方がどちらも面倒が無い。


「…要件は何でしょうか」


 無感動に呟けば、椅子に座って一人こちらを意地悪くにやついて観察していた男が口を開いた。


「女は活きがいいままか?」


 相も変わらず、臓腑を揺らす様な重低音。


 ラドの方はやはりまだ可愛げがあったな


 内心で一人納得して、言葉少なな男の言う女について考える。といっても、思い当たる女など一人しかいないが。

 確認のために視線を少しずらせば、自身が作成した分の資料が目に入った。


「…活き…、ですか…」


 俺が任務に就いてからまだ数日だが、思い起こした瞬間見事なスライディング土下座が浮かび危うく咽せかける。

 なんとか取り繕ったが、それを見ていた男は簡単に察したようだった。

 可笑しそうに口角を上げている。


 だが、ふと疑問に思ったので尋ねることにした。


「…、前任者の方が詳しい筈ですが…」


 伺うと、男は詰まらなさそうに目を眇めた。


「考え無しも度が過ぎると使えねえ。アイツも雑な仕事したもんだな」

 

 答えになってないようでそれが答えなのだろう。


 パラパラと手持ち無沙汰におそらく前任者の分の資料を捲っていた男は、瞬きの内にその資料を燃やし尽くした。

 灰が空気中に漂う。


「アシル、牢獄内でお前が喋ることは禁ずる。支障が無いならそのまま感覚器官を二個の状態で維持しろ。話は以上だ」


「…はっ」


 鎖の擦れる音が耳奥でする。


「帰れ」


 軛は成った。


 なら、此処は大人しく従うまで。





 

 

 

 



 

 

*過去話

 「お母さん! ネギで楽して頭を良くしようだなんて甘いんだよ!」

 「ちゃっちゃか食べなさい」

 「ふぎゃっ! だ、だからね、勿論ネギには頭が良くなる効果も入ってるけど、私はそれに敢えて頼らないという選択肢を取るんだよ」

 「…」

 「そう! 急がば回れ、つまりは勉強に打ち込んでこそ頭が良くなるというもの! だから私は泣く泣くネギを食べるという選択肢をおおっ、ちょ、ネギ山っっ」

 「食べろ」

 「はい」



 以下続く?



 トネコメ「Oh. Really? I love NEGI!」


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