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囚人と、パーツと  作者: トネリコ
一章 始まりの一週間
8/19

第八話

 


 暗転


 

「人権侵害だ! こんなっ、こんなこと許されると思っているのかっ!」


 私は突如湧いた怒りに突き動かされ、力無くへたり込んでいた状態から立ち上がる。無我夢中で男達が消えていった近くの壁をひたすらに殴るが、壁の先は分厚いコンクリートにでもなっているのか、反響してくる音すら無い。


「監禁罪と傷害罪に当て嵌るからなっ。刑法が適用されて、お前らは牢屋行きに決まってる! いや、こんな実験動物扱い日本どころか世界だって認めないやしない筈だ! お前達は、国際連合憲章を知っているのか!」


 殴りつける、何度も、何度も。可笑しいことに、手が腫れぼったい熱や痛みを訴えるまで拳を振り上げ、喉が掠れるまで大声で叫びを上げる程に、私の中を風が通り抜けていくのだ。鋭く、冷たく、痛い程の虚しさを伴う隙間風。


 そして、また現実的な私が胸の内で囁く。


 そんなの此処では無意味でしょ、と


「あ、あ…」


 壁に爪を立て、そのまま力無くずりずりと下に滑り落ちる。そしてまた最初の様に、燃え尽きて腕を降ろし、へたり込むのだ。繰り返し、何度目かの、また―――


 違うのは、言葉と、日本を思い出して涙がトッピングされるかどうか。

 そして、うろはしくしくと広がってゆき…―――


 

 暗転



「どうしてこんな事に…」


 膝を抱え、額を押し付ける。顔を上げたくない。目を開けたくない。


 恐いのだ。


 白が。


「お父さん…お母さん…お婆ちゃん…お兄ちゃん…ポチ…先生…――」


 徒然と、途切れることなく挙げていく。人名だけでなく、地名でも物でも、単語でも長文でも何でも。


 繋ぎ止めておかないと、ぽろぽろと忘れそうで…、いや違う、零れ落ちて私が保てなくなりそうで恐ろしいのだ。


「怖いよ…誰か助けて」


 涙が、止む気配は無い。

 

 

 暗転

 

 

「もう、許してよ…、悪い夢なら覚めて…。何で、何で何で何で何で? なんで?」



 暗転

 暗転

 暗転



 ハッとする。何度目かの覚醒。

 荒い呼吸と鼓動に、思わず胸元を握り締めた。

 既に時間の感覚は無くなって久しい。ずっと、此処に居る気さえする。

 一日は何時間だ?24時間だ。二日は?48時間…、72…96…ひゃく…。

 段々と増える暗転の回数に、まだ残っている冷静な私が恐怖で悲鳴を上げた。

 ちらりと視線をやると、また前と同じ様にトレーが置いてある。真っ白な食事もそのままだ。

 お腹に手をやると、胃液が胃でも溶かしているのかしくしくと痛んだ。お腹は空いている。中は空っぽだ。そんな状態でも、最初のトラウマや見た目のせいかどうしても食欲が湧かない。

 このままではいけないと無理に食物もどきを口に運べば、拒絶反応からか無い胃を引っ繰り返して戻してしまう。

 結局、目を瞑りながら飲み物だけを頂くのだ。

 それでも、人間の習性はこんなものにでも働く様で、段々と飽きと共に飲み物にすら拒絶感が募ってきていた。

 お腹は空いている。けど、こんな食生活でもまだ動けている。なら、数日しか経っていない?



 暗転

 暗転

 

 

 うああっっ


 トレーを弾き飛ばした。いつかと同じ様に、べしゃりと食事が落ちる。白い液体が冷たい床に広がるが、もう、それを目にすら入れたくなかった。

 体中何故か痣だらけだったので、残っていたクリームを体に塗る。これを置いていったのは本当にお爺さんなんだろうか?私の妄想ではないのか。もう、何日も、体感時間ではもっとっずっと人と会話したり顔を合わせていない。


 ここは、夢なのかもしれない


 そんな、ある意味幸せな考えに納得し掛けながら、とうとう私は床に倒れた。そりゃ何日もまともに食べていないのだから当たり前である。お風呂にすら入っていない。


 此処で死ぬのか…、いや、これで目が覚めて、また前と同じになる。元に戻れるんだ。


 そう考えれば、なんて素敵なことなんだろうと、私はクツクツと朗らかに、力無く笑った。


 そんな、幸せに目を細める私の前で、ぽつりと染みの様に色が現れる。横たわっていた私だが、白以外の色に驚きと嬉しさを感じて起き上がろうとした。けれど、次第に形作られ、増えていくそれに、今度は恐怖からか逃げようと身を起こす。

 一つ、『手』が、私の腕を掴んだ。


「ひっ」


 掴まれていない方の手でそれを剥がし、遠くへ放る。火事場の馬鹿力か、恐怖や嫌悪感からか、無我夢中だった。

 二つ、三つ、四つと増えていく手。よく見れば、上には眼球が浮かんでいた。一気に化物屋敷に変貌してしまった部屋で、一人、逃げ場も無い状況。咄嗟に私は落ちていたトレーを拾い、近寄って来る手を弾いたり叩き落としたりするが、多勢に無勢、学習している様で、数が増えるそれらに次第に呑まれていく。

 髪を掴まれ、床に引き摺り落とされる。トレーは奪われ、遠くへ放られた。死に物狂いで藻掻く腕や足を掴まれ、押さえ付けられる。

 そして目に入ったのは、中身が白濁した注射器。

 絶望に視界は昏まり、自分の口からは、意味を成さない獣の断末魔の様な悲鳴が零れた。


 男は、そんな時に現れた。

 

「見苦しいなァ、どけ」


 ドゴンという衝撃音と共に、私を抑えていた手が緩む。

 遮られていた視界に入ったのは、濃すぎて黒に見えそうな程に赤い、血の様な濃厚な赤だった。大柄で、髪色に反して透明感のある紅の目をつまらなさそうに眇めている。それでいて口元は獰猛に、にやにやと意地が悪くつり上がる。噎せそうな程の血の香りを纏い、堂々とこの場に君臨する姿は、まるで人喰いの獅子の様だ。


 だが、そんなこと私には関係無かった。緩んだ隙をこれ幸いと利用し、自身の拘束を振り解こうとする。

 慌てて力を強める手だったが、男が何か言ったのか、その場から幾つか消えていった。残る手も私から数センチの所で止まる。

 最早理性など働いていない私は、手を避けて身を翻し、男の背後の壁際まで逃げた――フリをした。

 上に残っていた眼球は気付いたのか、しきりに男の方へと合図を送っている。

 だから一気にケリを――殺してやろうと、私は無謀にも男に飛び掛かった。


「あああああっ、死ねっ!」


 武器は無い。だから、長袖の片方を男の首へ一気に巻きつけた。足を上げ、全体重を袖にかける。繊維が引き絞られ千切れる音が耳障りだ。袖先を握り、落ちないよう巻き付けた反対の手は痛い程に鬱血していく。それでも、私は更に力を込めた。

 こいつが、悪の権化に思えた。こいつさえ倒せば、私はゲームをクリアしたみたいに外に出られると思った。殺人への忌避感も、理性も、頭の中には無い。

 後頭部に眼球がぶつかってくる。手が引き離そうと、私に近寄ってくる。

 だが、何よりも不気味だったのは、今正に首を絞めている筈の男が、この場で一番何ともなさそうに平然と突っ立っていることだった。そればかりか、周りにさっさと帰れとでも言う様に手を振って追い払っている。

 そして、唯一注射器を握っていた手以外が帰った途端、声を発する間も無く私は宙を舞った。それまで諦め悪く背を蹴ったり噛み付いたりしていたので、受身も取れずに背から地面へと二メートル近くの高さから落とされる。


「っ…けふっ…」


 呼吸が出来ず、衝撃に悶え苦しむ。男は気にも止めず、私を抑えながら注射器を受け取った。あっという間の出来事だ。死のカウントダウンの様に近づく男、なのに私は逃げることすら出来ずにいる。どころか、酸欠で頭中で割れ鐘が響き、衝撃と痛みでヒクつく体では逃げるどころではない。後で考えると、恐らく首の袖を基点に男の頭上を通って前へと放られたのだろうが…、どんな首の筋肉してんだと悪態を付きたくなるレベルである。そして、当然その時には訳も分からずこの状態であった私は、恐怖に耐え切れずパニックに陥った。汚い話、涙も鼻水も汗も涎とかも多分全部出ていたと思う。それでも、近付いて来る注射器が怖くて弱々しくだが抵抗していると、片手で簡単に両腕を横へ纏められる。そんな屠殺前の無力な動物状態の私を、男はつまらぬものでも見る様に見下ろした。

 目の前で、火花が散る。視界が赤く染まったのは、火花か、熱か、それとも男の眼を見たからか―――



 私は、吠えた



 袖はヨレヨレで、顔中ぐちゃぐちゃで、体勢も無様極まりなかったが、それでも、こんな所でこんな奴に負けるのかと、殺されるのかと思うと腹の底から声が出た。それは子犬の様にか弱かったが、今までの恐怖で喚いているのではない、相手に屈せず挑戦を挑む吠え声だ。


 しかし、男は鼻で笑い、腕に注射器を突き刺した。日本のとは比べようもなく太い針は、ぶすりとでも言いたげに肌を穿つ。


「っっ…」


 適当に刺された様に思った針から、血管内に液体が入って来る。恐怖がまた蘇り、先程まで猛っていた威勢が萎んでいく。私は男から、そして赤熱の痛みを発する腕から目を背け、唇を噛み締めた。だが小さな震えは止められない。不快さと恐怖で今にでも振り払いたいが、日本で折れた注射針が心臓に達したという話を何処かで耳にしていた為に、皮肉にも日本での知識が私を封じた。


 抵抗すればいい


 ぐちゃぐちゃの私が囁く。


 もう無理だ。今更だ。既に体中に廻ってる。死が早いか遅いか、それだけ、それだけなんだ


 頭の中の私が蹲って一人泣いた。


 一秒が永遠にすら思えた時間。

 抜かれた針を絶望と共に眺めていると、さっさと私を放り出した男が私の前にしゃがんだ。倒れたまま目の前で揺らされる注射器を無気力に見るともなく目で追う。


「おい」


 上から腹を空かせた猛獣の様な威圧感のある声が降ってくる。だが、目線を上げることすら億劫だったのでそのまま注射器を眺めていると、気にすること無く声は続いた。


「一応言っとくが、中身は栄養を補うやつだ。まだ死なれちゃ困るらしいんでな」


 続く言葉に、胡乱気な視線を男に向ける。信用出来る者の発言では無いが、もしそうなら先程までのは一体何だったのだ。


「…嘘でしょ。なら先に言えばいい」


 無気力にそう言えば、男は片眉を上げて鼻で笑った。


「信じなくてもどうでもいいがな。態々言いにお邪魔した途端殺しに掛かったのは何処のガキだ?」


 呆れた様にも、笑っている様にも聞こえる。

 なら男が先に来れば良かっただとか、料理を改善しろだとか、言いたいことは山程浮かんできたが口に出すのも面倒で、また今言うと自分が駄々を捏ねて拗ねる子供の様に思えた。あれ程の醜態を晒して、今更プライドがどうのとは変だけど。

 結局、口から出たのはどうでもいい一言だけ。


「さあ? お腹が空いてた小犬が居たんじゃないの?」


 私はそのまま急にやって来た睡魔に抗うことなく身を任せる。男は馬鹿にした様に笑って言う。


「ふん、俺がやるのは今回だけだ。手に挿れられたくなきゃあ精々残さず食うことだな。約半日はぐっすりだろうし、散らかした分は片付けさせといてやるよ」


 下品な男だとその声を意識半分で聞きながら、私は目を閉じた。

 このまま目覚めなくてもいいと半ば思いつつ…―――



 暗転























 バシャリと突然の冷たさで一気に覚醒する。咄嗟に仰向けの状態から体を起こし、何とかその場を離れて状況を把握しようとして――、俺は意識が途切れる前のことを思い出した。

 途端に体の力が抜け、無言でそのまま仰向けに戻り、片腕で目元を覆う。隣に胡座をかかれ、そのまま覗き込まれる気配がした。


 ああ、最悪だ


「アシル、戦闘中によそ見なんざぁ…死ぬぞ?」


 息苦しい程の重圧。張り詰めた空気。重く、降り注ぐ言葉。

 

 全くもってごもっともだ。弁明する気は微塵たりとも起きない。むしろ、何故あの時反応してしまったのだと、ラドに代わってその失態ごと自分を燃やし尽くしてやりたい程だ。


「…反応したのは言葉に…だな。どれだ? そうだな…、悪口…か?」


 少しの沈黙の後、言葉で反応を見ようと、虫を観察する様な視線が注がれる。一挙手一投足を見られていると見ずとも分かる視線の中、それでもピクリと反応してしまった自分。

 反吐が出そうだ。


「…言われて傷つく…たまじゃない。自分で言ったのを気にした? いや、それも違うな。…なら? ここ数日の態度の異変と関係ある…か? 俺の勘だと女だが…?」

 

 誘導する様な言葉に舌打ちでもしたくなった。ラドは見極めたいのだろう。諸々のことを。自分や周囲に与える影響、その範囲や原因も危惧しておくことで咄嗟の時に対処出来る。

 今も目でも細めて観察しているだろうラドに、自分はそんなに態度が分かりやすいかと問いたい程だが、この男相手だと舌打ちと共に納得せざるを得ない。

 総統もあれは野生の獣かというほど勘が鋭いが、そこまで似せずとも良かろうにと八つ当たり気味に考えていると、暫く上から観察していたラドが深い溜め息を吐いた。

 

 肉食獣の、獲物か否かを冷徹に品定めする様な雰囲気が一変して、初めの頃の様な軽い雰囲となる。


「まぁ、これで一回死んだってことで、次は無しだからな~」

「…分かっている…」


 雰囲気は変わったと云えども、バツが悪く感じて憮然と言い返すと、拗ねるなよーと髪をぐしゃぐしゃにされる。


「触るな」


 舌打ち共に目元を覆っていた腕をそのまま振るうが、あれ?炎球来ねーの?と呟き余裕気に躱された。全くもって腹の立つ男である。溜め息を吐きつつ起き上がって濡れていた部分を乾かしていると、同じように埃を払っていたラドが何の気無しに呟いた。


「あ、この後一、二週間程いないって言ったっけか?」

「いや…、そうか。珍しいな」


 任務で外とは聞いていたが、思っていた期間よりは長かった。同僚での潜伏組の顔は知らないが、そいつらは何年も潜伏することはザラにあると聞く。しかし、俺達は国内から国を守護する役割を与えられているため、与えられる任務のほとんどが国内かその近郊でのものであった。


「まーな。総統が帰ってきたし、多少出しても大丈夫ってことだろ」

「他にも何人か出してるようだな…。あれは人間枠でいいのか?」

 

 呆れ混じりで疲れた様に呟くと、あー、羨ましい!と訓練馬鹿が再燃した。一気に疲れが増し、いつもの様に猫背で半分目が閉じた状態に戻る。俺はさっさとこの空間を出ようと魔術を組み立てることにした。


「そーいや忘れてたぜ。総統がこの後部屋に来いってよ」

「…」

「あっちっ!」


 覚えていただろうに、今言うこいつに慈悲などいらんと問答無用で炎球を投げつけそのまま空間から一人出る。

 馬鹿がひでぇとか何とか吠えていた気がするが、聞き間違いだろう。



 

 目を瞑ったまま一歩飛び跳ね、開くと違う場所だった。空間魔術を使った初めての者は、その感覚に心躍らせ好きとなるらしい。

 目を開くと門番の机の近くに居た。門番の空間から出る時は、ある程度門番が補佐をしてくれる。相変わらず寝ている門番と、相手にされてないのに何故か涙目で話し掛けている少年の後ろを無言で通り過ぎようとした時、小さな声で呼び止められた。

 此処には気配を探っても3人しかいない。なら俺を呼び止めたとするのが正しいが、自身に話しかける者など悪意ある相手以外では数人しか居なかったのである。珍しいことも続くものだと、普段なら嫌がらせと捉えて無視するところを先程の少年の姿を思い返して立ち止まった。

 無言で振り向き催促する。よく見ると少年の麦穂色の髪は鳥の巣の様で、目の下には黒々と黒い隈が居座り、ふらふらと頼り無さそうであるのに爛々と眼だけが異様に鬼気迫っていた。


 これは関わらない方が面倒でなかったか…


 少し数秒前の自分に後悔していると、少年はその両手に持った山積みの資料を胸に抱え込んで俺を見上げた。


「あ、あのっ、ラ、ラド団員さんの居場所を知っていますか?」


 眼を合わせても顔色を変えない。やはり珍しいこともあるものだ。それに、簡単に解決出来る問でもある。

 心なしか機嫌が良くなった俺は、先程俺が転移した場所を指差した。タイミング良くラドが現れる。すると少年はその資料を抱えたままラドへとタックルしていった。


「ラララ、ラドさーん!」

「げふっ」

 

 壁と挟まれたせいか、見事に鳩尾にダメージを喰らっている。このまま去るつもりだったが、少年の奮闘を見てもう少し様子を伺うことにした。もっとやられろ。


「ラドさん!」

「な、何だ?」


 鳩尾を擦るラドを放って、ちらりと此方へ視線をやる少年。


「あー、あいつはいいから。で?」

「っ! はい!……」


 ひらひらと手を振って先を促すラドに押され、少年はガサゴソと資料を纏める。それを見ていたラドは、ハッとして片手を伸ばした。


「ラドさんは直ぐに此処を発つと伺いました! それでなんですけど、これとこの報告書に一部記載漏れが見られ、あとこの記録に署名をお願いしたいのと、あとこの件について幾つか疑問に思った点が……」

「お、ま、え、なあ!!!」

「ぴぎゃあ!」


 上の書類から順番に読み上げていた少年の顔面をラドが片手で鷲掴む。少年はもがもがと書類がぁーと何やら喋っていた。どうやらこの少年も少々変なようだと、視界に入った我関せずの態度で惰眠を貪る門番を見ていると、ラドが苛立った様な声を上げる。


「お前はまたオーバーワークしやがって! お前何十人分のだこりゃ? 俺は適度に休めと言ったよなあ? ああ? 何徹目だあ?」


 顔のパーツが段々と中心に寄っていく。しかし書類を両手で持って離さないために少年は無抵抗だ。


「ひょ、ひょんでふ」

「ああ? 聞こえねえなあ?」

「ひょ、ひょんなぁ」


 小刻みに震える少年を理不尽に脅す野盗と化した同僚を取り合えず落ち着かせ、今にも倒れそうな少年を支える。思った通りの軽さで、少し眉間に皺が寄った。


「うう、取り合えずこれだけでもお願いします」

「お前はまだ言うか! 分かったから、これ受け取ったら直ぐに医務室に行け」

「え、ダメですよ。まだやる予定がああっ」


 さらさらとペンを受け取って書いていた手が再び動き、今度は頭を鷲掴む。ボサボサの鳥の巣が潰れた。こいつは何故こうも仕事熱心なんだと奇妙な小動物を眺める目で見ていると、そのままラドが頭を鷲掴んだままズルズルと引き摺っていってしまった。


「…」


 門番は身動きもしない。

 俺はそのまま身を翻し、のそのそと総統が居る部屋へと重い足を進めた。

 

 








 


 


 

 「いーやーでーすーっ! まだの資料があー!」

 「だぁーまってろ!! お前が何でそんなにこだわってるのかも分かってるから、帰ったら聞いてやるよ。だから今は取り合えず寝てろ」

 「っっ!!! ラドさんに分かる訳が無…な、な……あれぇ?」

 「ん? お、おい?」

 「……きゅう」

 「衛生兵ー! じゃなかった、い、急げ!!」


 以下続く


 トネコメ「哀れ、この後鬼の医者に二人共こってり絞られます」




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