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囚人と、パーツと  作者: トネリコ
一章 始まりの一週間
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第五話

 


「…むごいことを……、まだ起動してはおらんからな」


 労わる様に背に触れられ、其処からじんわりと暖かさが広がっていく。痛みに因る発熱ではなく、ぽかぽかとした温泉に浸かっているようで、私はその温もりに釣られゆるゆると瞼を持ち上げた。

 見上げた先には、顔を歪めたお爺さんがいた。元は赤褐色だったと伺える白髪で、肌は乾燥しており、目尻には歪めているからではない皺が見える。だが、背は凛と伸び、白髪は色が抜けただけの様に見え、皺とその目には生きてきた年月を一つ一つ積み上げて来た者特有の重さがあった。


「あ、ぃがと、ざいます」


 じっと、最初は身を固くしていた私だが、怯えを理性で叩き伏せて礼を言う。しかし、体はまだ緊張していたのか、舌足らずの幼児の様に呂律が回らなかった。それでも意味は伝わったようで、痛ましそうに、引き千切られ、投げ捨てられていた髪を見ていた顔を此方に向けられる。


 「……」


 予想外という顔。でも、それもまた歪められた皺に埋もれる。


 けれど、温もりに融かされていた私は次第にそれもどうでもよくなった。ぽかぽかとした温もりは体内の中心にも広がっていたので、目の前の手にあった傷が消え、切れていた口内の傷が塞がったのを舌先で察していた私は、臓器までやられてたのを治してくれてるのだろうと当たりを付ける。


 温かい、眠い


 私を攻撃する者か否か。体は正直で、どちらか分かればもう抗することが出来ない。

 質問攻めにするには頭も体も心も疲れすぎていて、私はゆるゆると目を閉じ、奥へ奥へ、只々微睡みの中へと沈み込んでいった。


 揺蕩う中で、微かに揺られた感覚がある。

 何かを呟かれた気もする。

 目を開けるとベッドの上に居た私。


 これがお爺さん――近衛魔導騎士団長兼総統という、後日何度か聞き返して覚えたお爺さんとの初めての邂逅であった。




 お爺さんが仏の、とか騎士の鏡と称される程の清廉な英傑であったのは、私にとって幸せだったのか、それとも不幸せなことだったのか。

 



 お爺さんが居なければすぐにでも狂ってた。


 ……狂えれた。


 自覚しつつも止められぬままに、頼って縋って……依存した。

 

 だからそれが無くなった時、自業自得なのに、意地だけでは直せない程に私が崩れた。


 それでも、楽になれる最後の一歩を、踏み絵の様に逃げ道を塞いだのも他ならぬお爺さんで


 ほんと、優しくて残酷で意地悪で…、でもやっぱり優しい大好きなお爺さんだったから――




 私がお爺さんと出会えたことは幸せだったんだと思う。

 思うんだ。

 汚さない、汚せない為に私は…―――――




 時計も窓なかったからこの時には既に日付感覚も狂っていたけれど、これが初日か二日目の時の記憶。


















 きゅっ、という音と共に水音が止まる。足元を流れる水は、ぬるく指の間を抜けていった。


 何故あんなことを?


 接続が切れた後、かろうじてベッドまでは動けたが其処からの記憶が無い。死にはしないといっても、それは意識がある事前提だ。首を落とされれば死ぬため、気配を感じ取れていなかった状況に、改めてぞっとする。


 …力も、使えすらしないなら意味が無い


 だが、逆に言えば一撃さえ凌げれば大丈夫だと言える。魔力の高まりや首の半分まで刃が入ったのなら流石に目が覚める。そして、その状態からでも生きる確信はあった。それでも、一瞬で首を切り落とされたら、心臓に刃を突き立てられたら、…――体験したことは無いが、生き残る保証は無い。たらればなど口にしてもしょうがないが、普段ならする訳が無い行動に自分が理解出来ない。


 驕っていたのか?今の状態なら、短期なら俺より強い者など幾人も思い浮かぶ状況で?


 途端、自分に対して不快な気分になり、乱暴に壁に掛けていたバスタオルをひったくる。視界の端に、未だにふとした時に違和を覚える茶が過ぎった。そのまま乱雑に髪を拭くと、水滴が飛び散り滴る。その水滴にすら思い浮かんだ姿に、自分が解らず、俺は最大級に自身に対して顔を顰めた。



 苛立ちは、昔を連想させたからだ



 愚かな自分と愚かなその周囲――その記憶を振り切る様に、俺は出ようと歩き出す。

 

 眠りにより忘れられたものは、水と共に流されていった。





「おーい」


 着替え終え、城にある騎士用のシャワー室を出た俺は、背を曲げ重たげに歩いていた。聞き覚えのある声が後ろからしたが、面倒だったのでそのまま歩く。

 

「お、お、い!」


 だが、耳元で喚かれては反応せざるを得ない。

 取り合えず振り払う様に腕を振るうと、ラドは瞬時に飛び退いて、程なくして首を傾げて近寄って来た。


「ん? 珍しいな、何も飛んで来ないなんて」


 飛んで来ない方が楽だろうに、何故か心配気に此方を見られる。果てには医務室行くか?とまできたので、煩わしかった俺は、腹減ったと一言だけ呟いた。


「! 最近珍しいことのオンパレードだな! くくっ、まぁそう睨むな。他ならぬ友人の為に、食堂のマル秘裏メニュー食わせてやるよ」


 そう言うと、何故か嬉しそうに食堂へと先導される。

 

「あ、ステラさーん。今日はあれ頼めるー?」

「あらあらあら、えぇえぇえぇ、大丈夫ですよ。大盛りで良かったかしら?」

「はい。あ、今日は友達居るんで二つ頼んます」

「うふふ、分かりましたよぉ」


 親しげに食堂で会話するラドを見るともなしに見ていると、程なくして鉄板を二つ持ってきた。


「はいよ、これがマル秘裏メニュー、その名も気分屋さんだ」

 

 どーんとでも言いたげにずいずい押してくる。暑苦しいが、無下にも出来ずにそれに視線を落とした。見れば、刺身や御飯、卵やニラや何か不明のものがごちゃごちゃと入っている。取り合えず受け取ってスプーンで掻き混ぜていると、ラドが喜々として説明を始めた。


「ほら、此処ってステラさんの好みで東方のメニューが多いだろ? 安いし美味いしでウける奴にはウけるんだが、やっぱり残る時があるらしくてな。んで、その日その日の期限切れ間近のを格安で提供してくれるって訳だ」


 取り合えず口に放り込むと、見た目よりも数段上の美味しさだ。そう思ったのを読んだのか、ラドはニマニマしている。


「くくっ、だろ? 何が出るかは分からんが、ステラさん作だから全部当たりだしな」

「…、これなら人気出るな」

「まーな。だから夜間限定、知る人ぞ知るってわけだ。こればっかり注文されたら困るだろうしな」


 聞き流しながら全て食べ終えると、ラドもスプーンを置く。ふと、疑問に思ったので尋ねることにした。


「そういや、何してたんだ?」

「んあ? 訓練だよ、訓練。もーちょいでいけそうなんだよ」

「…訓練馬鹿め」

「んなっ、聞き捨てならんぞそれは!」


 くるくるとスプーンを回すラドに溜め息と共に呟けば、異議ありと反論しだすラド。笑えば、やっと揶揄われたと悟ったのか、拗ねた様に席に座った。

 お互いの任務の内容は話さない。俺達の職は、殿下の護衛を除くとほぼ一人か数人での任務が多く、大抵は機密に関わる内密のものばかりだ。それは、絶対に裏切れないだろうという考えから成り立っている。


「無茶はすんなよ?」


 ラドが揶揄う様に苦笑すれば


「…、これは自業自得だからな…。そっちこそ、面倒だから脳まで筋肉になるなよ?」


 俺もそう言い立ち上がる。

 それで十分だった。




 

 ラドと食堂で別れた後、またあの部屋へと戻る。もう今日はいいのではないか…、面倒だという思考がそんな考えを弾き出せば、「最低日に二度の確認」という事に違反してるとして契約が反応して頭痛がした。下位のものに煩わされることに一瞬苛立つが、これの御蔭で色々楽に事が進んでいるのだ。

 舌打ちと共に、考えを切り替えて椅子に座る。眠りと食事、後は人間よりも効率の良い自然回復である程度は回復したが、それでも微微たるものだ。


 眼一つが限度だろう


 冷静に計算して魔術を編む。

 魔術を編んだ時は変わらなかったが、白の部屋に入る時、ふっと常よりも入るのが楽だった気がしたが、気の間違いだろう――


 窓の外の暗さに慣れていた目は、部屋の白さに眩む。心なし瞬きを多くしていると、ゆらゆらと体を動かしている彼女が目に入った。耳が無いので何を喋っているのかはわからないが、楽しそうに、少し笑顔で喋っている。一人の部屋だが、その笑顔は自然だ。

 見ていると気配に気付いたのか、彼女は顔を此方に向けた。そして、とろりと烟る目を笑みで緩めると、ぱたりとその場で後ろに倒れる。


「!?」


 慌てて近寄ると、穏やかな顔で胸を上下させていた。

 何故だか見ていると腹が立ってくるが、それよりもこのまま放置するのは気分が悪い。

 だが運べるはずも無いので、仕方なしに額の辺りにぶつけて無理に起きてもらい、なんとかベッドまで歩いてもらった。




 接続を切った俺は、やはり疲れると溜め息を吐いて自身もベッドへ潜る。眠りは、すぐに訪れた。

 

 

 




 「んんっ…」

 「…」

 「んー…ん、うん…」

 「…」

 「ん…、はれ? ぁん球さん?」


 「…」


 以下続く


 トネコメ「お疲れ様です」

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