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囚人と、パーツと  作者: トネリコ
二章 眠れる少女
18/19

第一八話

お待たせして申し訳ありませぬ。

スローペースですが、これからもよろしくお願い致します。

 

「失礼」

「やぁ、改まって提言とはどうしたんだい?」

「は、前線の監視の者から、一時期増加していた魔物の姿がまた見えなくなっているとの報があり。また、流れの商隊からも火の国にて武器防具を売却したとの情報を得ました」

「ふーん、だいぶきな臭くなってるねぇ」


 執務机の上で羽筆を墨壺に付けながらつまらなそうに殿下が呟く。その背後では、まるで寄り添う影の様に白い仮面を付けたもう一人が静かに佇んでいる。

 今日は隠れておらんようじゃのと、その白い仮面から覗く金糸を眺めてふと思った。


「英雄の名がある内は戦を仕掛けて来ないと思ってたけれど」

「…形無き名など、時間と共に忘れられる定め故…。それに、英雄と言える行為をした覚えなどありません」

「忘却かぁ…、人間ってほんと愚かだよねぇ」


 くつくつと哂う殿下の声が響く。同じ人間をまるで高みから嘲笑う様に、深い青色が細く眇められた。殿下は時折、この様に人間自体を見下す目をする時がある。そうしてからゆったりと手を伸ばし、ことりと書類の上に宝石を精巧に加工した重しを置いた。


「ジオラルこそ英雄という名に幻想を抱いているみたいだね? 民が都合の良い者を英雄と呼んでいるだけだよ? 怪物退治みたいな御伽話とは違って、今の時代、英雄なんて須らく汚れてるもの。敵にとってはわかり易い憎き象徴で、真実は一番の人殺しっと―――ははっ! 御伽話の中にしか理想の英雄はいないんだからさ、それでこそいいじゃないか、英雄なんて戦の立役者の称号だと思って受け取っときなよ」


 殿下は邪気無く朗らかにそう言った。楽しげな笑みは、最後に付随された本音の言う様に、その冷たき現実の内容に反して褒め称えているようだ。

 儂は殿下の言葉に緩く首を振る。力を信奉する殿下は、現実を認識した上で、真実その名を力の象徴として褒め称えるべきものと思っているのだろう。しかし、儂には積み上がった屍の上でその名を貰う資格など無いと、幻想と言われようとそう考えてしまう。

 すると、殿下が小さく苦笑した。雰囲気が少し柔らかくなる。王の代理と言うにはまだ幼い19の顔がそうすると覗く。殿下の幼少時に深く関わることは無かったが、それでもかつて見たあどけない子どもの面影をそこに見て、胸中を複雑な懐古が一瞬過ぎった。


「潔癖というか実直というか…、流石は騎士の鏡だねぇ」

「殿下、揶揄うのは止して下され」

「あっはは、敵が絶対見れない困り顔を見れるなんて役得というのかな」


 けらけらと笑っている。誰がその様なことなど言い出したのか、いつの間にか言われる様になった呼び名は、面と向かって言われると困惑してしまうことばかりである。

 笑って満足したのか、殿下は一枚の紙を此方に向けた。一言言って受け取り、それに目を通す。


「話を戻すけど、隣国火の国の軍備増強の報――信憑性が増したようだね」

「では…」

「んー、戦争、かな。ただあの国は先の大戦で第一王位継承者が死んでからごたついてるから、もう少し時間が掛かる筈」

「此方もまだ戦後処理が残っております」

「そうだね、その隙を突かない筈がない。それと魔物の姿がいつまた戻ってくるか不明だから―――1年、長くて2年以内かな?」


 この休戦が破られるのも


 音の無いまま動いた口元は、弧を描いて固定された白い仮面の口元を愉しげに真似る。

 机上で組んだ腕越しに此方を眺める殿下と、静かに佇み此方を観察する白い仮面とが一瞬被った。


 数度瞬けばそれも消える。

 我が国は比較的人が住みやすい温暖な気候と土壌を持っており、周辺国から度々狙われる歴史を持つ。そしてそれは王が伏している今現在もであり、決して過去のことではない。


「その計算は正しいかと。グレドへの教育も含め、徐々に演習でも増やしておきます」

「よろしくね、それは任せるよ。ふふっ、それに拾い物も予想を超える程化けてくれてなにより」


 今では儂に匹敵する程の人から畏れられる魔力に、殿下も機嫌が良さそうだ。友人の言う殿下のお眼鏡にかなうということが果たしてあやつの幸せへと繋がるのかは断言出来ぬが、そのことに関しては、儂は何があっても生きられる力をつけさせることに集中すればよいと考えておる。

 それに、魔力だけあっても使える力が無ければ意味がない。幸い普段は粗野だが、儂よりも余程弁が立つと分かっておる分安心じゃが…


「いえ、まだまだ尻の青い子どもですゆえ」

「あははっ、親代わりの贔屓目は無しかい? 英雄殿にかかっちゃどんな者も子どもだろうに」

「さあ、どうでしょうな」


 邪気なく笑う殿下へと返答を返し、儂は本題へ入ろうと居住まいを正した。敏い殿下も儂の雰囲気の変化に気付き、目を細める。


「それで、ジオラル、さっきのは報告であって提言ではないよねぇ。本題はなに?」

「はっ」


 肩肘を付きこちらを愉しそうに眺める殿下は、既にその悪魔的なまでの知能でもって先など予測しているのだろう。

 儂は頼りなき少女を想い浮かべ、続きを紡ぐ。


「殿下、捕らえた少女は現在身寄り無き身。殿下へと無礼を働いたことは事実ですが、突然見知らぬ場所へと連れられれば誰しもが混乱へと陥るでしょう。どうか寛大なる処置を」

「んー、ジオラルは知らないっけ?知ってるよねえ。既に2回目の救いはなしたよ?一度目は最初の邂逅時、2度目は――ねぇ? 自ら救いの手を拒み、命を絶とうとした。白の牢獄で精神を削って出した結論が本心とするならば、また命を絶とうとするだろうしねぇ…、牢獄から出して救うことが必ずしも彼女の為になるのかな? それにやけにジオラルは肩を持っているようだけれど、力を隠し突然牙を剥き、我等と国を害さない可能性は0ではあるまい?」

 

 ちろりと殿下が傍に控える白い仮面へと視線を投げ、次いでさあ、返答は?という風に続きを促される。2回目…、あの倒れ伏し赤く白く染まった結論が彼女の真の本心であろうか。いや、そんな筈はないであろう。初めて会話した時の礼儀正しい大人びた少女も、今のあどけない少女も、どちらもただの村娘にしか見えなかったのだ。声高に黒き者を魔物と呼ぶが、本当の魔物はそんなものではない。それこそ見極めれずして何が英雄か。儂からすれば少女はただの村娘である。そんな村娘が死を望むことを第一と考えるであろうか。仮に望んだとしても、そうなるまでに追い詰め、歪められた偽りの本心であるはずである。事実は変えられぬが、儂が居らぬ間に起こった白の牢獄内での間にきっとその選択をするまでの何かがあったはずだ。牢獄内に居ることは彼女を更に追い詰めるだけであろう。

 咎める気持ちを底に封じて殿下と同じ様に儂も白い仮面を見つめ、殿下へと視線を移す。白い仮面は微塵たりとも動かず、ただ状況を眺めている。


「また死を望むなら、その時はその時でしょうな。じゃが牢獄内では極悪人ですら精神を崩す、だからこその重罪人用独房。ましてやただの村娘なら血迷ってもおかしくありますまい。今は彼女の心を癒し、味方へと引き入れることが先決でしょう。ヤッカの様に先進的な知識を得る絶好の機会であるはず」

「へぇ…、ジオラルがそんなことを考えて言うなんてよっぽど気にかけているんだねぇ。愛妻家の名は伊達じゃないねぇ」

「…」


 くすくすと笑う殿下は人の心の弱さを突き、揺さぶり掌握する王すらも凌ぐ才を持っているが、今回はからかい程度なのだと分かるのでこちらも無言で対応する。愛する今は亡き妻は灰の目と髪を持ち、生きづらい世界を味わっていた。拾い子も少女も、どうにも他者より気にかけてしまっているのはそれが理由だと、自身でも自覚している。


「思うにこのまま従順になるまで精神崩壊させて、情報を引っ張り出した方が得だと思うけど…、ほら、意外と手を噛む程度には元気な子犬だし」

「殿下っ」


 本気とも冗談とも取れる様に手をひらひらと振る殿下をつい呼び止めていると、漏れ出た魔力に反応した白仮面が金属音を敢えて響かせ剣の柄を握った。

 一瞬にして緊張感が張る空気をゆるい声で殿下が止める。


「んー、別にここで死闘してくれるなら此処くらい壊してくれてもいいけど、双方本気になるにはネタが薄いし微妙かな。まぁジオラルの言い分はわかったよ。どうせ警備費用が嵩むとか色々考えてたんでしょ?」

「そうですな」

「あ、もう舌戦モード終わりなんだね、残念、珍しいからもう少し楽しみたかったのに」

「儂にはやはり向かないことが分かりましたゆえ」


 肩を竦める。やはり見透かされていたようで、大人しく殿下の言の続きを聞いた方がよさそうである。


「ははっ、じゃあ楽しませてくれたから僕からも情報をね? ほら、今実は城内の黒い魔物を始末しようって輩が煩くてねぇ。上手い言い分や隠れ蓑にしてこれ幸いと芋虫たちが集まってるわけ。それも宗教に基づいてるから結構幅広くいるんだよねぇ」

「…つまり下手に牢獄より出せば命を守り切れるか分からぬ…と」

「洗い出しきればいいんだろうけど、そこまでするなら牢獄に入れてた方が安上がりなんだよねぇ」


 そう言い、おもむろに席を立った殿下は本棚より一冊の書物を抜いてページを繰った。

 確かに、王が伏せてから城内はきな臭い傾向にある。内憂外患と言える状態だ。儂も四六時中少女を守れる筈もなく、また団内にも、というより団員の多くも庶民から登用したものなど特に黒と魔物に対する嫌悪感を持つ。

 思考を巡らせていると、殿下がとん…と白い指先でページを叩いた。


「それと、この古い書物にも記述がある。過去に世界へと落ちてきた”モノ”には、物だけでなく人型も居たようでね」

 

 つぅ…と指が文を追うように動かされる。初めて聞く情報であった。


「そして、その人型は自ら望むままに雷を操り、大地さえ穿ったと文献に載ってあった。どうにも、落ちてきた際に神より何かの能力を与えられるとさ。さて、あの魔物にどんな能力があるかはわからないけれど、首輪無しに放置するには危険でねぇ。…まあ、正直僕的には何か能力があったなら、おもしろいし出して傍に置いておいてあげようかなぁと思うんだけど」


 途端白仮面にの方へ向けやれやれと言いたげに肩を竦める。殿下の化け物好きはここでも発揮されるようだ。

 しかし、ここまでの情報を聞くと、何が少女の為となるか判断に迷ってしまう。

 黙り込んだ儂の顔を愉快げに見上げた殿下は、掌を叩き合わせた。

 高い音が一拍響く。


「さて時間だよ。牢獄は続行で。さあ、次の面白くない話題へと移ろうか――」





























 眼球さんとミミ―さんを見送ったあと、ついつい噴き出す。いや、我ながら6歳サバ読みは自分でも笑いを堪えるのに必死だったよ。でもあの眼球さんの感じだと気付いて無さそうだなぁ。まあ眼球さんは女性の年齢というより人の年齢とか気にしないっぽいしね~


 けらけら笑い、私は首に掛けているガラス片を握った。

 親しい友人へと呼びかけるように、愛しい存在へと囁くように、その名を呼ぶ


「ね、ましろはどう思う?」


 すると、ふわりと頬を擽る様に空間が揺らめいた。

 姿はない。

 だが、確かにそこに”ある”と感じる。


「私が楽しそうならどっちでもいいって? ましろはかわいいなぁ」


 ベッドへと座り、足をぶらぶらと揺らしながらましろを褒めれば、今度は髪を撫でられるような感触を感じた。どうやら喜んでいるようだ。

 そしてやはり触れられた箇所を見ても、そこには影も形も色も何もない。

 ふふっと笑う。ましろの姿を見られたのは数度しかない。

 そりゃそうだ


「かわいい私の牙で盾」


 憎さと愛しさは相反するってね

 今ならその言葉の意味…わかるなぁ


 つるりとしたガラス片を撫ぜれば、指先に馴染んだ冷たさが走る

 ましろはどうやらいつもの様に空気に溶け込んだみたいだ


 さてはて、それじゃあもう一仕事頑張るかな

 

「んー、周期が多少ずれてるとするならもう一回計算し直すとして…。いや、眼球さんがいる時点で引き寄せられる筈だから…。誤差の範囲内なのだとしたら貴重な時間をこれに使うのはもったいないか。んー、早めに知りたかったけどやっぱ眼球さんよりも別ルート情報のが確実かな~。いつも聞いてるし不自然じゃないでしょ、よし、そっちでいこ。でもやっぱ不安だなぁ、ふふ、ふふふふ」


 ゆらゆらと体を揺らして遊ぶ。

 詰めて推測して予測して詰めて検討して考察してまた詰める

 何のため?

 目的のために

 静かな部屋に一人声が反響してさざめいてゆく。

 一手を

 望むはたった一つ。その執着のために

 一手を

 

 ふふ、そのためならどうなろうと構わない

 賭けるは私の人生。目的を叶える為だけに我が身全てを費やして―――


 ふふ?

 目を開けている時間の全て、眠っている時間の全て

 いつ来るともしれないその機会を捕らえるために捧げてやろう

 永遠の中から一瞬を

 その一瞬を待っていたよと嘲笑うために私は―――

 

 そこまで考えて失笑が漏れた。

 っはは、自分でも分かる。愚か愚か

 時間という膨大な中から、いつ来るとも知れぬその一瞬を罠に掛ける?

 このちっぽけな我が身が?知力も体力も何もかもないお前が?

 白い牢獄で吠えるだけのお前がか?

 足りるか?出来るか?空想か?全て自分が望んでいるだけの妄想じゃないのか?


 詰めれば詰めるほど、誤差で狂う圧し潰されそうな不安

 たったこれだけの誤差で動揺する。

 不安だから練るのか?練るから不安になるのか?

 これで正解か?

 全て妄想か?

 

 ねえねえねえねえ?


 お前に出来るの?


 すでに狂ってないと言えるの?


 叶うだろうか?


 不安が鎌首をもたげる。

 喰いつくそうとその赤い下を伸ばす。

 

「ふふふふふ……、あっははは!!!」


 自分の心象風景に嗤いが込み上げた。


 鎌首を切り飛ばせ

 赤い舌を踏みにじれ

 不安?焦燥?全て沈めろ


「あー…、愉快愉快。保つかなあ?壊れるかなあ?どっちになるかねぇましろ」


 ましろも独り言には慣れてるのかいつもの静けさ


 正直勝ち目なんて万に一つも無いのかもしれない

 でもさぁ、私負けず嫌いなんだよ


 眼球さん、私負けたくないんだよ

 待つだけのお姫様なんてガラじゃないでしょ?

  












 

 

 

「まーしろー」

「…」

「ねーねー」

「…」

「あ、見てこの文字なんかましろの漢字に似てる!」

「…」

「やっと反応した~、最近ましろのスルースキルが上がっててさみしいー」

「…」



トネコメ「本人たちは楽しんでる模様(なお傍から見ると…ゲフンゲフン)」


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