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囚人と、パーツと  作者: トネリコ
二章 眠れる少女
16/19

第ー六話

 

「お爺さん、これ不味いって」

「む、そうかの? しかし重いものは胃がびっくりするであろ」

「だからって、これじゃ益々食も減るよ」


 うへぇという顔をしながら私はお粥とスクランブルエッグを混ぜ合わせた様な珍妙なべちゃべちゃをスプーンでかき混ぜた。味は無い。うっすらと魚介っぽい香りが漂いはするけど。


「かかっ。儂の年齢であればそれ程で旨く感じるのじゃが、確かに若い者であれば物足りんかの。ふむ、また相談しておこう」

「うう、お願い。これじゃ病人食も真っ青だよ」


 行儀悪く一口食べては舌を出してうへぇという気持ちを紛らわす。それでも私が口に入れるのは、最初の様な犬の餌もどきでなく、きちんとお皿に盛り付けられていて病人食何だろうなと伺えるからだ。


「ほれ、女子おなごがそのような顔をするでない」

「うー。まあ最初のよりは断然食べれるしね…」


 自分を納得させる様に呟く。何とか最後まで食べきり、お爺さんにどうだという意味で顔を向ければ、何故か無言であったお爺さんが微笑んでいた。その笑みに思わず背筋が伸びるというか、氷柱滑る心地がする。

 思わず固まっていると、一拍して直ぐに柔らかな空気を出したお爺さんが、滑らかな動きで皿を取り上げ小さな丸机へと置いた。


「ほ、完食して偉いぞ」

「もう! こども扱いしないでってば」

「わかっておる、わかっておる」

「絶対嘘」


 ジト目で見ているとお爺さんが面白がる様に隠していた本を見せた。


「ではこれはいらぬかの?」

「嘘! いります!」

 

 挙手してベッドの上で正座する。はい、こども扱い大歓迎です!


「かかっ、素直なことじゃの。ふむ、今回は魔女のお話と図鑑を持ってきてみたぞ」

「わ! ありがとうお爺さん!」


 いそいそと本を受け取る。お爺さんは毎日来られるわけではなく、既に貰っていた絵本は諳んじれる程読み返してあったので、新しい娯楽が増えてとても嬉しかった。


「これは…」

「植物図鑑じゃ」

「へえー」


 絵本を5・6冊積み重ねたほどの厚さの図鑑を矯めつ眇めつしていると、お爺さんが適当にページを開いた。


「ふむ…、これは揉んで裂傷の傷口に当てれば治りが早くなる葉であるな。それから…、ああ、これは火傷の際に塗る薬になる花。それからこれは骨折の折に一緒に挟んで巻けば良いとされる草…――」

「お爺さん詳しいんだね」


 ぺらりぺらりと捲られ、そして時折加えられる解説。すごいと思って声を上げると、お爺さんは苦笑していた。


「儂は詳しい方では無くての、友人に詳しい者がいたから少し影響されたようじゃ」

「へえー、お爺さんの友達は薬剤師さんかぁ」

「薬剤師?」

「あ、えーっと、薬を調合する人?かな。…多分。お薬を渡してるイメージが強いんだけど」


 うろ覚えの知識で言えば、では薬剤師じゃのとお爺さんは言った。そうして、気難しい奴でのと私に説明する顔は、呆れた様な笑ってる様な顔だ。

 その顔と言葉からはそれでも信頼している雰囲気が読み取れて、私はふーんと心込もらず相槌を打った。


 その時、お爺さんが突然顔を上げ後ろへと視線をやる。釣られて顔を振り向ければ、そこにはあの化物屋敷に変貌した時の様に、水色の目をした眼球が一つ浮かんでいた。


「っひっ」


 気持ち悪い


 喉の奥で反射的に悲鳴が絡まる。あの時の様な異様な数で存在した時よりも圧迫感は少ないが、それでもしみの様に眼球が一つ浮いていて此方を見ていると分かるのは、例えようもない不気味さだ。それに、色が違うとはいえ似ているあの目の色は怖い。

 逃げ腰になることも出来ず、私が思わず目を見開いて凝視しながら固まってしまっていると、お爺さんが横から一歩動いた。


「用があればそちらで聞くと伝えた筈じゃが?」


 静かに話しているのに、深く言葉は部屋に響く。雄壮な大樹を前にした時の様な深い存在感と声音に、その背に守られる形となっていた私は自然と安心感を覚えた。


「…そうか、読唇も出来ぬか」


 小さく口元を動かしていたお爺さんが何かしたのだろうか、先程まで上からわざと見下す様であった眼球が、少し慌てた様にその場を動き始める。


「開始の時期も儂が決めると言った筈じゃ。去るが良い。どこの貴族といえど、後ろ盾を得ようと、そなたがその地位におる限り儂の指揮下におるという意味を理解してから来るのじゃな」


 まるで私にも教えるかの様にそう言ってから怯える私をちらと見ると、お爺さん右手を軽く振って何でもないように眼球を影も形も無く消してしまった。最初に現れた時は恐れていた筈の眼球だが、滑稽なほどの狼狽えぶりと、あまりの呆気なさに、私の先程の眼球への恐れも一緒に消し飛んでしまう。


「…、お爺さん、いいの?」


 何が起こったのか全く分かっていないが、ぽかりと思わず呟いてしまえば、目を瞑っていたお爺さんが此方を向いた。少し疲れた顔をしている。


「ん? ああ、勿論じゃ。此方こそ悪かったの。もう少し先延ばしにする予定であったが、どうにも煩い輩がおるらしい」


 一つ息を吐き、お爺さんは何か言いづらそうな顔をした。手持ち無沙汰に彷徨った手は結局下ろされ、腰元で何かを掴もうとして何も掴めずにいると、苦笑したお爺さんは私の目を真っ直ぐに見る。

 …人の目を真っ直ぐに見れる人間は強い人間なのだと思う。ずるいことに、そういう人間の目に捕まった時は、口も鼻も髪も、顔というものを捉えられなくなってただ相手の目を見るしかなくなるのだ。

 多分嫌なことを言われるのだろうなと半ば予想しつつ、それでも私は目を離せないまま小さく相槌を打った。


「明日から日に三度、儂がおる時を除いて監視のものが来るであろう」


 私が少し時間を掛けて咀嚼し、微かに渇いた唇を下で舐めてから「それはさっきの?」と尋ねると、目を細めて暫し思案したお爺さんは、「形態としてはそうだが、信頼のおけるまた別の者を寄越そう」と答えた。

 そうではない。あれが来るということが恐ろしいのだ。

 あれが何度も現れるのかと思うと、先程消えた恐怖が微かに蘇りそれだけで寒くもないのに体が少し震える。

 そうして言葉も無く項垂れる私の頭に、少し躊躇う様にお爺さんは触れた。その重みに咄嗟に顔を上げると、お爺さんは真摯に目を合わせてから頭を下げる。

 凛として綺麗だなと思った。


「…力及ばずすまぬの。お主が出られるように助力すると儂の名に誓って約束しよう。…言い忘れておったのじゃが、儂はそなたの担当になったのじゃ。なるべく快適に過ごせるように取り計らうつもりじゃし、監視の者がイタズラしたら儂に報告するんじゃぞ?」


 最後は態とらしくパチリと茶目っ気を混ぜてウインクするお爺さん。

 態と軽くしているのだと悟った私は、ふっと息を一つつくと、無理にでも口角を引き上げてそうすると頷いた。

 

「さて、そろそろ戻らんと煩いの。ほれ、何か欲しいものを言ってみぃ」

「お爺さん甘やかし過ぎだよ!」

「ふん、儂の倅は可愛くないからの。お金も有り余っとるのじゃ、遠慮せずに言うがよい」

「えー…、うーん…、でも」

「書物以外じゃぞ?」

「ええっ!? ええっとそれじゃあ…あ! じゃあ――」

 

 伝えると、お爺さんは眉間を揉みほぐしていた。やっぱり無茶ぶりだったのだろうか。お爺さんの様子を見て冗談だと誤魔化そうとした時、「手配しておこう」と了承してくれた。そのまま今度はもう少し強く頭を撫でられる。少しびっくりしてしまったが、嫌な感じはしないのでそのまま手を振ってお爺さんを見送った。


 ぴらぴら、ぴらぴら手を振る。

 お爺さんが消えて、しんとした部屋は寂しい。

 お爺さんは、一つだけ勘違いをしていた。


 私は図鑑を手元に引き寄せ、ページを適当に開いて読んでみる。


「適応能力が高く、広く生息している種。味は淡薄だが小動物や人々の栄養源となっている。…ふーん、シイタケ的な庶民の味方ねぇ」


 モノクロの絵ばかりだったので、面白い形は無いかと最後の方から捲る。


「絶滅した植物ね…、この世界でもあるんだ。…あはは、死体茸って…、黒色だからってそんな毛嫌いしなくてもいいじゃんかねぇ」

 

 備考欄をなぞりながら図鑑に話し掛ける。視界に映る黒色をこんなに意識する日がくるなど誰が思っただろう。ざらついた触感が指先をくすぐる。


 目を瞑れば、先程のお爺さんの言葉を思い起こせた。


 ああ、憂鬱だなと瞬きを一つ、深くした。
























 降りた街の大通りを避けて裏通りへと体を滑らせる。日中でも圧迫するような高い壁が細い道を両側から挟んでいるからか、少し湿り気を帯びた薄暗さを保っていた。

 目的の場所まで歩を進めていると、段々と大通りの喧騒が薄れていく。こちらの方が居心地はよい。

 黙々と歩いていると、つけられている気配を感じて足を止めた。

 瞬間、入り組んだ細道の前方からも男が現れ挟み込まれる。


「おい、大人しく金目のもん置いてくなら命は取らないぜ?」


 態とらしく大振りなナイフをちらつかせる前方の野盗。この王家のお膝元で行う犯行にしてはお粗末に過ぎることだ。後ろを見ると、にやにやと笑っている若い男が二人。野盗の割には身奇麗。興奮している前方の若い同年代の男がリーダーで、これが初犯。大柄な男でも人数がいれば勝てると思ったのか、生かして帰すのは権力があるからか。

 推測が終わると、呆れのため息が思わずこぼれた。


「おい! 何余裕ぶってんだよ! 早くしろ!」


 人目を気にして焦っているのか、苛立ちを含んだまま「本気だぞ」とナイフを壁に打ち付けて警告している。その様を冷徹に見ながら俺は無言でフードを取り、進行の邪魔である男に見えるようにローブの前を少し開いた。


「っ!」

「なぁ、何して…」

「うるせぇっ、逃げるぞっ」


 こういう時に団服は便利である。どの団までかは暗がりであまり見えていない筈だが、一目散に逃げ出そうとしている様子から見ると、大した権力も持ってないようだ。これが下手に権力を持っていると、俺が庶民で構成された団に所属していると思い込んで、調子に乗って揉み消そうとしてくるので厄介なのだ。能のない権力者特有の思想からか、絶対数の少なさからか、端からそう思い込んでいるのである。勿論、違うと分かった時の態度も含めて面倒の一言しかない。何の因果か、時折こういう厄介事に絡まれる。

 思考していると、男の焦り声に何か感じたのか一目散に後ろの二人が背を向けて逃げ出す。調書なぞ面倒なので捕まえる気は毛頭ないが、少しは反省しろとその頭上すれすれに火球を放っておいた。

 リーダー格の男の方は既に足元でうつ伏せに寝っ転がっている。足裏で真っ青になって呻く男からナイフを取り上げて眺めると、魔力が少し宿ったかなり良質な一品であった。

 ひ弱でお坊ちゃん、何処ぞのドラ息子か脳内で検索を掛ければヒットするだろうが、その価値も無いかと頬に刃の側面を押し付けて警告してから放してやる。


「っっ、触んな!」

「…」


 警告した時に目が合ったからだろう。男はナイフを弾き、種類の違う恐怖が宿った悲鳴を上げ足を縺れさせつつ逃げ出した。

 男が弾いたナイフを拾い、手持ち無沙汰に弄ぶ。種族柄、鑑定には自信がある。このまま放置するのは危険かと、自身の空間に放り込んで何事も無かった様に先に進んだ。





「ひひっ、いらっしゃい。久しぶりだね。生憎と中々来ないから処分しちまったよ」

「…くだらん値段交渉はいい」


 欲の張った目の前に乱雑に金を入れた袋を置く。すると男は素早くひったくって中を確認し、ひきつる様ないつもの笑い声を出して奥を指差した。


「ひひ、面白くないことだね。実際、邪魔だったから処分しようか迷ってたってのに」


 しゃがれた男の声が響く。空間に目当ての食糧を箱ごと詰めながら、それを言った男を俺は胡乱な目で見た。この欲の張った男が、処分費用を気にせず処分する筈がない。そもそも、廃棄される筈の食糧を法外と言っていい値段で売っているのだから。聞いてはいないが、処分を引き受けると言って金も貰っているに違いない。


「ひひ、何だい兄さん? 終わったら早く出てくれよ? 流石に客が来なくなるのは困るんでね、ひひっ」


 肩を竦め、俺もさっさとそうしたいと最後の箱を詰め終える。裏通りの中にある金になるものなら何でも扱う店主は、愉快気に袋の中身を数えていた。

 庶民の方が黒色に対する反応は過剰と言えるのは、魔物に対する恐怖や、宗教が関係していると考えられる。商人の間では縁起やら呪いやら好き勝手に悪くなるそうな。それ故にばれた際、表通りでは相手にされず、最初の頃は面倒なことになった。この男が気にしていないのは、そんなものよりも余程金を崇拝しているからだろう。


 用は済んだと店を出ようとした時に、珍しく男が呼び止めた。


「そういや兄さん、ヤッカとの関係が悪化してるって噂があるんだが、そこんとこどうなんだい? 色は付けるよ?」


 ひひっと先程渡した袋の横に金を並べる店主。どうやらその情報は高値で売れるようである。態とであろう大雑把な問過ぎて分からないが、隣国の海洋大国であるヤッカとの関係で利益不利益を被るのは海産物市場か、はたまた武器防具関連か…。

 無言でいる内に、トンっと店主が支払い台の上に品を置いた。その品が何か分かり、思わず少し目が開く。


「へぇ? これは本物だったってわけかい」

「…さあな」

「ひひっ、兄さんこれも付けるよ? どうだい、価値は言わなくても知ってるんだろう?」


 肩を竦め、店主が置いた品――真ん中に特徴的な仄青い線が入った手の平大の水晶玉を手に取る。

 まさかこの場所で見るとは思いもよらなかった品だ。


「御使い様が落とした品だって言うのを買い叩いてやったんだが、もう少し色を付けてやりゃ良かったかねぇひひ」

「…、仮にそうだとしても、売れることはないだろうな」

「ひひ、そりゃあ何でだい? 魔道士なら喉から手が出るほど欲しいだろう。なんてったって、これがありゃあ千里眼の如き魔法が使えるって売りに来た奴は言ってたからねぇ。謀ろうたってそうはいかないよ?」


 ちろりと下から睨め上げる店主。小男だが、伊達にこの世界で生きてきただけあり、目ヤニの溜まった眼光は迫力を持つ。

 それを見下ろして、俺は適当に水晶玉を手の上で転がした。店主に分からない様に魔力を流せば、それは酷く手に馴染む。


「騙されたのは珍しくもそちらのようだな。これが仮に本物だとしたら、ガラス玉よりも役に立たんだろう。何せ特定の魔力を持つ者にしかその魔法は使えぬのだから」

「その特定ってのは」

「御使い」


 端的にそう言うと、男は騙されたと知った怒りで顔を赤黒くさせた。損失は少ないにしても、金に執着を持つからこそこの男は損をさせた男への恨みを根に持つのだろう。まぁ売った男は今頃既に何処かへ行っているだろうが…。それよりも入手方法の方が気になる。

 思考をしていると、店主が躍起になって黄ばんだ歯を剥いた。


「砕いて研究材料にでもすりゃあいい。珍しさは一級品だ」

「…まぁ俺は研究職じゃないが、そういう用途もあるかもしれんな。ただ――」


 下手したら持ってるだけで御使いに見られて報復されるぞ。それと、殿下がご執心なのは聞き及んでいるだろう?


 入手状況が分からないので何とも言えんが、この個体の親族が探していた場合嘘ではない。殿下の話はそれこそ有名である。そう話すと、店主は引き吊った笑みで厄介払いをする様に俺に水晶玉を押し付けた。金は大事だが命あての物種と言わんばかりだ。


「ひひっ、兄さんにそれやるよ。しがない貧乏店にゃ過ぎた代物さ。そういや兄さん情報は――」

 

 分かりやすく水晶玉を持ちながらトントンと首を叩くと、期待していた分がっかりした様に店主は椅子に腰掛けた。こういう稼業の者は知識がある分面倒が無くていい。男が不貞腐れて店から早く出てけと追い出すので、俺はフードを被り直すと水晶玉を手に持ったままさっさと裏口より店を後にした。


 

 

 …、まぁ上々か

 

 空間に仕舞った物を思い起こす。それは小さく風化しているが、正体は同族が死した時に残る眼球である。普通は墓場でその寿命を終える者が多いので、これが人間の市場に出回るなど極めて稀であった。勿論、人間にはこれの元が何かは伝わっていない。骨よりも長い年月で消滅せずにいるのは、より魔力が籠もる部位だからだ。


 少し空を見上げる。まだ空は晴れているが、少し湿り気を帯びた雨の匂いが風に乗って流れてきていた。


 水晶玉は薄い色彩なので下位だと推測されるが、一応次に祖父へと報告する際に伝えておくかと俺は心に留めておく。店主に伝えたことも嘘ではないが、下位種がもう片目を持って探している可能性はこの風化具合を見ると少ないだろう。

 

 裏通りを抜け大通りの喧騒に紛れ込む。露天を見ると、長年の経験があるからか多くの者が屋根を広げるか店仕舞いを始めていた。この時期は突風やゲリラ豪雨などが増えてくる時期なのだ。それには同族の住処もある程度関係しているのだが、それを人間が知ることはこの先もない筈だ。

 

 あの水晶球を都合よく店主は渡したが、他にも伝えていないことがある。例えば千里眼が使えるのは同族だけでなく、莫大な魔力を持つ者なら可能という点だ。といっても人間で該当する者など、この国では俺を含めて5名も居ないだろうが。


 スンっと鼻を鳴らし、人の肩に触れぬ様端に避けながら城を目指して少し駆ける。


 処分に困るが、結果的に入手出来たのは上々であろう。あれほど容易く店主が信じたのも、魔道士は嘘をつけないという俗説を信じているからに違いない。

 面倒でなくてよかったと思いながら、俺はフードを深く被り直した。

 ただ、俗説はあながち間違っているわけではない。言霊と密接に結びついているので、しんの置けぬ者の言霊には力が篭もりにくいというのが真実だ。魔力の少ない者にとって、それは致命的であろうしな。


 深く被り直し終えた時、予想していた通りポツリと一粒落ちたと思った瞬間には、烟る様に大粒の雨が降り注いだ。防水加工されたコートを水が滴り落ちる。加工されているとはいえ、肌に張り付くのは少し不快だ。

 先程まで賑わっていた大通りを、慌てた様に人々が腕を掲げて屋根ある場所まで走り抜ける。それを横目に、混んできた端を避けて道の真ん中を通るのも悪目立ちするかと、俺は再び裏へ通じる横道に体を入れた。人々は上を見上げたり袖を叩くのに夢中であろう。

 周囲を確認した俺は、足に力を込め勢い良く地を蹴る。片側の壁に足が着いた瞬間、上手く体重を蹴る力に込めれれば後は簡単だ。細い横道の壁を交互に蹴って最後に勢い良く宙へと身を踊り出せば、眼下に王都の街並みが広がった。

 バサバサと風に靡くコートと共に重力に従って落下し、平坦に続く屋根に無事着地する。


「一雨来たねぇー」

「もうそんな時期かい」

「この時期は外も危険だからね、家に籠もるに限るよ」

「おいおい、そんなんじゃ店が潰れちまうよ」


 もう既に弱まり始めた雨の中、下からはそんな声が聞こえる。市井の人々は逞しく、既に屋根を元に戻し、また店を広げている。俺はそんな町並みを見下ろしながら、しとしとと水溜りを揺らすだけとなった薄霧の雨の中を、もう濡れることも気にせずのんびりと進んでいった。














乾パン(一部貫パンなどとも呼ばれる

 ある材料から作られたパンが乾燥して出来上がってしまったもののみに許された?呼称。酵母(この世界の人はまだ知らない)が変に頑張り過ぎているのか、水に付けずに食べるなど狂人だと言われるほどに硬い。時間が経つほど硬度が増す。それでもかなり安価で腹に溜まることと、数日は乾パンに進化?しないので、乾パンの元となるパンは今も生産され一定の需要がある。逸話として乾パンは超長期での保存が可能なので、傭兵職から保存食としてはどうだという提案があり実行されたことがあった。しかし残念なことに水分を異様に吸う性質を持つため、持ち運ぶ水が膨大に必要となり簡単に頓挫した。このことから「食べぬ乾パンでの食事時」ということわざが生まれたという話がある。ほか、「時間が経った乾パンは痩せ犬も喰わぬ」「武器が無いなら乾パンを使えばいいじゃない」などがある。ちなみに最後の話を実践して生きて帰って来た者がいるため、その地域では貫パンと呼ばれ貫パン護身術も生まれたとかないとか…。

 最近その性質の謎を解明しようと乾パン研究家なるものも生まれている。その研究の一貫で、王家の地下には非常時の為の備蓄として乾パンを置くべきだと提案が近年なされた。実際、食べようとしたネズミの歯が欠けたという研究結果が報告されたので、財務大臣も前向きに検討している状態である―――

 

 以下続く

 

トネコメ「見よ、この準レギュラーのプロフィール」

 

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