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囚人と、パーツと  作者: トネリコ
一章 始まりの一週間
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第一二話



 殿下が去り、逸速く確認だけでも取ろうと右目だけを送り込む。焦燥のあまり雑な魔術を編んだためか、つきりとした針の様な痛みが目の奥を刺した。

 そこで見た光景は――――


「っつ!! 誰ぞおらぬかっ! 今から魔力を限界まで使用するっ、後は任せたっ」

「ど、どうなさったので? …とりあえず牢獄を停止させ…」

「待て! 牢獄の人を死なせぬ機能で保っておるだけじゃ。切らば死ぬ。殿下もご理解済みであろう、分からぬことは倅にでも聞け! では後は任せた」


 言いたいことだけ言い放ち、後は牢獄内へと飛び込む。


 総統の瞼の裏には、冴え冴えとした白い部屋の中で血の水溜りに沈む少女と、広がった赤い血液とそれを吸ってべたりと張り付くワンピースが端からじわりじわりと白く染まっていく、背筋を氷柱滑る悍ましい光景が焼き付いていた。






















 祈っていた。いや、胸元の何かを握り締め、それは耐えている様にも見えた。


 少し天井付近から下降して近寄れば、ゆっくりと女は顔を此方へと向ける。普段は目元へと掛からぬように横へ流していた前髪が、顔を伏せていたためか女の目元を覆った。それでも、微かに覗く目が揺らいでいるのが見えて、俺は此方へと伸ばされる手へと思考することなく近寄る。


「――、―――」


 彼女が何か呟いた。聞こえぬ声に聞き逃したことが惜しく思った。

 周囲を探す素振りに、おそらく耳でも探しているのだろうと当たりを付け、目に追随する様に部屋へと送る。場所は自身の右目で確認しやすいよう彼女の後ろでいいだろう。


「―――? ――、―…ぅと、思ってたんだけどねぇ…」


 少し変な感覚だ。確認を取ろうとした瞬間彼女の手に捕まり視界が半分遮られ、右目の方からではきちんと接続出来ているかの様子が伺えない。右耳とリンクしている感覚はあるのだが、念の為を思い彼女の手から出ようと浮かすと、視界全てが閉ざされた。


「あー…、出来れば居てくれるとうれしいなぁー…なぁーんちゃってっ!」


 しかし直ぐに宙へと離される。振り向けば何でもないと笑う彼女が居た。


「今日も忙しいんだねぇ~。ミミーさんや口さんは怒られちゃったのかな? …って、聞こえてないよね。うーん、会話出来るってことが嬉しくって、眼球さんがなんだか優しいことに甘えちゃってたみたい、あはは」


 頭を掻く彼女に、やはり自分は由来の分からぬ憮然とした気持ちを抱く。少し乱雑に眼球を動かし耳の方へと向かわせると、その様子を追っていた彼女が驚きに口を少し開いたのが見えた。


「あ…、えと、あははっ。うれしいかも」


 ぱっと立ち上がった彼女の手に両方とも捕らえられる。一瞬真っ暗となる視界に反射的に逃げようとするが、掴む直前の手が微かに微かに震えていたのが見えた。


「…」


 必然的に無言なのだが、ぼんやりと籠の様にゆるく塞ぐ上を見上げる。位置的に、また座ったその膝の上で包まれているのだろう。


「いまだけ、甘えてもいいかな?」


 小さく視界が揺れる。揺れているのは自分じゃなく――


「この前はごめんね、この時期はどうしても不安定でさぁ、あはは、ほんと、波みたいに来るくせにいっつも突然来るんだもん。嫌になっちゃうよねぇ~」


 ちゃり…と小さく鳴る音がした。指の隙間から覗くのは首に掛けられた小さなガラス片。


「眼球さん、ほんとありがとね、ちょっと今回はきつかったんだ~えへへ」


 編まれた指先越しに彼女の顔が映る。下から仰ぐ彼女の目は指が隠してしまい見えない。ただ、ぎゅっと噛み締めた唇だけが嫌にはっきりと見えた。


「…私は、絶対に叶えるから…、だから、此処で折れるわけにはいかないもんね…」


 暫し静かな空白の時間が生まれる。


 俺は此処に来るまで巣食っていた焦燥が消えたことが分かった。だが、同時にまたそれとは別の気持ちが生まれる。それはどうにも理不尽で、彼女に一切の非はないのだろう。

 

 手が解かれ、促されるままに中空に漂う。ぱんぱんと頬を叩いて気合を入れている彼女。泣いているのかと思ったその顔は既に先程までのことなど何もないと笑っている。


 俺がいなくても彼女は一人で立ち上がっていたのだろう


 それに苛立つ自分は、ではどうしてほしいのか。左目を閉じ、ため息を吐く。背もたれに凭れればぎしりと椅子が悲鳴を上げた。だらりと手を垂らし、上を見上げれば蜘蛛が巣を作っているのが見える。

 すでに、心が揺れることはもうそういうものかと諦めの境地であった。どうやら色か、はたまた境遇か、どれにしろ自分にとって興味を引く存在であるようだ。


 頭の中で揶揄う様に笑うラドを追い払い、右目と右耳に集中する。

 強く叩きすぎたのか、彼女の白すぎる頬が微かに赤らんでいた。


「よっし、多分もう大丈夫! …多分! …ぶっふぁっ。うん、うくくっ、変になんか今自信あるし、うん、大丈夫な気がする。あれかな? 石の上にも三年って言うけど、此処に三年居たらなんかエネルギーを吸い取れるようになるのかもしない。あれだ、妖怪だ…ね……、ぶふぁあっ」

「…」

「妖怪…ようか…、あ、無理腹が捻れる」


 腹を抱えて地面をひたすら叩いている。上げた顔は若干涙目となっており、何故だか釈然としない気分のまま俺は無言で見守っていた。


「あー、妖怪は通じないもんねぇ。魔物とか幽霊なら通じたっけ? まああれだよ、子泣き爺とかに化けれたら強そうじゃない?」

「?」


 子泣き爺…、泣いている老人の何処が強そうなのか分からず首を傾げていると、何やら説明が始まった。


「えーっと、確か赤ちゃんみたいな鳴き声で泣いて、拾うかなんかして助けてあげた人に乗っかかるの。そしたら段々と石の様に重くなって、最終的には潰されちゃうってやつ~」


 …理不尽だな。まぁ人間にとって魔物とは理不尽の象徴かもしれない。

 一応石ぐらいならどうにでも出来そうだと考えていると、彼女もその理不尽さに思いあたったのかやっぱり止めたと呟いていた。…そもそもその子泣き爺とやらは性別を超越してもよいのだろうか。

 彼女が続ける話を聞くともなしに聞きながらくだらない思考をつらつらと回していると、つきりと即頭部を痛みが刺す。


 やはり接続時間は短くなるか…


 急に消えるのはあの日の絶望とした表情が過ぎってしまい自身が何故か嫌だと感じた。仕方なしに取り敢えず何か合図でもするかと彼女を見ると、此方を向いて手を振っている。


「おつかれさま、今日はありがとね~…って、ぶはっっっ! そんな驚かなくても! あははっ、流石に仕草とかいなくなるタイミングとかで大体分かるって~」


 ひらひらと手を振る彼女は何でもない様に言っているが、それがどれほど異様なことか理解していないのだろうか。僅か数度で自分でも未だ把握しきれておらぬタイミングや、更には仕草など眼球の一体何処から読み取るというのか。

 驚愕に思わず動きを止めていると、ひらひらと動かしていた手がやがてやんわりと止まり、終いには後ろ手に隠してしまった。


「?」

「あ、あれ? もしかして勘違い? …、やばい…恥ずい…、何これ、めちゃくちゃ恥ずかしい!」


 脱兎の如く布団の中へと隠れてしまう。


「うあーーっ!! 眼球さん、別に追い出そうとしたわけじゃないからね! ちょ、ちょっと気分が優れないからネマス。 好きなだけ居ていいからねー」


 もごもご、もぞもぞと布団が動く。ひっそりと覗く耳が真っ赤になっているのを見て、俺は愉快な心地のまま勘違いを正さずその場を去った。

 

 

 さて、明日は祖父に報告でも上げるか







そう、ほのぼ…、え?子泣きじじ…え?



*会話の続き

「そういえば眼球さんに滅茶苦茶似てる妖怪も居るよ~」

「…」

「二足歩行するの」

「…」

「何か凄い人気で、お風呂に入ったり喋ったりもするよ」

「…」

「息子もいるよ」

「!?」


以下続く


トネコメ「こう見るとオヤジさん凄いね(遠い目)」

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