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囚人と、パーツと  作者: トネリコ
一章 始まりの一週間
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第十話

!残酷描写・暴力行為があります!作者も四回程心折れてPOPな曲に逃げたので、皆様もこう…うすー目でお読み下さいませ。

 


「あ…」


 コロロと手から滑り落ちた空の小瓶が転がる。小瓶というが、ハンドクリームの容器の様な平べったい円形だ。幸い低めのベッドに座っていた状態だったので割れずに済んだ。

 だが拾いに行くのも億劫だった私は、離れて行く様をぼんやりと見送る。


 気力が湧かなかった。


 家族と居られた陽だまりの様な夢は、目覚めと共に泡沫の如く散った。


 そして、確実に私の中に何かを残し、何かを奪い去って行った。


「あの男…」


 小瓶を追って目に入った綺麗な部屋の状態に、眠る前のあの男の言葉を思い出す。


 そしてハッとして慌てて自分の状態を確かめた。何故今まで気付かなかったのか。私が着ていた服ではなく、白いワンピースとなっている。首を締められることを警戒したのか、タンクトップ状で半袖ですらない。


「やって…くれる…」


 怒りのあまり震える程拳を握りしめると、無音の部屋でベッドが軋んだ。


 あの男でない可能性も勿論ある。だが、確実にあの男のせいで酷過ぎる姿を見せたのだ。

 一瞬無数の手と眼球が思い浮かぶが、慌てて首を振り打ち消す。

 

「あの男が悪い」


 確かめる様に言い聞かせた。

 

「こんな服この年で着るなんて恥ずかしいし、そもそも趣味じゃないし、別に寒いわけじゃないけど露出多過ぎる気がするし…」


 真っ白な天井。

 

 感情が追いつく前につらつらと口が回る。


 傍から見たら、女が一人ロボットみたいに天井に喋っていることだろう。


 喋っていないと恐い。


「…あの状況で誰かが運んで着替えさせて身奇麗にしたってことだけど…、そりゃお風呂に入ってないから臭うし着替えた方が良いんだろうけどさ、そんなのお風呂すら用意しない向こうが頭おかしいからだし…」


 喋る内に段々と腹が立ってきた。ようやく感情が追いつく。

 意識が無い人間に皆何してんだ。誰だか知らんが一声掛けろよ、せめて一声。


「ああー!! 絶対顔中ぐちょぐちょだった!! 最悪だ。もう嫌だ。何かいい匂いするし、絶対体洗われてる。もうやだ。全部あいつのせいだ。あんな男なんてもう死んじゃっ……っぅ!?」


 やっと感情が追いついたのに、今度はそれが仕返しの様に首を絞めた。


 あれ?うそ


 首に指先が触れる。


 気付いた事実に目を見開いて、呆然と息を呑んだ。


 先程までとは違う意味で、今度は全身が震える。


「わ、たし、殺そうと…してた? …人…を?」


 信じられなかった。


 けれど、



 両掌



 見下ろした先の震える両掌が、両掌に、両掌は


 自分のものじゃなく思えた。

 黒い何かがこびり付いて見えた。

 まだ…握り締めた袖の感触を思い出せた。



 キタナイ?



「ちっ、がう!」



 誰に否定しているのか分からぬままに叫ぶ。

 ぐるぐるぐるぐると視界が回る。

 座り込んで咄嗟に頭を押さえようとして…、触れる前に床で拭った。


 縮こまる。この真っ白な部屋には私の身の置き場所など…、居場所なんて何処にも…――


「違う、あれは正当防衛だったから違う。それにビクともしなかったから大丈夫。あんなの人間じゃないから大丈夫。違う。大丈夫。未遂だから、それに相手は監禁犯の仲間だから…」


 回る視界のままに、胸元で握り締め合っている両手に言い聞かす。


 大丈夫大丈夫


 繰り返せ。言い聞かせろ。洗脳しろ、自分を。でなきゃ―――


 本能で分かっていた。今の自分は張り詰めた糸 ――  暗闇の中、きりきり、きりきりと眠っている間も今も止まることなく両側でネジが巻かれている。引き絞られる程鋭さを増す。小さな一筋の光で照らされた儚い銀色は今にも切れそうなのに、何かがするりとそれを撫ぜ、更に削ぎ落としていく。

 精神への負荷が凄まじく、さっきから乱交下している精神。

 本能は解っていた。

 だから優しげに私の耳元でそっと囁く。

 

 『今そのまま背負えば――――潰れるぞ?』





 やがて何度も何度も繰り返す内、ゆっくりとだが少しずつ強張りが解けていった。


 それと共に、恐慌していた気持ちも次第に治まってゆく。


 そして、冷静さが戻り出せば、こんな時でも代わりに心を占め始めるのは日本の温かな家庭で培った人間性。


 濁った目で呟く。


「ああ、でも、謝らないと…」


 コロそうとしたんだから


 (いやいや、こんなひどいことされてるのに?いや、でもあの金髪の王子様が一番悪いんだし。それに結果的に栄養剤くれたんだし…。けど監禁されて暴力受けてるのに謝罪なんて…、いや…、でも…)


 幸か不幸か時間はたっぷりとあったので、私はつらつらと思考を回す。


 皮肉なことに、謝罪しようかを考えている間が一番人間らしかった。

 まぁ内容は過激だが、日本でよくやった親子や兄妹喧嘩をした後を思い出させる。

 それに、今の現状や先のこと、この部屋に居た間のことを考えようとすると気が狂いそうになるのだから。

 

 束の間人間らしさを取り戻させてくれた事に感謝すべきか


 ちらと考えた瞬間、何故そんなことまで感謝しなくてはいけないんだと理不尽にあの男へ腹が立った。

 今頃くしゃみでもしているかもしれない。

 

 そう考えて少し笑えばお腹が鳴った。

 少しだけ、元気が出た。



 そして、そいつはそんな時に現れた。

 ほんと、どいつもこいつもタイミングが良すぎて腹が立つ。

 ああ、でも今は感謝しているよ?その御蔭で気付けたんだから。



「やあ、お久しぶり、元気にしてた?」


 にっこり笑顔で突然現れた諸悪の根源に、初め呆気に取られた私は、誰か理解した瞬間無謀にも襲いかかった。


 チャンスだ!仲間はいない。女一人だと見くびってのこのこ現れてくれたこいつを、まずは有利な状態で捕まえて交渉して、それから人質にして此処から出て…―――


 けれど、そこまで考えて動きが止まる。


 視界に入った両手。


 慄いたのは、潜んでいた自分の中の攻撃性に気付いてしまったから。


 そして、それはある意味正しい行動だった。


 動きが止まった私を、男は髪を掴んで床に引き摺り倒し、躊躇無く頭を蹴り抜いた。

 誰かの悲鳴が尾を引く。誰?あぁ…

 転がって壁にぶつかった私を男が笑顔のまま見ている。

 この男は、掴み、引き摺り倒すその時も、蹴り抜くその時も一ミリ足りとも顔を変えなかった。


「幸運だね。これで許してあげる。止めなかったら殺処分だったよ?」


 後ろ手に手を組んで私を見ている男を、私は横たわって震えながら見上げていた。

 カチカチと歯の根が鳴る。

 受けていた暴力の記憶が私を恐怖で絡め取る。

 

「お馬鹿さん。武器も無いのによく襲いかかれたね。魔物の居る部屋に、王子様が何故一人で現れれるのかも考えなかったのかい?」


 くすくすと何の色も宿さず私を見る それ が人に見えなくて、私は一ミリでも離れようと壁に背を押し付け縮こまった。

 それを見ていた男は、一歩、また一歩と見せつけるかの様にゆったりと近付いて来る。


「ねえ、此処に居るのは楽しかった?」


 しゃがんだ男は髪を掴んで、私の顔を上げさせた。

 咄嗟にその手を両手で引っ掻くが男はピクリともしない。

 苦痛と悲鳴が絡まり合った声がか細く響く。

 恐怖からか、痛みからか、生理的な涙が頬を伝った。


「そうだよね、嫌だよね、つらいよね」


 見下ろす男の顔は白い部屋の明るさで影になっても見える筈なのに、私の眼にはどす黒く塗り潰されて見えた。場違いな黄金でも隠せない。パカリと開いた真っ赤な口が嗤う。

 そして、目が合った男は初めてその青い瞳に恍惚の色を宿して私を見た。

 男の白魚の様な指が私の涙を掬う。

 嫌悪感のあまり頬を削り落としたくなる。


「此処から出たいよね?」


 まるで睦言の様に男は耳元で囁いた。

 するりと頬を滑り、犬を可愛がる様に男は顎を撫でる。

 もう片手で髪を引き掴みながら口元で笑って。


 こいつはイカレてる


 そんなこと、とっくのとうに解っていた。

 

 話したくない、関わりたくない


 けれど、あまりにも男の言葉は魅力的だった。


「っ…ぅ……っは、いっ…」


 痛みで肯けないから、震える息と声を代わりに吐く。

 すると、男は先程までの色を隠して目を細めた。


「気が変わってくれたみたいでよかったよ。まぁもうあんまり興味も無いけど、部屋においで? 少しは可愛がってくれるかもしれないよ? 一緒にお話しよう」


 怖かった。男の目は私という存在に対して何の興味も抱いていない。男の言うお話ですら不穏な響きにしか聞こえない。この男について行っても、未来など真っ暗で何も見えない。けれど、この白い白い牢獄に一人でこの先もずっと閉じ込められるなど考えたくもない。

 奥歯が鳴る。血の気が引いている。それでも、過ぎった家族への想いが、故郷への執着が私の背を押した。


 震えながら振り絞った決死の叫びは―――


「だ…して、ください。かえして…、私を日本へ帰してくださいよぉっっ!!」


「え? 無理だよ?」


 きょとんと、何を言ってるの?と、まるで可笑しなものでも見るように男に言い放たれただけだった。

 

























 ザッと靴が地面を踏みしめる。振り返ると街にあっても何の違和感も無い地下への扉は既に認識しずらい程存在が薄まっていた。

 

 思ったよりも時間が掛かったな


 口元を隠していた布を下げながら、足早にその場を去る。総統から頼まれた遣いだが、話を通していなかったのか、初めは侵入者と勘違いされトラップやら魔術やらと面倒臭い羽目に陥った。目立つと思い着替えたのが裏目に出たのかもしれないが、渡された時のニヤついた顔を思い出す。総統は体の良い小間使いとでも思っているに違いない。

 思わず溜め息が零れる。

 その時、ざわりと首の後ろが総毛立った。擦り上げられる様な初めての感覚に、咄嗟に城の方を向く。


 呼ばれてはいない、だが、行かねばならない


 それは直感だった。だが、意味が分からないと頭で即座に否定する。

 それでも、立ち止まっていた足を城へ向けて心なしか早めたのは、日が変わる前に二度様子を見なければならないと思い出したからだ。

 いつの間にか点っていた街灯がぼんやり照らす夜闇を駆ける。流石に人通りの少ない街中を、満月は変わらぬ表情で照らしていた。









じ、次話もこの続きですが、その次は(作者の精神衛生のため)ほのぼのコメディに全力投球したいっ(予定っ)です。




*道中

 「…此処か…」

  ガチャッ――

 「ジュッ(靴の裏が焼ける音)」

 「ひゅっ(矢が飛んでくる音)」

 「ガラッ(足元が崩れる音)」

 「ちゅう?(ネズミが小首を傾げた音)」

 「………(ひたすら無言になった瞬間)」



 以下続く



 トネコメ「すまん略した」

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