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囚人と、パーツと  作者: トネリコ
一章 始まりの一週間
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第一話

 


 その日は歩いて帰っていた。いつもの横断歩道で信号待ち。鳴り出したスマホのバイブ音。バッグから取り出そうとして、スマホのバイブとは全く異なる、心臓がヒクつくようなクラクションと、運転席のおじさんの、見開いた、目―――…それが、あの世界の最後の記憶。




















「ほらよっ。適当に見て記録付けるだけだから、引き継ぎはその資料だけでいいだろ」

「…」


 いきなり呼ばれた裏庭で、乱暴に紙束を胸元に投げつけられる。猫背だが生憎と身長はあったので、それは胸の辺りに当たって地に落ちた。


「チッ、ホント何でお前みたいな愚図が俺と同じ職なんだろうなあ? 魔力だけに頼りやがって」


 忌々しげに睨まれるが、いつものことである。ただただめんどくさい。

 のろのろと下に落ちた紙束を見て、もう一度相手へ視線を向ける。


「その気持ち悪い目を向けんな」


 嫌悪するようにそう言われるが、生まれつきの色である。

 気にせず地に落ちた紙束を拾っていると、上から見下ろしていた男は、一つ舌打ちして吐き捨てる様に呟いた。


「ぁー、王族に縁があると聞いてたのに、とんだハズレくじだったぜ。ゴミ仕事してやってる分見返り貰ってただけなのに、団長もよぉ」

「…」


 相手の男の話など右から左で、拾い上げた資料の表紙を眺める。特徴の欄を流し見て、普段やる気無く半分閉じた目が、自分でも驚きに少し開いたのが分かった。それを見た相手の男が、甚振るかのように口の端を歪める。


「まぁ、辞められて良かったぜ。これほどお前にお似合いの、女も仕事も他に無いだろうしよ? ああ、言っとくけど、団長命令だから受けないっつーのは無しだから」


 ははっ、じゃーなと笑いながら去っていく男の姿を横目に、俺はペラペラと分厚い紙束を捲っていった。

 特徴の欄や女の扱い方は、ほんの申し訳程度に数行だけ。後は行動記録と罪状に、何ページもの枚数を割かれている。


 めんどくさいと呟くことすらめんどくて、ため息を一つ吐いてからずるずると見張り室とやらを目指して体を動かしていった。







 目的地のドアを開けると、ほこりっぽい匂いが鼻腔を刺激した。中は狭く、目に見えるものは簡易ベッドと机と椅子と窓のみという質素ぶりだが、寝泊りするわけでも無いので十分である。資料では記録さえ付ければ何をしてもいいようなので、有り難く睡眠に使わせて貰おう。確かに、人によっては退屈過ぎるだろうが、これは俺にピッタリの最高の仕事だ。


 埃っぽい椅子の背凭れに体を預ける。内心であの男に感謝してほくそ笑みながら、俺は見張りのための魔術を起動した。


 この仕事に俺が選ばれた理由も、この遠隔の監視魔術が使えるからだろう。今回の見張り先は、只の牢屋ではなく、極悪人用の白の牢獄という位置情報が世界からズレた場所である。そのため、その分高度な技術を必要とした。


 一応あの煩かった男も、エリートな方だったんだな。


 そんなことを思いながらぼんやりと虚空を見ていると、右目の景色が切り替わり始めた。上手く接続した証である。

 久しぶりに使う魔術なので、慣れずに瞬きを繰り返していると、接続先の全体が次第に分かり始めた。

 右目と左目が別々のものを見ている、という状況は、以前使用したことがあるとはいえ脳に混乱をもたらす。ましてや久しぶりなら尚更だ。初心者や一般者が使用する場合は、片目を使う時にもう一方を閉じるので、今回で言うなら俺もそうした方が良い。だが、この鈍った体の状態に加えて視覚も奪われていては、咄嗟の時に対処出来る自信がなかった。


 時間はあるし、すぐに切るか


 冷静にそう判断すると、右目に意識を集める。ピントが合う様にぼやけは無くなり、ある時を境に一気にクリアな視界となった。それと共に、白と黒の目にも鮮やかなコントラストが目に入る。


 病的なまでの白い部屋。


 壁、天井、簡易ベッドやトイレ、洗面台から床に至るまで。小さな部屋の中で、中にある全ての物が一点の汚れさえなく自ら輝きを放ち、それを反射し合う。何も知らない者が見れば、昨日建てられたばかりの新築だと思うだろう。それも、極度の潔癖症が建てた。

 

 皮肉気に思いながらじっと見ていると、ベッドに腰掛けて白に 染められた 本を読んでいた女が、気配に気付いたのかゆっくりと顔を上げた。

 

 さらりと、まるで音が響きそうに揺れ動く長い黒髪に、柄にもなく思わず目を奪われる。


 白の牢獄――人物以外の何もかもを強制的に白に染め上げる部屋の中で、唯一色を保っていた女。

 3年も牢に居た為か、日に当たらぬ肌は白を通り越して青白く、本を持っている腕や足はマッチのようで、病的なまでの部屋の白さと相まって屍人の様にすら見える。儚さよりも、見るものに恐怖や心配を与えそうな姿だ。


 顔は、髪が邪魔で見えないな。


 座っているので大体だが、おおよそ膝の辺りまである髪と、顔を上げた拍子に目元を完全に覆い隠した前髪で、女の顔はほとんど分からなかった。


 まあ取り合えず、顔も青白いということだけは分かったか。


 初仕事としての区切りに丁度良いだろう。そう思い接続を切ろうとした瞬間、女はその見掛けによらず乱暴に髪をかきあげた。そして、それにより前髪で隠れていた目が顕になる。



 資料で見て知っていた


 自分と同じ黒混じりだと


 だが、自分の灰などとは比べようも無い程の


 深い深い仄昏い海底の奥底の


 孤独な深海の ――― 黒



 その微かに過ぎった在り方に、色に、存在に、その全てに




 魅せられる


 惹きつけられる


 囚われて、水底へ引きずり込まれる


 刻が、止まる




 逃げろと、海中で酸素が口から零れる様に感情が喘ぎ、警鐘の命じるままに藻掻く


 だが、同時に


 女から見たら、気味の悪い眼球が一つ宙に浮いてる様子だろうに、


 膝に置いていた本を乱暴に放り投げ、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱しながら、


 クシャクシャに顔を歪めて泣き笑う


 その顔に、その涙に、


 すとん と何処かで音がした気がした。







「ッッッ」



 術が乱れ、強制的に接続がちぎれる。

 灰色の部屋に、自分の荒い呼吸が響いた。

 術を乱して強制切断など、久しぶり過ぎである。ちょっと自尊心が傷つきながら、たったあれだけの短時間で浮かんでいた額の汗をぬぐう。


 記録も後でいいか‥、なんか疲れたし、寝よう…


 いつにも増して気怠い体を引きずって、備え付けの簡易ベッドに倒れ込む。お世辞にも柔らかいとは言えないが、ベッドというだけで天国にでも居る心地だ。


 俺は、そのまま甘美な誘惑に身を任せ、存分に惰眠を貪ることにした。


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