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08



どういう事―――!?


「しかし、お二人ともお似合いでしたよ~!歌も素晴らしかったですし!」


突然の事に混乱している私をよそに、楽しそうにぺらぺらと話す伊藤さん。


「それにしても、部長と菅原さんがこんなに仲がいいなんて知りませんでしたよ!いつも会議では犬猿の仲だったのでホントにびっくりです!」


「おい!伊藤!ちょっと…!」


慌てた賢君が伊藤さんを制止しようと私の前へと出てきた。


「賢君、あなたほんとに北山部長なの!?」


そんな彼に次は私が詰め寄る。

お願いだから、嘘だって言って欲しかった。

しかし、彼は悲しそうに眉を下げて私から目をそらすだけだった。

その大きな瞳は翳っている。


「朱音さん、落ち着いて聞いて…」


私の思いとは裏腹に、否定をしない彼の態度がそれを肯定している事は明白だった。

自分の足元が崩れ落ちていく感覚に襲われる。


「酷いよ…!私の仕事のグチを聞きながら心の中でバカにしてたんでしょ!?」


「違う…!違うんだ!」


「もう何も聞きたくない!最低だよ!!」


彼の言葉も、その伸ばされた手も振り払ってバタバタとそのまま会場から駆け出した。



その後、どうやって帰ってきたかは覚えてない。


気づいたら自分の部屋にいた。

かろうじて荷物を忘れる事なく持ち帰ってきていた事はラッキーだった。


電気も点けずに暗い部屋の中で呆然と立ち竦む。



大嫌いな部長と大好きな賢君が同一人物なんて思いもしなかった



告白するどころか、私の想いは粉々に砕け散ったのだ。


でも、今から考えれば、私がプレゼンをしてる事とか、一緒に仕事をしてないとわからないような事まで知ってる口ぶりでおかしいってどこかで感じてた。


どうしてそこで気がつかなかったんだろう…?


舞いあがっていた自分が滑稽であまりに馬鹿馬鹿しくて。

力が抜けてフローリングにへたりこむ。

足から伝わる無機質な冷たさが、悲しさと寂しさを更に煽る。


悔しくて悲しくて、とうとう涙が溢れてきた。



「プロジェクトを外れたい?」


月曜の朝、まだ誰も来ていないオフィスで課長に自分の決意を告げる。


「私では力不足です。糸田君に引継ぎが完了次第、外してください。お願いします!」


もう一切関わりたくなかった。

デザインの見直しもなんとかメドはついたし、後は糸田君なら上手くやるだろう。


「どうして急に…今回の商業ビルの件は菅原さんが率先して…」


私の突然の申し出に課長は困惑している。


「でも、課長もご存じのとおり、私は北山部長との関係は思わしくないです」


「確かに部長とケンカしたのはまずかったが、俺は君を外す気はない。もう少しだから最後まで頑張ってみないか?初めての大きな仕事なんだから」


課長が言う通り、これは私が責任者の一人として中心になって動く初めての大きな企画だったから思い入れも強かったし、必死に頑張ってきた。

だからこそ、今の私ではこの案件を責任者として全う出来るはずもないから外れるべきだと思った。公私混同してしまい、さらに大きなトラブルを起こしてしまう可能性もある。


「このまま悪化する様な事があれば、今後にも響きかねないと思います。ですから…」


課長はまだ何か言いたげだったけれど、私の決意が固いものだと知るとしぶしぶ了承をしてくれた。

実際、他にも何件か抱えている案件はあるし、まだ忙しい日々は終わらないのだ。



通勤の帰り道、今日も教室のあるビルの前で足を止めるけれど、一瞥してそのまま足早に駅へと向かう。

そう、あれ以来レッスンをずっと休み続けていた。


このまま、辞めちゃおう…


歌う事があんなに楽しくて好きだったのに、今は辛いものでしかなくなってしまった。



「先輩、今日も残業ですか?」


糸田君が心配そうに私に声をかける。


「うん。もう少し調べたい事があって…」


「無理しないでくださいよ。先週もずっと残業してたし…」


「大丈夫!仕事してた方が気が紛れるの!」


「でも…」


不安そうな表情の後輩を送り出して、そのままデスクのパソコンと向かい合う。

そう、あれからひたすら私は仕事に打ち込んでいた。

久々の恋があんな結果に終わるなんて、もはや恋愛そのものと縁自体がないんじゃないかとすら思う。


少しの間だけでも夢をみれた事に感謝して、仕事に生きろってことなんだ。


そんな事を決意しながら毎日を送っていた。


ところが、あの演奏会から1か月ほどたったある夜、思わぬ出来事が起こる。


「菅原さん…」


退社しようと会社のエントランスを出るといきなり声をかけられた。

現れたのは、賢君もとい北山部長だった。


何しに来たのよ…!!


はやくどけと言わんばかりに無言で冷たく彼を見つめる。

あの演奏会の後、何度も電話やメールが来ていたが全て無視をしていた。

話す事など何もなかったから。


「すいません…突然」


オールバックにダークスーツといういかにも仕事の出来るビジネスマンという出で立ちなのに、会議中に感じていたあの威圧感は一切なくそれどころか吹けば飛んでしまうような儚さを醸し出していた。


「少しでいいから時間をくれませんか…」


「貴方と話す事なんて何もありません!プロジェクトの担当も外れたので!」


その弱々しい声を突っぱねる様に背を向けてその場を立ち去ろうとする。


グイッ―――


しかし、腕を掴まれてしまった。


「離してください!人を呼びますよ!」


腕を払おうとするけれど、ぐっと力を込められて動かす事が出来ない。


「お願いだから…僕の話を聞いて下さい…」


その口調は賢君のもので…

思わず動きが止まってしまう。


「そうしたら…もう二度と来ないから」


思い詰めた声と震えている手。

そんな彼の様子に私は折れた。


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