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04

足早に駅前の教室へと向かう。

コンサートが終わるまでは、二人でレッスンを受ける事になっていた。


「まだずれる部分が多いわね。二人とも合ってるって思いながら歌ってるみたいだけど、ツメが甘いわ」


二人で練習の成果を見せたけれども、先生からは厳しい言葉。

無理もない。

普段のレッスンとは違い、人前で発表するものなのだから、素人とはいえそれなりのレベルのものが求められてくる。

先生も毎回の指導に普段以上に熱が入っている。


「そうですか…」


一緒に練習してても、まだぴたりと噛み合っているという感覚を味わった事がない。

この曲は恋人同士で歌うという設定のものなので、呼吸の合った歌声が求められるのに…


「先生、この部分なんですけど、朱音さんの声を目立たせる感じで

 僕はもう少し抑えた方がいいですか?」


「そうね、ちょっと歌ってみて」


「♪~♪~」


やっぱり、かっこいい…


先生のピアノに合わせて歌う横顔に、胸がドキンと高鳴る。


「さ、次は朱音ちゃんよ!」


先生の声に現実に引き戻される。


「この最後の部分がさっき微妙に音程ずれてたから気をつけて。しっかり演奏の音を聞いて確認しないきゃだめ!」


「♪~♪♪~♪~」


「違う!もう少し上の音!」


歌っても歌っても何度もダメだしをされてしまう。大変だけど、負けたくないと思う私は何とかしたいと必死で歌う。


「♪~♪♪~♪~」


「そう!それよ!忘れないで!」


10回目でやっと先生からOKを貰えた。

大変だけど、きちんとやりきった事で満足感を味わう。


そして、最後に本日の総括として先生に細かくチェックとアドバイスをしてもらい、私達は二人ともそれらを漏らす事なく細かくメモしていた。



「練習帰りにこんな風にご飯食べるのって学生のサークル活動みたいだよね」


「本当にそうですよね。懐かしいです」


「賢君もまだ学生さんじゃん!」


「でも、正直研究ばかりだし、一人で作業することが多いんですよ」


レッスンの帰りに一緒にファミレスでご飯を食べるのも、毎回恒例となりつつある。

私達はテーブルをはさんで、雑談をしながらそれぞれパスタとオムライスを食べていた。

社会人になってもこんな風に仕事以外の活動に打ち込める様になるなんて思いもしなかったし、自由だった学生時代と違って制限があるからこそこういう活動に価値があると言う事を今回発見した。


「そうだ。今日のレッスンの録音聞いて反省会しませんか?」


「うん!先生のアドバイス、もう一度確認したい!」


賢君が携帯レコーダーでレッスン中の私達の歌声を録音していてくれたのだ。

二人でイヤホンを片耳ずつ付けながら再びそれを聞き直す。


「やっぱり先生にレッスン受けるとだいぶ変わりますよね。僕が気付いた点はあの部分の…」


紙と鉛筆を取り出して、気づいた事を書き出していく。

理系の彼は分析力が高く、そこから課題とよくなっている点を見つけて更にレベルを上げるためにはどうするべきかという対策をすぐに練り始める。

普段の仕事では自分が中心となってそういう事を考えて皆を導いていく立場にあるけれど、今回は別。

彼の方が数段頭がよくて考えも的確だから、意見やアイデア出しつつも彼のリードに身を任せる事にした。


「順調ですよね。この調子で練習していけば、絶対、僕達、いいコンサートにできますよ!」


嬉しそうに話す彼は年下とは思えないほど頼りになっていた。


「うん!頑張ろうね!」


駅のホームで手を振って別れる。


真剣に打ち込むほど、大変だけれども上手くなっていく達成感は、仕事で得られるそれともまた違った、もっと自分自身のささやかで心の深い場所にある大切なものに光が当てられる様なそんな感動を与えてくれる。


この人と一緒にコンサートに出れる事になって本当によかった。


そんな事を改めてしみじみと思ったのだった。



相変わらず、二人での練習を続けている私達。

いつもの公園のベンチの前で歌う。


「「♪~♪♪~~」」


歌声もぴったりと合うようになってきた。

二人でアイコンタクトを取りながら、アドリブも少し加えられる様になってきた。


パチパチパチ―


一曲歌い終えると、いつの間にか周囲に人だかりが出来ていて拍手を送られる。

ジョギング中の人や帰る途中のサラリーマンやOLが足を止めてくれていた。


「拍手もらえると嬉しいけど、やっぱり恥ずかしいな。人前で歌うの…」


二人コーヒーを飲みながらベンチで休憩する。


「何言ってるの?朱音さん、会社のカラオケでマイク離さないんでしょ?」


「カラオケとコンサートは全く別じゃない!それより、なんでその話知ってるの!?」


そう、レッスンを始めてからは、会社の飲み会の二次会のカラオケでも率先して歌う様になった。

上司や先輩達に褒められて、ついついマイクをずっと握ってしまっていたのは事実だったのだ。


「先生から聞いたんですよ」


「!?」


意地悪な顔で笑った彼が大嫌いなあの部長に重なって、思わずドキッとした。

最近は会議がないから顔を会わせる事もないはずなのに、どうしてか面影を感じさせられる。

シャープでキツイ印象の部長とこのふわふわと柔らかく甘い雰囲気を醸し出している賢君とは似ても似つかないはずなのに…


「どうしたの?」


彼の顔を凝視したまま固まっていると不思議そうに首をかしげる賢君。


「いや…賢君って兄弟っている?なんか、よく似た人を見たことがあって…」


「僕には兄弟なんていないですよ」


私の反応にクスクスと笑っている。


「それって、もしかして例の取引先の嫌な奴とか?」


彼には仕事の話を何度かしてて、その時に北山部長の話というかグチも聞いてもらっていた。


「そう!なんでわかるの!?」


「なんとなく」


「賢君はすごく優しいしあんな人とは違うけどね!」


「でもさ、その人もプライベートでは全然違ったりするんじゃないですか?逆にすごく優しかったりとか」


「まさか!絶対そんなことないよ!いつも怒ったような顔して、偉そうにイヤミばっかり言ってくるから…」


「…そっか」


そう言った瞬間になんだか少し寂しそうにした彼。


どうしたんだろう…?


この時の私はまだ、彼の表情の意味が分からなかった。



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