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ホムンクルスの錬金術師  作者: まつなが・K
第一章 黎明のホムンクルス
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08話 作られた理由

 書斎から錬成室に戻って、煮込み中のエリクシールの状態を確認する。

 すでに虹色だった面影はなく、よどんだ灰色の液体となっていた。

 これがあと十時間ほどで真っ黒となるのだ。


 テロル婆はまだ帰ってきていないのかな。

 

 テロル婆は今日は村の方に薬を売りに行っている。

 錬成と研究に集中するため人里離れたところに家を建てているが、月に二度程作り溜めた薬を売りに行って、村人と交流しているのだ。

 村からしてもテロル婆の売る薬は生活に欠かせないものだから、テロル婆が村に来る日は全員が何かしら購入する。


 というのも村はレディオール国から見て南端に位置しており、村に常駐の医者はおらず国も中心から離れた村にまで支援の手は差し伸べる余裕が無いのだ。

 村人は体調管理は自分たちのみで行わねばならず、薬を作って売ってくれるテロル婆には言い切れない感謝をしている。

 テロル婆の薬で何とか生きていける人もいるらしい。

 もちろん薬の効力は折り紙つきで村の外から買いに来る人もいる。

 本当はもっと頻繁に村に顔を出して欲しいそうだが、テロル婆が歳で頻繁に来るのは辛いと断っているのだ。


「大きくなれればってここでも思っちゃうなぁ…」


 大きくなれればテロル婆の負担を減らせる、テロル婆の手伝いがもっと出来る、テロル婆の代わりに村で薬を売ることだって。

 人に生まれていたら、こんな悩みも無かったのかな。

 でも大丈夫、俺には錬金術がある。必ず研究して大きくなって見せる。そんで最終的には人間になる!

 俺の新たな目標が誕生した瞬間だった。


 ノックの音と共に両手に荷物を抱えたテロル婆が返ってきた。

 荷物は次に村に行くまでの食料だったり、家の周囲では手に入らない素材だ。


「ただいまハルちゃん」


「お帰りテロル婆」


 奥から車輪付きの台座を持って来て、荷物を運ぶ手伝いをする。

 台座を使っても俺にとっては非常に重い。全身の力を使って台座を台所まで押していく。


「荷物運んでくれてありがとうねぇ」


「なんの…っこれしき…!」


 息切れを起こしながら運び終えた荷物は部屋の端へ置き、テロル婆と自分用にお茶をいれて一息を着く。

 お茶は庭で育てている赤香草を乾燥させて茶葉にした俺特性ブレンドのハーブティーだ。鼻にすっと通る香りをしていて、鼻詰まり解消や肉体疲労に効く。

 これでお茶請けがあれば最高だな。


「これは錬金術を使ったね。赤香草をただ乾燥させただけじゃこの風味にはならないだろう?」


「あ、わかる?収穫した時に一回霊水にくぐらせてから乾して、その後熟成の錬成陣を使って乾燥させたんだ。手間をかけた分渋みが無くなって飲みやすくて気に入ってるんだ」


「もうすっかり薬以外の錬金術も様になってきたねぇ。もう私が教える事も無くなる日も近いかね」


「まだまだ教えて欲しい事が沢山あるよ。たくさん、あるんだよ…」


 これは今が聞くチャンスだろうか。

 俺の雰囲気が変化したことを敏感に悟ってテロル婆が目でなぁに?と尋ねてきた。


「俺さ、今日テロル婆の書斎に行ったんだよ、そこでホムンクルスと人体錬成の本を見た」


「そう…見てしまったんだね」


「怒らないんだね。知られたくない物だと思ってたんだけど」


「あなたは頭の良い子だから、錬金術を教え始めた頃からいずれ自分自身に付いて知りたがるだろうと思っていたわ。何を聞きたいの?」


 テロルはティーカップを傾け、お茶を一口飲んでから錬成している時とはまた違う、少し強張った真面目な顔で俺に向き合った。

 俺も正座をしてテロル婆に向き合う。


「テロル婆はどうして人工生命体を生み出そうと考えたの?ううん、どうして人体錬成を行おうとしてたの?」


「本を、見たんだね。という事は私が誰かを生き返らせらせようとしていた事はもう分かっているか…」


 俺はこくりと頷いた。

 テロルは席を立って書斎の方へ歩いて行った。

 俺が追うかどうか迷っている内に、すぐに戻ってきて、俺の前に一枚の折りたたまれた紙を差し出した。

 目で開いても良いかと確認してからそっと紙を開いた。

 そこにはテロル婆と似た女性と、体格の良い男性が写っていた。


「もう五十年は前になるかね。私と旦那さ」


「テロル婆、美人ですね」


「褒めても何にも出ないよ」


「旦那さん、ですか?」


作ろうとしたのは旦那か、そう問うと、テロル婆はしばらく考えた後首を横に振った。


「人体錬成に付いて研究を始めたころはそうだったのかもしれない。でも私が実際に作ろうとしたのは子供さ」


 テロル婆は写真に指を滑らせ、自信のお腹の所で止めた。良く見てみると少しお腹が膨らんでいる気がする。


「この時丁度お腹に子供がいたんだ。幸せだった。でもすぐに旦那が魔物やられちまってね、遺体すら帰ってこなかった。人体錬成を考えたのはそれからだったね。始めは旦那を何とか取り戻したかった。でも研究を進めて行くうちに錬成にはその相手の一部が必要だと知って諦めざるを得なかった。遺体の一部も帰ってこなかったんだから、錬成そのものが無理になったんだ」


俺は何と声を掛けていいか分からずに、そのままテロル婆の話を聞き続けた。


「旦那がいないならこの子だけでもと、お腹の子を大切にしようと決意した。でもね、死産だったっ…!生まれる一週間前が酷い嵐でね…家が流されて私は岩にぶつかりながら外を転がった。お腹も、打った…。私は母なのに子を守りきれなかったんだ…」


 テロル婆は顔を手で覆い、涙を流していた。俺は何もできずただ話し続けるテロル婆をじっと見続けた。


「生きていない赤ん坊を抱いて、私はこの子をもう一度作ろうと考えた。世界中から人体錬成と人工生命体(ホムンクルス)の資料を集めて、人から離れたこの場所に家を建てて研究に明け暮れた。でも十年経っても二十年経っても成果は出なかった…。そうだね、もう見せても良いかもしれないね…ハルちゃんこっちへおいで」


 テロル婆は俺を手の平に乗せて、家の一番奥へ向かった。

 そこはかつて絶対に入ってはならないと言われていた部屋の扉の前だった。

 テロル婆は閂を取り、ゆっくりと扉を開いた。真っ暗で中が良く見えない。

 ランプに明かりを点けて中を照らすと、中にはたくさんのフラスコが並んでいた。


 俺はその様子を見て息を飲んだ。

 フラスコの中には、俺と同じくらいの人型が目を閉じて浮かんでいた。


「驚いたかい…。私は何十年も人工生命体を作り続けた。人体錬成は成功の見込みが無くてね、少しでも可能性の会った人工生命体(ホムンクルス)ならと、意思を持つまで何十体と作り続けた。そしてある日、軌跡が起きた」


 つまり俺が、生まれたのか。

 俺はテロル婆の手のひらから降りて、俺の兄弟とも呼ぶべき人工生命体達の前に立った。

 一つのフラスコに手を添えて、中をじっと見てみる。

 中の人工生命体は身動きひとつせず、じっとただフラスコの中で浮いているだけだった。彼らには肉体はあっても意思が、魂が無いのだろう。


「もう最後にしようと思って作った子に魂が宿るなんて、軌跡としか思えなかった。神が私の子を宿してくれたのだと思ったよ。でもハルちゃんにはハルちゃんとしての記憶があって、すぐに私の子ではないと知った。それでも私は嬉しかった。私に家族が愛しい子が出来たのだから」


 テロル婆は言葉を区切って、膝を地に着けて胸の前で手を合わせ深々と頭を下げた。

 ぎょっとしてすぐに頭を上げるように言ったが、テロル婆は頑なにそれを拒んだ。

 俺がおろおろと挙動不審に動いていると、テロル婆が涙声で再び話し始めた。


「私はハルちゃんに謝らないといけない。私の身勝手であなたを人工生命体としてしまった。それにこれまでにたくさんの人工生命体を作っていた事を隠していたわ、知られたらあなたに嫌われてしまうと思ったから。ずっと後ろめたかった…人体錬成も人工生命体も生命を作る事は錬金術に置いて禁忌に触れる事だから、こんな、ハルちゃんと笑って過ごして幸せであることがいけない事のような気がずっとして…っ」


 テロル婆は懺悔するかの様に思いの丈をはき出し続けた。

 俺はそれをすべて聞き逃さないように聞いていた。

 やがてテロル婆から嗚咽しか聞こえなくなったころ、俺はそっとテロル婆の手に己の手と額を当てた。


「テロル婆。話してくれてありがとう。辛い事を思い出させてごめん。大丈夫だよ。俺は今ちゃんと幸せだから。テロル婆と一緒に暮らして、錬金術を学んでとても楽しい。俺を作ってくれて、ありがとう。これからもよろしくね」


「ハルちゃん…!ありがとう…ありがとう!」


 テロル婆は再び涙を流し、ありがとうと繰り返し呟いた。

 その夜、テロル婆と改めて自分の考えや思いを話し合った。

 普段なら飲まない果実酒を二人で分け合って、酔いながら夜中になるまで話した。

 気分が良いまま、いつの間にか眠りについていた。


 俺はテロル婆の話を聞いて、嬉しいと思った。

 テロル婆が話してくれたと言うことは俺が信頼されているからだ。

 そしてテロルが俺が生まれてきた事を喜んでくれていたから。

 ちゃんと俺を俺として見てくれていたから。


 俺とテロル婆はこれからも家族として暮らしていける。



 俺はその時これからも幸せが続くものと思っていた。

 その幸せがすぐに崩れる事になるとは考えもしなかった。


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