06話 はじめての錬金術
ちょっと長くなってしまいました。
ホムンクルスとなってから既に半年が過ぎた。
この間、俺は様々なことを学んだ。
まずは文字。こちらの文字は英文字を崩して複雑にしたような感じで、全体的に見た目は四角っぽい形をしている。ぱっと見た印象が似ているため、最初の頃は全部同じ文字に見えていたものだ。
日本語でいうなら、めとぬ、大と犬と太とかそんな違いで、よく書き間違えていた。
今ではすっかり慣れてすらすら読み書きが出来るほどになった。
文法が日本語と同じだったのも一役買っている。今俺は言葉は日本語のように脳内が変換しており、理解している言葉はと書き文字の文法が異なっていたら大いに混乱していたことだろう。
覚えた文字で今度は歴史の勉強をする。
過去俺は歴史なんざ覚えなくても今がわかればいいじゃないか!と言ってろくに歴史を学ばなかった。
試験に出るだろう箇所を一夜漬けで頭に叩き込んだ程度だ。
簡単に理由を言うと、歴史の人物の名前を覚えるのが大の苦手だったのだ。
同じような名前ばっかりで誰が何をしたかまで覚える気にならなかった。
人の名前を覚えるのが苦手なのかと言われればそうではないと思う。だって小説に出てくる登場人物の名前はすぐに覚えられたのだから。
要するに興味がないことを覚えられなかったのだと今になって実感していた。
俺が今読んでいる本はレディオール帝国全歴という国の歴史書だ。レディオールとは俺がいまいる国の名前で、この本はこの国の建国からの歴史を書いている。
これがまた面白いんだ。以前なら歴史なんて糞食らえ状態だったが、この歴史書はまるで異世界について書かれた小説のようで読んでいて飽きない。
事実しか書かれていないはずなのだが、この世界この国で育たない俺にはすべが夢物語のように感じられて、面白くて仕方ない。
前世では娯楽にまみれて過ごしていた俺は、この世界での娯楽として歴史書を読み漁った。
この世界は神によって作られた七人の天人によって始まった。
七人の天人は神より一つの神技と一つの番いを授かって、国を立ち上げる。
七人の天人のうち人族を授かったのがこの国の始祖であるレディオール。
智と技に優れた人族は短い生を補うかのごとく、急激に数をふやしレディオールの指揮の元世界一の国を築いた。
国が大きく発展し、安定したことからレディオールはその身を神の御元へ還し人族の末永い繁栄を願ったという。
ここまでは良い話だ。
しかしこの後人族は自分達自身で国を治めなくてはならなくなった。
初めのほうはお互いに手を取り合って上手くやっていたが、なにかのきっかけで諍いが起こり、小さな火種は大きな炎となって国を荒らした。
国は五つに分裂し、そのうち最も大きな領土を持った、今俺がいる国がそのままレディオール帝国を名乗っている。
それを良しとしない他四つの国とその後幾度となく争いを起こしているが、結果は平行したまま現在に至っている。
…まぁ、よくありがちな展開だよな。
他の天人が造った国についても知りたかったのだが、テロル婆の家には歴史書はこの一冊しかなかった。いずれどこかで読む機会もあるだろうから、今は我慢しよう。
「ハルちゃんいるかい?」
「ここにいるよ」
テロルの呼び声に、俺は乗っていた本から飛び降り机の端まで移動した。
俺が小さくて本を読んでいると周りに積んだ本に隠れてしまうため、俺はわかりやすい位置に移動するようにしている。
「ハルちゃんたくさん勉強しているでしょう?そろそろ実際に錬金術を使ってみたくはないかい?」
「それってつまり、僕が錬成をしてもいいってこと!?」
テロル婆はこくりと頷いた。
やった!やった!!ようやく実践練習だ!!
錬金術を教えてくれると言ってからこれまで見学は許されても実際に扱うことは許してもらえなかった。
錬金術の正しい知識がなくては危険だからと、まずは道具の種類や使う素材の特性をみっちり頭に叩き込まれた。
最近は素材の準備などの助手業をやっていたのだが、ついに俺メインで錬金術を使える!こんなに嬉しい気分になったのは随分と久しぶりだ。
テロル婆の手招きに応じて、戸棚経由で隣の部屋まで駆けて移動する。
途中急ぎすぎて棚から足を滑らせて床に落ちかけたが気にしない。
隣の部屋に行くと、いつもテロル婆が使っている鍋の隣に、縮尺をそのまま小さくしたマグカップ大の道具が用意されていた。
あれは、もしかしなくても…
「ハルちゃん用にね、準備してみたんだよ。どうかしらね?」
「ありがとう…!嬉しいよ!」
これはすごく助かる。これまで人用サイズの物をこの小さい身体でなんとか使って来たけれど、錬金鍋の扱いはどうしようと頭を悩ませていた所だった。
小さいままだと鍋をかき混ぜられないし、やっても錬成の最中に鍋のなかにぼしゃんと落ちて俺自身が具材になってしまうのが落ちだった。
なので俺用にと用意してくれたミニチュアサイズの道具たち―鍋以外にも良く見ると用意してくれている。
まるで前世で妹が集めていた人形用の調理セットみたいだな、と思った。
まぁ、俺が手のひらサイズの人形大だから合わせると自然とそのサイズになるのは仕方ない。
「じゃあ、早速だけど、一つお薬を作ってみましょうか」
テロルの手には赤い実が付いた、薬草が握られていた。
あれはいつも俺が葉と茎と実とに仕分けを任されている、庭のそこら中に生えているメギリ草と言う一般的に傷薬に使用される薬草だ。
「作るのはメギリ軟膏ですか?」
「そのとおり、一番良く使用される薬で、錬金術の基礎で作れる薬さ。練習には丁度いいさね」
テロルから薬草を手渡されて、いつものように葉と茎と実に分けた。
葉と茎はみじん切りにして、実は刃物では切れないほど固いのあで、鉄槌で砕いた後、ミニチュアサイズのすり鉢で丁寧に粉末状にする。
「葉と茎は固形物が無くなって泥状になるまでしっかり刻むこと。実は同じように大きな粒が無くなるまで、均一に粉末にすることが大切だよ」
「はい、テロル婆」
ごりごりと、実の原型が無くなるまですり潰す。
赤い実は中身は白いので外の赤と混ざり合って桃色の綺麗な粉が出来上がる。
結構すでに重労働だ…腕が痺れてじんじんしている。
出来上がったものをテロル婆にチェックしてもらう。
「ふむ、ちゃんと出来ているようだね。というより、私がやるより細かく出来ている…道具が小さいから細かい所まで仕上がるのかしらね」
「そうですか?なら良かった、小さくても上手く出来る事があって」
隣で見本として同じように準備していたテロル婆の物と比べても遜色ないと思える程だった。
下準備なら手伝って来たからな、これくらいは上手く出来るさ。
そう思いながらもテロルに褒められた事が嬉しくて頬が緩むのは止められない。
「じゃあ次は鍋に入れて煮込むよ。ハルちゃんはこの後の作業をどれくらい理解しているかしら?」
「えっと、魔力を込めながら色が変わるまでひたすら煮込むとしか」
「大まかにはその通りだけど、ならどうやって魔力を込めるかは知ってる?」
「知りません、どうするのですか?」
テロル婆はテロル婆用の鍋を持ち上げて、俺に底が良く見えるように傾けた。
「鍋の底に魔方陣を描くのさ。ここに魔力を流し込んで、素材を変換させながら作業するんだよ」
鍋の底には三重の円が描かれ、中央には正六角形の模様と炎の記号、縁の外側に変換の計算式と術式の呪文が書かれていた。
「円三つは内側から構築、分解、再構築を行うための物。構築は入れた素材をきちんと理解して術式に乗せ、分解で素材を必要な形に分け、再構築で分けた素材をつなぎ合わせて作りたい形に持って行く。中央の六角は完全な形を表して、炎は魔力を燃料に変える事を意味している。周囲の計算式や術式は錬成をより細かく調整するために必要で、例えば一部の効力を意図的に上げたい時なんかに式を書きかえると便利だね」
「な、なるほど…」
「本来この錬成陣は作りたいものに合わせて自分用に書き換えるのだけど、今回は私のを写して使いなさい。陣を書くのにも本来は専用のインクが必要になるんだ。魔力を通しやすいインクがあってね、このインクを作り出せるようになってこそ錬金術師を名乗れる。今回は私のを使ってもらうけど、いずれハルちゃんも自分用のインクを作れるようになってもらわないとね」
手渡されたインクに羽ペンを付けて、見よう見真似で俺用の鍋の底に錬成陣を書きこんでいく。
これはなかなか気を使う作業だ。円が歪だったり、しっかり繋がっていないといくら魔力を通して混ぜたところで完成系にはならない。
間違いなく、丁寧に書き写していった。
「錬成陣を書いた鍋に材料と同量の水を入れて煮立たせるよ。火の魔晶石の欠片を鍋の下に置いてあるから、まずはそれに魔力を当てて熱を発生させる。水が沸騰したら準備した素材を入れて混ぜる。混ぜるのはこのヘルメス樹の枝で作られた櫂で混ぜる」
ヘルメス樹とは、かつての偉大な錬金術師が庭で育てていた錬成植物の木の事で、魔力伝導率の良さから植樹がなされ、世界各地で育てられるようになった。
多く魔法師用の杖や錬金術師用の櫂に加工・使用される。樹に名前が無かったため、錬金術師の名前からヘルメス樹と呼ばれるようになった。(全世界魔法技術碌より引用)
「櫂から鍋の魔方陣に向かって魔力を通しつつ混ぜていく。混ぜる回数は左へ三回右へ三回をくり返す。焦っちゃいけないよ、ゆっくり同じ速さで混ぜるんだ」
魔力を意識して扱うのは今日が初めてだが、ホムンクルスだからだろうか、魔力の流れと言うのが良くわかる。
じっと目を凝らすと空気に色が付いたような物が見えるのだが、これはテロル婆には見えないらしく、俺だけが魔力を色として認識できるらしい。
以前テロル婆が作っていた紫色の発光液は実際には発光しておらず、紫色も俺が認識しているより淡い色らしかった。
俺はテロル婆と同じようにゆっくりと、円を描くように櫂を動かす。
だまにならないように気を付けて混ぜ合わせる事一時間。
腕が疲れてきた頃、鍋の中が水分が減ってヘドロ状にどろどろとしてきた。
「そろそろいい感じだね。白くなったら瓶に詰めて空気が入らないよう蓋をして、冷めたら完成だよ」
白くなったら、と言われたが俺の目には淡い桃色のままこれ以上白にはならなかった。たぶんこの色はこの薬が持つ魔力色なのだろう。
テロル婆とは見える色が違うため、俺はこれから錬成物の完成具合は自分で見極めないといけないな。
言われたように縦長の瓶に薬を詰めて蓋をした。
「お疲れ様、初めてにしては上手くいったじゃないか!」
「うん!なんかすげぇ達成感、嬉しい!心臓ばくばくしてる気がする、心臓無いけど」
俺は出来たての薬が入った瓶をきゅっと抱きしめた。暖かい熱が伝わる。
初めて錬金術で作った物だ、心なしか薬がきらきらして見える。ってか実際きらきらしてるような…
あぁ新鮮だからか。きらきらは作って時間が経つと消えてしまうから、鮮度を見極めるのに役立つ。
とれたて野菜などもきらきらして見えるから、テロル婆の買い物に良く連れて行かれて、商品を選ぶ手伝いなどもたまにしている。
そういえば、この薬作ったけどちゃんと効くんだろうか。
俺自身怪我をしても血が出ないから傷薬を塗っても意味ないだろうし、テロル婆に怪我なんてしてほしくないし。
自分で作ったものの効能を確かめる機会が見当たらない…
「じゃあ道具を片付けようかね。片付けまで含んで作業だから最後までしっかりね」
「はーい」
薬が出来た興奮で片づけを忘れる所だった。
自分の鍋を流し台に持って行って洗う。作っていた薬が軟膏だったため、鍋がつるつるになるまで何度も擦って洗った。
鍋を逆さにして水を捨てた時に、流れに足を取られて滑って排水溝まで流されたのは秘密にしておいて欲しい。