33話 冒険者ギルド
寝ている間、何か大切な夢を見たような気がした。
目を開けた瞬間に何を見たのか忘れてしまったが、とても大切な内容だった気がして思い出そうと試みた。
けれど時間が経つにつれて夢を見たのかどうかも怪しいような酷く曖昧な記憶に変わっていき、早々に思い出す事を諦めた。
今後に関わるような事も無いだろう、所詮は夢の中の話なのだから。
ベッドからゆっくりを身体を起こし、一つ天井に向かって伸びをした。身体の節々がみしりと軋むような音を立てて鳴く。
早めに寝たはずなのだが、身体の疲れは一切とれておらず、むしろ寝る前よりも疲れている感覚がした。
明らかに魔力が不足していた。俺の身体は起きていても寝ていても魔力を消費し、今は回復よりも消費の方が勝っている状態だった。
普通の人は昼間にどれだけ魔力を消費しようと食べて寝れば翌日には回復するというのに、寝ても回復より消費が多いと言うのは頭も体も痛い性質だ。
やはり俺には魔晶石から直接魔力を補給する事が必須なのだ。
軋む身体に鞭打ちながら、着替えて外出の準備をし、二人が待つ下に降りた。
「二人ともおはよう」
「おはよう、なんだか疲れた顔をしているな。ちゃんと寝たのか?」
「寝たんだけどね、疲れが残ったみたい」
「大丈夫?今日は休んでおく?」
「大丈夫だいじょーぶ、動けないとかじゃないし。じゃあ行こうか」
宿から出て、ギルドなど町の主要機関が集まる中央区へと向かう。
途中屋台でパンにベーコンと炒り卵を挟んだ物を買い朝食として歩きながら食べた。
街中は朝も早くから人が行き交い、あちらこちらから呼び込みの声や、商談話を行う声が聞き取れた。
広く作られている道はよそ見をすれば人にぶつかる程度に人で溢れ、昨日の夜には良くわからなかったが様々な人種、といっていいのだろうか、とにかく俺のような人間とは違う特徴を持った人も多く見られた。
犬猫のような動物の特徴を持った人、爬虫類のような鱗の肌の人、昆虫のような透き通った羽を持つ人、顔一面に髭を生やしているが子供のような大きさの人、四足歩行や空を飛んで移動している人などなど。
どれも文献で読んだだけで俺には夢物語のような存在が実際に目の前に生きている。
失礼だとは思ったが好奇心には勝てず、過ぎ去るそれらの人々を怒られない程度に観察していた。
「ハルユキ、よそ見をしていると迷子になるわよ?」
「あ、ごめん」
人の流れに目を取られている間に二人との距離が空いてしまっていた。
興味深々で街を眺める俺が面白いのかユディさんは可笑しそうに笑って俺を待っていてくれた。
「人族以外に会うのは初めて?」
「ああ、でも体つきが違うだけであんまり変わらないな。皆同じように暮らしてる」
「ハルユキがそう思える奴で良かったよ。もし彼らについて差別的な事を言うようなら俺はお前を今ここで殴っていただろう」
「…!」
いつもと違う刺さるような気配を出したエイマーは渋い顔をしながら、彼らについて語り始めた。
今からそれほど遠くない昔、人族は彼ら人と違う特徴を持った者を総じて亜人と称し差別・迫害をしていた。
亜人は人間に成り損ねた失敗した生命、人間よりも下等な存在であり、下等な亜人は完成された種である人間に隷属すべきである。
俺の常識から考えると嫌悪感しか抱かないようなその考えが当時は極当たり前のように存在しており、多くの亜人と称された彼らは人間の良いように扱われていた。
だが今から百年程前ある種族が人間に向き合い戦いを挑んだ。
初めは一部の地域一部の種族だけだった争いがだんだんと拡大していき、最後は世界中に広がる人間対亜人の大戦にまでなったそうだ。
その戦いにエイマーの祖母だった人も加わっていた。人間側ではなく亜人側としてだ。
エイマーは大戦の中で人間と亜人という関係にありながらも結ばれた人達の間に生まれた子の子、つまりはクオーターなんだそうだ。外見的な特徴は無くて、力が人より強い程度の差なんだと。
その大戦が大きくなり過ぎた事、亜人たちの意思が固く集団としてまとまっていた事、反対に人間側が二の足を踏んで纏まりきらなかった事、そして人間側と亜人側の数に差があった事―人間の方が多いという考えでいた人間だったがいざ亜人が纏まると圧倒的に亜人の方が多かった―
全力の全面戦争に突入する前に話し合いの場が設けられ、人間と亜人は対等の存在、そして亜人という蔑称は廃止する事を認めた。
亜人と呼ばれた人達は各種族によって名称を定め、以降多少の諍いを乗り越えながら今日まで手を取り合いながらやってきた。
…というのが表のあらすじだ。物語が綺麗事だけで結末まで行くわけがなく、今でも彼らを亜人と呼び蔑む輩は少なくないそうだ。
裏では人身売買も行われていたりするとか。
エイマーは両方の血を引き両方に接して育ってきた為、このように種族によってどちらが優れているとか、一方的に差別をするという事が不愉快でならないらしい。
俺が勉強した歴史書には人間側からの見解しか書かれていなかったから、改めて聞くと人間の業の深さを思い知らされた。
俺自身にこの世界に先入観も偏見も無いから素直に受け入れられたが、もし子供の頃からこの世界で育っていたらどういう考えを持っていただろうか。
もしかしたら当然のように差別意識を持っていたかもしれない。
とにかく今俺が想っている事は下手な事言わなくて良かったなって事だ。
ちらりと語り終わったエイマーの様子を見ると、渋い顔がさらに苦々しい顔になって今にも握った拳が何処かを殴りそうにしていた。
怖い。素直に思う、エイマーがものすごく怖い。整った顔をしているから怒ると迫力が違うんだって。
隣でいつも緩やかに微笑んでいるはずのユディさんもいつもより距離を空けて歩いているじゃないか。
こうなったエイマーとどう接すればいいんですかねユディさん、え?放って置くしかない?了解しました!
ユディさんとアイコンタクトを取り合い、エイマーの怒りが沈静化するまでそっとしておいた。
エイマーが通常通りになる頃に冒険者ギルドに付いた。
なぜ俺の目的の商業ギルドではなく、最初に冒険者ギルドなのかと言うと、エイマー達の申請が必要だからだ。
冒険者は滞在場所にギルドがあり、その場所で活動する場合は事前に申請しておく必要があるのだ。
エイマー達の申請は窓口でカードを見せるだけで簡単に終了した。
「今日は何か依頼とか受けないのか?」
「まだ街の事を知らないからな。装備の修理も出来ていないし、数日はのんびりするさ。いい機会だから冒険者ギルドについて説明しておこうか」
「お、頼む」
ギルドホールの一角にあるソファに座って、話を聞く。
「冒険者ギルドは一般的には冒険者が集まって人から依頼された仕事を行う組織と認識されている」
「一般的にっていうと、本当は違うって事か?」
「そうだ、本来冒険者というのは未開の土地の調査を行う者を指す。未開の地ってのはそれだけで不安要素だからな。国や街から直接ギルドに依頼が来るんだ。未開の地には何があるか判らない、豊穣の大地であれば嬉しいがほとんどは危険な魔物の巣窟となっている。そんな危険な中を調査するにはそれなりに実力のある人間が必要って事で、個々で活動していた冒険者を纏める組織としてギルドが出来、未開の地の調査依頼が無い時の仕事として人からの依頼を受けているんだ」
つまりは冒険者は本来未開の土地を調査したり開拓したりする職業という事だ。そこに危険が伴うから腕っぷしの強さが必要になってくるんだな。
「人からの依頼はそこの壁一面の掲示板に張り出されている」
エイマーの指差す先に壁を埋めるようにたくさんの紙が貼りだされていた。あれの一つ一つが依頼だと言うなら、どれだけ困った人がいるのだろうか。
自分の受けたい依頼を探すだけでも大変そうなその様に、依頼の内容が気になってきた。内容が大変な依頼ならそれだけこの街に問題が多いという事だろう。
「大概はお使い程度の内容だから安心しろ。それでも一人じゃ困難だから冒険者を頼っているんだ。蔑ろにはできない」
「これって受けるのに制限とかあるのか?」
「当然ギルドに登録している必要はある。後はランクだな」
「それだ、ランクについて詳しく聞きたい。エイマーの特Bってどれくらい凄いのかはっきりわかってないんだよ」
ギルドにランク制があるのは理解しているが、そのランクが何処から何処まであるのか、特Bの特ってのはどういう意味なのかを知りたかった。
「冒険者として初めて登録した時はFランクから始まり一番上はAランクになる。ランクを上げるためには地道に依頼をこなしていくしかない。依頼には種類があって、討伐・捜索&探査・護衛・育成そして雑務の五種類だ。この中の一種類で一定の功績を残せば星を一つ獲得することが出来て、星を三つ獲得するに至ればランクが上がるって法則だ」
「へぇ…討伐とかはわかるんだけど育成とか雑務ってどんな内容なんだ?あと一定の功績って曖昧だな…基準はあるのか?」
「育成はそのまま後輩冒険者の育成だったり、学校などの教育機関で教えたりだな。雑務は他四種に分類出来ない依頼に割り振られる。荷物持ちとかな」
「荷物持ちって、まさしく雑用じゃないか。そんなもの依頼できるのか?」
「街中ならただの雑用だが、A級の魔物の住処で調査機材を運ぶ仕事とかだったらどうだ?」
それなら確かに冒険者に依頼するのは分かるが、そんな内容の雑務ってなんだ、本当にあるのか?
エイマーがたとえに出すのだからあるのだろうが…俺だったらやりたくない。
「星の獲得に至るまでの功績は依頼に付けられた難易度による。功績を積んで獲得する星を大星と、難易度に付けられる星を小星と呼んでいる。依頼に付けられる星は一つから五つ、星が多くなる程に難しい」
エイマーはそう言うと近くに貼られていた依頼書を一枚剥がして俺の前に置いた。左上にランクFと書かれしFの下に小さな星が三つ付けられていた。
「これだとFの三と読む。大体この小さい星を合計百個程の依頼をこなせば大星一つって感じだな」
「なんだか大変な道乗りだなぁ…」
「冒険者ギルドだけじゃないぞ。商業ギルドにも似たような制度でやっている。詳しくはあっちで聞いた方が確実だが、あっちは納品数や販売数で星を取るらしいな」
「まじでか…」
商業ギルドでもランク制になっているのか。仕事内容に制限を受けたりするのだろうか…だったらやり辛いな…。
「まぁいいや、それでエイマーの特Bってどういう意味だ?」
「ランクを上げる程の星は獲得していないが、それをしても問題ない程の功績があると特別という意味で本来のランクにプラスが付く事がある。こうなると本来のランクの一つ上と同等の扱いを受けるんだ。俺の場合は討伐で星三つ分の働きをしたと評価を受けている。あと…」
エイマーは一瞬ユディさんの方に目を向けてすぐに俺の方に視線を戻した。なるほど、ユディさんの護衛も含まれての評価という事か。
「冒険者にランクがあるように、依頼と魔物などにもランクを付けている。そのランクの冒険者がこなせる倒せるという基準で決められているから、冒険者ランクと同じようにFからAまでだな。実はAの上にSのランクもあるんだが…これは天災みたいな物で一介の冒険者が請け負うことはないから覚えなくていい」
天災レベルか…そんな物に立ち向かう俺とか想像したくもないな。
やっぱり俺には冒険者は向いてなさそうだ。討伐も捜索探査も護衛も育成も雑務すらも俺には難しい仕事に思える。
冒険者になってもFランクから上がる事は出来ないと思う。
「以来の受け方はこの依頼書をあっちの受付に持って行って受注許可を貰う。自分のランクに合わない依頼は受けられないから注意だ。討伐・捜索探査や雑務の一部は受付に証明品を持って行けば完了だが、護衛や育成は依頼人と直接会うから証明書にサインをもらってそれを受け付けに渡すと完了だ」
喋って喉が渇いたのかエイマーが水を飲む。つられて俺も自分の水を飲んで喉を潤した。
「後は報酬か、依頼書に報酬の目安が書かれているが、この額そのままを受け取る事は無い。依頼の達成内容によって上下するし、ギルドに仲介料が引かれるからな。他にも細かな決まりごとはあるが、これだけ知っていれば活動は出来る。こんな感じだが、理解出来たか?」
「まあ何とか。要するに自分のランクに会った依頼を受けて、報告すれば報酬を貰えるって事だろ?」
「大雑把に言えばそうだ。で、冒険者になるつもりはあるか?今なら俺の推薦ですぐに登録が出来るぞ?」
登録を勧めてくるエイマーだったが、俺は推薦が必要なのかという所が気になった。
紙に必要事項を書けばすぐになれるものだと思っていた。
「推薦が無かったらすぐ登録出来ないのか?」
「冒険者にはある程度強さも必要だからな。軽い戦闘試験と知識試験がある。準備や審査の期間を考えると登録完了まで一週間程度かかるか。推薦人がいるとそれらの試験を抜かして登録できるんだ。どうだ、登録するか?」
登録するよなという勢いでエイマーが身を乗り出して来たが、俺はその問いに首を横に振った。
「話を聞いてみたけど、やっぱり俺には難しそうだ。登録するのは止めておくよ」
「そうか…残念だがお前の気が向かないのに無理には進められんな。その気になったらいつでも言ってくれ」
「その時が来たら頼むよ」
来ないと思うけどね。一生懸命説明してくれたエイマーには申し訳ないが、やはり荒事仕事の多い冒険者は俺の性には合わない。
戦って魔物を倒すのは怖いし、護衛とか俺が守られる側のような気がするし、自分の事で手一杯なのに人の育成など出来ない。
冒険者ギルドで話している間、何人もの人がエイマーに挨拶をしに来た。エイマーは有名な冒険者なだけでなく、人にも慕われているらしい。
依頼の種類に育成とあるぐらいなのだ、エイマーが世話した冒険者も大いに違いない。
それにエイマーは俺を相手にしていることからわかるように非常に面倒見の良い性格なのだ。これで嫌われる要素などどこにあるのだろう。
エイマーが代わる代わるやってくる冒険者達の相手をしている間、俺とユディさんそしてシャンで世間話をしていた。
好きなお菓子の話で盛り上がって、今度作ってみようという事になった。
「随分と盛り上がっているな」
「お菓子の話をしていてね。今度作ってみる事になったわ」
「エイマー、話はもういいのか?」
「ああ、懐かしい顔ぶれだった。しばらくここに居るらしいからまた話す機会もあるだろう。思ったよりも時間が過ぎているな、次に向かおう」
「商業ギルドな、場所は…?」
「この建物の向かいにある赤壁の建物だ」
ここに来た時目についたあの目立つ建物か。周りが白の建物の中でその建物だけ赤レンガを積んで作られていたからなんだろうとは思っていたが、そこが俺の目的地だったとは。
建物の印象が強いお陰で以後迷う事は無さそうだ。
昼に近づき人の数も増えた中央通りを横切って、冒険者ギルドとは向かいに位置する商業ギルドの中へと足を踏み入れた。