22話 二人の過去話
エイマーが過去を思い出すように、床を見つめながらぽつりぽつりと話し出した。
ユディさんは全てエイマーに任せるつもりのようで、シャンと遊びながら話を聞いている。
シャンは俺以外の人間と話すことが楽しいようで、同じ女性ということもあってかユディさんに殊更懐いていた。
「まずは俺とユディがどうやって出会ったかを話そうか。俺が冒険者として駆け出しの頃にユディに助けられた事があるんだ」
「へぇ…じゃあ本当に昔からの付き合いがあるんだね」
エイマーが話した内容はこうだ。
エイマーが駆け出しの冒険者でそれなりの実力が付いたころ、当時の仲間と共にちょっとした迷宮に入ろうとしたそうだ。
その迷宮はすでに調査が繰り返され、出てくる魔物の種類も強さも分かっており、駆け出しの冒険者でも複数人のパーティを組めば十分に攻略できる難易度だった。
だが、いざ迷宮に入ると魔物の集団にパーティを分断され、仲間を次々と失い、エイマー自身も逃げる事で精一杯で大けがを負いながら迷宮の外に出た。
後に集団での戦闘法、連携の事を考えずに迷宮に入ったことが間違いだったと後悔と共に学習した。
パーティの中に簡単な治癒魔法を使える者がいたことで多少の怪我でも先に進めると皆己の実力を過信してしまっていた事も原因の一つだった。
当時のエイマーは生き延びる事で精一杯で考える余裕は無く、魔物の追走を振り切り、迷宮のあった山から下り、街道の傍で力尽きてしまったそうだ。
その時丁度街道を行く馬車が通りかかった。馬車の御者も乗客も誰も道で倒れている者のことなど気付かなかったが、ユディさんだけは遠くで倒れるエイマーに気付き、同乗していた親に頼んで屋敷まで運び手当をしたそうだ。
「ユディさんは命の恩人って訳だ」
「ああ、ユディがいなければ俺はこうしてここには居なかったろう」
屋敷で目を覚ましたエイマーは助けられた事を心から感謝し、何か礼をしたいと言ったらユディさんの話し相手になってあげてほしいと頼まれた。
ユディさんの家は西の都市にある貴族家でユディさんはその家の長女だそうだ。
やっぱりただの冒険者ではなかったなとユディさんを見ると楽しげに微笑んでいた。俺の反応を見て楽しんでいるらしい。
貴族の娘故世間に疎く、貴族以外の生活について興味深々でエイマーに様々な質問を重ねたそうだ。
エイマーは初め貴族の娘だからと丁寧に接していたが、ユディさんが普通に話してと願ったため、一般的に見るととても馴れ馴れしく、当人たちにとっては親しみを持って接した。
その間で二人は兄妹のように思うようになったそうだ。恋愛感情にならなかったのはお互いの年齢が離れすぎていたからか。
エイマーとユディさんの年齢は一回りは離れている。ユディさんが現在二十歳でエイマーは三十五歳だそうだ。
失礼だが二人とももう少し年齢が上かと思っていた。やはり日本人の感覚からすると西洋的な顔立ちは実年齢より上に見えるのだ。
二人の間に恋愛感情は無くとも大人達にとってはそうはいかず、貴族の娘と一介の冒険者が恋仲になっては都合が悪いと考えた者がエイマーを屋敷から遠ざけた。
エイマーがユディさんの家に厄介になっていた期間は三か月程で、碌に挨拶も出来なかった事が心残りながら再び冒険者として各地を旅する生活に戻った。
この時はこれまでの縁だと思っていたそうだ。
ところがユディさんはただ大人しいだけの令嬢じゃなかった。
親と使用人の目を盗んで屋敷から抜け出し、エイマーの話から知った冒険者ギルドまで行ってエイマー宛の手紙を出したそうだ。
その時ついでとばかりに冒険者登録をし、貴族でありながら冒険者という異色の肩書きを手にした。
なんというか、ユディさんは見た目と違って非常に行動的な人物らしい。
呆れと驚きと尊敬の感情が綯い交ぜになってユディさんへのイメージが覆っていく感じだった。
各地を旅する冒険者のエイマーにはなかなか手紙は渡らなかったが、探索で一定の場所に留まった時にその土地にあるギルドで手紙を受け取り、手紙の返信を書いた。
こうして長い時間をかけながらも文通が続き二人の縁は続いた。
そしてユディさんが十八になったころ一つの縁談があったそうだ。
相手は中央首都の貴族の跡取り息子で条件的には良い縁談話だった。だが実際に会ってみると肥満体系、人を見下す性格、女好きのド助平、最終的にはユディさんに対して酷い事を言ったそうだ。
その内容を話してはくれなかったが、隣から発せられる黒いオーラが相当屈辱的な内容だったのだと教えてくれた。
ユディさんはその縁談を断り、その後も家族が持ってくる他の縁談を断り続けた。
最初の縁談で縁談に対して心的外傷が出来てしまったのだ。
ユディさんにとって男性のイメージは優しい父と逞しい兄…エイマーで構成されており、それ以外で初めて会った男があれだったので、悪い印象が残っても不思議ではなかった。
だがそれでは娘が行き遅れてしまうと焦った母親がユディさんに内緒で縁談を仕込んだらしい。
それに気づいて憤慨したユディさんが勢いに任せて家を出て、都市を離れて旅に出ようとしたのだそうだ。
着の身着のままで出てきたせいで持ち金は無く、ギルドで何か依頼を受けてお金を稼ごうとして、そこでたまたま西の都市まで来ていたエイマーと再会した。
事情を聴いたエイマーは無茶な行動をしたユディさんを叱り、頑なに家に帰ろうとしないユディさんを条件付きで護衛することにしたそうだ。
条件とは旅は一時的な物で数年したら家に戻る事、無茶な行動は止める事、旅の間はエイマーの指示に従う事。
ユディさんはその条件に従いエイマーと国の各地を巡る旅をしているとのことだった。
後にこっそり教えてもらった事だが、この度はユディさんの実家の許可はちゃんと貰っているそうだ。
ユディさんの知らない所でエイマーが連絡を取り、旅の間はきちんと守ると説得をして、渋々許しを得たらしい。
ユディさんに知らせないのは許可があると知ったら実家に居場所を知られても大丈夫と知り大胆に行動をするからだとか。
ユディさんは要領が良く旅の間にどんどん知識と技術を吸収し、今では野草等自然で取れる物に関しての知識はエイマーを上回っているらしい。
技術の中には戦闘技術も含まれており、小盾と短剣を用いた戦い方は駆け出し冒険者の中でもぬきんでているそうだ。
ここで一通り話は終わったのだが、俺の中でユディさんは体の弱い儚げな美人から戦闘派肉食系女子と完全に印象が変わってしまっていた。
いや戦う美人も素敵だけどね、自分より強い女性はこわ…いえいえ尊敬いたしますよユディさん。
隣のユディさんの意味ありげな微笑みの効力はすさまじかった。
「まあこんな感じで俺とユディは旅をしてる。ユディの身分が貴族だからな、他では言わないでくれ」
「わかった、お互いの秘密は守るということでいこう」
ユディさんが斑目雲のせいで体調を崩した時異様に必死だったのは実家との無事に返すという約束もあったからか。
「ハルユキはこれからどうする予定なんだ?」
「俺はひとまず南の都市マルティノーに向かおうと思ってる。あそこなら色々道具も情報も手に入ると思うからさ」
「錬金術の研究のため、か?」
「そうそう、あと俺ずっと家周辺から出たことが無かったから、一度都市を見てみたいってのもあるな」
エイマーはそれを聞きユディさんと何やら視線で会話をして頷き合った。
俺には意味が理解できなかったが二人はそれで十分お互いの意思が確認できるらしい。付き合いが長くなると言葉が無くても通じるよううになるってのは本当の事なんだな。
「ハルユキがマルティノーに行くならば、俺達もその都市を目指そうと思う」
「いいのか?俺は旅の同行者が出来て嬉しいけど、二人の都合は大丈夫か?」
「問題ない、もともと各地を見て回るのが目的なんだ。まだマルティノーには足を運んでいないから丁度いい。ハルユキへの報酬の件もあるしな。ただユディの体調が回復してからになるがいいか?明後日にもなれば大丈夫だと思うが」
「全然大丈夫。俺の旅も急ぐものじゃないから、ちゃんと回復してからでいいよ。明後日って早くないか?無理してない?」
「ハルユキの薬のお陰で想像よりずっと早く回復している。本当にお前の作る薬はすごいな。いくつか買いたいくらいだ。俺達はどっちも治癒魔法が使えないから、怪我や状態の回復は薬頼みなんだ」
作った薬を褒められて俺は少し照れた。
今まで自分のしたことで人に感謝されたり褒められた経験が少ないから、こうして目の前で言われるとどうしていいか分からなくなる。
錬金術を一生懸命勉強して良かったと思う。
「注文してくれれば作るよ。薬ならどんなものでも作れるから」
「お、じゃあ頼もう。ユディはどんなものが欲しい?」
「そうねぇ。私たちはどっちも前衛だから傷も多いし、傷薬系は多く欲しいわね」
こうして二人から薬の希望を聞き、その後は薬作りで時間が過ぎて行った。
この村を出るのは明後日の早朝と決まり、明日の内に旅に必要な物を準備しておく運びとなった。